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35話

               10

「以前までのワシらは、力が強い魔物たちから隠れるようにして、ひっそりとこの山間の小さな盆地で隠れ住んでおったのじゃ。


 ところが、ほんの数ヶ月前の事、それまで幾度となくわしらを悩ませていた、魔物たちの気配が途切れたのじゃ。残るは、弱い魔物ばかりになった。」


「以前の爆弾騒ぎで、魔王が大量の魔物たちを呼び寄せた時ですね。

 この辺りの魔物たちが東京へと向かったんだ。」

 ハルがうんうんと頷いて相槌を打つ。


「強い魔物たちが姿を見せなくなってからというもの、わしらは定期的に山へと昇っては周りを見回し、わしら以外の生き残りが居ないか、注意深く観察しておったのじゃ。

 戦災を逃れた人々の生き残りである我々は、それでも自分たち以外にも生き延びた人が居るはずだとの望みを捨てたことはなかった。


 まあ、その前まででも、何か月間かに1度くらいは特攻と言って、命がけで周囲を探索することはやっていた。

 しかし、その回数は飛躍的に増えたのじゃ。

 1ヶ月に1、2回は必ず山頂まで行くという事を続けておった。」

 老人は宙を見据えながら、思い出すように語り始めた。


「そのうちのどこかの回で、マイキーさんたちがあなたたちの人影を見つけたのね。

 それで、マイキーさんたちがこの地に来たのよ。」

 ミリンダが言葉を続けた。


「そうじゃ、だがその時には既に不幸は始まっておったのじゃ。」

「不幸?」

 今度はジミーが尋ね返した。


「そうじゃ、2ヶ月ほど前の事だったのじゃが、平地に旧文明の遺跡を見つけたのじゃ。

 遠目から見ても、戦争時の爆撃で荒れ果てていて、今も生き残りが住んでいるとは到底思えなかった。


 しかし、遺跡に残っている貴重な遺物は、今のワシらの生活に役立つことが多い。

 その為、とりあえず探索することにした。


 まあ、帰りは山道を何度も上り下りを重ねなければならんので、家具などの重いものは、もしあったとしても持って帰ることは無理なんじゃがな。

 農具や包丁などの刃物じゃな、目的は・・・それ以外にも衣料品や靴なども貴重じゃった。」


「ふーん。あなたたちは、こんな山奥の不便なところで暮らしていて、魔法など使えるようにはならなかったの?」

 ミリンダが不思議そうに尋ねた。


「魔法、一体それはどういったものじゃ?」

 老人も同じく不思議そうな顔をして尋ね返した。


「こういったものよ。雷撃(ライガー)!!!」

 すると、納屋の奥の方に一本の稲光が発し、稲わらから一筋の黒煙が立ち上った。


「おお。もしや、あなた様も竜神様のお使いでしたか?」

 老人をはじめとして、村人たちはミリンダに向かって両手を合わせて、深々と頭を下げた。


「なによ、それ。竜神様?

 あたしはちょっと美しいだけの、只の人間よ。

 これは、魔法って言って人間ならだれでも使える物なの。


 しかも、今は屋内だから威力を最小限に絞った弱ーいものなの。

 隣にいるハルだって使えるわ。」

 ミリンダはハルを指さした。


「そうですね。

 瞬間移動の魔法が使えれば、旧文明の遺跡から遺物なんかも簡単に運び入れることが出来たでしょうね。」

 ハルはそう言いながら姿を消し、十メートルほど離れた座敷牢の中に一瞬で現れた。


「おお、神よ・・・・。」

 村人たちは、今度はハルに向かって手を合わせて拝みだした。


「だから言っているじゃない、こんなことは誰でも出来るんだって。」

 ミリンダはあきれ顔で、ため息を付いた。


「そう。おいらにはまだ使えないんだけど、いずれ使える様に練習しようと思っているくらいで、得手不得手はあるにしても、これは普通の人ならだれでも持っている能力みたいですよ。


