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34話

             9

「それよりも、村人たちの態度が気になりますなあ。」

 トン吉は、畳の上にどっかと腰を下ろしながら呟いた。


「そうだね。

 食べ物を食い漁っていた中の1人は、マイキーと一緒に行方不明になった佐伯巡査だ。


 最初は能面のように無表情だったから判らなかったけど、途中で意識が戻って彼だと分かった。

 そう言った目で見ると、九五郎さんの後ろに居た若者のうちの1人には見覚えがある。

 彼も仙台市警察の大友巡査だ。


 しかし、先ほど布団を敷いてくれている間にも、彼の所へ近づいて確かめたんだが、全くおいらには気づきもしなかった。

 なにかに操られているかのように、無表情で淡々と行動している様子だった。」

 ジミーもトン吉と同じ考えの様子であった。


「彼らは座敷牢行きと言っていただろう?

 この屋敷のどこにあるのかはわからないが、もう一度佐伯巡査に会って話をしてみたい。


 といって、座敷牢がどこにあるのか、聞いても教えてくれるかどうかは判らないし、かといって全員で屋敷中探しまわるわけにもいくまい。


 レオン君よ、済まないが姿を消しながら、座敷牢がこの屋敷のどこにあるのか、探してきてくれないか?」

 ジミーはトン吉の横に座っているレオンの方に向き直った。


「お任せください。

 敵に気づかれずに、移動するのはレオンのもっとも得意とするところでございますよ。

 では、さっそく・・・。」

 レオンは、瞬く間に部屋と同化して見えなくなった。


「いや、まだ敵と決まった訳じゃあ・・・。」

 ジミーの返事も待たずに、障子戸がひとりでに開いて、ひとりでに閉じた。

 レオンが捜索に行ったようだ。



「それはそうと、マイキーさんの事が気にかかるわ。

 どうして、あたしたちに対して何の反応もないの?

 それに、生贄とか不死人(アンデッド)ってなに?」

 ミリンダがジミーに質問をした。


「彼女も、他の2人みたいに何かに操られているのかも知れないと考えている。


 生贄と言うのは、昔からの風習で、雨が降らなくて農作物が出来ない時とか、逆に大雨が続いて土地や家屋などが流されてしまうとか、人間の力ではどうしようもない天候や地震などの被害を押さえてくれるよう、その地の神様に貢物を捧げて祈ることだ。


 その貢物として、うら若い少女を湖に沈めたり、地中深く生き埋めにしたりするわけだ。

 そうすることで、生きたままの娘が神様の所に届くと考えられていたんだ。」


「えー、そんなことをしたら、死んじゃうじゃない。」

 ミリンダはジミーの言葉に、反発した。


「そうなんだよ。

 でも九五郎さんの話ではマイキーは不死人(アンデッド)だって・・・、不死人(アンデッド)と言うのは文字通り死なない人さ。

 妖怪や魔物のたぐいだねえ。」

 ジミーはそう答えてから、じっと考え込んだ。


「その、妖怪だっていうマイキーさんは、僕たちが探しているマイキーさんによく似ていますよね。

 名前まで一緒なのには驚きました。」

 ハルは、面白そうに明るく話しかけてきた。


「そのマイキーさんよ、彼女は・・・。」

 ミリンダは呆れた様に、ハルの顔をしげしげと眺めた。


「えっ?どういうこと?」

「だからあ、九五郎さんの隣に座っていた女の人は、あたしたちが探しに来たマイキーさんなの。

 マイキーさんと一緒に来たはずの、2人の警察官も見つかったのよ。」

 ミリンダが、面倒くさそうに答えた。


「えーっ、だって・・・、髪の毛の色も違うし・・・、

 僕たちに会っても、何の挨拶もしなかったじゃない。」

 ハルは、未だに納得できないようにしていた。


「ばっかねえ、青い髪の毛の色の人間なんて、居るはずがないじゃない。

 多分、あれはカツラよ。

 それに、何者かに操られているから、あたしたちに気が付かないのよ。」


「へえ、そうなんだ。

 じゃあ、明日マイキーさんに会ったら、きちんとあいさつしよっと。」

 ハルは大きく頷いた。


「駄目よ、あの九五郎さんって人の事が良く判らないから、マイキーさんとあたしたちが知り合いだって、言わない方がいいの。


 だから、ジミーさんだってマイキーさんの名前を呼ばなかったし、2人の警察官に会っても言葉を交わさないでいたのよ。

 もし、あたしたちが知り合いだとばれたら、3人の身に危険が降りかかるかもしれないからね。」

 ミリンダは冷静にハルをたしなめた。


「えー、でも・・・、知っている人にどこかであったら、必ず挨拶しなくちゃいけないって、おじいさんが・・・。

 人間として最低限の礼儀だから、絶対に守らなくちゃいけないって、言っていたもの・・・。」

 ハルは不満そうに頬を膨らませる。


「まあ、ハル君の気持ちもわかるけど、ここはちょっとの間だけ我慢していて欲しいんだ。


 大体、こんな世界をたった1人だけで旅をしているなんて、九五郎さんっておかしいと思わないか?

