54話
この章から、少しですが残酷な描写が出てきます。
気を付けてください。
1
「九州から戻って来たばかりで申し訳ないけど、これから中部の村へ様子を見に行こう。
4月の騒動の後からは2ヶ月ごとに訪問していたけど、10月の最初の週は九州への修学旅行があったから、予定よりも少し遅くなってしまっている。
待ちわびているだろうから、ゴローさんが復活していないけど、すぐに行ってみるとしよう。いいかな。」
朝会の席でジミーが突然告げた。
九州のトラブルを何とか収束させて戻って来たばかりなのだが、中部の村への訪問予定日が過ぎているため、休む間もなくの出動だ。
ゴローの遺灰は大きめのカメに入れて、景色のいい丘に埋葬済み。復活は来週頃と想定している。
「そうですね、また仙台市に寄って保存食の缶詰をいっぱい持って行ってあげましょう。」
「ま・・・あれを修学旅行と言うのなら、それでも構わないけど・・・。
大阪のビルでは、おいしいものが一杯食べられたし、九州の活火山では火口付近まで行けたし・・・、結構、盛りだくさんではあったからね。」
ミリンダは、冷めた目付きでジミーの顔を眺めている。
今日も、母親譲りでクルクルの巻き髪は健在だ。
「そ・・・そうだろう?
登山も出来て、景色はよかったし、召喚獣なんて言う大きな神獣も見られたし、もう最高だったよね。」
ミリンダの言葉に、ジミーは少し慌てた様に捲し立てる。
「そうは言うけど、結構危なかったのよねえ?
一つ間違えば、あたしたちは全滅していたのよ。
楽しい修学旅行といいながら、大きな爆弾は噴火口に投げ込まれる寸前だったし、召喚獣の炎に焼かれそうになるし、堪ったもんじゃなかったわよ。」
ミリンダは、強い口調でジミーを責めたてる。
「まあまあ、結局はみんな無事だったし、少なからずの犠牲はあったけど、最終的には平和裏に解決できたんだから、良かったじゃないか。」
ジミーは話しの持って行き方を、間違ったと後悔していた。
九州の件には触れずに、そのまま単に中部の村へ行くと言っておけば、蒸し返されることもなかったのかも知れない。
「まあ、済んだことを言っても始まらないから、このくらいにしておくわ。
それに、座敷牢のお姉さんたちも、ファッション誌の差し入れを楽しみにしているから、持って行ってあげたいわね。」
ミリンダも、本心では嫌がってはいない様子だ。
村を壊滅させるようなダメージを与えた、瑞葉と桔梗の村娘二人は、反省の為に座敷牢に囚われたのだが、短期間の暴飲暴食の為に胃が大きくなり、過食をすぐに取りやめることは危険と判断された。
その為、少しずつ食事の量を減らす療法が取られ、元の体重に戻るまでは座敷牢で過ごすことを決められたのだ。
「でも荷物運びは大丈夫なの?
トン吉は送電塔の建設で忙しいんじゃなかった?」
いくら瞬間移動できるとしても、中部地方との境目の山の稜線までなので、そこからの2〜3日間は徒歩で進まなければならない。
体の小さなハルたちは、自分の分の食料を運ぶのも精一杯で、とても村に貢献するだけの荷物を運ぶことは出来そうもない。
「うん。でもトン吉さんの場合は、向こうで魔物たちを手懐けたという事もあるし、特別に許可を貰って一緒に行くことになった。
今回の場合は、往復の日程と村での滞在期間も計算できるからね。
まあ、送電塔の建築は少しは遅れるけど、なんとか九州からの移住者たちが来る前までに電化する目途が立ったので、大丈夫みたいだね。」
ジミーが既に手配済みだよとばかりに、笑顔でこたえる。
ハルたちは文句も言わずに、家へ帰って荷物を取りまとめ、改めて学校へと出向いた。
普段は健康の為に歩いて学校へと来ているのだが、この時ばかりは時間節約の為に、瞬間移動を使う。
歩いて20分ほどの道のりも、一瞬で済むため準備はすぐに整った。
というより、自分の着替え以外は全て仙台市で調達するため、特別用意するものもないのである。
ジミーに至っては、着替えの入った小さな手提げだけで、とりあえずの準備は完了の様子だ。
トン吉が学校へ来るのを校門のところで待ち受けて、そこから仙台市まで一気に瞬間移動する。
仙台の近代科学研究所では、既に村へと運び入れるための荷物は準備され、一つにまとめられていた。
後は、其々のリュックに詰め込むだけである。
既に何度か行き来していて、危険も少ないため武装はせずに、着替えやハルたちの勉強道具の他は、各自の食料と村へ持っていく食料と医薬品と衣料品だ。
それらを主にジミーとトン吉のリュックに詰め込んで行く。
詰め込み終わると、ビルの外へと出て、中部地方の山のふもとまで瞬間移動する。
それから、遥か遠くに見える連峰の山頂を目指して、もう一度瞬間移動する。
初回訪問時に平野を見下ろして、そこへと瞬間移動した場所だ。
都合よく山頂付近に平坦な場所があったので、そこを移動ポイントとしているのだが、やはり平地とは違い高度差があるので、一旦ふもとまで瞬間移動して、実際に目で確認してからの移動となっている。
「ここから先も、村へと一気に移動できるとありがたいんだけどなあ。」
ジミーは食料や衣料品をぎゅうぎゅうに詰め込んだ、自分のリュックを眺めながら恨めしそうに呟いた。
