43話
3
「白い虎?白い虎に大勢の兵隊が全てやられたというのですか?」
ジミーは驚いたように尋ねた。
「そうでーす。更に虎だけではなく、長い尾を何本も持った大きな狐のような動物もいて、近代兵器など全く役に立たずに全滅してしまいましーた。」
強面で口ひげを蓄え、がっしりとした体格のスマイル大佐は厳しい表情で答えた。
彼の後ろには、5名ほどの迷彩服を着た、体格のいい兵士が直立不動の姿勢で立っている。
恐らく、直属の部下たちなのだろう。
若いが精悍な顔つきをしている。
「そんな強力な魔物が居るという訳ですか。
さすが・・・、世界は広い。」
ジミーは感心したように頷いて見せた。
ここは、新都仙台市近代科学研究所の会議室だ。
ハルたちに作戦協力を依頼してきた米軍の司令官が来て、状況の説明を行っている所だ。
「白虎と九尾の狐ね。どうやら敵は召喚獣を使えるようね。」
『召喚獣?』
ハルもジミーもその聞きなれない言葉に、思わずミッテランの顔を覗きこんだ。
「ハル君はまだ小さかったから、ハル母さんやハル父さんの召喚魔法は見たことが無かったのね。
まあ、召喚魔法は戦闘時以外で使用することは、まずないからね。
二人とも強力な召喚獣を持っていたのよ。」
「へえ、どんな召喚獣だったのですか?」
ハルは少しうれしそうな顔をして、聞き返した。
「ハル父さんは朱雀でハル母さんは青竜を召喚出来たわ。
簡単に言うと、大きな鳥と竜よね。
思えば、2人の召喚獣で、当時北海道に巣食っていた強力な魔物の大半は退治したような物ね。」
「じゃあ、ミッテランさんも?
ミッテランさんはどんな召喚獣を持っているんですか?」
「あ、あたしも持っているけど・・・あたしのは白虎の遠い親戚の・・・」
「えっ?ミッテランさんもその白虎を召喚できるの?やって見せて。」
ハルは大きな目を更に見開いて、嬉しそうにミッテランの顔を見つめてくる。
「分ったわ、後でお見せするわ。
でも・・・がっかりしないでね。」
ミッテランは意味深な答えを返してきた。
「じゃあ我々は、その召喚獣を操る敵と戦うという訳ですか?」
ジミーが改めてスマイル大佐に尋ねた。
「そうでーす、奴らは戦争時の不発弾を集めて、世界征服を狙っているようでーす。
と言っても、まずは西日本の都市の服従を目的としているようでーす。
自らを神と名乗り、我に従わなければ、水爆を爆破させると言っていまーす。
それも、活火山である阿蘇山で。
そんなことをしたら、放射能を含んだ核の灰がばらまかれることはもとより、火山が刺激されて大噴火となってしまう可能性が高いのでーす。」
「阿蘇山?」
「九州の元は熊本県と言う地方にある活火山だ。」
ミリンダの問いかけに、ジミーが教えてあげる。
「山では、人はほとんど住んでいないでしょう?
西日本の都市が九州にもあるっていうの?
人が住んでいない土地なら、大きな爆弾を爆発させても、大丈夫なんじゃない?
