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42話

           2

 放課後、ハルたち3人は仲良く帰宅の途中のようだ。


 ミッテランの魔法学校は、放課後から授業開始だが、魔法を使えない者に対する初級から始めているため、半年たった今でも、ハルたちが習うようなことには達していない。

 ハルやミリンダは、休日を使ってミッテランから特別授業を受けているのだ。


 寄り道をした先で、小高い丘に登って原野を見渡すと、湿地の中にいくつもの巨大な鉄塔が立っているのが見える。

 それは、段々とハルたちの住む村へと近づいてきているのだ。


 あと、1ヶ月ほどで鉄塔の工事が終わり、電線が張られて村へと電気がやってくる予定なのだ。

 仙台市での、先進的な生活を思い出しながら、ハルたちは今後の村の発展に思いをはせるのであった。



「そういえば、ゴローさんはたった一人で旅をしていた時って、どうやって人の生き血を吸っていたの?

 今日だって、給食を食べていたけど、本当は血が吸いたかったんじゃないの?


 うちでは権蔵さんの血を啜っているの?」

 ハルが、突然思い出したようにゴローに尋ねた。


「いやだなあ、僕はいつも人の血を啜っている訳じゃないよ。

 そりゃあ、中部の村では村人たちの血を吸ったけど、あれは人助けのためだからね。


 中年男の血は、まずいから本当は嫌いさ。

 普段は、みんなと同じように3度3度ご飯を食べていれば、血なんか吸わなくたって、平気だよ。


 もっとも、ご飯も食べなくっても、お腹は空くけど死ぬようなことはないけどね。」

 ゴローは、ハルに微笑みかけながら答えた。


「じゃあ、どうして血を吸うの?」


「主に人助けのためだね。

 僕に血を吸われた人は、お互いの血を啜り合っていれば、何も食べなくても生きていられる。


 その間は年を取らずに病気もしない。

 不老不死の体になれるんだ。


 逆に、何か食べてしまうと効果が無くなって、年も取るし病気にもなる。

 だから、不治の病の人を助けるために、血を吸ったこともある。」

 ミリンダの問いかけに、ゴローは即答だった。


「へえ、じゃあ、その人はどうなったの。

 病気が治って、感謝された?」

 ミリンダは、感心したように尋ねる。


「いやあ、実は血を吸いあっている間は、不老不死になるのだけど、その間は薬も飲めないし、病気の進行はないのだけれど、回復もしないのさ。


 だから、その子に何をしたと言って、その子の両親からはひどい罵声を浴びせられた。

 だって、死ぬことはないけど病の痛みは消えないし、はっきりとした意識もなくなってしまうのだから。


 研究所の所長さんが僕の体に興味を持って少し調べたのだけど、血を吸いあっている間は、新陳代謝が行われていないのだろうと言っていた。

 だから、仮に薬が飲めたとしても、その効果は発揮されないだろうって。


 脳の機能も低下するから、それまでの行動をただ毎日繰り返すだけの、いわば生ける屍になってしまうらしい。」

 ゴローはさびしそうに笑って見せた。


「でも、ゴローさんは血を吸わなくても、ご飯を食べていても不老不死なんでしょ。どうして?」

 ハルが、小首を傾げながら尋ねた。


「それはね、僕が不老不死の吸血鬼だからさ。

 僕自身が不老不死の存在であって、血を吸う吸わないは関係がないらしい。


 所長さんの話だと、僕が血を吸うと、吸われた人が僕の血に感染して、1時的に不老不死になるらしい。

 その状態は、食べ物を採らずに同じ血に感染したもの同士が、血を吸いあっている限りは続くということだ。


 だけれども、何か食べたり、吸血を止めると元に戻ってしまう。

 ハル君たちが中部の村で見たことと同じことが起きるのさ。」


「でも、ゴローさんに血を吸われると、お腹が空かなくなるわけでしょ。

 あの時の村の人たちは、どうして僕たちが持って行った食べ物に反応して、それを奪い合うように食べようとしていたの?」


「僕も、あのような経験は初めてで不思議だったから、所長さんに聞いて見た。


