45話
5
「そうです、このように・・・。」
ミッテランが手を振ると、会議室の真ん中の空間に、小さな炎が舞う。
『おおー、こりゃすごい!』
魔法を見るのは初めてなのか、歓声が飛び交う。
「ほー、すばらしいですなあ。
この力が、その・・・召喚・・・と関係するのですかな。」
大阪市長が、大きく何度も頷きながら尋ねてきた。
「そうです。召喚魔法です。
それで召喚獣を呼び出します。」
「その、召喚獣と言うのは、何のことですかな?」
「ですから、米軍がやられたという、白虎と九尾の狐です。」
「白虎と狐?確かに大きな魔物が出て米軍の大半が犠牲になったという事でしたが、それは魔物ではなくて召喚獣とおっしゃいますか?」
「はい。魔物は動植物の魂と、人間の魂が融合して形成された、一種の霊的な存在です。
その為、大量の魂が集合すれば巨大な魔物となる可能性はありますが、それはあくまでも実在する動物の姿をしているはずです。
白虎はともかく、九尾の狐となると伝説の生き物ですから、召喚魔法で召喚したものと考えております。」
所長がミッテランに変わって説明した。
「ほほー、召喚魔法ねえ・・・。」
誰ともなく、ため息のように言葉が漏れる。
「あ、あの・・・。もしかしたらあなたたちは、魔物とか魔法に関して、ご存じないのですか?」
所長は、どうにも噛みあわない会話に、焦れた様に尋ねた。
「はい、私たちは先程申しました通り、離島に分布して生き残った日本人の末裔です。
本土から多く離れた離島には、魔物の出現はありませんでした。
離島以外の生き残りも居るのですが、彼らも山奥に隠れ住んでいたものばかりで、魔物の存在は知っていても、直接接触したものはほとんどいません。
勿論、この地の復興に関しては、我々が行いました。
太陽光発電施設など復興させて、都市基盤を作り上げ生活できる環境に持って行ったのです。
それでも米軍に集められてこの地に来た時には、魔物などは既に駆逐されていて、我々は見たこともありません。
もともと、緑の少ない街中は、餌になる動物もいないでしょうから魔物たちも住む環境としては選ばなかったのでしょうなあ。」
大阪市長は、申し訳なさそうにうつむき気味に答えた。
「し・・・しかし、米軍から魔物の存在は聞いておりましたし、そのための訓練も行ってきました。
ですから、九州に残った人々が、魔物たちに襲われて生きるか死ぬかの生活に疲れ果てて、このような暴挙に至ったという事は考えられません。」
小松原幕僚長は絞り出すような声で、言葉を続けた。
なにせ、彼の部下の大半が反旗を翻したという事のようなのだ。
「判りました。そうであれば米軍主体の作戦行動も頷けます。
自衛隊の対応は米軍にお任せして、我々のチームは召喚獣を扱う部隊と対応する方向で行きましょう。」
所長の言葉に、スマイル大佐も大きく頷いた。
「我々の不始末の尻拭いをお任せする様で、本当に申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。」
大阪市長の言葉に続いて、一同深々と頭を下げる。
「何をおっしゃいます。
数少ない生き残り同士、助け会うのが当然です。
しかも、召喚魔法に関しては、ここに居るミッテランさんが詳しい様子です。
蛇の道は蛇と言いますからね。任せてください。」
所長のコメントと共に会議は終了した。
「すんませんなあ、うちらの事情にお手をおかけしまして・・・。」
会議室を出て、休憩所へと案内されたハルたちに、紙コップに入った飲み物を運んできた若い制服姿の女性が話しかけてきた。
先ほどの会議でロビンと名乗っていた警察官だ。
「いえいえ、とんでもありません。
これも交流活動の一環です。」
ジミーはコップを受け取りながら、頭を掻いた。
コップから芳醇な香りが漂う。
一口、口に含む・・・・、(に・・・苦い)。
しかし、顔には出さずに落ち着いて、カップをテーブルに置いた。
「なにこれ、苦ーい。とても飲めないわよ。」
ミリンダが、渡された飲み物を一口飲んで、顔をしかめた。
「へへえ、子供には早かったかなあ。これは、コーヒーゆう飲み物やねん。
よろしおま・・・。子供にはミルクを差し上げるわ。」
ロビンはそう言うと、休憩室の壁際にある大きな四角い箱のボタンを押した。
少し待つと、その箱の下側が自動的に開き、紙コップが飛び出してきた。
「な・・・なにそれ。こんな狭い箱の中に人が入っていて、コップを差し出してくるの?」
その光景を見ていた、ミリンダが目をむく。
「うん?自動販売機を見るのも初めてかな?