 食べ物がなくて困っていた村人たちの為に、何かしてあげたって言っていたけど、食べ物の臭いがした途端に、村人たちはおいらたちの荷物に殺到した。

 つまり、村人たちにとって、食べ物の事は解決していないってことになる。


 それにマイキーが生贄になるって話と、マイキーが不死人(アンデッド)だってことが、どんな関わりを持つのか知れないけど、はっきりとするまでは我々の事もあまり詳しく話さない方がいいだろう。

 誰が原因でこんなことになっているのか、まず確かめなければいけない。」


 ジミーは屈み込んでハルの両肩を両手で掴み、じっと目線を合わせてゆっくりと話した。


「判りました・・・。」

 ハルはジミーの説得にしっかり頷いた。



 丁度その時、ひとりでに障子戸が開き、また閉じた。

 そうしてから、レオンがその姿を現した。


「お待たせしました、座敷牢の場所が判りました。

 村人たち全員が中に入れられているような感じです。」


「そうか、早速案内してくれ。」

 ジミーはすぐにマシンガンを持って立ち上がった。


 ハルもミリンダも続く。

 レオンは先頭に立って、玄関の方へと歩いて行く。

 そうして、玄関の土間の先を指さした。


 そこには細長い木戸があり、それを開くと地下へ向かう階段が現れた。

 ジミーたちはレオンに付いて階段を下りて行く。

 中は、ろうそくの明かりで照らされているだけで、薄暗い。


 地下へと辿りつくと、右手には1畳ほどの間隔で木の柵が囲ってあり、一番奥には干し草を積んである。

 納屋のような構造であり、先ほど表に出てきていた、ニワトリや豚と牛がこの地下で昼間は飼われているのだろう。


 左側には、木枠を格子状に組んで檻とした牢屋のような部屋があり、どうやらそこが座敷牢のようだった。

 ジミーは座敷牢に近寄ると、格子の隙間から中を覗いてみた。


 すると、一人の男が走る様にして近づいてきた。

「ジミーさん、ジミーさんですよね。

 やっぱりそうだ。夢じゃなかったんだ。」

 男は嬉しそうに格子状の檻を掴みながら中から叫んだ。


「佐伯君だな、ジミーだ。

 一体どうなっているんだ?

