30話
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「中部地方の山奥で、人探し?
いいわよ、中部地方がどこかは判らないけど。」
その日の朝会の時間に、ハルとミリンダに今朝の所長たちとの会話の内容を伝えたところ、ミリンダは即答であった。
「マイキーさんって、収容所で会ったお姉さんですよね。
行方不明なんですか?心配ですね。
それなら一緒に捜しに行きましょう。」
ハルも快諾した。
「大体、学校が出来たのはいいけど、授業っていうのは要らないわよ。
給食の時間だけあればいいわ。
まあ、人探しに行くのであれば、当分は授業はなしだろうけど、戻ってからも是非とも検討してほしいところだわね。」
ミリンダは不満たらたらと言い放った。
「だめだよう、折角学校を作ってくれたのに。
でも、やっぱり授業は遅れますよね。
人探しなら仕方がないことだけど・・・。」
ハルは少しがっかりした様子である。
「学校の勉強に関しては大丈夫。
なんせ、一緒に行くおいらが先生なんだからね。
どの道、街灯がなく舗装もされていない道を行く事になるから、日が落ちると車で走ることは危険なんだ。
だから、移動は日の出から日没までとして、日が落ちてから寝るまではみっちり授業を行う。
そうすれば、勉強もはかどるだろうし、1石2鳥さ。」
ジミーは明るく笑って答えた。
「いっせ・・・、
な・・・、なによ。それ・・・。
べ・・・、勉強なんて人探しには必要ないじゃない。
あたしは嫌よ。」
「僕は大賛成です。
どうせ夜は暇なんだから、そこで授業してもらえばいいんですね。
移動して毎日環境が変われば、気持ちも新しくなるから勉強もはかどりますよ。」
ミリンダとは対照的に、ハルはやる気満々といった表情だ。
「じゃあ、ハル君は一緒に行くとして、ミリンダちゃんは留守番かな?
その場合、2年生の教室で一緒に九九の練習をしてもらう事になるけど、仕方がないよね。」
ジミーは微笑みながらミリンダの顔を覗きこんだ。
「く・・・、九九って。
また、罠にかかってしまうじゃない。
いいわよ、あたしも行くわ。
夜の勉強だけ我慢すればいいんでしょ?
何とかなるわ。」
ミリンダは少し怒ったように、頬を膨らませた。
その日の授業が終わって、正式にハルじいと三田じいの了承を得てから、マイキーの捜索に向かう準備を始めた。
と言っても、食料などの調達は仙台市についてから、缶詰などの保存食をジープに詰め込む予定なので、ハルたちの着替えと勉強道具だけだ。
ミリンダは想定通り、わざと勉強道具を忘れて行くつもりであったようだが、ハルと三田じいに気づかれて、カバンごとしっかりと手に持たされた。
「でも、3人だけ?
魔物たちが、うようよいるところへと行くのに、ちょっと頼りないわよね。」
準備を終えて村の広場へと集合した時点で、ミリンダが心配そうに呟いた。
「ああ、向こうで警察官を2人ほど見繕って一緒に連れて行くつもりだ。
おいら一人だけでは、さすがに魔物たちの大群に襲われたら、ハル君やミリンダちゃんを守りきれないかも知れないからね。
あと、所長が言っていたけど、新型兵器があるらしい。
後で取りに行く予定さ。」
ジミーはそんなミリンダに、きちんと考えているよとばかりに胸を張って答えた。
「あたしたちの事は心配していないのよ。
最悪の場合、すぐに瞬間移動して逃げるから。
心配なのは、ジミーさんの方よ。
マイキーさんだって、護衛の人が付いて行ったんでしょう?」
そんなジミーに対して、ミリンダは思いもかけない返事をした。
「うん、そうだねえ。
ずっとジミーさんとくっついて行動するわけにもいかないし、かといって置いて逃げるわけにもいかないし・・・。」
ハルも一緒になって、難しい顔をした。
「えっ、・・・・・・ど・・・・ど・・・。」
これには子供を守る立場のつもりでいたジミーは、少なからずショックを受けてしまい言葉が出てこなかった。