便利な機械やでえ。」
ロビンは、そう言いながらハルとミリンダのコップを、今持ってきたものと入れ替えてくれた。
「他には、コーヒーが苦手な人はおまへんかあ?」
ロビンは、ミッテランたちの顔を見回したが、皆おいしそうにコーヒーを味わっている様子だ。
ゴローですらも・・・。仕方がないので、ジミーもおいしそうなふりをして、飲み続けた。
「これはな、九州に避難した時に見つけた木になっていたんや。
日本国内でもコーヒーの栽培をしていたんやなあ。
資料では見たことがあって気づいた人が居て、そのおかげで今でもコーヒーが飲めるようになったという訳や。
九州に一部の人を残したのは、こういった気候風土により地域性が出る食物を確保する意味もあるのやろうなあ。」
ロビンは明るく説明を続けた。
「さっきから、お姉さんの言葉はおかしいですね。
打ち合わせでは、何ともなかったのに・・・。でも、そういえば、変な言葉を話す人も居たかなあ。」
ハルが、突然ロビンに向かって話しかける。
「ああ、これかあ。関西弁言うねん。と言っても、うちらはネイティブではないから、所詮は残っていた本やビデオから得た知識で、なんとなく話しているだけやけどなあ。
なんせ、これも立派な日本の文化やから絶やしてはいけないいうて、みんな無理して使っているんや。
関西弁存続委員会なるものを作ってなあ。
そのほかにも、上方落語とか漫才なんかを復活させるいうて、日々お笑いの研究をしている委員会もあるでえ。」
ロビンは高らかに笑いながら胸を張った。
「ふうむ、コーヒーはともかく、この紙コップは使い捨てで、つまりは紙を製造する工場も復活させているという事ですな。更には、ビデオまで復活させているという事は、もしやテレビ放送もですかな?」
所長は手に持った紙コップをしげしげと眺めながら尋ねた。
「そうや、大阪には数多くの工場が存在していたみたいで、それらを次々と復活させて行ってるようです。
紙もその一貫やと思います。
詳しくは、技術担当の部署がありますから、よかったら後で紹介させていただきまっせ。」
ロビンの言葉に所長は深々と頭を下げた。
仙台市でも製紙関連の工場を最近になってようやく復活させたのだが、まずはトイレットペーパーやティッシュペーパーなど生活必需品が優先で、余裕が出来たらノートや製本用の印刷用紙の生産が決まっている。
つまり、使い捨ての紙コップの生産は当分先の事なのだ。
とうぜん自動販売機など復活させるべき装置リストにすら上がってはいない。
仙台市に比べて、生活と言うより文化レベルに関して、相当な差がついている様子だ。
「それはそうと、さっき言っていた召喚魔法。ちょっと見せていただけませんか?」
ロビンは声のトーンを少し落として、ミッテランに囁いた。
瞳は爛々と輝いていて、興味津々といった様子だ。
「え・・・ええ。よろしいですよ。」
対するミッテランは、例の調子であまり気乗りはしていない様子だが、お愛想的に返事をした。
「では、急ではありますが早速お願いいたします。」
ロビンは皆を促して、エレベーターで階下へと向かう。
そうして先ほど入った所とは反対側のドアを出ると、そこは広いグラウンドだった。
「ここでしたら、その召喚獣と言う大きなのも召喚出来るやろと思います。
ほな、よろしゅうお願いいたします。」
広いグラウンドの真ん中に立ったミッテランが召喚魔法を唱える。
「うわあ、ふわふわのモコモコやあ。
こんなんやったら、どんだけ召喚していただいてもいいですなあ。」
ロビンは召喚されたミケに、思わず抱き付いて頬ずりをした。
「召喚魔法の効果と言うのは、召喚された神獣の能力により決まります。
あいにくと、私の召喚獣はあまり戦いの際に役に立つとは言えませんが、神獣によっては莫大な破壊力や防御力を誇るものもいます。米軍がやられた白虎や九尾の狐のように。」
