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53話

                13

 中腹の敵基地に戻ると、そこには轟以下、千人は越えるであろう多数の町民が待っていた。


「戦いは終わりました。

 核爆弾も、もうありません。


 だから、ふもとに連絡をして自衛隊の攻撃もやめさせてください。

 お願いです。」

 所長は、そんな人々に深々と頭を下げた。


「判りました。

 自衛隊員には、降伏するように連絡させます。


 先ほどから、何度もこの戦闘の意味と攻撃の必要性に対する質問が来ていました。

 彼らも、どうやら正気に戻っていたようです。

 こちらから正当な要求をすることはいいけど、武力に訴える事の間違いに気づいたのでしょう。」


 轟はそう言うと、他の町民に命じて自衛隊員を捕獲していた部屋の鍵を開け、中の隊員にふもとの部隊へと連絡する様、依頼した。

 隊員は抵抗するでもなく、無線室へと向かい無線連絡を始めたようだ。


「どうやら、神宮寺が操っていた効果が途中で消えたようですね。

 マイキーの話では4時間くらいと言っていたから、既に攻撃は止めようとしていたかもしれませんね。」

 ジミーがその様子を見て、所長に話しかけた。


「うん、そう言う事だろうな。

 こうなると、厄介なのは召喚魔法が使える、2名だけとなるな。


 彼らはどうやら操られていたという訳ではなさそうだ。

 自分たちの意志で動いているとなると、少し厄介な事だな。


 猿轡を外すと召喚獣を呼び出される恐れがあるが、猿轡をかけっぱなしという訳にもいかんだろう。

 食事も与えなければならんしな。


 さて、弱ったぞ。召喚獣にも壊せないような丈夫な建物の中にでも幽閉するか?」

 所長は、自衛隊員を拘束した部屋とは別の、召喚魔法を使う2人の部屋のドアを見つめながら、腕組みをして考え込んだ。


「まあ、最悪は魔封じの紐を使うという方法はありますよ。

 本来は魔物の為に作った物だけど、人間にも同様の効果はあります。


 最近は忙しくて制作できていなかったのですが、釧路の魔物たちは紐を使わなくても従順という事が分って来たので、順次外して行っています。

 その為、空きはあるので大丈夫です。」

 ミッテランが所長に提案した。


「まあ、仙台にも私が制作した魔封じのネックレスがあるのだが、召喚魔法を使うだけでも、首が絞まって召喚者は死んでしまうだろう・・・。

 うーん、でも仕方がない事なのか・・・・。」

 所長は深い思案をするように、首をかしげながら腕を組んだ。


「それは、問題なさそうよ。」

 マイキーはそう言うと、町民に頼んでその部屋の鍵を開けさせた。


 そうしてホースゥと共に中へと入って行く。

 ホースゥはがんじがらめに縛られた男のシャツの袖をまくりあげると、そこには黒く絵や文字が刻まれていた。

 男の腕には大きな刺青が入っていたのだ。


 これには、ハルたちも少し後ずさりをする。

 しかしホースゥは構わずに、何事か呟きながら、その刺青を指で撫ぜ始めた。

 すると、その刺青は剥がれ落ち、やがて1枚の長方形の紙片に変わった。


「○△※×、■○×△※・・・・・・・・・・・・・・・・・△□○」

 ホースゥはその紙を皆に見せると、もう一人の男の腕からも、同様にして刺青をはがして紙と化した。


「これが、召喚魔法を使うための護符だそうよ。

 彼女の師匠の強力な念が込められていて、ある程度の徳があれば召喚魔法を使えると言っているわ。

 それでも、この町民たちの中で使えたのは、この2人だけだと言っているけどね。」

 マイキーがホースゥの言葉を通訳する。


「そうだったか・・・。では、彼らは最早召喚魔法は使えないという訳だな。」

 所長がそう言ってマイキーの顔を見つめると、マイキーがホースゥに耳打ちをする。

 するとホースゥが大きく頷く。


「よーし、彼らの拘束も外してあげよう。」

 所長の言葉で、ジミーとロビンがぐるぐる巻きにしたロープを解いて行く。


「ちょっと待って・・・。


 じゃあ、どうして敵のリーダーはドラゴンを召喚出来たの?

 召喚用の護符はもう一枚ドラゴン用もあったってこと?

