47話
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「今回の作戦はこうだ。
先行して米軍が山のふもとから攻撃を仕掛けて、自衛隊部隊をおびき寄せる。
我々は敵が核爆弾を準備しているという山頂への攻撃の為に、山の中腹に飛行機から瞬間移動する。
すると、敵は主力ともいえる白虎と九尾の狐を繰り出してくるだろう。
強烈な攻撃魔法を放つ召喚獣だ。
そのままでは立ち向かえない。
そこで、ミッテランさんの召喚獣の出番だ。」
「ミケ?ミケじゃあ、攻撃力がないから何の役にも立たないわよ。」
所長の作戦案にミリンダがすかさずダメ出しをする。
大阪へ来て既に3日目。翌日の早朝には九州へ向けて出発だ。
この日は夕方から、今回の作戦の最終打ち合わせが行われている。
米軍のスマイル大佐は、とうに九州に向けて出発していてここにはいない。
西日本側のスタッフは、警察署の所長と、ロビンを含めた数人の警察官がいるだけだ。
実際に敵と対峙するのは、ハルたち応援の人間なので、これでも構わないということだろう。
「いや、ミケが重要なカギを持つ。
ミッテランさんによると、ミリンダちゃんは極大寒波の魔法をほぼ習得したらしいね。」
「そりゃあもう・・・、完璧よ。」
ミリンダは力強く答えた。
「ぼ・・・僕は・・・、炎系の魔法をもう一度完璧にするだけで手いっぱいで・・・。」
ハルは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いや、相当強力な魔法らしいから、ミリンダちゃんが使えるだけでも十分だ。
敵が白虎や九尾の狐を召喚したら、すぐに極大寒波の魔法を唱えて欲しいんだ。
そうすれば、召喚獣は平気でも、召喚魔法を使った人間は凍ってしまうだろう。
我々はミケにくっついていれば凍えることはない。ミケはすごくあったかいからね。」
「ああ、なんか意外なところで役立つのね、あの猫・・・。」
ミリンダはあきれ顔で呟いた。
「そうよ、結構役に立つんだから。」
対するミッテランは、鼻高々な様子だ。
「ハル君は、その他の魔法を使う人たちへのけん制をお願いしたい。
魔法を使って凍りつかないものも居るかもしれないからね。
なにせ、魔法に関しては敵の勢力が全く分かっていないのだから。」
「はい、分りました。」
所長の言葉にハルも力強く頷く。
「それにしても、どうして魔物や魔法を知らない、この地の人間たちが、わずか1年ほどで召喚魔法まで使えるようになったのでしょうかね。
私なんか、一生懸命魔法を覚えようとしていますが、未だにその片鱗すらも見えてきません。
魔法に関しては結構長い間、研究を続けてきたにもかかわらずにです。
九州に残った人たちは、何か特別な人たちだったのですか?」
所長は作戦を練る上でも、相手の詳細な情報が少しでも欲しいと考えていた。
なにせ、自分たちで希望して向こうの地に残ったという情報以外は、全く伝えられていないのだ。
「は・・・はい。九州のメンバーですか・・・。」
大阪市警察署長の剛堂がしどろもどろに話す。
今日も的を射る回答はないのか・・・。
「うちが代わりに話します。」
ロビンが手を挙げて立ち上がった。
「し・・・しかし・・・。」
剛堂は尚も難しそうに、ロビンを制するように両手を上げる。
「駄目ですよ、これから九州まで行って、我々の代わりに戦ってくれるわけですから。
本当のことを話さないと。」
ロビンは、厳しい目つきで署長を睨みつけた。
「そ・・・そうか・・・。仕方がないな。」
剛堂は、観念したようにうつむいた。
「彼らの一部は、我々の都市の住民ではありましたが、仲間といった意識はありません。
離島の出身ではないようですが、どこから来たのか誰も把握しておりません。
どちらかと言うと、トラブルばかり起こして、迷惑な存在でした。
3都市で50万人も居れば、中にはよこしまな考えを起こすような輩も出るのでしょうが、彼らはまさにそれでした。
配給の列に何度も並び直して、多くの食料を受け取っては、それを闇市で高値で売ったり、極めつけは紙幣の偽造です。」
ロビンが署長の代わりに説明を始めた。
「紙幣の偽造?