ミッテランはそんなロビンに、まじめな顔で話しかけた。
「えっ?なに?」
ロビンはミケに抱き付いて、うっとりとしていて何も聞いていない様子だ。
「ま・・・まあ判りました。これだけ大きければ、充分な兵力になりますなあ。
じゃあ、お疲れでしょうから宿泊先に案内させていただきます。」
ロビンはそう言うと、再びビルの方へと歩き出した。
ミッテランはミケを引き揚げさせて、全員がそれに続いて行く。
ビルへと入ると、ロビンはエレベーターホールへ向かう。
全員が中へ入ると、ロビンは先程よりも上の階のボタンを押した。
上昇したエレベーターが着いた先は、ホテルのフロントだった。
高層ビルの、下の階がオフィスで上方がホテルとなっている建物のようだ。
彼女は、ハルたちに部屋を割り当てていく。
ハルはジミーと同室で、ミリンダはミッテランと同室。
ゴローと所長はそれぞれシングルルームのようだ。
「この階の2つ下がレストランになっています。
食事はバイキングですよって、ご自由にお召し上がりください。」
そう言って、ロビンは帰って行った。
「じゃあ、食事前に授業だ。」
ジミーはそう言うと、窓際の席に着いた。
勿論ミリンダも呼ばれ、嫌々ながらもミッテランに連れられてきて、席に着く。
ハルとゴローがミリンダを挟んで両側に座る。
「じゃあ、今日は理科の勉強だ。
水は0℃以下で凍って氷になり、100℃以上で沸騰して蒸気になるよね。
これは物質の3態といって、固体・液体・気体に変化することによっておこる。
主に周りの温度に比例して起こるが、大気圧も関係してくる。
気圧が低いと、100℃より低い温度でも沸騰したり、気圧が高いと100℃以上でも沸騰しなかったりする。
高い山に登ったときなんか、お湯を沸かすといつもより低い温度で沸騰してしまうので、ご飯がおいしく炊けなかったりするんだね。」
「ふーん。ご飯が炊けないのはまずいわね。」
ミリンダがボソッとコメントする。
「そういった時には、圧力鍋と言って沸騰した蒸気を逃がさない構造の、鍋なんかを使用するといい。
旧文明の遺物として、少なからず見つかっている。
見つかった最初の頃は、中に水を入れておいて、熱することにより高圧を作り出し、破裂させる簡易爆弾と思われていた。
しかし、高圧になると自動的に弁が開いて圧力を逃がす機構があったりと、どうも違うのでは?という事で調べると、実は調理器具だったという訳だ。
鍋が気圧を調整してくれるので、おいしく炊き上がる。
どうしてそういった事が出来るのかと言うと、水が沸騰することによって、体積が爆発的に大きくなるから、鍋の中を水蒸気で満たして、圧力を上げることが出来るんだね。
そのように、物質と言うのは・・・・・・・・変わって行く。
しかし、その中で水と言うのは不思議な物質で、・・・・・・・・・・・。
まあ、ここまで覚えなくてもいいが、氷、水、蒸気の水の3態は覚える様に。」
「ふーん、よくはわからなかったけど、ともかく物質は温度によって動きが変わるのね。
それで寒くなると凍えて、体の動きが鈍くなったり、暖かい時は活発だったりするわけね。
あーあ、あたしも相手の動きを止めるような魔法を覚えたいなあ。
ハルは、相手を凍らせる魔法が使えるものねえ。」
ミリンダが、一人納得したように頷いた。
「でも僕の魔法じゃ、魔物が動いていたら凍らせられないもの。
相手が元気で動き回っていれば、体の表面は凍っても、すぐに振り落して攻撃してくるよ。
ミリンダの雷を落とす魔法の方が、相手を気絶させられるから、よっぽどいいね。」
ハルがしょんぼりと、肩をすぼめながら口を開いた。
「それは、ハル君の魔法効果が低いからよ。
もっと強力な魔法ならば、一瞬で相手を凍りつけることも出来るようになるわ。」
