39話
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「洞窟の中に結構食料は残ってはいたけど、村には20人からいるから、出来るだけ缶詰は置いて行ってやろうと考えている。
残りは1人あたりの計算で23日分。
マイキー達も含めると8人だから、ジープまで4日かかると考えると32日分必要だからこれだけでは足りない。
お供え物の中にマイキー達が持ってきた缶詰もあったから、それを返してもらってもいいんだが・・・。」
「また、算数の問題?
大丈夫よ、豚足やレオンは現地調達でいいし、あたしとハルはそんなに食べないし、足りなければ現地調達で間に合わせるから、23日分あれば何とかなるわ。」
ミリンダの言葉にハルはすんなり頷いた。
トン吉とレオンは、仕方なさそうに渋々頷いているようだ。
「いや、おいらに考えがある。
連峰の尾根までは2日程かかるが、そこからなら向こう側の平野は丸見えだ。
見晴らしのいい山頂付近から平野まで瞬間移動すれば、ジープまで戻れないか?
そうすれば、16日分の食料だけ持っていけばいいので、7日分を置いて行ける。」
「ああ、そうですね。
平野は丸見えだから、そこへは瞬間移動できます。
平野のどこかへ移動出来れば、山のふもとのジープまでも瞬間移動できますよ。」
ハルはジミーの言葉に頷いた。
「問題は、瞬間移動してもらう側が6人も居ることだ。正確には4人と魔物2匹だがね。
山頂から平野までと、平野からジープまでの2回ずつ、合計8回も瞬間移動できるのかい?」
ジミーは心配そうにハルたちに尋ねた。
「大丈夫でしょ。
1日で4回くらいなら瞬間移動したこともあるし、最悪豚足とレオンは現地調達しながら歩いて降りてくれば・・・。
ジープには食料もあるんだから、1日くらいは待ってあげれば、必死で降りてくるわよ。」
ミリンダは平然と答えた。
「ひえー、3日かかるところを下りだから2日って前に言っていましたが、それを更に1日でなんて・・・。」
トン吉が、泣きながら天井を見上げた。
「まあまあ、無理だったらばの話で・・・。
それにちゃんと待っていてあげるから・・・。
誰も置いて行くようなことはしないよ。」
ジミーが必死でトン吉を慰めている。
「では、そういう作戦で、なるべく食料は置いて行く方向で行くのね。」
マイキーはそう話して部屋を出て行った。
「ここなら眺めもいいから、ゴローさんも喜ぶでしょ。」
ハルは村でもらってきた、小さな素焼きのツボにゴローの遺灰を詰め、それを埋めた。
ここは、遥か彼方に平地を見下ろす連峰の山頂だ。
爆弾事件で避難する時に、マイキーが人影を確認した場所でもある。
「そうね、トン吉。
そこにある大きな岩を墓石代わりに、上に置いてあげて。」
そう言われて、トン吉は少し戸惑いながらも、傍らにある岩を、遺灰を埋めた場所に移した。
「あれ?トン吉さんの名前をちゃんと呼んでる。」
ハルが嬉しそうに、ミリンダの顔を眺めた。
「ちょ・・・ちょっと間違っただけよ。」
ミリンダが照れたように顔を赤くして、横を向いた。
「そう言えば、魔封じの紐が足りないのよね。
トン吉の分は干物に使っちゃったし・・・。」
ミリンダは首からぶら下げた、竜の化身を指さす。
ミリンダが言っていることがよく判らずに、トン吉もハルも首をひねった。
「そう言えば、困っちゃうよね。
トン吉さん、村に入れてもらえなくなっちゃうかなあ。」
ハルは、困ったように下を向いて呟いた。
「だ・・・だから、トン吉は特別に魔封じの紐なしで、村で働けばいいと思うのよ。
だって、仕方がないじゃない、紐が足りないんだから。」
ミリンダの思いもかけない言葉に、ハルの顔もトン吉の顔も瞬時に明るくなった。