それともその爆発で、また日本が海の底に沈んじゃう?」
「いや有史以来、火山の噴火により、ふもとの町が壊滅した記録はいくつも残されているが、噴火の規模にもよるが、上空へと舞い上がった噴煙が太陽からの光を遮り、大規模な気候変動を招いてしまう危険性がある。
それにより作物の生育が悪くなり、食料不足が起こるかもしれない。
過去の日本でも、何度もそう言った気象変動で食料不足が起こった記録がある。○○の飢饉などと言ってな。
しかも、それが日本だけにとどまらず、世界規模で影響する懸念がある。
折角、あの大戦を生き延びて、苦労して生活の基盤を取り戻しつつある人々を、もう一度壊滅の危機に追いやる可能性が高いという事だろう。」
今度は、ジミーに変わって所長が解説をした。
「そんな卑劣な事を・・・。
相手はどういうやつなんですか?」
「それは・・・。
とりあえず、西日本へ行ってから、詳細説明を受けて欲しいでーす。」
「えっ?」
歯切れの悪い返事を返すスマイル大佐に、ジミーがもう一度聞き返す。
しかし、大佐は何も答えなかった。
「先ほどのミッテランさんの話を聞く限り、今度の敵は人間のようですね、召喚術を使えるのだから。
召喚魔法を使う人間・・・。」
「そうとも限らないわよ。
召喚魔法は、魔物でも使えるものはいるでしょう。
相当に知能の高い魔物に限定はされるだろうけど。
ただ、もし魔物だとしたら、脅迫文などを送りつけずに、有無を言わさず実行する可能性が高いから、そういった意味では、いまのところ相手は人間である可能性が高いわね。」
ハルの考察にミッテランが付け加えた。
「彼らの組織を探るために、米軍の協力を得てマイキーが潜入捜査に向かっている。
先方で何とか合流して、作戦計画を立ててくれ。」
考え込むジミーに、所長が頼むぞとばかりに声を掛けた。
「では、明日の移動はお願いいたします。」
所長が深々と頭を下げると、こちらこそとばかりにスマイル大佐も頭を下げる。
日本での生活が長いのか、日本式の挨拶もお手の物の様子だ。
打ち合わせはこれで終了し、米軍とは一旦別れて、ハルたちは召喚獣について学ぶことになった。
「じゃあ、行くわよ。
しっかりとやり方を見ていてね・・・、と言って特別難しいこともないけどね。」
ミッテランは少し恥ずかしそうにしていたが、やがて両手を天に向かって広げ目を閉じた。
ハルたちにも召喚魔法を取得してもらうと言って、研究所裏のグランドへと全員で移動してきたのであった。
「天と地と水と炎に宿る神々と精霊たちよ、わが願いを聞き入れ、わが手足となりて役目を果たす、使途を授けよ。
いでよ、ミケ!」
ミッテランが叫ぶと、突然空が真っ暗になり、雲の切れ間から注ぐ幾筋もの光と共に、1匹の神獣が舞い降りて来た。
それは、茶色と黒の縞模様の動物の様であり、体長は10メートルを超える大きな体であった。
「ミケって・・・、白虎って虎だよねえ。それにしても茶色の毛色って・・・白じゃないの?」
ハルは不思議そうに、ミッテランにじゃれついている神獣を眺めていた。
「ミケは猫よ。」
「猫?」
「そう、あれはミッテランおばさんが昔飼っていた、三毛猫の霊が神獣化したものなのよ。」
ミリンダが呆れ顔で話し出した。
「ミッテランおばさんが召喚獣を呼び出そうとすると、どうやってもあの猫が出てきてしまうのよ。
大魔道士のくせに召喚魔法だけは苦手なのよね。」
「いやあ、ちょうど召喚魔法を極めようとしていた時に家で飼っていたミケが死んでしまって、深い悲しみに暮れていたの。
その影響かしらね、召喚獣を呼び出すとその猫が神獣となって召喚されるようになったの。
かなり長生きをした猫で、大往生だったから、きっと天に召されて高みに昇ったのよ。」
ミリンダの言葉に、少し恥ずかしそうにミッテランは顔を赤くしながら答えた。
「おかげで、何の役にも立たない猫しか召喚できなくなったという訳。」
「仕方がないのよ、召喚獣は1人1体しか呼び出せないのよ。
ミケが来てしまったら、他の朱雀とか玄武とか召喚できなくなったのよ。
だからそれらはハル父さんとハル母さんに任せたわ。
うちの家系は、動物愛が強いのか、弟も昔飼っていたミドリガメしか召喚出来なくて嘆いていたわ。
まあ、実際のところ召喚獣は屋外での戦闘でしか、役に立たないものだしね。
そんな中で、寒い冬ではあったかいミケは本当に役に立つのよ。」
ミッテランは自慢げにミケにくっついた。
「はいはい、あくまでも毛皮代わりとしてね。」
「で?あたしたちに召喚させるのはどんな神獣?」
ミリンダは、大きな体のミケをいとおしそうに撫でているミッテランを、あきれ顔で眺めている。
「うーん、ハル君は氷と炎の属性だからドラゴンがいいわね。
こんなやつよ。ドラゴノアの呪文ね。」
ミッテランは手に持っている洋書の挿絵をハルに見せた。
「あ、竜の化身だあ。
いや、ちょっと違うかなあ。
竜の化身にはこんな大きな羽がなかったものね。それに色も違うし。」
ハルは、しげしげとその挿絵を眺めていた。
「竜の化身?竜の化身ってなあに?」
ミッテランが不思議そうに尋ねた。
「竜の化身はですねえ、前回マイキーさんたちを捜索に行った時に、村人たちを苦しめていた、魔物と言うか神様なんです。」
ハルが、嬉しそうに答えた。
「神様が村人たちを苦しめていたの?
