46話
6
「ふぁーあ。」
翌日の朝、昨日同様グラウンドに魔法の授業のために集合した面々だが、意外にもミリンダもミッテランも生あくびを噛み殺しているような表情だ。
「ふぇー、おはようございます。」
それはハルも同様の様子だ。
あんなに楽しみにしていたはずの、本格的な魔法授業なのだが・・・。
「昨日はミッテランおばさんが、何とかっていう男女の恋愛の物語を明け方まで見ていたから、それに付き合ってほとんど寝ていないわ。ふぁー。」
ミリンダは少し涙を浮かべながら大きな欠伸をした。
「だって、全10話ってなっていたから、昨日と今日しか見る暇はないでしょ?
明後日は夜中に出発だっていうし・・・。」
ミッテランは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「うん、僕も、アニメっていうの?絵が動く奴。
ロボットのアニメを見ていたら、そのまま寝ちゃった。」
「ああ、感動したなあ。」
ハルの言葉にジミーが頷く。
どうやら、ホテルのビデオサービスを見ていたらしい。
西日本では本当にビデオやテレビが復活しているようだ。
「じゃあ、始めましょう。
まず、ジミーさんは基礎練習だから、炎や水をイメージして、合わせた自分の手の中に表現してみて。
ハル君は炎系の魔法を新しく覚えたようだから、それを見せて。
炎と氷の属性を両方持っていると、炎系が高度になると氷系もおのずと高度な魔法が使えるようになるはずよ。」
「はい。」
ジミーは自分の胸元に両手を少し離して合わせ、火のイメージを持ちながら集中した。
これをじっと続けるのである。
「父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。灼熱の炎、灰と化せ!!!」
ハルが魔法を唱えると、真っ白い光と化した灼熱の炎が、目の前に立てかけられた丸太に襲い掛かる。
一瞬のうちで丸太は燃え尽きて灰になった・・・かと見えたが、表面を焦がしただけでぶすぶすと燻っているだけだ。
「あ・・・あれ?」
ハルが首をかしげる。
「ま・・・待ってください。
覚えたのはもう一つあります。
・・・父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。煉獄の炎、浄化せよ!!!」
ハルの体から、いくつもの小さな玉が発生して頭上へと浮かび上がる。
その赤い玉は、ゆっくりと向きを変え、丸太へと向かって飛んでいく。
赤い玉は次々と丸太の中に入って行き、内側から赤く染めていく。
やがて、丸太全体が赤くなったかと思うと、光を発しながら燃え尽きた・・・と思ったら、丸太は内側から裂ける様に4つに割れただけで、煙を上げながら燻り続けている。
「あれ?まただあ。」
ハルはどうしていいのか分からずに、オロオロとしている。
「うーん、やっぱりハル君は平和主義者だから、魔法効果が上がれば上がるほど、加減してしまうのね。
特に、どちらの魔法でも相手を傷つけたのを、まともに見ているから、無意識にセーブしてしまうようね。
でも、それは駄目よ。
実際に魔法を発揮する時に、相手によって効果を加減することはあっても、練習で加減しては駄目。
本当に必要な時に十分な魔法効果が発揮できなくなるわ。
まずは丸太相手でもいいから、魔法効果を最大に発揮できるように練習して。
氷系の魔法はそれからね。」
「は・・・はい!」
ミッテランに言われた様に、ハルは丸太相手に何度も魔法を唱える練習を続けた。
「じゃあ、最後はミリンダね。
この魔法はかなり高度な魔法になるから、まだ早いと思っていたけど、私が召喚獣を出せば使えなくなるのだから、あなたにも教えておくわ。
いい?1回しか使わないから、よく見て覚えるのよ。
フレン・ドアスカメッセ・・・・極大寒波!!!」
ミッテランがそう唱えると、瞬時に広いグラウンド一面が真っ白い氷の世界に変わった。
ジミーは両手を合わせて集中した状態のまま、下半身が氷漬けになり、ハルの魔法を放った丸太が炎ごと凍りついたほどである。
ハルもミリンダも瞬間的に自分の体の周りに炎や水の壁を作り、ゴローは蝙蝠に変身して飛び上がり難を逃れた。
「これでも、一番魔法効果を弱くして、みんなに被害が及ばないようにしているの。
この魔法は他の天候系魔法と違って、目標に対してだけ効果があるものとは違うわ。
なにせ、外気温を操作する魔法だから、自分たちの周りの気温も含めて下げてしまうので、使う時には注意が必要よ。」
ミッテランは、ガリガリと靴音を立てながら凍りついたジミーの所へと歩み寄り、治癒魔法を施すと体をゆすって目を覚まさせた。
「ミッテランさん、こ・・・これは・・・。」
真っ白く霜が降りた顔のジミーは、自分の身に何が起こったのか分からないでいる。
「ごめんなさい、ちょっとジミーさんの事を忘れていたわ。」
ミッテランはちょっぴり舌を出して笑って見せた。
解除の魔法はなく、溶けるのを待つしかないようなので、ハルもミリンダもそのままで訓練を続けた。
「へ、へ、へ、へーくしょーい!
