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50話

                10

 2時間ほど山道を登り、一行はようやく山頂へと辿りついた。

 山頂には、中年の男と若い女性が2人の3人が、火口付近に立っているのが見える。


 よく見ると、女性同士で何か言い争っている様子だ。

 しかし、遠すぎて何を言っているのかはわからない。

 それでも、髪を振り乱して相手に掴みかかるような仕草で、何かのもめ事であることは容易に想像できる。

 驚くべきことは、すぐ隣にいる男が、それを止めるでもなくそのままにしていることだ。


 そうして、彼らの頭上には巨大な翼の生えた鳥とも爬虫類ともつかない異形の姿が浮いている。

 3体目の召喚獣だ。


「あれは、ドラゴンね。

 敵はドラゴンを召喚したようね。」

 ミッテランが、それを見るとすぐに頷いた。


「ハルに召喚させようとしていた神獣ね。

 先に召喚されていたから、ハルの召喚魔法が成功していたとしても、召喚は出来なかったって訳よね。」

 ミリンダが、その大きな姿を見上げながら呟く。


「そんなことはないわ。

 召喚魔法は召喚獣が重複していても、其々の召喚者毎に召喚されるわ。

 召喚者によって、召喚された神獣の能力や性格なども異なる場合が多いわね。」


「ふーん、ドラゴンって強いの?」

「そうね、いわば西洋の竜よ。一般的にはだけど、強烈な火炎を吐くし、強大な力を持っているわ。」


「そうか、手ごわそうだね。

 チベットの高僧と言うのが、もう一人の女性だろう。


 召喚魔法の使い手は、これで全部のようだ。

 まあ、まずは説得を試みよう。」


 所長はミケの背中の上から、話しかけてきた。

 女性のうちの1人が誰かはすぐに判った。

 マイキーだ。彼女は敵のリーダーと行動を共にしているのだ。


「どうも、こんにちは。」

 所長が、3人組に大声で声を掛ける。

 3人は驚いた様子で、所長たちの方に振り返った。


「なんだね、君たちは。

 こんな時代に、小学校の遠足でもないだろう?


 山頂まで何をしに来た?しかも、召喚獣まで連れて。」

 中年の口ひげを生やした男は、油断なく構えながら、左手に小さな箱を持ち替えた。


「よいしょっと。どうも、こんにちは。

 我々は、西日本の3都市の依頼でこの地にやってきた、東北は仙台と北海道は釧路の住民の集まりです。」

 所長は、ジミーの手を借りてミケから降りると、3人に向けて会釈をした。


「ふーん、その東北と北海道の人が、何の用だ?」

 男は尚も油断なく、辺りを見回している。


「実を言いますと、西日本の都市の方たちの依頼は、この問題の収束、つまりはあなたたちの逮捕だったのですが、

 ここにきて色々と話を聞く限り、どちらに非があるのか分からなくなってきました。


 いかがでしょう、ここはひとまず収めていただいて、平和的に解決できませんかね。」

 所長は穏やかな口調で、切り出した。


「そうだろう、俺たちは俺たちがやっていることが、悪い事だとは思ってはいない。

 それどころか、当然の要求だと思っている。


 悪いのは、そんな要求を全く無視して、何もしようとしない西日本の奴らさ。」

 男は、当たり前の事とばかりに、胸を張った。


「そうでしょうか、要求自体は当然のようにも受け取れましたが、爆弾を脅迫の材料にして、西日本の都市の服従を要求するというのは、いただけません。


 この行為には、正義は全く感じられませんよ。」

 対する所長は毅然として答える。


「爆弾?これの事か?