 ここに居る2匹の魔物たちも同じ魔法ではないにしても、色々な力が使えます。

 壁に同化して姿を消してみたりね。

 それらをひとくくりにして、魔法とか能力なんて表現をしています。


 それよりも、文明の力もなく、魔法も使えずによく今まで生活してこられましたね。

 それがその、竜神様のおかげなのですか?」

 ジミーがハルたちの言葉を補足した。


「そうじゃったか・・・。

 魔物たちが使う魔法というのは、口から火や水を吹いて、我々人間を威嚇するものと言うイメージがあったものでな。」

「ここに居るトン吉さんが良く使う魔法だね。」

 老人の言葉にハルが相槌を打った。


「おお、そうじゃったか。我々はその様な魔法を使う魔物にしか、今までに出会う事はなかったのじゃ。

 ではあいつも只の魔物・・・。

 いや、そうじゃったな。話がそれたようじゃな。


 我らの住むこの村は、元々人があまり訪れることもないところじゃ。

 そのせいか、狂暴な魔物どころかドラジャや大バッタなどの弱い魔物ですら、村に姿を現すことはめったになかった。


 戦火と魔物たちに追われて逃げる様にしてこの地に辿りつき、隠れ住んでいたのじゃ。

 村から出さえしなければ、十分に安全に暮らせておった。


 決して竜神様などに守られて、暮らしていたのではない。

 それどころか、竜神様・・・、いや、あいつは・・・。」

 老人の手が小刻みにブルブルと震えている。


 顔面が真っ赤になり、こめかみには血管が浮かび上がってきている。

 どうやら、相当興奮しているようだ。


「長老、お気を確かに。」

 老人の後ろに居た中年の男性が、倒れそうな老人を抱きかかえた。


「どうやら、長老はお加減が悪くなったようなので、私が代わりに説明いたします。

 もともと、私のせいなのです。」

 中年の男は、長老の体を他の村人に預け、ジミーたちの方に向き直った。


「あなたのせい?」

 ジミーが尋ねる。


「そうです。あれは遺跡を探索している時でした。

 大きなお屋敷跡のようなところを探していたところ、何重にも重ねられた箱を見つけました。

 それは、爆撃の衝撃で吹き飛ばされたのか、壊れて一部の角が欠けている物でした。


 私は、その箱を順に開けて中を見ました。

 一番中の箱には、更に布で何重にも包まれた、竜が入っていたのです。」


「竜?」

「はいそうです。

 どうやらそこは、元々神社か何かの建物だったのでしょう。


 竜の顔をした木彫りの彫刻のようでした。

 随分と縁起が良いから、わが村で奉って、ご神体としてあがめようという事になりました。


 神社からものを持ち去るなんて、罰当たりとも考えましたが、無人の荒野と化したところに放置するより、村で奉った方がより良いだろうと考えたのです。


 そうして村へと持ち帰ってから、村の神社へと奉り、泉から湧き出たお浄めの水をかけて綺麗にして差し上げました。

 すると、突然その彫刻が喋り出したのです。」


「彫刻がしゃべった?」

 ジミーが驚いて大きな声を出した。


「そう、そしてそいつは、自分は竜の化身なので、村の泉へと奉って欲しい。

 そうすれば未来永劫、村の繁栄を約束すると言ったのです。


 村の泉と言うのは、水が湧き出るだけの小さな水源です。

 仕方がないので、村はずれの小さな沼にその彫刻を浸けてやりました。

 すると突然元気に動きだし、沼の底へと泳いで行ったのです。」


「へえ、彫刻じゃなくて、生きていたんだ。」

 ミリンダが驚いたように、目を見開いて話した。


「そう、そいつはどうやら生きていたのです。

 その後、数日間は何事も起きませんでした。


 やれやれ、彫刻の戯言に付き合わされたとか、たまたま指の隙間から彫刻が落ちていくのを、泳いだものと見間違えたのだろうと、皆から言われておりました。


 ところが突然、村に雷鳴が鳴り響いたのです。

 先ほどお見せ頂いたような小さな雷撃でしたが、我々にとっては脅威でした。


 村の全員が沼に吸い寄せられるようにして集合したのですが、そこへ沼から大きな竜が顔を出して、今すぐに村の娘を生贄として差し出せと言ってきたのです。


 もちろん、そんなことできるかと断りました。

 その途端、私のすぐ近くに稲妻が落ちたのです。

 仕方がないので、泣く泣く私は娘を差し出しました。


 村一番と評判の娘だったのですが・・・、まあ娘は村に2人しかいませんでしたがね。」

 男はがっくりと肩を落としてうなだれた。