いやあ、風邪を引いてしまったかなあ。」
部屋へと戻って、熱い湯船につかったジミーは、何度もくしゃみを繰り返した。
夕方の授業にも差し支えるので、早めに戻って温まることにしたのだ。
「向こうでの合流場所を記した地図が出来たみたいだから、取りに行こう。
ゴローさんは、今日の昼食後には出発するのだろう?」
昼食の為に戻ったビルの1階エレベーターホールには、所長が待ち受けていた。
「はい、そうさせていただきます。」
ゴローは、そう答えて所長の後に続いてエレベーターに乗り込む。
ハルたちもそれに続く。
エレベーターから降りた一行は、長い廊下を歩いて会議室へと向かう。
どうやら、昨日と同じ会議室・・・と思ったら、一つ手前のドアの前で、若い女性が立っていて、ドアを開けて中に入る様に手招きしている。
案内通りに中へ入って行くが、中は真っ暗で人が居るのかどうかも見えない状態だ。
とりあえず詰め込まれるように全員が中に入ると、突然ドアが押されたように勝手に閉まった。
そうして、室内にLEDの明かりが灯る。しかし、半分も灯っていないのか依然薄暗い。
「悪霊退散。邪悪なる存在よ、地の底へ帰れ!」
頭に頭巾のような物をかぶり、全身紺色の服に身を包んだ女性の集団が、叫びながら詰め寄ってくる。
だれもが、何が起きたのか分からずに、その場に立ち尽くしている。
女性たちは、其々が手に銀色の十字架を持ち、手に持った小さなボールの水を指ですくい、ゴローにそれを向けてかけている様子だ。
しかし、ゴローは驚いた風を見せるが、別に何ともない。
「では、これはどうだ。」
今度は手に小さな球が連なった、ロープを翳しながら迫って行く。
辺りに強烈な臭いが垂れ込めてくる。
「ふーむ、これでも平気か。よほど長い年月を生き延びて来たのだな。
しかし、油断したな。お前の一番嫌いな聖なる日の光。
カーテンで遮っておいたが、この狭い部屋の中、隠れる場所はないぞ。
さあ、灰になれ・・・。」
先ほどから先頭に立って叫んでいた若い女性が、窓際に走り込むと、勢いよく遮光カーテンを開けた。
すると、まばゆいばかりの日差しが部屋の隅々にまで射しこんでくる。
「・・・・・・」
一同をしばし沈黙が包み込む。
「じ・・十字架に聖水、にんにくも平気な上、更に太陽の光ですらも平気なのか・・・。」
頭巾集団は、思わぬ結果に言葉もない様子だ。
「太陽の光って・・・、ゴローさん、つい今まで外にみんなと一緒に居たし・・・。」
ハルが小声で呟いた。
「一体これは、どういう事ですか?」
矢継ぎ早に起こる出来事に、言葉もなかった所長が、ようやく口を開いた。
すると、突然ドアが勢いよく開き・・・。
「あーっ!やっぱりやあ。
大切なお客さんやねんから、失礼なことしちゃいかんて、昨日あれ程念を押したはずなのに・・・。
なんで、こんなことしますンや。」
昨日、みんなを案内してくれたロビンが、騒ぎを聞いて駆けつけてきたようだ。
「だって、吸血鬼ですよ・・・。邪悪なる存在です。」
「だから、それは、伝説の吸血鬼の話やろ?