 当初はこの核爆弾を火口に落として火山爆発を誘発し、そこに召喚したドラゴンを突っ込ませることにより、天に昇らせて神獣化しようと考えていたのだが、どうやら人間の女と契りを結べればドラゴンは天へ昇って竜神となるらしい。


 だから、今となってはどうでもいいのだが、それでも西日本の奴らがいう事を聞かなければ、容赦はしない。

 爆弾を爆発させても構わないぞ。」

 男は左手の箱を高く掲げた。


 どうやらリモートコントロールする、爆弾の起爆装置のようだ。


「だめよ・・・、ドラゴンとは私が契りを結ぶわ。

 だから、爆弾は必要ないでしょ。」

 その左手の箱を自分の両手で包むようにしながら、マイキーが男にしだれかかった。


「あっ、マイ・・・」

 その光景を見たハルが大きな声で叫ぶのを、ジミーが慌ててその口を塞ぐ。


「いやあ、マイッタナア。こんな若くて魅力的な女性に言い寄られて、これじゃあ毎日が楽しくて、西日本に帰る気もなくなってしまうよねえ。

 ハル君はませているから、ついそんなことを口走ってしまうんだよなあ。」

 ジミーはハルのほっぺたを、思いっきりつねった。


「いや、でもマイ・・・」

 ジミーは尚もハルの口をしっかりと塞ぐ。


「参った参った。ねえ。」


「ゴホン、彼女は確かに美人ではあるが、俺に言い寄ってきている訳ではない。


 どうやら、チベットからの客人とどちらがドラゴンと契りを結ぶのか、言い争っているようだ。

 先ほどからどちらも譲らんので、なかなか契りが結べなくて困っている所だったのさ。


 だが、そんな与太話も終わりだ。残念だったな。」

 男は尚もべたつくマイキーを、引きはがしながら答えた。


「ハル君駄目じゃないか。潜入捜査しているマイキーに向かって名前を呼んでは、素性がばれてしまうよ。」

 ジミーは男がマイキーを引きはがしている隙に、ハルに小声で囁いた。


「ご・・・ごめんなさい。でも、知っている人によそで出会ったら・・・」


「だから・・・、マイキーは別。マイキーには他所であっても挨拶しては駄目よ。」

 ハルの背後から、ミリンダも小声で囁く。


「はーい・・・。」

 ハルはどうしても、納得できていない様子だ。


「どうやら、ドラゴンを天に昇らせて竜神にしようとしているんだわ。

 契りを結べば竜が天に昇って竜神になるというのは、どうやら本当の事のようね。」

 ミリンダが小声で囁く。


「そりゃそうですよ。だから言ったじゃないですか。」

 続けて竜の化身が囁く。


「ただでも強力な召喚獣であるドラゴンを竜神にしてしまっては、全く歯が立たなくなるわ。」

 ミッテランも小声で続ける。


「少し、時間を稼ごう。


 ここへ来てからのあなたたちの行動をお聞きしましたが、それを聞く限りではどうやらあなたたちは、それほど悪い人ではなさそうだ。


 そう考えますと、大阪での行動も何か勘違いがあったのではないかと、予想されるのですが、違いますか?」

 所長は突然大きな声を出して、敵リーダーの神宮寺に呼びかけた。


「大阪でのこと?


 お前たちが、大阪市長たちに何を聞いていたのか分かりはしないが、俺たちが大阪に居た時のことだって、決して間違ったことをしていた訳じゃない。

 食料や衣類の配給と言うのは、週に1回行われていたのだが、当然のことながら各家庭に配達してくれるわけじゃない。その配達にもコストがかかるからな。


 長ーい行列に並んで、ようやく配給米や野菜を手に入れられるのさ。」

 神宮寺も、大声で返事を返し始めた。


「へえ、ただでもらえると思っていたけど、結構大変なのね。

 釧路の村だったら、待っていれば農家の人や漁師さんが家へ持ってきてくれるけど、小さな地域だからかもね。」

 ミリンダが、故郷を思い出すようなコメントを呟く。


「僕なんか、おじいさんのお使いで、たまにある衣料品の配給の列に並んでいるけど、近所の人たちや子供たちと話なんかしながら並ぶから、結構楽しいよ。」

 ハルもそれに続く。


「健康な人間なら、それでもいい。

 ただ行列に並んでいるだけで、いいのだからな。


 だが、中には体が不自由な人や、長時間立っていられないお年寄りもいるわけだ。

 最初のうちは、そういった人たちの代わりに配給の列に並んで、食料や衣類を調達しては、届けてお礼に金を貰っていたのさ。」

 神宮寺は先ほどとは違い、少し穏やかな口調に変わってきたようだ。


「へえ、聞く限りでは、そんなにひどい事ではなさそうね。」


「まあ、少し調子に乗りすぎたというか、余りにありがたがられるから、お礼にもらう手数料もだんだんと高額になっていったり、配給品の上前をはねて、それを闇市で売ったりもしたがね。


