48話
8
「何かしらね、この建物。」
ミリンダが、門の前から建物を見上げる。
2階建ての建物だが、山の斜面に立てられているので、下側からは見上げる程の威圧感がある。
「ここには、たくさんの人たちが捕えられています。」
みんなの元に蝙蝠が飛んできて、人に姿を変えた。ゴローである。
『捕えられている?』
その言葉に数人が反応した。
「ええ、どうやらこの建物は、地下に深く作られているようですが、そこにたくさんの人が閉じ込められています。」
ゴローは先行で到着して、約束通り内部を探っていたのだろう。
「じゃあ、救い出さなきゃ。
中には見張りの人間はどれくらいいるの?」
「見張りは軍服を着た自衛隊員の様で、1階に5人で地下に10人ほどです。
2階は自衛隊の人たちの部屋の様で、米軍が来てからは大半がふもとへ行って、今はいません。
でも、見張りは全員マシンガンで武装しています。」
ミリンダの問いかけにゴローが答える。
「うーん、こっちにはマシンガンが1丁かあ。」
ジミーが首からぶら下げた、マシンガンを軽く叩きながら、天を仰いだ。
「いい考えがある。一階の見張りは同じ部屋の中に居るのかね?」
所長がゴローに向かって問いかけた。
「はい、入口右の部屋の中に居ます。
ここから、窓越しに見えるでしょ?」
ゴローの指さす方向を見ると、両開きの玄関ドアの向こうは奥へと続く廊下があり、その右隣の部屋に明かりが灯っているのが、窓越しに見える。
どうやら、外の様子には気づいていない様子だ。
それはそうであろう、ふもとには既に自衛隊員たちの部隊が出動していて、米軍を引き留めているはずである。
突然、山の中腹にあるこの施設に、降ってわいたように敵が現れるはずはないのだ。
各自、其々のデスクワークをこなしている様子で、外の様子を伺うどころか、無駄口を聞く様子もなく黙々と仕事をこなしている様である。
「ハル君、あの部屋へ直接瞬間移動できるかね?」
所長は、今度はハルの方を向いた。
「はい、中の様子もうかがえるので、大丈夫ですよ。」
「じゃあ、これを渡す。
これは音響弾と言って、強烈な光と大きな音を出す手りゅう弾だ。
殺傷能力はないが、目と耳をやられて、しばらく動けなくなる。
敵とはいえ、同じ日本人だ。殺すには忍びないので、なるべく無傷でとらえたい。
ここを引っぱると、10秒後に破裂する。
中に入って起動して、すぐに瞬間移動して戻って来られるかな?」
「はい、大丈夫です。」
所長の言葉に、ハルは自信満々に答えた。
所長は、持ってきたリュックの中からハルに音響弾を手渡した。
「はーい、こんにちは。」
自衛隊員が詰めている部屋の中へと瞬間移動したハルは、所長に言われた通り、起爆用のクリップを引っ張ると、音響弾を床に置いて、そのまま消えた。
「えっ?まっ・・・。」
見張りの男が声を掛ける間もなくハルは姿を消し、次の瞬間、強烈な閃光と轟音が部屋中を包みこむ。
「それ、行け。」
所長の合図で、ジミーを先頭にロビンが部屋の中へと突入する。
自衛隊員は、ショックでほとんど気絶状態だ。
マシンガンを奪い、拳銃など武器を持っていないかどうか確認しながら、一人一人に手錠をかけていく。
そうして5人をまとめると、ロープでひとくくりにする。
部屋を制圧した後で、廊下へと出ようとすると、階上の音を聞きつけたのか、地下から数人の兵がマシンガンを構えながら、階段を駆け上ってくる。
「雷撃!!!」
ミリンダが唱えると、彼らの頭上目がけて稲妻が落ち、燻った煙を上げながら、全員その場に崩れ落ちた。
「ふん、死なないように手加減してあげたんだから、感謝しなさいよ。」
ミリンダは、そんな彼らを見下ろすように、腕を組んで胸を張った。
「ひゅー!すごい。」
その光景を見ていたロビンは、歓喜の声を上げ、羨望の眼差しでミリンダを見つめる。
「雷撃を動いている複数の目標に、正確に打ち分けられるようになったようね。
かなり上達したわ。」
ミッテランもミリンダの成長に、満足しているようだ。
すかさずジミーが倒れ込んだ自衛隊員に手錠をかけて、拘束する。ロビンもそれを手伝っていく。
ミッテランは、自衛隊員に治癒魔法を施していく。
それぞれが、自身の役割分担を理解して、手早く進めていっている。