 それは燃えてしまったってこと?」


 ミリンダが突然思いついたように、二人に声を掛ける。

 その言葉で、ジミーもロビンも手を止める。


「いえ、違うわ。彼ら2人は護符の力を借りて召喚していたけど、リーダーの神宮寺は自分の魔力で召喚していたって言っていたわ。


 2人の召喚の様子を見ているうちに使えるようになったって言っていたけど、彼は召喚魔法を使えたのよ。

 そのほかに、光の魔法も使えたはずよ。


 それらは全て、彼女に教わったって言っていたけど、本当かどうかは判らないわ。」

 マイキーが説明する。


「ふーん、悪徳も徳って聞いたけど、リーダーってのはよっぽど悪い事をしていたのね。

 だから、簡単に召喚魔法が取得できたんでしょう?」


「×△□○・・・△□○×△・・・・・」

 ミリンダの言葉に、ホースゥも小さく頷いた。


「ということは、敵にはもう召喚魔法を使える人はいなくなったって事ね。」

 ミリンダの言葉を受けて、ジミーたちはまた拘束を解き始めた。


 そうして猿轡を外した時に、ひげもじゃの男が、何かジミーに問いかけている。

 しかし、ジミーは目をつぶり首を横に振った。

 その態度に、2人ともが凍りついたように動かなくなる。

 しばしの沈黙の後、拘束を解かれて自由になった2人は、所長たちの元へと歩み寄ってきた。


「俺たちのリーダーの事は残念だったけど、恨んではいない。

 それだけのことはしてきた人間の様だったし、俺たちもたまについていけないところもあった。

 今回の件だって、さすがに都市の征服なんて、やりすぎだって言ったのだけど、聞かなくって・・。


 そのうちに、自分がドラゴンの召喚ができる様になると、今度は天に昇らせて竜神にするんだって言い出して・・・、もうなんかめちゃくちゃで意味わかんないし・・・。」

 ひげもじゃの男はそう言うと、少し悲しそうにうつむいた。


「奴は最初のうちは1匹オオカミで、配給の品物を盗んだり、お年寄りを騙して金を巻き上げたりしていたらしい。

 ところが俺たち食い詰者が集まって来たので、配給の列に何回も並ぶとか、便利屋のような少しでもまっとうと言えるような商売を考え出してくれたんだ。


 慣れないやつが盗みとかすると、すぐに捕まるって言ってね。

 悪い奴だけど、やさしいところもあることはあった。

 但し、いう事を聞かないやつは、とことん締め上げるってえ恐い面もあったがね。


 だから正直な話、奴の支配下から外れて、ほっとしている面もないことはない。

 しかし、それでも俺たちは共犯だ。

 これからどうなるか、判るか?」

 目つきの鋭い短髪野郎が、少し小さな声で尋ねてくる。


「いや、君たちの処遇に関しては、西日本の都市の人たちの見解もあるだろうから、一概には何とも言えない。

 しかし話を聞いた限りでは、都市側の問題もありそうだし、君たちだけを悪者にはしないよう、私からも弁護はするつもりだ。

 あまり厳しい処置にはならないと考たい。


 それに、選択肢の一つとして聞いてほしいのだが、北海道にも我々同様戦火を逃れた人々の村がある。

 その村は、老人と子供しか今のところはいなくて、若い働き手を欲しがっているのだ。


 先ほど、君たちのリーダーにも話をしてみたのだが、そこへの移住の話を聞いて、少しは乗り気だったようだ。

 まあ、結局は説得しきれなかったのだがね。

 どうだろう、少し考えておいてくれないか?


 正式には、北海道の村の方たちの意見も聞いたうえで、改めて申し込んでからの話だから、今のところは全く確実な話ではない。

 そういった話も期待できるという程度に、覚えておいてほしいだけだがね。」

 所長は短髪の男の両肩をがっしりと握って、真剣な眼差しで答えた。


「ふーん、北海道か。


 学校で習っただけで、死の土地だと言っていたが、生き延びた人もいるという事か。

 まあ、正式な申し込みがあれば、改めて考えて見るよ。」

 男はそう言いながら、少し笑みを浮かべた。


「では、引き上げるとしよう。


 行きは、直接ここへ飛行機から移動したけど、帰りはふもとまで降りなければいけないぞ。

 かなり骨が折れそうだ。ふぅ。」

 所長は先ほどの登山の厳しさを思い出したのか、深いため息を付いた。



「こういった訳で、突然の反乱のように説明を受けましたが、この都市側にも少なからず問題があると考えます。

 結構犠牲者は出ていた模様ですが、今後は遺恨を残さず、双方で話し合って九州の居住地の運営方法を検討していただきたいと考えます。


 なにせ地方での生活と言うのは、思ったよりも過酷で、ましてや何の生活基盤もないところで生活をしようとしている訳ですから、その苦労に見合うだけの報酬は必要という考えには、私は賛成です。」