つまりお金の偽造・・・偽札という事ですかな?」
ロビンの言葉に所長が反応した。
「言ってみればそうです。
我々の都市では、基本的には食料や衣料品等生活に必須なものは、依然として配給制を続けております。
その他の、ぜいたく品・・・コーヒーなどの嗜好品は、労働の対価をお金でもらい、それで支払う自由経済を成り立たせようとしています。
お金は今の所旧文明時代の紙幣や硬貨をそのまま使用しています。
都市内に残っていたお金をすべて集めて国庫にしまい、一定量を流通させているのです。」
「ほう、その辺りのやり方は、仙台市と似ていますな。」
所長はうんうんと頷きながら説明を聞いている。
「ところが、3都市に分散して50万人が住んでいるとはいえ、都市のうち使っているのは、実際にはそのごく一部分だけです。
立ち入り禁止区域が大半を占めている訳です。
彼らはその立ち入り禁止区域に忍び入り、家の中にあった紙幣を持ち出しては、街で使っていたのです。
同じ旧文明の金ではありますが、国庫で管理されていない、まさに偽札と言えます。
我々の都市では警察機構はありますが、主に交通整理など住民の暮らしを補助する為に設置された機構でして、わずかばかりの生き残りが肩を寄せ合うようにして暮らしている、今の時代に犯罪などは想定していませんでした。
彼らが唯一の犯罪者集団と言えます。
犯罪を取り締まる機構も法律もなく、それを罰する裁判所なども持たない我々は、そんな彼らを持て余していたのですが、その時に爆弾騒ぎで九州へ避難しました。
そうして、こちらへ戻るときに、折角だから九州地方にも、その足掛かりを残しておこうという事になった訳です。
大半の人たちは自主的に残ったのですが、200人ほどのごく一部の悪さを働く人たちに対しては、こちらの都市に戻ったら、刑務所を復活させてそこに収監するから、それが嫌なら九州に残って畑仕事をするようにと、半ば強制的に残されたのです。
自衛隊の部隊を全て残してきたのも、魔物に対応する目的もありますが、主には彼らの監視活動の為でした。
そんな彼らですから、我々に恨みを持っているのは当然です。
その為、この都市を支配下に入れて服従させようと考えているのでしょう。」
ロビンは、説明を終えるとそのまま席に着いた。
「そうですか、もしかすると口には出さなかっただけで、彼らは魔物の存在を知っていて、魔法も使いこなしていたのかも知れませんね。」
話を聞き終わって、所長は厳しい顔をして考え込んだ。
「その可能性はあります。
米軍が魔物たちを一掃したとは言っても、広い西日本地方全体を網羅した訳ではありません。
中には未だに魔物たちが潜んでいる土地もあるでしょう。
その為、我々が住む3都市でも、居住区以外は立ち入り禁止としているような訳ですから。
そのような所に、平気で立ち入ることが出来る訳ですから、魔法とやらの使い手という事は十分に考えられるでしょう。」
警察署の所長が、やや複雑な顔つきで答えた。
北海道の過酷な環境下で魔物たちと戦ってきた、ハルたちだけが魔法を使える存在ではないだろう。
もしかすると彼らの方が、よほど高度な魔法の使い手なのかもしれない。
なにせ、ミッテランでさえもうまくコントロールできない、召喚魔法が使えるのだから。
まあ、何にしても実際の現場で確かめながら、対処していくしかない・・・と所長は考えた。
「判りました。
厳しい戦いが予想されますが、協力し合って頑張りましょう。」
そういいながら、所長は深々と頭を下げた。
『パリパリパリパリ』プロペラの音が、飛行場に鳴り響く。
ハルたちが来て4日目の早朝、まだ辺りが暗い中、ついに飛行機にて九州へと出発する時がやってきた。
「じゃあ、よろしゅうお願いいたします。」
婦人警官の制服に身を包んだロビンが、みんなを飛行機の中へと案内しながら挨拶をした。
どうやら、西日本側で同行するのは彼女だけのようだ。
もっとも、瞬間移動できる人数は限られているので、1個師団と同行しても作戦行動することは無理ではあるのだが・・・。
所長を含め、ハルたちは順にプロペラ機へと乗り込む。
どうやら、所長も作戦に参加する様子だ。
なにせ、200人からの魔法を使える人間たちが相手なのかもしれないのだ。
いや、その他に残った合計1万人が相手なのかもしれない。
適切な作戦行動を現場で練るために、所長が参加を決めた。
垂直離着陸機は、轟音をなびかせながら、ゆっくりと浮かび上がった。
そうして、プロペラを前方に向きを変え水平飛行に入る。
これから数時間もすれば目的地だ。
「いやあ、西日本の都市ばかりか、九州にまで立ち寄れるなんて、まさに修学旅行だなあ。
みんなも、しっかりと窓の外の景色を、目に焼き付けておけよ。」
ジミーは、爆撃で形状が変わったとはいえ、緑も復活しつつある眼下の景色を眺めながら、ハルたちに向かって大声で話しかけた。
彼にとっても、仙台市と釧路以外の土地は初めて訪れる場所なのだ。
楽しそうに、景色を満喫しているようだ。
「お気楽ねえ、これから後数時間もすれば、とんでもない魔法戦争が始まるかもしれないっていうのに。」
ミリンダは、そんなジミーをあきれ顔で観察している。
「そうだ、今のうちに竜の化身さんに名前を付けておかない?