 すると、あの村の人たちは、食べるものも食べずに竜の化身へお供え物を続けていたから、すごくお腹が空いていたんだねえ。

 それこそ飢えて、もう少しで死んでしまうくらいまで。


 その時に僕が通りかかって、死にそうな人々を助けようと血を吸ったために、死ぬことはなかったけど飢えた意識は消えなかったようだね。

 血を吸われる寸前までの意識は、その後も残って行動を支配するのだと言っていた。


 だから、食べ物を求める気持ちはずっと残っていたのだけど、あの村にあるのは大事なお供えの食べ物だけだったから、手を付けることは出来ずにいて、ハル君たちの持ってきた食べ物に反応して、それに群がったのだろうと言っていた。


 つまり、お腹が空いていない状態で吸血をしていたならば、あの村での異常に気づくことは難しかっただろうと、所長さんは言っていたよ。」


「ふーん。でもゴローは吸血に関係なく、食事も普通の人と同じに過ごせる訳よね。

 しかも、病気にもかからないし死ぬこともない、永遠の命なわけよ。

 便利ね。」


「便利ってことはないよ、逆に不便さ。」

「どうして?」


「だって、かわいい女の子と仲良くなって結婚したとするでしょ。


 そのまま普通に一緒に暮らしていると、僕は全く年を取らないのに、彼女だけが段々年を取って老けていく。

 僕の彼女に対する愛情は変わることはないのだけど、どうしても彼女の方がそれに耐えられなくなってしまう。


 だから、彼女の血を吸って、彼女にも僕の血を吸わせるとする。

 ところが、今度は彼女の頭がボーっとして人形のようになり、ただ毎日おなじことを繰り返すだけの存在になってしまうのさ。


 決して馬鹿がうつるわけではないよ。

 でも、それではいくら何十年何百年と二人で暮らしていられたとしても、彼女だって決して幸せとは思わないはずだよね。」

 ゴローは、再びさびしそうに笑った。


「ふーん、不老不死っていうのも、それなりに苦労があるのねえ。」


 年若いミリンダには、悠久の時を超えて生き続ける存在である、ゴローの生きざまに関して、想像することは到底かなわない。

 しかし、自分も鋼鉄化の魔法で不死の状態を3年間続けていたのである。


 その時のうすぼんやりとした時の流れを、ゴローは常に感じているのであろうかと、なんとなく理解しているつもりであった。


「一緒に暮らすために血を吸うか吸わざるべきか・・・、難しい問題ですねえ。」

 ハルも、分ったように顔をしかめながらコメントした。


「それとねえ、やっぱり美女の血はおいしく感じるのだよ。


 ミリンダちゃんも後6〜7年もすれば、立派な美女になって、さぞかしその血もおいしくなるだろうねえ。楽しみだよ。」

 ゴローはいやらしい目つきでミリンダを見ながら、舌なめずりをした。


「ぎえー、変態!!!やっぱりゴローね。

 学校へ入学してきたのも、勉強よりもあたしの体(血)が目的なのね?」


 ミリンダはゴローの後ろへ回ると、その尻を蹴りあげて、怒ったように早足で帰って行ってしまった。

 ミリンダには、エッチ系の冗談は通用しないようだ。



 翌日の朝会時に、浮き浮きしているミリンダを眺めながら、残念そうにジミーが口を開いた。


「えー、残念なお知らせがあります。

 昨日説明して、本日の朝会でみんなで検討する予定だった修学旅行ですが、突然の都合により中止となりました。」


『えーっ!』

 この言葉に、3人の生徒全員が驚きの声を上げた。


「どういう事よ。

 あたしは昨日おじいさんとミッテランおばさんと相談して、ようやく北陸地方海の幸探訪に決めたのよ。


 お土産のカニを楽しみにしているうちの家族を、1日で奈落の底へと突き落とすつもり?」

 ミリンダが立ち上がってジミーに向かって叫んだ。


「いやあ、まあ・・・。

 今の北陸地方は荒れ果てて車も入れない状態だし、住んでいる人もいないから漁師なんなんか居るはずもないしね。カニは無理だよ・・・。」

 ジミーは薄ら笑いを浮かべながら、頭を掻いた。


「どうしたっていうんですか?