「そうだね。この旅でもトン吉さんはずいぶんと僕たちを助けてくれたしね。
もう、魔法を封じられて仕方なく従っている魔物ではなくて、僕たちの仲間だよね。
魔封じの紐なんか必要ないよね。」
ハルが嬉しそうに飛び上がって喜んだ。
「ま・・・、まだ決まったことじゃないわよ。
うちのおじいさんの了解ももらわなければならないし、ミッテランおばさんにも・・・。
でも、あたしが保証するっていうから、きっと大丈夫よ。」
ミリンダの言葉に、ジミーも笑顔で頷いた。
「お・・・親分の功績が認められて、晴れて自由の身になりましたね。
あっしも、うれしい。」
レオンもうれし泣きをしている。
「ば・・・、馬鹿。もう親分じゃねえといつも言っているだろうが・・・。」
トン吉も、うれし泣きをしているようだ。
「じゃあ、行こうか。」
一行は、ゴローの墓に手を合わせた後、ハルとミリンダが順に瞬間移動して、ジープまで飛んだ。
マイキー達のジープは、ツタが絡まった状態ではあったが、壊されてなく食料もガソリンもそのままあったので、2台で仙台市まで帰ることになった。
帰りの道中も、夜の移動は避けて勉強を続けたが、驚いたことにミリンダが文句も言わずに、真面目に勉強をするようになったのだ。
「へえ、どうしちゃったのミリンダ?」
ハルが喜びの声を上げる。
「どうしたもこうしたもないわよ。
それよりも、竜神にやられそうになって、気付けの為にあいつが私の首筋に噛みつこうとしたとき、ハルが何か言っていたわよねえ。これ以上、馬鹿になって勉強しなくなったら困るって。」
ミリンダは、ハルを睨みつけた。
「えへへへ。聞いてたの?
だってえー。」
ハルは、困ったように頭を掻いた。
「別に怒ってはいないわよ。
だってその通りだものね。
いくらイケメンでも、計算位は出来なくっちゃね。」
ミリンダは、分っているとばかりに頷いた。
「あー、やっぱり簡単な計算も出来ないゴローさんを見て・・・。」
ハルが納得とばかりに手をポンと打った。
「そうよ。でも、あいつの事を馬鹿だと今でも思っている訳じゃないわ。
美的感覚もしっかりとしていたしね。
不老不死で、周りの人とは関わらずに生きて行かなければならなかったから、学校にも行けず簡単な計算も出来ない。
もしかすると、学校へ行きたい時もあったのかも知れないって思ったの。
その点、あたしは恵まれているなあって。
だって、いやだって言っても、こんな冒険の帰りの道中にまで、授業があるんだものね。
あいつの気持ちを汲んで、あたしは知的美女を目指すのよ。」
ミリンダは、極めて真面目な顔をして答えた。
ジミーは大いに喜び、勉強は深夜遅くまで続くこともあった。
仙台市に着いた時にはもう夜も遅かったので、研究所の食堂で食事をして、その晩は所長宅に泊めてもらう事にした。
翌日の昼には、佐伯巡査と大友巡査の検査結果が出てきた。
未知のウイルスなのか菌か、今のところは判らない成分が血液中から発見されたが、食事をするたびに減少して行く事が判明。
1週間ほど3度の食事を十分にとれば、無くなるだろうとのことであった。
北海道に居る研究所の所長が興味を示しているが、培養が困難で人間の体を離れた途端に死滅してしまうような、弱いものである為、吸血や食事をとらなくても大丈夫であった理由などの解明は難しいとのことであった。
とりあえずの心配要素が解決したため、マイキー達にお別れの挨拶をして、ハルたちは旧釧路市だった道東の村へと瞬間移動した。
それまで何日も曇天の憂鬱な天気が続いていたのが、ハルたちの帰還を祝福するかのように、さわやかな晴天となった。
「さあ、早速、授業再開だ。