先行で階段を下りて行くハルとゴロー。
その先には、数人の自衛隊員がマシンガンを構えて待ち受けている。
しかし、ゴローはすぐに蝙蝠に姿を変え、残った小さな子供のハルを見て、一瞬自衛隊員の手が止まる。
「氷の竜巻、凍りつけ!!!」
ハルの体を中心に猛吹雪が発生して四方に広がって行く、やがて吹雪は渦をなし、目標を見定めたかのように一気に襲いかかり、彼らを凍りつかせた。
どうやら、彼らには魔法耐性はない様子だ。ハルたちの手加減した魔法でも十分に効果がある。
ジミーは凍りついた両手からマシンガンを奪い取ると、彼らをひとまとめにしてロープでくくった。
「緊急連絡!SOS,SOS」
階下の部屋の中では、一人の自衛隊員が壁際の箱に向かって、叫んでいる。
どうやら、無線機で緊急連絡をしている様子だ。
「凍れ!!!」
ハルが魔法を唱えると、使っていた無線機が凍りついて使用不能になった。
「ここまでだ、降伏しろ。」
ジミーがマシンガンの狙いを定めて、部屋の入口から声を掛けると、凍りついた無線機の前の自衛隊員は、観念したように両手を上げて、こちらに振り向いた。
まだ年若い男の両手に手錠をかけ、逃げないように腰ひもを括り付けると、右手でそれをしっかりと持ちかえた。
「この階に、九州に残った人々が閉じ込められているという事だが、そのカギはこの部屋にあるのか?」
ジミーは穏やかな口調で、男に尋ねた。
「はい、壁にかかっています。」
男は抵抗をする様子もなく、質問に答えた。
「じゃあ、そのカギを使って、全員を解放しろ。」
ジミーは男を促すと、彼は鍵束を壁から取り、腰ひもを括りつけられたまま部屋を出て行く。
そうして、隣の部屋から順にドアのカギを開けていく。
その部屋は、窓ガラスには金属の網が入っていて、割っても出られないようにしてあるようだ。
ドアを開けると、中には数十人が広い部屋の中で雑魚寝をしていた。
そんな部屋が、いくつも地下の中にはある様子だ。
「みなさん、我々は西日本の大阪、京都、奈良の各都市からの依頼で、皆さんを助けに参りました。
もう大丈夫です。皆さんは解放されました。
どなたか、今回の事件のいきさつを説明できる方はいらっしゃいませんか?」
ジミーは自衛隊員について各部屋の鍵を開けに回っているので、代わりに所長が解放された部屋に入って、説明を始めた。
「やあ、ありがたい。」
「ようやく、助けが来た。」
人々は口々に、そう言いながら部屋から出て来た。
「えー、まだいいのに・・・。」
「彼らは、どうなっちゃうの?」
ところが、こんな言葉もちらほらと囁かれている。
「どうも、私が九州 阿蘇駐留部隊の市民代表だった、轟と申します。」
部屋の奥の方から、中年の男性が所長の所へと赴き、挨拶をした。
「どうも、私は東北地方の仙台市近代科学研究所所長の竜ヶ崎と申します。
どうやら不逞の輩が反乱を起こして、西日本の都市征服を図った様子ですなあ。」
所長も自己紹介をして頭を下げる。
「いえ、不逞の輩というより、我らの同胞です。
確かに、大阪に居る時は評判がよくなかったグループのリーダーが、今回の件の首謀者のようですが、こちらに来てからというもの、心を入れ替えた様に全員が真面目に働いていました。
西日本を支配下に置くように言われていますが、我々の要望を認めてほしいという運動が、今回のきっかけになっただけです。」
轟は、捕えられていたとは到底信じられないほど血色の好い顔色で、はきはきと話した。
「要望・・・?こちらからの要望を出したのがこじれて、こういったクーデターのような事になったという訳ですかな?」
所長は余りにも意外な返答に、事態が飲み込めない様子である。
「最初はまさにその通りでした。
実を言いますと、九州に我々が残ったのには訳がありまして、一つには九州地方で栽培していたと思われる、コーヒーやマンゴーなど南国のフルーツや嗜好品の栽培。
もう一つには、放牧されていたのが野生化したと思われる、数多くの和牛の回収と飼育。
これらで、西日本社会を豊かにする目的でした。」
「ほう、それは素晴らしい事ですなあ。」
所長は、感心したように頷いた。
「ところが、この土地での生活はそれほど楽なものではありませんでした。