 大阪のビルの会議室で、今回の件の報告を終えたところだ。

 所長は、なるべく穏便に済ますよう、出来るだけ弁護するつもりでいた。


「判りました。こちらとしましても、彼らの行為に甘えていた面はあるかもしれません。

 彼らの苦労を汲んで、少しでも楽になるよう生活環境を整えることと、配給や賃金面の優遇を検討いたします。

 いずれ移設しようと考えていた、太陽光発電や風力発電施設の建設も早急に進めましょう。


 今回は危険な所へと出向いて、問題を解決に導いていただき、3都市の市民ともども本当に感謝しております。

 今後、ますます交流を深めまして、お互いに協力し合って明日の日本を構築していけますよう、進めて行きましょう。」

 大阪市長が深々と頭を下げる。つられて、西日本の都市側の出席者も頭を下げる。


「それから、これはお願いなのですが・・・。

 北海道の村に関してですが、この村には現在の所、老人と子供しかおりません。

 ここに居る魔法を使えるハル君たちの村なのですがね・・・。


 今回の首謀者ともいえる、少々問題があるグループの方たちなのですが、もしよければその村へと移住していただければ、ありがたいと考えております。

 村では働き手が必要ですし、彼らだって環境が変わればうまくやって行けるかもしれません。


 いかがでしょうか?」

 今度は所長が、頭を下げる。


 既に釧路には無線で連絡して、長老会議を通じて彼らの引き受けの了解を貰っているのである。

 村では働き手である若者たちの移住は、願ってもないことで大喜びの様子だ。


「おお、そうですか。

 我々としましても、彼らの処遇に関しましては、弱っておりました。


 なにせ、言い分に関しては納得できる面もありますが、やり方が良くない。

 かといって、あまり過激な罰を与えるわけにもいかない・・・といった訳でして。


 まあ、彼らの希望を聞くことが先決ですが、彼らさえよければ移住の話は進めていただいても、問題ありません。」

 大阪市長は、少し肩の荷が下りたと言った風で、顔の表情も緩んできたようだ。


「では、今後ともよろしくお願いいたします。」

 所長の挨拶で報告会議は終了した。



「どうも、すんまへんでしたなあ。

 なんせ、情報開示っていう気が全くありまへんのや。

 いうたら、恥やいうてな。


 うちが分っていることでしたら、内々にお伝えできたのですが、うちにも分ってなかったことが仰山あったようで、ご迷惑をおかけしました。」

 ロビンが、休憩所で紙コップのコーヒーを皆に配りながら、頭を下げた。


「ハル君たちには、ミルクやでえ。」


 ハルたちは、手渡された暖かいミルクを飲みながら、九州の居住区での生活を思い出していた。

 ハルたちがふもとへと到着した時は、既に夜になっていたので、彼らの居住区に1泊したのだ。

 そこは、ハルたちの村と変わらない生活環境だった。


 いや、井戸なども数ヶ所しかなく、決して快適な生活環境とは言えそうもないところだった。

 そんなところに、1万人も生活しているのだ。


 元は自動販売機で、簡単にコーヒーやミルクを飲めるような生活をしていたのであれば、不満も出るだろう。

 ハルたちにとっては、都会のビルに囲まれた生活は特別な事なのだが、彼らにとってはそれが当たり前の生活だったのだ。


 それでも、ハルたちの村での生活は、苦労もあるが喜びも大きい。

 収穫した作物や、水揚げした魚を手に取った時の感動や喜びを、早く彼らとも共有したいと感じていた。



 帰りの飛行機では、飛行機が苦手なゴローは灰になって、ハルの座席の下のツボに収まっている状態なので、静かなものだ。

 北海道へ帰ってから土に埋めておくと、1週間ほどで蘇るはずなので、その間の授業は特別休暇と言う扱いにするらしい。

 まあ、戦闘時の名誉の負傷と言うか、名誉の戦死なので特例とするようである。


 九州の少々問題があるグループの処遇に関しては、200名のうち半分以上の120名が北海道への移住を希望し、残りの約80名は九州に残ることになった。

 待遇が改善されるのであれば、残っても構わないだろうという事のようだ。


 冬が厳しい北海道よりも九州の方が良いと考える者もいるのだろう。

 それでも、北海道へ来る人間の中には女性も多く、4割は女性という事で今後の村の繁栄に対して、大きな希望の光が射しこんできた。


 彼らをきちんと監督できるかという事に関して、危ぶむ声もあったが、実際の所、釧路の村ではミッテランをはじめ、魔法を使える人間がそこそこいるので、充分な抑止力になると考えているようだ。

 それに、力に関しては魔物たちも居るので、数の面からも心配には及ばない。


 何よりも、村では転入してくる若者たちを信じてともに築いて行こうと考えているので、大きな問題はなさそうだ。

 彼らが来るころには、釧路の村にも電気が通って、少しは文化的な暮らしができる様になっているだろう。

 村人の誰もが、彼らの慣れない土地での新生活が、少しでも快適なものに出来る様、最大限の協力をするつもりでいる。

 そんな、新たな移住者を心待ちにしているハルたちであった。


          完



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