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40話(余談)

            15 余談

「帰って来てから、もう1週間。

 その間ずっと晴れ渡っているわねえ。

 今の季節にこんなこと、この地方じゃ珍しい事よ。あんたのおかげかな?」

 休日の昼さがりにミリンダは、テルテル坊主代わりに軒下に吊るした竜の化身に、そう呟いた。


「は・・・はい。

 一応、神ですから。」

 テルテル坊主は、そう答えた。


「それよりも、軒下にこうやって吊るされた状態では、私の体はどんどんと乾燥して行って、いずれは本当に干物になってしまいます。


 そうなると、意識が無くなって話すことも出来なくなってしまいます。

 吊るされることは我慢しますが、時々は水分をお与えください。」

 既に、干物になりかけの竜の化身は、必死で訴えてくる。


「何を言っているのよ、あの村であんな大それたことをしでかしておいて。

 悪いあんたを、何重にも厳重に包んで封印しておくことだってできるのよ。

 毎日、おてんとうさまを拝めることに感謝しなさい。」

 ミリンダは、厳しい口調で竜の化身を諌める。


「は・・・、はい。感謝しております。

 その感謝を表すために、毎日いい天気になる様、私も祈りを捧げているのですよ。」


「ふーん、でもちょっと信じられないわねえ。

 学校は休みだっていうのに、ハルは今日も所長さんの所で勉強だし・・・、暇だからちょっと村の様子でも見に外に行きますか。」


 ミリンダは、竜の化身の頭の下に巻き付けた魔封じの紐に長い紐を通して、それを首に巻いてネックレス代わりにした。

 そうして、霧吹きで水を少し掛けてやった。


「やあ、ありがたい。生き返りますなあ。」

 竜の化身が、気持ちよさそうにしている。



 村を歩いていると、ふと緑の葉物野菜を作っている農家の畑が目に付いた。

 そこでは、体の大きな牛の顔をした魔物が井戸から水を汲んできては、畑に撒くと言ったことを繰り返していた。

 何度となく繰り返されるその作業に、ミリンダも堪らずに声を掛けた。


「どうしたの?そんなに何回も水を汲んでは撒いたりして。

 魔法でぱっと簡単に出来ないの?

 あたしが雨粒弾(レイニー)で雨を降らせてあげようか?」

 ミリンダがそう言いながら身構える。


「これはこれは、ミリンダお嬢ちゃん。

 駄目ですよ、攻撃系魔法は。


 あっしも、水を吹きだす魔法は使えますが、あくまでも攻撃系の魔法なんで、水滴で相手を傷つけるためのものです。


 そんな魔法を使ったんじゃあ、折角の作物が穴だらけになってしまいますよ。

 まあ、楽していい物は出来ないという訳ですね。」

 魔物は、そう言って笑った。


「えーっ、そうなの?

 でも・・・、威力をすごく弱くしてみれば・・・。


 それでも作物の表面が傷ついて、痛みやすくなってしまうかも・・・。

 難しいわねえ、ミッテランおばさんにも相談して、作物にも優しい魔法を開発できないかしら。


 道理で、前の冒険の時に銀次さんに獲って来てもらった魚を焼こうとして、ハルに魔法を掛けさせたら、どうやっても炭のようにしかならなかったのね。


 ひえー、という事は・・・自分たちの服を乾かそうとして・・・下手をすればたくさんの魔物たちの前で、服を燃やしてすっぽんぽんになるところだった。


 結構危ないことをしていたものだわ、反省しよう。

 そうだ、あんただったら、何かできるの?」

 ミリンダは、首から下げた竜の化身に問いかけてみた。


「お安いご用です。」

 竜の化身がそう言うと、すぐに小粒の雨が村全体に降ってきた。


「おお、ひさしぶりのお湿りだ。これはありがたい。」

 牛系の魔物は、天を仰ぎながら自分が濡れることも構わずに、喜びだした。

 ところが、なぜかミリンダにだけは雨粒が当たることはなかった。


「こ・・・これ、あんたがやっているの?」

 ミリンダは驚いた風で、もう一度竜の化身の干物をつまんで問いかけた。


「は・・・、はい。一応神ですから。

 私は、強い攻撃魔法は一切使えませんが、その分、作物にも優しく雨を降らすことが出来ます。」


「へえ、すごいわねえ。

 じゃあ、ちょっと試しに・・・。」

 ミリンダは、そのまま港へと向かった。


 そうして、忙しそうに漁の準備をしている、漁船の船長に話しかけた。

「明日の朝に、漁に出るのよね。

 申し訳ないけど、こいつも連れて行ってくれない?