「仕方がないわね。これから先は木々が生い茂った山道を、延々と村まで歩かなければならないのだから。
視界の悪いところを何度往復しても、方角とか距離のイメージはわかないのよねえ。
歩くしかないわ。」
ミリンダは、そう言いながら早くも山道を歩きだした。
服装は、普段通りのヒラヒラのフリルが付いたワンピースだが、靴は登山靴を履いている。
前回の九州での山登りが、よほど堪えたと見え、仙台市に寄った時にもらってきたのである。
ハルたちは前回同様登山靴で、個人用のリュックなど段々と装備が本格化して行っているようだ。
「じゃあ、今回も野外授業だ。
ゴローさんは特別休暇で欠席の為、今回は国語の授業を多めに実施する。
ゴローさんに追いつけ追い越せで頑張ってもらいたい。
まずは、漢字の書き取り練習から・・・・。」
ジミーの号令で、ハルたちはお手本を見ながら、漢字を手持ちの黒板に書き写しては消し、書き写しては消し・・・、それを何度も繰り返していく。
普段は文句がちなミリンダも、漢字の書き取りは静かに行っているようだ。
「こういうのは単純作業で、頭を使わないから楽でいいのよね。」
そう言いながら、漢字を黒板に繰り返しチョークで書き込んでは消していく。
「ちゃんと、書き順も考えながら練習しなくちゃ駄目だよ。
さっきから見ていると、書き順は毎回違ってでたらめだし、字も汚いよ。
きちんと落ち着いて、ゆっくりと書かなくちゃいけないね。」
ハルが、ミリンダの黒板を見ながらあきれた様に告げる。
「なによ、書き順なんてどうでもいいじゃない。
ようは、読めればいいのよ。」
「そうでもないよ。
書き順と言うのは結構大切で、筆の運びから、その文字を一番書きやすく効率的な順番になっているんだ。
縦書きの文章を書くときなどは、次の文字との繋がりも考慮されている。
それに草書体の文字などは偏や旁を崩しているから、書き順を知っていないと読むのも難しい。
筆などを使って、素早く書いて行く時に良く使われる文字だね。
英語で言うと、筆記体のような感じだ。」
「へえ、そんなことも出来るの。
まさに、せっかちなあたしのためにあるような文字ね。
じゃあ仕方がない、書き順もしっかりと覚えるようにするわ。
そうしておけば、後で素早く文字が書けるようになるという訳よね。」
ミリンダは、今度はゆっくりと書き順の番号通りに、漢字を書き始めた。
トン吉は少し離れた場所で、従えた魔物たちを訓練している様子だ。
大バッタやドラジャなど、力が弱く魔法もほとんど使えない魔物達だが、集団になればそれなりの使い道がある。
何よりも危険の察知能力には長けているため、強力な魔物が近づいてきて、村が危険にさらされそうなときには、素早く連絡できるよう、体勢を整えているのである。
危険が迫った時には、村に設置した半鐘を鳴らして知らせるよう、何度も念を押して訓練しているのだ。
そうして2日ほどして村へと到着した。
方角もはっきりとして来たし、以前歩いた道がうっすらと残されているため、徐々に行程が短縮されて来ているようだ。
「うーん、前回は我々の到着を待ちわびる様に、外で待っていてくれたんだけど、さすがに1週間以上遅れると、もう来ないと思ってしまったかなあ。」
まだ昼過ぎだというのに、村には人影がまるでない。
毎日毎日、ジミーたちを待ちわびていて、終いには疲れてしまったのかもと、ジミーがそう考えるのも仕方がないような場面だ。
木枠で囲って、筵を垂らしただけの各戸を見て回っても、中には人の気配もない。
まさに、最初にこの村を訪れた時と同様な状況だ。
さすがに、今回は吸血鬼に血を吸われて、昼間は外へと出たがらないのかとは考えなかったが、それでも皆で打ち合わせでもしているのだろうと、村の奥にある長老宅へと向かう。
ところが、長老宅の玄関でどれだけ呼びかけても、全く返事がない。
中の様子を伺うが、人の気配も感じられないのだ。
強い魔物が出なくなってから、村では定期的に近隣の遺跡などを調べて回っていると以前言っていたことがあったが、今日がその日だったのだろうか。
それにしても、村人達全員で行っているとは考えにくい。
せいぜい数人が出れば済む事なのだ。
「うーん、返事がないので仕方がない。
不法侵入にはなるけど、勝手に上がらせてもらおう。
ハル君とトン吉さんは、奥の居間や広間を中心に調べてくれ。
おいらとミリンダちゃんは、地下の納屋と座敷牢を調べる。
もしかしたら、超強力な魔物が来て、みんな逃げ出してしまったのかも知れない。
魔物が残っている可能性はあるから、充分に気を付けてくれ。」
ジミーはそう言いながら、懐から拳銃を取り出した。
今回は武装の必要がないと判断したので、マシンガンは持ってきていない。
護身用の拳銃が1丁あるだけだ。
まあそれでもハルたちの魔法が、その辺の魔物に引けを取るはずはないので、安心ではあるのだが・・・。
ジミーとミリンダは、玄関わきの土間の扉を開けて、地下へと降りて行く。
昼間でも薄暗いそこには、普段ならロウソクで明かりが灯されているのだが、その明りすらない。
「だれ?お父さん?