竜の化身さんじゃあ言いにくいからポチなんかどう?」
ハルが前方の席のミリンダに話しかけようと、腰を浮かせて座席の隙間から顔を出した。
「ポチ?」
「うん、昨日みた古いアニメに出て来た犬の名前。
昔は、猫はミケで犬はポチってつけるのが多かったんだって。
ミッテランさんの召喚獣はミケでしょ。
だから、これから召喚獣になるかもしれない竜の化身さんは、ポチってしておけば、忘れないし呼びやすいよ。」
ハルは嬉しそうに笑顔で話しかけた。
「ふーん、こんなやつの呼び名は何でもいいけど・・・。
じゃあ、お前は今日からポチよ。
ポチって呼ばれたら、ちゃんと返事するのよ。」
ミリンダは首からぶら下げた、竜の化身に向かって呟いた。
「ポ・・・ポチって・・・、私は、神ですよ?」
竜の化身は不満なのか、小さく反発した。
「いやなの?
ここで、このまま握りつぶしてもいいし、飛行機から降りたら、その辺の家畜の餌にしてもいいのよ。
もっとも、家畜の方で願い下げで吐き出されちゃうかもしれないけどね。」
ミリンダは厳しい口調で、竜の化身を睨みつけた。
「は・・・はい。ポチで・・・いいです・・・。」
「いいです?」
ミリンダは尚も竜の化身を睨みつける。
「い・・・いいえ。ポチってすごくいい名前を付けていただいて、ありがたいなあ。」
竜の化身は、体を小刻みに震わせながら、勉めて明るく答えた。
「そう・・・、気に入ったのね。よかったわ。」
ミリンダは、ハルに向かってウインクする。
ハルもそれに応えて、笑顔で大きく頷いた。
「間もなく、阿蘇山上空に達しますが、あいにくと台風が来ている様子で、暴風雨が発生しています。
とりあえず、雲の下を目指しますが、山にぶつかるといけないので、下げられる高度にも限界があります。
この状態で、瞬間移動できますか?」
操縦席と連絡を取っていたロビンが、緊急事態を告げてきた。
もとより、プロペラ機の騒音で気にも留めていなかったのだが、途中から暴風雨圏内に入った様子だ。
眼下には真っ暗な雲が張り詰め、景色が閉ざされている。
「うーん、目標物が見えないと、瞬間移動は無理ねえ。」
ミッテランは、窓の外を眺めながら首を振る。
「旧文明時代と違って、全国のお天気情報とか、台風情報が手軽に手に入る時代ではないからなあ。
しかし、米軍は既に攻撃態勢に入っているだろうから、取りやめるわけにもいかん。
何とかならんかね?」
所長は何とか作戦を遂行しようと、腕を組んだ。
やむを得ず雲の集団へと突っ込んだ飛行機だが、不思議な事に瞬く間に雲が掻き消え、日差しが地上に降り注いできた。
眼下には目標とする阿蘇山がしっかりと見えてくる。
「ポチのおかげね。」
ミリンダは首からぶら下げたポチをぎゅっと握りしめた。
「いたたたた・・・、ちょ・・・ちょっと力が強すぎます。」
ポチは苦しそうにうめきだす。
「あっ、ごめん。つい・・・。」
ミリンダは慌てて、手を離す。
「つ・・・つい・・・で、殺されては堪ったものじゃありませんよ。」
そういいながら、ポチは大きく息を吐いた。
「じゃあ、行くわよ。
目標は山の中腹。丁度、2階建ての建物があるから、あの建物の前にしましょう。」
ミッテランの号令のもと、ハルたちが瞬間移動する。
ハルはジミーを連れ、ミリンダがロビンを連れ立つ。
所長とその他の荷物は、ミッテランが一緒に運ぶ。
3組は、順当にクリーム色の建物の正面に移動してきた。
それは、結構大きな建物だった。