 船の舳先にでも、ぶら下げておいて欲しいの。

 そうすれば、多分大漁よ。」

 ミリンダは、竜の化身を船長に手渡した。


 船長も、半信半疑の様子ではあったが、ミリンダ同様ネックレスのように首からぶら下げてくれた。


「舳先に付けたんじゃあ、波にさらわれて持っていかれるかもしれないから、お守り代わりに首からぶら下げておくよ。本当に大漁になるといいけどね。」

 そう言って、漁へ連れて行ってくれることになった。


「大漁じゃなかったら、鳥の餌としてくれてやってもいいわよ。」

 するとミリンダが、物騒なことを言い出した。


「ひえーっ!りょ・・・漁の大小は時の運ですよ・・・。」

 船長の首からぶら下がったままの竜の干物は、ブルブルと震えだした。


「はははは・・・、まあどうだって、無事にお返しするよ。」

 船長は笑いながらミリンダにそう告げた。


 船はエンジンどころか操舵室もなく、5人も乗れば満員になりそうな小さなボートだが、今の釧路では唯一漁が出来る船なのだ。


『ドンドンドンドン!』翌日の早朝、まだ眠っている三田家の玄関扉を、勢いよく叩く音がした。

 三田じいが顔を出すと、そこには大きな木箱を抱えた船長の姿があった。


「おはようございます。

 昨日、ミリンダちゃんにお守りをお借りして、今朝の漁に出たのですが、朝からのなぎどころか、我々を悩ましていた渦が治まって、沖合にまで漁に行けました。


 幸いにも時鮭(ときしらず)の群れに遭遇しまして、近年にない大漁ですよ。

 漁の帰り際には、渦も復活したのですが、沿岸へ寄ってきた時鮭(ときしらず)が渦に閉じ込められました。


 これなら、当面は漁に困りません。

 また、お貸しくださいとお伝えください。」

 そう言い残して、船長は木箱一杯の鮭と竜の化身のネックレスを置いて、帰って行った。


「今日は、先生たちに石狩鍋とチャンチャン焼きを振る舞えるわね。」

 起きてきたミリンダが、してやったりと笑みを浮かべた。


 そうして、竜の化身を今度は神棚に祀って、地酒を供えた。

「いやあ、ありがたい。

 神棚に祀っていただいて、お供え物まで・・・。


 体の奥底から、力がみなぎって来るようですよ・・・。」

 竜の化身が気持ちよさそうに、うっとりとした恍惚の表情を見せている。


「本当に神様なんだねえ。」

 ミリンダが神棚を覗き込みながら呟いた。


「ほ・・・、本当ですとも。

 ようやく信じていただけたようですねえ。


 そ・・・それで、私が天に昇るためにも、今すぐにでもこの紐を外して、水に返してくださいませ。

 そうして、娘さんと契りを・・・ええい、こうなったら仕方がない。ミリンダさん、あなたでも大丈夫です。


 すぐに契りを結びましょう。

 そうして私は天へと昇って、この村を永遠に見守ります。」

 神棚に祀られた竜の化身は、そう言いながら身を乗り出してきた。


「あたしでもってどういう事よ。

 まあ、年が若すぎるからってことかもしれないけど、駄目よ。

 まだ、あんたを全面的に信用した訳じゃないもの。


 そりゃ、神様の力はあるのかも知れないけど、その力をあたしたちの村の為に使ってくれるとは限らないしね。

 天へ上った途端に、天罰だなんて言って、大きな雷をたくさん落とされたらたまったものじゃないわ。

 今は小さいから攻撃魔法は弱いのだろうけど、天へ昇って大きくなったら、強力な魔法も使えるんでしょ。


 もう少し様子を見て、本当にあんたが信用できるってなったら、考えないでもないけど、それまでは、少しでも村の役になることが出来ないか、日々考えなさいよ。