魔物たちは至る所に残っていて、襲い掛かってくるし、生活基盤が確立していないので、農地開拓も簡単には進まず、ましてや野生化した牛を手懐けるのは容易な事ではありません。
半年経過しても開拓は思うように進まず、このままでは何もできずに、この地でただ飢えるだけだと、白旗を上げて西日本へ戻ろうというのが大方の判断でした。
生活環境が整えなければ、西日本はいつでも受け入れるという約束があったからです。
そんな折、沖合に難破船を発見しました。」
「難破船?」
「はいそうです。
漁をするために、大きめの船も持ち込んでいたのですが、その船が一艘の小さな船を見つけて保護しました。
それには、一人の若い女性が乗っていました。
たった一人で、しかも小型の船で遠洋を渡って来たようですから、無謀としか言いようがありません。
幸いにも、女性に怪我などはなく至極元気ではありましたが、オールなどもなくただ流れに流される状態であった所を保護したのです。」
「ほう、それで、その女性はいかがなされました?」
「その女性は、チベットの山奥から日本を目指して旅をして来たそうで、徳の高い高僧の様です。
丁度、チベット語を話せる人が居て・・・、その人は評判がよくなかったグループのリーダーですが、彼が通訳して、コミュニケーションを採りました。
そんな彼女は我らの生活を見かねて、魔法を教えてくれました。
召喚魔法というものです。
魔法などと言う力が、我らに備わってるはずもなく、徒労に終わるはずが、3人が召喚術を取得して、召喚魔法を操れるようになったのです。」
「というと、魔法や召喚魔法は、全てその女性に教えてもらったという事ですかな?
それまでは、全く使えなかった、」
所長は、念を押して確認をした。
「はい、そうです。それまでは、魔物が使う魔法は知ってはいました、火や水を吐いたりする魔法ですね。
それ以外は全く知りませんでした。
しかし、たった3人でも召喚獣の力は強大で、近隣の魔物は全て追い払うことが出来、更に野生の牛もその迫力の前に、従順になりました。
彼女のおかげで、全てがうまく行ったのです。」
「その、召喚魔法が使えるようになった3人のうちの1人が、よこしまなグループのリーダーですな?」
「まあ、我々はよこしまな連中とは思ってはいません。
大阪での評判がよくなかっただけと考えています。
この地では、皆助け合って仲良くやっていました。」
「でも、今あなたたちは捕えられて、この建物の中に監禁されていたではないですか。
彼らに、捕まっていたのでしょう?」
所長は、どうしても轟の言葉の意味が飲み込めなかった。
「いやあ、これはふもとに米軍が攻めて来たので、危険だから一般市民は非難するようにとの配慮です。
それと、万が一米軍に制圧された時に、我々は無関係とするために、わざわざ監禁しているように誂えている訳です。われわれは、普段は自由に農作業をしていますよ。」
轟は笑って答えた。
「ほう、そうですか。
召喚獣のおかげで、魔物も居なくなり牛も飼育できるようになった。
更に居住区の人たちは、争う事もなく仲良く共同作業を続けていた。
では、何が問題だったのです?」
所長は、どうにも問題の根本に辿りつけていないことに、焦りを覚えていた。
しかしここで、せっついてしまっては、根本原因を聞き逃してしまうかもしれないので、極力平静を装って順序立てて聞いて行こうと考えた。
「我々は、都市を遠く離れた不便な土地で、ようやく暮らしています。
ふもとには小さな町も作りましたが、発電設備もなく不便な状況です。
そんな中で、都市の為に収穫しているのだから、コーヒーやマンゴーや牛肉の価格を上げろと要求したのです。
せめて、こちらに居る間は都市で働いている分より、倍くらいの賃金はよこすように要求しました。
この地で苦労している我々にとっては、当然の対価と考えたのです。
ところが、都市からの回答は厳しいものでした。
衣料品などの供給にも船などを使って送り届けなければならないので、輸送費がかかっている。
今でも、医薬品や衣料などは優先して配給しているので限界だ、とても賃金を増やすことは出来ないというのです。