「ふーん、随分と酷い話よねえ。

 彫刻みたいになって動けないのを水に戻してあげたのに、それを恩に感じるどころか村娘を生贄として捧げろなんて、人間の風上にも置けないわね。」


「いや、竜神様だってことだから、人間じゃないし・・・。」

 ジミーがミリンダの言葉を遮った。


「まあ聞いた話だと、竜神様ってより魔物の類のようですね。

 もしかすると、ずうっと昔から人間の魂と動物たちの魂が融合した魔物は、居たのかも知れない。

 そいつは昔に悪さをして、封じ込められていたのかも知れないですね。」


「おおそうですね。

 私がその封印を解いてしまったがために、村に不幸が・・・。」

 ジミーの言葉に、ますます村の男は縮こまってしまった。


「それからは、村の貴重な食料をお供え物として要求され、更に2人目の娘さんまで生贄として差し出さされて、ますますお供え物の要求が強くなり・・・。


 マイキー達がやってきて、解決する為に次の生贄になることを決めたけど、食べ物が無くなり餓死寸前だった。

 そんなところに吸血鬼のゴローがやってきた。


 彼に血を吸われると、食べなくてもお互いの血を吸いあう事で生きていくことが出来るようになった。

 ・・・という訳ですか?」

 ジミーの言葉に、佐伯巡査も含め村人たちは大きく頷いた。


「そうなると、ここに居るゴローと言う吸血鬼は、悪者ではないことになる。

 それどころか、村人たちを飢餓の苦しみから救っていたという事になる。

 間違いないですか?」

 ジミーの問いかけに、またもや村人たちは大きく頷いた。


「そ・・・そうですよ。分ったでしょ?

 ちょっと説明が長くかかったけど、このゴローは悪者なんかじゃありません。

 それどころか、困っている村人たちを助けていたのですよ。」

 誤解が解けたゴローは、ようやく安心したように胸を張り、ミリンダに向かってウインクをした。


「でも、血を吸われると馬鹿がうつって、何も考えられなくなるから、生贄になった娘を救い出すことも出来ずに、ただひたすら農作業をしては、お供え物を捧げると言ったことを続けていたのね。」

 ミリンダが言葉を続けた。


「失礼しちゃうなあ。

 確かに吸血の効果で多少は夢心地にはなるけど、馬鹿になるわけじゃない。

 ましてや僕は馬鹿じゃないし、うつることはないですよ。」


「簡単な算数の計算も出来ない、馬鹿じゃないのよ。」

 ゴローの言葉にミリンダが噛みついた。


「僕は長年生きてきてはいるけど、人間たちが通う学校なんかに入ったこともない。

 ずうっと、たった一人で生きてきた。


 そりゃ、たまには可愛い子ちゃんと共に暮らすことはあったけど、ずうっと年を取らない不死の体では、一つの所に長く住み続けることは到底かなわない。

 ほとんどの時を、人とはあまり関わり合いを持たないで一人で過ごしてきたから、勉強は出来ないけど馬鹿じゃないよ。」


「そう言うのを馬鹿と言うのよ。

 やればできるとか、生きて行く上で必要性を感じないなんて言い訳で、勉強をさぼっていると・・・、あれ?どっかで聞いたような・・・。」

 ミリンダは自分で言っていて、ふと言葉が止まった。


「うーん、そうだねえ。

 貴重なご意見をありがとう。


 もしかすると、僕の事を気にかけてくれているのかなあ?

 さっきから妙に突っかかってくると思っていたけど、気になるからかえって冷たい素振りなんて・・・。

 うーん、堪らなく可愛いなあ。」

 ゴローはうっとりとした目つきで、ミリンダの事を見つめている。


「ば・・・、馬鹿なこと言わないでよ。

 なんであんたなんか・・・。

 だから馬鹿だと言うのよ。」

 ミリンダは、ゴローの言葉に顔を赤くしてそっぽを向いた。



「まずはその、竜神様ってのを何とかしなければならないなあ。

 チャンスとすれば、次の生贄をささげるときくらいか。

 それはいつですか?」

 ゴローとミリンダのやり取りは無視して、ジミーたちは今後の作戦の検討を始めた。


「次の満月の時・・・、丁度今夜よ。」

 マイキーが話に割り込んできた。


「生贄をささげる時は、向こうも警戒しているだろうから無理だとして、生贄を連れ去って行って、安心して油断した瞬間を突く作戦で行きましょう。

 具体的には・・・。」

 ジミーが作戦展開と各自の役割を伝えていく。



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