どうしてそんなことを・・・。」
事情を詳しくは知らない、ミッテランが不思議そうに尋ねる。
「まあ、苦しめていたのは、神様じゃなくって、本当は生贄にされた村の娘たちだったんですけどね。」
「村の娘・・・。」
ミッテランはますます頭を抱えてしまった。
「ごめんなさい、その時の話をあまり詳しくしていなかったわね。
ミッテランおばさんは、魔法学校でずいぶんと忙しくしていたみたいだったから。・・・・」
ミリンダは、ハルに代わって前回の旅の顛末を簡単に話した。
そうして、今ここに持ってきていると、ペンダント代わりに首からぶら下げている、竜の化身の干物を見せた。
「そう、タツノオトシゴの魔物ね。
それが、長い年月の間、人々に崇められて神格化したかも知れないという訳ね。
そういえば、竜はドラゴンよね。
いいわ、対象がイメージしやすい方が召喚しやすいから、その竜の化身をイメージしながら呼び出してみて。」
ミッテランに言われて、ハルも両手を大きく広げて天空に向けて祈る。
「天と地と水と炎に宿る神々と精霊たちよ、わが願いを聞き入れ、わが手足となりて役目を果たす、使途を授けよ。いでよ、ドラゴン!!!」
一転にわかに掻き曇り・・・とはならなかった。
ハルが何度唱えようとも、何も起こることはなかった。
「仕方がない、今度はミリンダで試しましょう。
ミリンダは天候系魔法を中心に取得している。
水や雨系と言えば、麒麟ね。」
「キリン?知ってる、首の長い動物でしょ。遺跡にあった動物図鑑というもので見たことあるわ。
トン吉はキリン系の魔物も部下にしていたって言っていたし。
でも・・・神獣じゃないじゃない。」
「いや、首は確かに長いけど、麒麟と言うのは4つ足の伝説の生物よ。
顔が竜に似ているわ。」
「えーっ、またドラゴン?
ハルと同じのを召喚しても、ダブってしまうと役に立たないでしょ?」
ミリンダが首を横に振った。
「ドラゴンは口から火を吐くし、麒麟は雨を降らせたりするわ。
攻撃方法が異なるからタブることはないのよ。
どちらにしても、ハル君は召喚に失敗したみたいだし、ミリンダだけでもいいから、ちゃんとした召喚獣を召喚して欲しいものだわ。
これも、イメージしやすいように竜の化身を頭に入れたほうがいいかしらね。」
「えーっ?