 だって、昨日は・・・。」

 ハルも、突然の変わりように、驚いている様子だ。


「もしかして、吸血鬼の僕が一緒に行くと危険と考えて、中止になったのではないですか?


 僕は、別に修学旅行はいかなくてもいいですから、せめてハル君とミリンダちゃんだけは行かせてあげてください。」

 ゴローは責任を感じているのか、深々と頭を下げた。


「い・・・いや、今回の突然の変更は、ゴローさんとは全く関係がない。


 実は、昨日の晩に仙台の所長から緊急連絡が入ったんだ。

 どうやら米軍から、作戦への参加の要請が来ているらしい。

 しかも遠く九州で行う作戦で、何日かかるかわからないようだ。


 勿論僕も付いて行って、合間を縫って授業は続けるつもりだが、遅れが懸念されるから、これを修学旅行にしようという事になってしまった。


 その為、みんな考えて来たかも知れないが、旅行先は決まってしまった。

 一応は、海外・・・同じ国だけど海を渡る・・・だからうれしいだろう?」

 ジミーは何かに憑りつかれたかのように、一気にまくしたてた。


「それを言うなら、北海道を出る時点で十分に海外旅行よ。」

 ミリンダが頬杖をついて、つまらなさそうに唇を尖らせながら、不満をぶつける。


「ま・・・まあそうともいうが・・・・。

 しかし、瞬間移動で移動するような味気ない旅行じゃないし、ジープでガタガタ道をひたすら走るわけでもない。飛行機で快適な空の旅さ。楽しいぞう。


 それに、爆弾事件で存在を知ったけど、お互いに忙しかったみたいで、交流と言えるような接触が出来ていない。

 折角向こうからコンタクトしてきてくれたんだし、断れないよ。」

 ジミーは何とかこの場をしのごうと、必死の様子だ。


「あ・・・あたしたちって、爆弾を止めに行ったり、行方不明の人を捜索に行ったり、危険な所へと向かう人数の中には自動的に組み込まれていて・・・・


 そりゃ最初は自分たちの意志で行ったんだけど、2回目以降は拒否権はないのね?と言うより、断るとは思われていないのね?」

 ミリンダが、呆れたような口調で呟いた。


「でも、米軍の依頼という事は、地球の存亡にかかわるような重大な事でしょう?

 だったら、絶対協力しますよ。


 飛行機にも乗ってみたいし。」

 ハルは、目を輝かせて力強く賛成した。


「そ・・・そうか・・・ありがとう。


 問題はゴローさんだ。

 その間、4年生の授業に参加してもらってもいいが、どうだろう、一緒に行ってくれないだろうか?」

 ジミーはゴローに対して、恐る恐る尋ねた。


「僕なんか、人の血を吸う以外は大して役に立つことはないですけど・・・。


 まあ、死ぬことはないですからミリンダちゃんの盾代わりに、行く事は構いませんよ。

 ただ・・・飛行機がねえ。」


「おお、ありがとう。

 なにせ、今回はミッテランさんにもお願いするくらい、厳しい作戦になりそうなんだ。


 いろいろな特技を持っている人が一人でも多く参加してくれることは、本当にありがたい。

 飛行機っていうのは、空を飛ぶ安全な乗り物さ。大丈夫、大丈夫。」


「ミッテランおばさんにも・・・。

 それは、随分と楽しい冒険になりそうね。」



 放課後、魔法学校の授業が始まる前に、ジミーたちは職員室に居るミッテランを訪ねた。


「ミッテランさん、仙台市の所長から連絡が入っているとは思いますが、今回の作戦にご参加願えますか?