 マイキーが次の生贄ってどういうことだ?」

 ジミーは檻越しに尋ねる。


「は・・・、はい。

 えーと、あれは我々がこの村へと辿りついた時の事です。


 なにか、恐ろしい生き物が住み着いて、その生き物の貢物として村の娘を2人も生贄として捧げたとか・・・。

 さらに、お供えの食べ物を常々要求されて、村の食料も底をつきかけているという事でした。


 その上で、3人目の生贄を要求して来たのです。

 それなら私が生贄になって向こうに潜入して、その生き物を退治する手掛かりを探るとマイキーさんが言い出したのです。」


「そ・・・そうか。

 マイキーは村の娘の代わりに生贄となることを申し出たのか・・・。」


「はい、それで生贄として捧げられるところだったのですが、突然向こうから生贄はまだで良いから、お供えの食べ物をもっと増やせと言ってきました。


 只でも足りない食料を更に要求されて、我々が持ち込んだ食料も瞬く間にお供え物として消え、ジープに戻るわけにもいかず、空腹を抱えて弱っていたのです。」

 佐伯の話は相当に悲惨な内容であった。


「おお、そうか。それは大変だったなあ。」

「ちょうどその時に、村に立ち寄った旅人のゴローさんが、せめて餓死しないようにしてあげましょうと言いながら、空腹で今にも倒れそうな我々の首筋に噛みついたのです。」


「首筋に噛みついた?」

 佐伯の言葉に、ジミーは絶句した。


「ええ、そうです。

 首筋に噛みつかれて血を吸われた我々は、その後空腹を覚えるたびにお互いの首筋に噛みついて、血を吸いあいました。


 すると、なぜか空腹感が満たされるのです。

 それからの我々は、昼間は太陽がまぶしすぎるので、夜だけ畑仕事に出て、食物を作ってはお供えするという事を繰り返してきました。


 まるで何かに操られるように、何も食べずにお互いの血を吸すりあいながら、ひたすら続けていたようです。

 それでも空腹の意識はあったようで、先ほどは食べ物の臭いに引き寄せられて、テントに行ったのでしょう。

 それまで、意識が飛んでいて夢うつつでしたが、腹が満たされるとようやく正気を取り戻してきました。


 どうしてなんだろうなあ、何も食べなくても済むのなら、生贄になった娘さんたちを助け出す計画を立てたり、恐ろしい生き物を退治する相談も出来たはずなのに・・・、ひたすらお供え物のための農作業で終始していました。」


「そ・・・、そうですじゃ。

 ゴローと言うやつが来てからというもの、ずっと夢うつつであったが、先ほど腹が満たされて、ようやく正気に戻ったわい。」


 佐伯の後ろに、初老の村人も寄ってきて会話に加わった。

 そのほかにも5人ほどが格子に寄ってきている。


「おお、他の村人たちまで。

 詳しく事情をお聞かせ願えませんか?」

 ジミーが改めて、村人たちの方に向き直った。


 しかし、正気に戻ったのは佐伯を含めて6人ほどで、他の村人は未だにうつろな目をして、宙を見つめているだけだ。


「こ・・・これ・・・。」

 ミリンダがジミーに大きな鉄の輪が付いた、金属棒を手渡した。


 どうやら、座敷牢の鍵のようである。

 地下室の壁に掛かっていたようだ。

 ジミーは牢の鍵を開けて、正気に戻った村人たちを外へと出そうとした。


「いや、ちょっと待っておくれ。

 そこに居るのは魔物ではないか。

 では、お前たちも魔物なのか?

 それとも、竜神様のお使いか?」


 先ほどの老人は、ジミーたちの影に隠れていたトン吉とレオンの姿に気づいて、座敷牢から出てくるのを躊躇った。


「いやだなあ、おいらたちは普通の人間ですよ。

 ここに居る2匹の魔物は、我々に協力して一緒に旅をしてくれているのです。

 危険性はありませんよ。」


「そうよ。もし、あなたたちに変な事をしようとしたら、あたしがすぐにとっちめてあげるわ。

 だから、安心して。」

 ジミーの言葉にミリンダが続けた。


「そうですよ。

 ここに居るジミーさんは、私と同じ仙台市の警察官で、多分行方不明になった我々を捜索しに来てくれたのだと思います。


 更に、2人の子供はハル君とミリンダちゃんと言って、冒険者です。

 我々の街と同じく、魔物たちを従えて共同生活をしている、釧路と言う北海道の小さな村に住んでいます。

 だから、一緒にいる魔物にも危険性はないですし、彼らは我々の味方です。」

 牢の中に居る佐伯巡査が、2人の話を補足した。


「そうか。まあ、あんたたちがそう言うのであれば、大丈夫じゃろうなあ。」

 老人は、佐伯巡査とジミーたちの顔を順に眺めながら、ほっとした顔つきで格子の枠をくぐって出てこようとした。

 意識を取り戻した他の村人たちも、それに続く。



 丁度その時、地下への降り口の向こうから声が聞こえてきた。


「まずい、誰か来る・・・。」

 ジミーたちは急いで、座敷牢の向かい側の納屋の柵の影に身を隠した。


「客人たちがいないからって、こんなところに来ているはずがないでしょう・・・。」

 九五郎が2人の若者を引き連れて階段を下りてきた。

 ジミーたちは身を屈めて息を殺す。


「ほら見てください、誰もいない。

 居ないどころか・・・、村人の数も減っていますか?