 我々が、そういった事をやり出してからは、それまで何のチェックもされていなかった配給制度が、引換券との引き換えになり、まあそれでも依頼を受けてやっていたから、我々は構わなかったのだが・・・。


 そうすると今度は我々への配給停止と言う事になり、グループメンバーの顔写真が配給所に掲示された。

 最早、指名手配犯だぜ。


 それに自分の取り分まで配給を止められて、俺たちは何を食べればいい?」

 今度は、苦々しそうに舌打ちをした。


「うーん、ちょっとやり方が極端ね。

 お互い様ではあるけれど、西日本の都市のやり方にも問題がありそうね。」

 ミリンダは、組んだ腕から伸ばした拳に顎をのせ、うんうんと頷いた。


「都市の奴らは、俺たちはまだ働き盛りだから、しっかりと働けばちゃんとした生活が出来るなんて言うけど、俺たちに何が出来る?

 もともと、工場作業や農作業などがうまく出来なくて、食い詰めた奴らの集団だぜ?


 少しでもまっとうな仕事をって言うので始めた便利屋家業だ。

 それを否定されては、打つ手がねえよ。


 仕方がないので、立ち入り禁止区域に潜り込んでは、家や事務所にあった金を拝借していたってわけよ。

 潜り込むのも大変だったけど、管理されていない区域だから、たまには魔物も出るし、何よりも野生動物が結構いるから危険だった。


 猿なんかは集団で襲ってくるし、熊なんかに出くわした日には、命がけさあ。

 そんな苦労して手に入れてきた金だから、ありがたく使わせていただくことの何が悪い?」


 神宮寺は話し終えると、ゆっくりとハルたち一人一人の顔を順に眺めて行った。

 まるで、自分の話した内容に対しての反応を見定めるかのように。


「うーん、気持ちは分からなくもないんだけど・・・、ちょっと違うのよねえ。

 何が違うのかは、あたしには分らないけど・・・。」

 ミリンダは、そんな神宮寺を見つめながら、少し首を振った。


「な・・・何がいけねえ?」

 すると神宮寺は両手を大きく広げて、問いかけてきた。


「うーん、僕もお手伝いで畑を手伝ったりするけど、結構力仕事で大変な思いもします。

 でも、その畑で野菜や果物が収穫出来たら、それが沢山実ったらすごくうれしいし、更にそれを食べておいしかったら、もう一度うれしくなれます。


 だから、農作業っていうのも結構楽しいんですよ?」

 ハルが明るく微笑みながら返した。


「どうにも話を聞く限りでは、動きが怠慢とか我慢強くないことで工場作業や農作業に向かない、といった訳ではなさそうだ。

 長ーい行列に並んだり、野生動物や魔物が出る未開区域に潜り込んで、そこからお金を調達してきたりするのだからね。


 そう考えると、人間関係かね。

 工場作業はまさに集団作業だが、大阪での農作業はどういう風に行われていましたかね?」

 所長がそんな神宮寺を見つめながら、問いかける。


「農業?あんなのは農業とは言えないよ。

 広大な農場をトラクターで耕して、そこへ苗を植えるのだが、植えた米や野菜の管理は人間が見回らなければならない。


 なにせ、旧文明で使っていたとされる農薬というものは、我々は未だに作ることが出来ていないからな。

 人がいちいち虫が食っていないかとか変な病気に掛かっていないかを見て回るのだが、分業制を敷いていてまさに管理された状態で、俺たちみたいに農作業に詳しくないやつは、最初のうちはそれをやらされるわけだ。


 しかし、人間のやることだから、たまには見落としや勘違いもあるだろう?