「魔物さんを何人か連れて行こうよ。
魔封じの紐を外せば強力な魔法が使える人もいるし。
そうだ、トン吉さんなんかどう?」
そんなジミーを尻目に、ハルが突然ひらめいたように提案した。
「豚足?あいつはやばいわよ。
魔封じの紐を外した途端に、敵側に寝返って襲い掛かってくるわよ。」
ミリンダはその言葉を強く否定して首を振った。
「大丈夫だよう。
仲良く何ヶ月も一緒に暮らしているんだし。
昨日だってミリンダをかばってくれたじゃない。
少しは信用してあげてよ。」
ハルが、そんなミリンダに対して悲しそうな顔でまじまじと見つめた。
「ふん、まあいいわよ。
なんにしても魔封じの紐を外すには、ミッテランおばさんの許可が必要なんだから、おばさんに確認しましょう。」
ミリンダはやや不満そうに、厳しい眼差しのまま答えた。
「豚足?・・・って誰?」
ミッテランは不思議そうな顔をしながら、ミリンダを見つめた。
広場から学校へ戻って、魔法学校の夜の授業をしているミッテランを尋ねたのである。
「豚足じゃなくって、トン吉さんです。
うちにいる魔物で、元魔物たちのボスだった。」
ハルが、ミッテランの前のミリンダを押しのけて訂正した。
「ああ、あのボスかあ。
結構な高等魔法が使えるのよね。
確かにあいつならボディーガードとしては最適ね。
うーん、まあ、3年間も塔に閉じ込められて、ようやく自由の身になれたのだから、逆らわずに協力してくれるとは思うけど、魔封じの紐を外すのはちょっとためらうわね。
でもまあ、この村にいるその他の魔物たちが人質みたいなものか。
結構責任感が強そうな奴だから、大丈夫かもしれないわね。
判ったわ、連れて行ってもいいけど、ここではなく仙台で紐を外しましょう。
そうすれば、村の魔物たちと結託することも出来ないからね。
わたしも一緒に行くわ、仙台ってところも少し見て見たいし。
でも、私が付き添えるのはそこまで。
魔法学校を立ち上げたばかりだから、今回も一緒には行けないわ。
堪忍してね。」
授業が終わり次第、ミッテランも同行してくれると言うので、ハルの家にいるトン吉を迎えに行くことにした。
「こうなると、もう1匹連れて行くのが欲しいわね。
豚足は体が大きいから戦いには向いて居るけど、目立つからね。
こっそりと相手の動きを探れる様なのが欲しいわねえ。
その点、銀次さんは強いし壁を通り抜けられるし、最高だったわね。」
ハルの家へと向かう途中で、ミリンダが懐かしい名前を出した。
「うん、でも銀次さんはもういないし・・・。」
その言葉で思い出したのか、ハルはちょっぴり悲しそうにうな垂れた。
「蜘蛛の魔物さんは体が大きすぎるから駄目だし、あっそうだ。
スパチュラちゃんは?
彼女だったら、そんなに大きくないし、それに天井や壁を伝って移動できるから、目立たずに行動できそうだよ。」
ハルが、突然ひらめいたように話し出した。
「そうねえ、だったら仙台へ着いたら一度スパチュラちゃんの所へ行ってみようかしら。」
ミリンダも、ハルの案に同意した様子だ。
「そうだねえ、でも彼女の都合がいいかどうか心配だよ。
なにせ、あんな辺鄙なところで、今はお母さん蜘蛛と二人暮らしなんだから。
ましてや、どんな危険が待っているかわからない旅だしね。
その・・・、トン吉さんていうのが魔物たちのボスであれば、適当な奴を見繕ってくれるんじゃないかな。
まずは、トン吉さんに聞いて見よう。
大体、トン吉さん自身が、一緒に行ってくれるかどうかも分からないのだからね。」
2人に足手まとい扱いされたジミーであったが、なんとか立場を回復させようと、大人として冷静な意見を述べて見たつもりだった。
「豚足に拒否権はないのよ。
嫌だと言っても無理にでも連れて行くわ。」
ミリンダの言葉に、ハルもジミーもやれやれとばかりにため息を付いた。
「あっしが皆様方と一緒に、人探しの旅へと出るのですか?