何日も誰も来なかったけど、一体どうしちゃったの?」
奥の方から声が聞こえてくる。
ここへ来て初めて聞く、村人の声だ。
「こんにちは、ジミーです。
定期訪問に参りました。」
ジミーは明るく声を掛けながら、階段を下りて行った。
「キャー、ジミーさん。よかったあー。」
「早く、ここから出してー。」
地下の奥の方から、悲鳴にも似た黄色い叫び声が聞こえてくる。
ジミーたちが階下へと降り立つと、納屋には牛や豚にニワトリが囲われていて、それらも一斉に鳴き声を上げだした。
まるで、止まっていた時が突然動きだしたかのように。
更に、奥の座敷牢に2人の村人が居た。
ぱっと見は判らなかったが、よくよく見ると見慣れた村娘たちだ。
少しだけやせた、瑞葉と桔梗である。
彼女たちは、牢の格子にしがみついて、必死に叫んでいる。
「一体どうしたというんだ?
他の村人たちは、どこへ行った?」
ジミーは壁から鍵束を取ると、座敷牢の鍵を開けながら2人に尋ねた。
「知らないのよ。
わたしたちは、昼間は畑仕事をさせられて、夜には座敷牢に入れられていたのだけど、3日前から誰も地下へと降りては来なくなってしまったの。
私たちが、いつまでたっても痩せて元の体型に戻らないから、あきらめて私たちを捨てて仙台市へ移住したのかと思って、それはもう怖かったわ。」
瑞葉が勢いよく牢から出てきて、捲し立てる。
最初に見た時よりは格段に痩せていて、顎もせいぜい2重顎程度だが、それでも食糧事情があまり良くはない、今の時代では太っている方だろうか。
それは、もう一人の娘である桔梗も同様のようだ。
「運動代わりにって、畑仕事を手伝わされているのだけど、体を動かすとその分お腹が空いちゃって食欲が・・・。
仙台市のお医者さんも、無理して食事制限するよりは、腹8分目を守って徐々に減らして行った方がいいって言っていたから。」
ジミーが二人の体型を、しげしげと眺めていたら勘づかれたのか、瑞葉が恥ずかしそうに顔を赤らめながら答えてきた。
「3日前から?
村の人たちが、二人を置いてどこかへ行くようなことはないだろう。
勿論仙台市へは来ていないし、西日本の都市も、我々はつい先日までいたけど、来ている様子はなかった。
多分近くにいるとは思うけど、とりあえず一緒に上へ来てくれ。」
ジミーに促されて、二人とも階上へと向かう。
ミリンダは、そんな二人ににっこりとほほ笑むと、手に持ったファッション雑誌を手渡した。
彼女たちは歓喜の声を上げ喜んで、ミリンダにお礼を言っているようだ。
少しでもダイエットの励みになる様にと、ミリンダが今までにため込んでいたファッション誌を、少しずつ持ってきているのだ。
若者がいない村での生活が長いので、年の若い彼女たちに親しみを感じているのだろう。
対する彼女たちも、ミリンダを妹のように感じているのかもしれない。
ジミーたちは階段を上がり、玄関から廊下を通って奥にある居間と一続きの、大広間へと向かう。
既に、ハルたちが中へ入っているようで、障子が半開きになっている。
ところが、その部屋を覗き込んだ途端、ジミーは異常な様子に目を見張った。
トン吉が、何かつぶやきながら茫然と広間の中央にある長いテーブルを、見つめているのだ。
「おい、一体どうしたんだ。」
ジミーがトン吉に声を掛けると、ふと我に返ったようにトン吉が振り向いた。
「い・・・いえ。ハル坊ちゃんが・・・突然・・・。」
後は言葉にならなかった。
トン吉は2本しかない指で、テーブルの上を指さしている。
そこには、抜身の剣が置かれていて、その脇には革製の細長い紐のような物がある。
それは幅と長さから見て、剣の鞘のように見て取れる。
更に、少し離れて真ん丸く座繰りを入れた厚い木の板が、同じくテーブルの上にあり、大きな玉が板の真ん中に鎮座している。
テーブルの向こう側には、黒くつやがあり光を反射している、四角い箱があるだけだ。