そうしなければ、今度は都市部の人間が不満を口にするというのです。
わざわざ、過酷な地に留まらせておいて、その地へ物資を輸送するのに手間がかかるだなどと、とても信じられない回答です。
私はその電文を見て、目を疑いました。
それでも、西日本の都市のバックアップがなければ、我々の生活がままならないことは確かです。
ある程度の農産物はあっても衣料品や薬など、都市へ頼らなければならないことはたくさんあります。
仕方がないので、その場ではあきらめました。」
轟は、その時のことを思い出したのか、悔しそうに唇をかむ。
その言葉を後方で聞いていたロビンは、申し訳なさそうにうつむいた。
それはそうであろう、日頃都市生活の恩恵とばかり、自販機のコーヒーを当たり前の様にがぶ飲みしていたのが、このように辺境の地で苦労している人々のおかげで成り立っていたことを、今初めて知ったのだ。
「ところが、それでは収まらなかったグループリーダーが、西日本の都市に反旗を翻し、それに自衛隊が追随したという訳ですかな。」
所長はようやく事態が飲み込めてきた様子だ。
「はい、当初は誰もが仕方がないものだとあきらめていました。
それと、どうせ数年もすれば交代要員が来ることになっていたので、余り騒ぎ立てることもしない方が良いと考えていました。
ところがある日、そのリーダーが・・・神宮寺と言うものなのですが・・・、彼が突然立ち上がると、西日本を支配下に置くと言い出したのです。
勿論、誰もが反対しました。
しかし、彼を説得に行った面々は全て彼に従って、手足のように動くようになるのです。
よほどうまく説得されるようですが、私にもその気持ちは判らないでもないのです。
そうして、自衛隊は全て彼に呼応し、神宮寺のグループだった主なメンバーが反乱を起こしたのですが、その時に丁度大きな不発弾を開拓していた畑から掘り起こしたのです。
自衛隊員がいますので無害化する事は簡単でしたが、それはせずに、西日本の都市を脅迫することになりました。
それからは、私はメンバーではないので、詳しくは知りません。」
「ほう、そう言う事ですか。
自衛隊のメンバーも、皆さんの苦労を知っているから、神宮寺の言葉に呼応したという訳でしょうな。
彼らの主張は判らないでもないのですが、核爆弾を使って脅すという事は、絶対に認められません。
そんな行為を自衛隊のメンバーも、良く認めていますね。」
所長は大まかな事由を理解したが、どうしても納得できない事柄があるようだ。
「はい、核爆弾に関しては私も反対しました。
多くの市民がそうです。
その人々は、彼らと行動を別にしているのです。
しかし、どうも直接神宮寺と対峙すると・・・、目が金色に輝くと言っていたものも居ますが、彼に押されて逆らえないようなのです。」
「目が金色に輝く?」
この言葉に、最後列に居たゴローが反応した。
「そいつの頭には、角が生えていましたか?」
「角?なによそれ、牛じゃあるまいし。」
ゴローの言葉に、今度はミリンダが反応した。
「いえ、神宮寺は魔物ではなくまっとうな人間です。
角など生えているはずもありません。」
轟は、そんなゴローの問いかけを否定した。
「そうですか・・・。」
ゴローは下を向いて考え込む。
「ゴローさん、何か知っているの?」
ハルが、その顔を下から覗き込む。
「いや・・・、なんでもない。どうやら人違いなようだ。」
ゴローは、顔を赤くして苦笑いをした。
「じゃあ、とりあえずは、ここはこのままで・・・。
我々は山頂を目指しますから、皆さんはこの建物の中で待機しておいてください。」
所長が廊下にあふれんばかりにごった返している、市民たちに大きな声で告げる。
ジミーとロビンは、捕獲した自衛隊員を監禁部屋の中へと運び入れ、ロープを部屋の奥の柵に結びつける。
「フン、人を解放したのなら、すぐに逃げればいいのに、無駄に時間を使ったようだな。」
無線連絡をしていた自衛隊員が、後ろ手に手錠を掛けられ、腰縄を壁に結び付けられた状態で、含み笑いをしながら呟いた。
ハルたちが地下から階段を上がってくると、建物の外には巨大な虎と狐が宙に浮かんで待ち受けていた。
先程の緊急無線を聞きつけて、援軍が駆けつけて来たのであろう。