傍らで授業を聞いていたミッテランが、声をかけてきた。
「そうよ、雷だってそんなにいいことはないし・・・。
雷撃は、ピンポイントで狙わなければ当たらないから、相手が素早く動いていたら、使えないのよ。
だから、相手に予想されていたら、まず当たることはないわ。
あくまでも、出会いがしらの一瞬で仕留めなければならないので、使いどころが少ないのよ。
凍らせる方が、効果範囲が広いから、威力さえ伴えば確実と思うわ。」
「ふーん、そんなものかなあ。
でも、魔法を強力にするって言ったって・・・。」
ハルは、何とも納得しかねるといった感じの、生返事だ。
「まあ、練習すれば、すぐに使えるようになるわよ。
最近はハル君の魔法も見れていないから、どれほど上達しているのか分からないので、まずは今のレベル確認が肝心ね。」
ミッテランは、明るく微笑みかけた。
「えーっ、いいなあ。あたしもそれ覚えたい。
でも、天候系ではなさそうね。
化石化の呪文なんか、いいかも知れないわね。」
ミリンダが立ち上がって、ミッテランの方を振り向いた。
「化石化の呪文は、かなり高度な魔法技術が必要となるわ。
それに、相手の魔法耐性が強いと効果がないから、相手を瀕死の状態にまで追い込んでから初めて決まる魔法よ。
そう言った意味では、ハル君の凍らせる魔法よりも、もっと相手の状態に制限される魔法ね。
それよりも、うってつけの天候系魔法があるから、明日の朝にでも教えてあげるわ。」
ミッテランが、笑顔でこたえる。久しぶりの本格的な魔法授業だ。
ハルやミリンダだけでなく、ミッテランも楽しみなのだろう。
「じゃあ、本日の授業はここまで。
食事に向かいましょう・・・。所長も誘ってね。」
ジミーは部屋についている電話で所長の部屋に掛け、食事に行くことを告げた。
レストランは盛況だった。
仙台市の研究所の食堂よりも大規模で、一流ホテルよろしくおいしそうに盛り付けられた食べ物が並んでいる。
ハルたちは慣れたもので、ゴローとミッテランにコツを伝授しながら、皿に盛り付けていく。
更に、お酒も用意されているようで、所長やジミーにミッテランは少しずつだが堪能した様子だ。
ゴローも赤ワインを飲もうとワイングラスを手にしたが、ミリンダに睨まれたので止めたようだ。
「先ほど、スマイル大佐と電話で確認したのだが、米軍は空母を使って明日には九州へ向かうようだ。
我々は、彼らが九州に到着するタイミングを計って、直接飛行機で向かう。
確か、見える場所なら瞬間移動できるという事だったな。
飛行機の中から地上が見えれば、移動可能かな?」
食べながら、所長が今後の作戦について切り出した。
『はい。』
3人とも即答だった。
「それはありがたい。だったら、我々の出発は3日後の早朝だ。」
所長は満足したように頷いた。
「僕は早めに出発します。飛行機は苦手なので・・・。」
ゴローが突然切り出した。
「そうか、飛行機は嫌いな様子だったね。
だったら、スマイル大佐に話しておこう。一緒に空母で行くといい。」
「いえ、あんな大きな鉄の塊が海に浮くという事も信じられません。
僕は自分で飛んでいきます。
船よりは早く飛べるので、明日の昼ごろに出発すればいいでしょう。
早く着いたら、向こうの様子を探っておきますよ。
だから、目的地までの地図を書いていただければ・・・。」
ゴローはおいしそうに食事を平らげた後、唇をナプキンで拭いながら答えた。
「そうか、分った。明日の朝一で頼んでみるよ。
すぐに用意してくれるだろう。」
所長は笑顔で快諾した。
考えて見れば、縁もゆかりもないゴローが一緒に行動してくれていることも、不思議な事なのだ。
彼に関しては遊軍程度に考えていたのだが、意外と作戦行動に含めていいのかも知れない。