 おい、さっき村人は何人この中に入れたのです?」


「はい、20人です。」

 九五郎の手下と化した大友巡査が答えた。


「今は・・・、ひいふう・・・14人ですね。

 えーとそれでは・・・、うーんとよく判らん・・・。

 何人足りないのです?」


「・・・・・。」

 九五郎の問いかけに、大友巡査は何も答えず無言のままだ。


「とにかく何人か少ないのは間違いがないようです。

 よく見ると、座敷牢の鍵が開いています。

 さては、鍵を閉め忘れましたね?急いで探し出しなさい!」

 九五郎の指示で、2人の若者は階段を駆け上がって行った。


「20引く14は6よ。

 つまり6人の村人が逃げたわけ。

 血を吸われると何も考えられなくなるというのは、多分あなたの馬鹿がうつるのね。」

 ミリンダは、九五郎が一人になったことを見計らって、柵の影から出て来た。


「おや、君は美しいお嬢ちゃん。

 ミリンダちゃんだったね。

 お友達のハル君とかくれんぼごっこでもしているのかな?」

 対する九五郎は、さほど驚いた様子も見せなかった。


「村人たちを操って、生贄を捧げさせたり、食べ物をお供えさせたり、血を吸うという事は、君は吸血鬼なのか?」

 

 ジミーは、持ってきたマシンガンの安全装置を外しながら立ち上がった。

 つられて、ハルにトン吉、村人たちも一緒に立ち上がる。


「おや、居なくなったと思った村人たちもここに居ましたか。

 いま、探させに行っちゃいましたよ。

 戻ってきたら、謝らなければいけませんね。


 まあ、ばれてしまっては仕方がありません、僕は吸血鬼のゴローと申します。

 五郎ではなくゴローと伸びます。お間違えの無いように。


 事情を知らない方に、いきなり吸血鬼と言っても信じてもらえないでしょうから、誤魔化しておりました。」

 九五郎は尚も余裕の表情で答えた。


「君の名前が九五郎だろうがゴローだろうがどちらでもいい。

 伝説の生き物かと思っていたら、本当に吸血鬼なんてのが居るのか。

 まあ、魔物たちが居る世の中なんだから、今更驚くこともないさ。


 それよりも直ちに村人たちを解放して、村を出て行くんだ。

 そうしなければ、我々が許さない。」

 ジミーは銃口を九五郎改めゴローに向けた。

 ハルもミリンダも、同時に身構える。


「い・・・いやだなあ。

 何か誤解でもなさっているのですか?

 ぼ・・・、僕は人畜無害の吸血鬼・・・。」


「何も聞きたくはない。

 今すぐ村を出て行くんだ。

 さもないと・・・。」

 ジミーは引き金に掛けている指に力を入れた。


「駄目よ、彼には何の罪もないわ。

 それどころか、飢えに苦しむ村人たちを楽にしてあげていたのよ。」


 その声の聞こえる方向には、階段の降り口に差し掛かる、すらりと長くて恰好のいい足があった。

 その足が階段を下りてくる、そうマイキーであった。


「マイキーさん、君は・・・。」

 ゴローが驚いてマイキーの方に振り返る。


「わたし?・・・、ある時は美人秘書、またある時は生贄となる村娘の身代わり、しかしてその実態は・・・。」


 マイキーは右手で自分の左首筋を掴むと、大きく振り上げた。

 すると、カツラとマスクが外れて、そこには血色の好い黒髪のマイキーの姿があった。


「うーん、だから、自分の顔のマスクを付けても変装にはならないっていつも言って・・・。」

「ふん、今回バージョンは、吸血鬼に血を吸われて青白い顔になる生贄役だったからいいのよ。」

 マイキーは無表情のまま答えた。


「でも、正気に戻ったんだね。」

「わたしは最初から正気よ。

 だって血も吸われていないもの。

 生贄役だったから、毎日3度の食事も出ていたしね。」

 マイキーは悪びれることもなく答えた。


「そうか首筋までマスクのゴムがあったから、血を吸えなかったんだ。

 てっきり僕は、血が流れていない不死人(アンデッド)かと思っていたよ。」

 ゴローが納得といった顔をしている。


「じゃあ、どうして最初に顔を合わせた時から、何の反応もしなかったんだい?」

 ジミーが不思議そうに尋ねた。


「仕方がなかったわ。

 村にはほとんど食べ物がないし、次の満月が来るまでは生贄にもなれないから、それまでは吸血鬼に頼るしかなかったの。

 彼が私たちに危害を加えるつもりがないのは、分っていたしね。」


 マイキーはジミーに銃を下ろすように、手振りで伝えながら答えた。

 それに従い、ジミーは引き金から指を外して、銃を下ろした。


「しかし、彼が原因ではないとすると、この村が困っているのはいったい誰のせいなんだ?」

 ジミーはマイキーの顔をもう一度見つめ返した。


「それは、わしの口から説明させて頂こう・・・。」

 先ほど座敷牢から出た村人の老人がゆっくりと口を開いた。



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