 開講してまだ半年の、魔法学校が気がかりなのは十二分に理解しますが、所長の話では相当な緊急事態の様子です。」

 ジミーはミッテランが座っている席に着くなり、勉めてまじめな顔で頭を下げた。


「先ほど、所長さんから無線で連絡が入りました。


 魔法学校に関しては、仙台市から来ていただいた小学校の先生の中で、早くも魔法効果を発揮できる人が出てきています。

 まだまだ初期段階だけど、魔法と全く無縁の環境で育って、たった半年程度の訓練で効果を発揮できるというのは、かなりな才能が見込めるわ。


 更に、学校の先生らしく、子供たち含め頭の固い老人たちに対しても教え方がうまく、今では私の代わりに初心者コースの手ほどきをお願いしているくらい。


 彼女に魔法学校の運営を当面はお願いして、初級に関してはヒロ君がいるから大丈夫でしょう。

 まあ、出来ても指先に小さな炎を発生させる程度の魔法だから、彼らだけに任せておいても、さほど危険はないのよ。


 それなので、今回は私も参加いたします。

 久しぶりの実戦で、腕がなまって居なければいいけど・・・」


 ミッテランは、にこやかにほほ笑んで、腕まくりまでして見せた。

 ヒロと言うのは、ハルが魔法を手ほどきしていた少年だ。

 彼も頑張っていることが判って、少しうれしくなってきた。


「大丈夫よ、ミッテランおばさんだったら・・・。

 でもこれで、冒険の最中にでも魔法を見てもらえるわね。楽しみー。」

 ミリンダは満面の笑みを浮かべた。


 魔法学校の仕事が忙しく、休日には欠かさなかったミリンダへの魔法の特訓も休みがちになって来ていたのである。

 それが、ミリンダには不満の種だったのだろう。


「その、魔法効果が発揮できるようになった先生と言うのは、誰なんですか?

 おいらは初耳ですけど・・・・。


 まあ、おいらは魔法学校の授業もさぼりがちなもので、そっちの方の情報には疎くなっていまして・・・。」

 ジミーは、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、頭を掻いた。


 自分も魔法を極めるのだと、張り切って魔法学校に入れてもらったのは良いが、ハルたちとの人探しの冒険が終わった途端に始まった、北海道内のコロニーの人々の移住の手伝いに、学校が終わってからの時間を割いているのであった。


 仙台市から持ち込んだジープを使って、移住者の荷物の運搬に貢献しているのである。


「かわいらしい、女性の先生よ。

 アマンダさんといったかしら。


 まだ、知らないのも無理はないわ。

 魔法効果を発揮できるようになったと言っても、炎や水を出せるわけではないの。


 でも、彼女が念じた先に、魔法の波動を感じることが出来るのよ。

 その程度なので、所長さんにも報告はしていないわ。


 どうやらコツは掴んでいるようだから、このまま続ければ、炎や雷を発生させることも夢ではないわね。」


「へえ、仙台市へ帰らなければならなかった所長は、ずいぶんと悔しがるだろうなあ。」

 ミッテランの言葉に、ジミーは遠くを見つめるような目をしている。


「でも・・・、アマンダさん・・・・。

 アマンダ・・・天田・・・そうか、天田祥子か。


 今回来た先生の中で一番若い子だ。

 確かハタチそこそこだったはずだ。


 彼女だったら、年も若いし飲み込みも早いはずだなあ。」

 ジミーは自分一人の中で納得したように、うんうんと何度も大きく頷いた。


「他には誰を連れて行くの?

 困った時の生贄代わりに、トン吉とかレオンなんかを連れて行く?」

 ミリンダが、職員室を出て行こうとするジミーの後ろ姿に問いかけた。


「いや、どうやらトン吉さんもレオン君も、送電線用の鉄塔づくりに駆り出されて、ただでも急ピッチな工事だから、手が足りなくて参加できそうもない。


 それなので、このメンバーで行くことになる。

 だから、ゴローさんの参加は、本当にありがたいよ。」


 ジミーは、改めてゴローに向かって頭を下げた。

 対するゴローは、人から頼られることに慣れてはいないのか、鼻の下を伸ばしてデレっとしただらしない顔で、微笑んで見せた。


「少数精鋭という訳ね。」

 ミッテランが意気込んで立ち上がった。


 それから、各自荷物をまとめて集合し、ミッテランの瞬間移動で仙台市へと飛んだ。



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