 台風や地震が来て村に不幸が訪れた日には、トン吉に言ってすぐに握りつぶさせてやるから、覚悟しておきなさい。」

 ミリンダは両手を合わせて拝みつつも、厳しい口調で竜の化身に告げた。


「は・・・はい。

 信用していただけるように、頑張ります・・・。」

 竜の化身は力なく答えた。



 週が明けた月曜日の朝会で、ジミーが明るい笑顔で話し出した。


「今朝の定時報告で、マイキーから連絡があった。


『はーい、マイキーよ。

 昨日、珍しい人が尋ねて来たわ。

 ジミーも、ハル君やミリンダちゃんも知っている人よ。


 その人は、ミリンダちゃんに会いたがっていて、北海道の場所を教えたら、すぐに飛んで行ったわ。

 多分、2〜3日で着くという事だったわ。楽しみにね。』

 といった内容だ。


 おいらも、何のことかよく判らないが、まあ、マイキーの言うとおり楽しみにしておこう。

 じゃあ、週明けから元気よく・・・まずは算数の勉強だ。」

 ジミーはそう言うと、黒板へと向かった。



 それから3日後の朝会。

「今日は、みんなに良い知らせがある。

 みんなと言っても、ハル君とミリンダちゃん2人しかいないが・・・。


 このクラスに転校生が入ってきます。

 ついに、このクラスも3人になるのです。


 彼は、それまで学校へ通ったことが無いので、不慣れな事も多いでしょうが、仲良くやってください。

 さあ、どうぞ。」


 ジミーの呼びかけに教室のドアを開けて入って来たのは・・・、ゴローであった。

 そう、中部の山間の村で出会った、吸血鬼のゴローだ。


「やあ、どうも。吸血鬼のゴローです。

 五郎ではなくて、ゴローと伸びます。


 ミリンダちゃんに会いたくて村に戻った所、仙台新都心と言うところの場所を教えてもらって、急いで飛んで行きました。


 そこへ辿りついたら、マイキーさんにミリンダちゃんはこちらだと教えられて、またまた飛んできました。」

 ゴローはそう言うと深々と頭を下げてお辞儀をした。


「昨晩、ゴローさんが尋ねてきて相談を受けたんだが、彼は一念発起して人間の学校に通って勉強したいと言ってきた。


 なにせ、もう吸血鬼だとばれているから、この村でだったら、気兼ねなくずっと暮らしていけるからね。

 それは良い事だとおいらも考えて、権蔵さんと所長の所に連れて行って事情を説明したのさ。


 すると、2人とも理解を示してくれて、小学校の6年生から勉強させていただけることになったという訳。

 本当ならば1年生からやるべきなんだろうけど、ハル君とミリンダちゃんがいる教室の方がいいだろうという事でね。」


「で・・・、でも・・・。

 ゴローさん、あの時に死んで灰になったんじゃあ・・・。」

 ハルが驚いて目を大きく見開きながら、信じられないといった表情でゴローを指さした。


「いやだなあ、不老不死の吸血鬼は、あんな事じゃあ死なないよ。

 本当は、灰になっても土に帰れば、数日で復活するのだけど、今回は素焼きのツボに入れられたので、ツボが小さすぎて体を形成できなくて苦労したけどね。


 それでも、墓石としておかれた大きな岩を何とかどかすことが出来て、復活できたよ。」

 ゴローはにこやかな笑顔で答えた。


「ゴローさんは、当面は校長先生である権蔵さんの家に厄介になるそうだ。

 みんな、仲良くしてあげる様に。」

 ジミーがそう言って、転校生の紹介を終えた。

 ハルとミリンダの顔に本当の笑顔が戻って来たようだ。



   完



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