旅の途中での夜だけの授業では、時間が短いから余り進められなかったけど、その遅れを取り戻すためにも、今日からみっちりとしごくぞ。
丁度、ミリンダちゃんもやる気になってくれたみたいだし、来年、ちゃんと中学校へ上がれるように、しっかりと勉強しよう。」
学校へ付いた途端に、ジミーは張り切りだした。
「えー?もう・・・、ちょっと旅休みみたいなことは出来ないのかしら・・・。
いや、いいわ。私も、あんな風に見えていたのかと思うと・・・、ちゃんと勉強しなくちゃ。」
ミリンダも、少しためらっていたようだったが、すぐに思い直して教室へと向かい、一番前の席に座った。
「詳しくは、放課後にでも改めて報告しますが、中部地方に隠れるようにして住んでいる人々は発見できました。
しかし、その地を離れることは当分控えるそうなので、そのまま帰ってきました。
ハル君たちにお願いして、ちょくちょく様子を見に伺う予定です。」
ジミーが昼休み中の校長室で、村の長老たちと所長に、まずは簡単に報告をしているようだ。
「そうか。中部地方にも、人類の生き残りがいたという事は、ありがたいことだ。
まだまだ、日本全国で探索しきれていないところが沢山ある。
そう言ったところにも、生き残った人々がいるやもしれんので、今後とも探索は続けて行こう。」
所長は、今回の結果に満足するかのように、うんうんと何度も大きく頷いて見せた。
「じゃあ、おいらは授業がありますので。」
ジミーは、校長室を出て、ハルたちの待つ教室へと向かった。
丁度その頃、中部地方の標高の高い山の頂上で、大きな岩がブルブルと小刻みに震えていたが、誰の目にもとまることはなかった。
やがて、大きな岩は意志を持っているかのように、ごろりと大きく転がった。
トン吉は、その功績が認められて、魔封じの紐なしで村で働くことが認められた。
更に、ハルとミリンダの提案もあり、他の魔物たちも様子を見ながら、少しずつ魔封じの紐を外していく事になった。
トン吉が他の魔物たちを説得して、人間たちと助け合って生きて行く事を、納得させると請け負ったのだ。
本当の意味での魔物との共存生活が始まるのである。
電気を引くために、周囲の壊れた鉄塔をばらして使えそうな部分を寄せ集めながら、新規に鉄塔を敷設し始めた。
ミッテランの瞬間移動の能力を使い、北海道中から資材を集めているので、材料的には事欠かない。
力自慢の魔物たちをフルに使って、順調に工事は進められているようだ。
電化の見通しがある程度立ってきたところで、北海道南部の海岸線沿いに散らばっていたコロニーの人々も、徐々にハルたちの村に集まり出してきた。
いずれは2000人規模のまちになる予定だ。
同時に、ハルたちが通う学校にも多くの子供たちが入学してくる事になっている。
3年と少し前の魔物たちとの戦いのときに、13歳以上の子供たちも戦力として参加したために、ハルたちと同学年以上の子供たちはいない。
北海道中の子供たちの中で、ハルたちが最上級生であることに変わりはないのだが、それでも十数人だった学校も、百人を超える人数となる予定で、4年生の子供も数人入学してくることになっている。
いよいよ魔法学校が忙しくなると、ミッテランも楽しみにしているのだ。
仙台市との交流が、今以上に盛んになれば、今は村には居ない若者もやってくるようになるだろう。
今はまだ、盛んではない西日本との交流も加われば、加速度的に人口が増えて行く事も予想される。
ハルは、自分が大人になる頃には、どれだけの大きな街になっていることだろうかと、この道東の小さな村の行く末に夢を馳せるのであった。
それは、ミリンダにとっても同様な事の様で、早くも西日本の食文化を遺跡で見つけたタウン誌などで確認をして、それらを食べ尽くすのだと豪語しているようだ。