こんなのを召喚したくはないわ。」
ミリンダは首から下げた竜の化身をつまんで眺めると、本当に嫌そうに顔をしかめた。
「まあまあ。ともかく、召喚することが重要だから・・・。
まずはやってみて。」
ミッテランの言葉に、ミリンダは渋々身構えた。
「天と地と水と炎に宿る神々と精霊たちよ、わが願いを聞き入れ、わが手足となりて役目を果たす、使途を授けよ。いでよ・・・、麒麟!!!」
ミリンダが天に向かって、両手を大きく広げて叫ぶ。
・・・・・・・・しかし、何事も起こらない。
「駄目ねえ、どうしてかしら・・・。」
ミッテランが、不思議そうな顔で2人を眺めた。
既に、様々な種類の魔法を自由に使いこなす2人である。
召喚魔法が使えないはずはないというのである。
「あ・・・あのう・・・。
私なんかが申し上げるのも、おこがましいのですが・・・。」
どこからか、小さく呟くような声が聞こえる。
ミリンダがふと胸元を見つめると、それは竜の化身であった。
「なによ。」
ミリンダは竜の化身をつまみあげると、睨みつけた。
「い・・・、いや・・・、決して悪い意味ではないのですが・・・。」
「だから、何よ。」
ミリンダは尚も凄んで見せた。
「い・・・いやだなあ。
わ・・・、私がいう事に腹を立てて、すぐさま握りつぶすなんてことはしないで下さいよ・・・。」
「3秒以内に言わないと、握りつぶすわよ。
はい、いーち」
もったいぶる竜の化身に対して、苛立つようにミリンダが竜の化身の干物を握りしめる。
「は・・・はい、わかりました。
ハル君もミリンダさんもとてもいい子です。
でも・・・、若すぎるのです。
召喚魔法を使うには、もっと年を重ねて色々な経験をして、徳を積まなければ無理かと考えます。」
竜の化身は、潰されまいと一気に話した。
「若すぎる?
若くて何が悪いのよ。」
ミリンダはその手に力を込める。
「ぐ・・・、苦しい・・・。」
「そうね、確かに2人は若すぎるのかもね。
私たちが召喚魔法を使えるようになったのは、20歳を過ぎてからだったわね。
ハル君もミリンダも大人と変わらない魔法を使えるから、すっかり忘れていたわ。」
ミッテランは、苦笑いともつかないような笑みを浮かべた。
「じゃあ、あたしたちには無理だっていうの?」
ミリンダは、力を込めていた手を緩めた。
「ふうー、助かったあ。
そこで、提案です。
私が天へと昇って、ミリンダさんの召喚獣となって差し上げましょう。
私はミリンダさんの知り合いですから、多少は徳が低くても大丈夫です、我慢しましょう。
ドラゴンどころか、竜神を召喚出来ますよ、お得でしょう?
まずは、魔封じの紐とやらを外して、形ばかりの契りを結びましょう。」
竜の化身は、今がチャンスとばかりに捲し立てる。
「我慢しましょう?
どっちが我慢するっていうのよ、反対でしょ?
それに、あんたは信用できないもの、駄目よ。」
ミリンダが冷たくあしらうと、竜の化身はがっくりとうなだれた。
理由は判らないが、人間の娘と契りを結ぶことに、強いこだわりがある様子だ。
「まあ、今後の貢献次第だから、今度の冒険では出来る限り活躍するのよ。
まあ、何が出来るかは判らないけど。」
「は・・・、はい。判りました。冒険中は、毎日快晴をお約束いたします。」
ミリンダの言葉に、竜の化身は何とか取り入ろうと考えたのか、しっかりと頷いた。
「しかし、困りましたねえ。
これでは相手の召喚獣に対抗する手段がないことになる。」
ジミーが心配そうに、顎を拳の上に乗せながら考え込む。
「いくら相手に強力な召喚獣がいると言っても、結局は相手と人間同士の戦いだから、充分に戦えるわ。
なにせ、召喚獣を召喚している最中は、他の魔法は使えなくなるし。
特に、召喚獣の使えない屋内での戦いに持ち込めれば、召喚獣に頼り切っている敵よりは有利に戦えるはずよ。」
ミッテランがそんなジミーに任せておけとばかりに、ドンと胸を叩いた。
「まあ、今回は米軍の最新兵器も加わるわけだから、何とかなるかなあ。
厳しい戦いになりそうだけど、頑張りましょう。」
『おー!』
ジミーの掛け声に、みんな元気よく答えた。