 ところが、そんなことで収穫が落ちると、頭から雷を起こすように怒鳴り散らす奴がいるわけだ。

 豊作不作の全ての責任が、見回りしている人間に押し付けられてしまう。


 大抵の奴は、そんな環境が耐え切れずにすぐに辞めてしまうのさ。」

 神宮寺の声のトーンが少し上がってきたようだ。


「僕たちの村だったら、小さな畑を自分で耕して種を植えて、育てます。

 最初から最後まで全てをやるから、収穫量の多少は全て自分の責任だけど、人に怒られることもないですよ。


 よかったら、僕たちの村へ来ませんか?

 魔物たちとの戦いで、村には若い人が全くいません。

 老人と子供たちだけです。


 だから、働き手でもある若い人たちは、村にはうってつけです。」

 ハルが名案とばかりに、嬉しそうに満面の笑みで問いかけた。


「まあ、そう言う事もありかもね。」

 ミリンダも頷く。


「村の長老会議に掛けて承諾を頂く必要性はあるが、今の話を聞く限り、格別悪い人間でもなさそうだ。

 村では若い人材を欲しがっているので、うってつけとはいえる。

 ここでの不毛な争いは収めて、そうされてはいかがかな?」

 ミッテランも同調した。


「いや、まさにその通りかもしれない。


 説明すると長くなるからここではできませんが、まさに北海道には老人と子供しかいない村があります。

 今の生活環境に不満があるというのであれば、そこへ移住するというのは、いい選択肢ではないでしょうか。


 但し、電化を進めているとはいえ、生活環境自体はそんなに楽ではないと考えます。

 今、この地での生活よりも、快適であることを約束できるわけではありません。


 しかし、人に束縛されることもなく、自己責任で農作業でも漁業でも好きな事をされるというのも、選択肢としてはあると考えます。」

 所長もその考えに賛同した様子だ。


「そ・・・そうなのか?

 このままでは、戦いを止めたところで都市との確執があるから、暮らしにくいと考えていたのだが、そういった解決方法もあるという訳だな。うーん・・・。」


 神宮寺は腕を組んで小首をかしげた。

 考え込んでいる様子だ。


 説得工作が功を奏しそうで、所長たちはがぜん色めきだった。

「そうそう、おいらも今は学校の先生として北海道に住んでいるけど、景色は綺麗だし最高だよ。」

 ジミーも説得に加わってきた。


「うーん・・・。

 老人と子供だけなら、支配して思い通りにすることも簡単そうだなあ。」

 しばしの間、神宮寺は目をつぶりながらおでこを指先で叩いて、考え事をしているようだ。


「いや・・・。」

 と・・・、突然、小さく首を振り出した。


「ミケ、こっちへいらっしゃい。

 ミリンダ、疲れているだろうけど、もう一度極大寒波(ウルトザード)を使う事は出来そう?」

 神宮寺の態度の急変に、ミッテランはミケを呼び寄せ、みんなの後ろ側に寝そべらせる。


「ええ、大丈夫よ。山登りで結構体力も使ったけど、時間稼ぎで息も整ってきたわ。」

 ミッテランの問いかけに、ミリンダは小声で答える。


「だめだな、約束もあるしな。

 折角のお誘いを悪いが、・・・・お断りだ。」

 そう言い放つと、神宮寺はマイキー達の方に振り返った。


「おい、どっちが契りを結んでくれても、こっちは一向に構わねえんだ。

 じゃんけんで決めな。それが嫌なら、俺が指名してやる。

 だから、今すぐ契りを交わして、竜神を呼び出せ。」


 マイキーともう一人の女性は、未だに言い争っている様子だったが、神宮寺の言葉に一瞬動きが止まった。


「そうはさせないわ。モンブランタルトミルフィーユ・・・・・極大寒波(ウルトザード)!!!」



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