今ここに居るのは、現実に存在する吸血鬼はんや。
いいものか悪いものか、分らしまへんがな。」
ロビンは尚も納得していない様子の、頭巾集団を強く否定した。
「すんまへんなあ。今回の応援メンバーの中に吸血鬼が居てはる言う情報が流れたら、邪悪な存在は排除やいうて、修道院から尼さんが飛んできたんですわ。
わざわざ遠いところを、うちらの為に来てくれた客人に、絶対失礼なことしたらあかんて、何度も念を押したんですが、いう事も聞かんと・・・・。」
ロビンが申し訳なさそうに、悲しげな表情で頭を下げる。
「どうやら、吸血鬼のゴローさんを、悪人と勘違いして退治しようとした様子ですね。
確かに、旧文明の資料を見る限り、吸血鬼と言う存在は人を惑わす悪役のように捉えられている場合が多い。
しかし、我々の知る限り、このゴローさんは悪役どころか、困った人の役に立とうとする、やさしい心の持ち主です。絶対に悪い人ではありません。
今回も、何の関係もないのに、西日本の方たちの手助けになれればと、作戦に参加してくださいました。
私が保証します、ゴローさんを信じてください。」
所長は、水を掛けられてびしょ濡れのゴローさんを前にだし、自分は頭を下げた。
「ほれ、見て見い。いいものやいうてるで。
分ったら、おとなしく引き上げやあ。」
ロビンの言葉に、頭巾集団は力なくうつむいた。
「でも、さすがやねえ。吸血鬼の嫌いな物ばっかり攻撃に、全く動じなかった様子や。」
「いやあ、他の吸血鬼がどうかは知らないけど、僕は十字架もにんにくも聖水も太陽も、みんな平気だよ。
ニンニク料理も良く食べる位さ。」
ロビンが感心したように、ゴローに振り返るが、本人はどうともないと普通に答えた。
「でも、中部地方の村では、ゴローさんに噛まれた村人たちは、昼間は眠って夜に働いていましたよね。
やっぱり、陽の光が嫌いだったんじゃあ。」
ハルが思い出したように、ゴローに尋ねた。
「いや、ゴローさんの血の成分が、陽の光に弱いのだな。
というよりも、ゴローさんの体から離れた血と言った方がいいかな。
兎も角ゴローさんの血に感染すると1時的に不老不死となるのだが、その血は弱くて紫外線などに当たると死滅してしまう。
だから、感染した村人たちは、本能的に太陽の光を嫌ったのだと考えている。
ゴローさん自体は、平気なんだがね。」
ゴローの代わりに、ゴローの研究をしている所長が答えた。
「僕の苦手とする唯一のものは、美しい女性たちさ。」
そう言いながらゴローは、頭巾集団に向かってウインクをしてみせた。
『うゎー!』
たちまち、女性たちの目がハート形になる。
よく見ると若くて美しい女性ばかりだ。
『ゴン!』という大きな音と共に、ゴローが前のめりに転がった。
長い巻き髪を振り乱し、ミリンダがゴローの尻を思いっきり蹴ったのだ。
今日もフリル付の裾が広がったスカートの、女の子らしいワンピースを着ているのにお構いなしだ。
「い・・・いやだなあ。
一番美しいのは、勿論ミリンダちゃんですよ。」
「フン!」
ミリンダが、床に臥したゴローを厳しい目線で見下ろす。
「まあ、ともかく、参りましょう。」
険悪なムードを見かねたロビンが、大声で一行を促した。
やはり、会議室は昨日と同じ部屋の様で、すぐ隣の部屋のドアを開けて、中へと導かれた。
そこには既に、ジミーの姿があった。
「これが、日本地図です。
大戦前の地図なので、細かな部分は地形が変わっている所もありますが、目的地までの、大まかな方向はこれで判断願います。
そして、この地図が九州に残してきたチームが居る居住区です。
大体の地形を表してあります。
この中の、この部分で落ち合いましょう。」
日本地図には、九州の熊本地方に印が着けてあり、もう一枚の拡大地図には、山の中腹に×印が付いている。
この山が阿蘇山なのだろう。
直接山の中腹で落ち合うという事は、所長が言っていた通り飛行機の上から、瞬間移動で山の中腹に降り立つ予定なのだろう。
「了解しました。では、2日後の午前中ですね。」
ゴローはそう言いながら、2枚の地図を懐にしまった。
「じゃあ、少しごたごたがあったが、昼食にしよう。」
一行は、階上のレストランへと向かい、昼食をとり、その後ビルの外へと出て来た。
「じゃあ、ゴローさん気を付けてね。」
「ああ、大丈夫。場所さえ判れば、ひとっ飛びさ。」
レストランで詰めてもらった弁当と缶詰の包みを抱えて、ゴローは蝙蝠に変身した。
四角い風呂敷包みを両足にぶら下げた蝙蝠が、よろよろと西の空を目指して飛んでいく。
「さあ、私たちは魔法の特訓の続きよ。」
ミッテランの号令のもと、ハルたちは再びグラウンドへと戻って行った。