ようございますよ。
あっしなんかが、皆様方のお役に立てるのであれば幸いです。
それと、あっしの他にもう1匹、小回りの利く奴ですか・・・。
うーん、そんな奴仲間にいましたかねえ。
ほとんどが力自慢の、ガタイの大きい奴ばかりでして・・・。」
ハルの家へと戻って来た時に、トン吉はまだ畑仕事をしていた。
既に日は暮れて、暗くなっているのに感心な事である。
「そう言ったご用命なら、このレオンにお任せください。
素早い動きは元より、こうやって・・・。」
ハルたちがトン吉と話をしていたところ、不意に通りかかったカメレオンの血を引く魔物レオンが話に飛びついてきた。
レオンは話しながら、傍らの納屋の前で姿を消して納屋に同化して見せた。
すると、ハルもミリンダもジミーも一緒に走って納屋の中へと入り、期待に胸を膨らませながら、納屋の壁を見つめている。
しかし、いつまで経ってもレオンの姿が現れてこない。
「おーい、みなさん。いかがいたしましたか?
レオンの姿を見失って驚きましたか?
消えた様に見えましたでしょうが、レオンはこの場にずっと居ました。
納屋の壁に同化して見えなくなっていたのでした、エヘン!」
レオンは納屋の格子窓越しに、中にいる3人に大声で話しかけた。
それを聞いた3人は少しショックを受けた様に、肩を落とした。
「なあんだ、紛らわしい。
姿を見えなくするだけで、壁は通り抜けられないのね。
そんなの何の役にも立たないわ。」
ミリンダは銀次の事を思い出しながら、がっかりしたように呟いた。
「いや、そうでもないよ。
姿を消せるだけでも大したものだよ。
隠密行動は出来るかもしれない。」
それに対して、ジミーは気を取り直したように、大きく頷いた。
「そうだよ、ミリンダ。
何もできないよりは、少しはましだよ。
他に居ないんなら、こんなのでも仕方がないから連れて行こうよ。」
ハルもジミーに続いた。
「そうね、どうせ力もないから畑仕事も出来ずに、お使いを言いつけられるだけの奴だから、居なくなっても大丈夫だろうし・・・。
最悪、置き去りにして、あたしたちだけ逃げても惜しくはないからいいわね。連れて行きましょう。」
ミリンダも、思いついたように納屋の外に視線を向けながら納得した様子だ。
「そう言った訳なので、トン吉さんとレオン君かな。
我々と同行してください。
ちょっと長い旅になりそうだけど、荷物なんかは大丈夫かな?」
気を取り直して3人は納屋の中から出てきて、トン吉たちに話しかけた。
「あっしは別に、食べ物にさえ困らなければ、荷物はほとんどありません。
文化的な生活ってんで、無理やり着せられている服ぐらいなもので、納屋に替えがありますから、それだけで大丈夫です。」
トン吉は、着ている開襟シャツの袖を少しつまんだ。
「レオンも大丈夫です。
いつも背負っている風呂敷包みに入っているだけで、着替えは十分です。」
レオンも、首に巻きつけている風呂敷包みを叩きながら答えた。
「じゃあ、そろそろ魔法学校の授業も終わるころだろうから、ハル君のおじいさんに挨拶をしてから、もう一度学校へと向かおう。」
3人と2匹はハルの家へと向かい、ハルじいさんにトン吉を連れて行く事を了解していただいた。
畑仕事に関しては、当面の間は周りの家に分配された魔物に手分けしてやってもらう事で、話はついた。
学校へ着いた後、一行は仙台市へ向けて瞬間移動した。
ミッテランは仙台に行ったことが無いので、一旦ミリンダと一緒に移動して、戻ってから再度全員で瞬間移動したのだ。
「うーん、ここが仙台と言う都市なのね。
夜になっても煌々と明かりがついているし、巨大な箱型の建物と言い、いかにも近代的な生活といったところね。」
ミッテランは、遥か上空へとそびえ立つビル群を 左右に見上げながら呟いた。
「すごいのよ、自動ドアと言って、勝手に開く扉や、乗るとすぐにどこにでも連れて行ってくれる、エレベーターっていう箱があるのよ。」
ミリンダは、かつて自分が腰を抜かすほど驚いた、文明の利器をミッテランに紹介したくて仕方がない様子で、早くビルの中へと向かおうと手招きしている。
「こんな生活が、もうしばらくすればあたしたちの村でも可能になりそうなんだから、わくわくするわね。」
「いやあ電気が確保されても、ビルが建つわけじゃないから、ここのような生活はまだまだ先の事だよ。」
ミリンダのはやる気持ちに、ジミーは冷静にコメントした。
「でも、こんな生活が本当に幸せなのかしら。
少なくとも、夜の闇の不安から逃れるために、明かりが常時灯ることには感謝するけど・・・。」
そんなミリンダ達を尻目に、ミッテランは冷静に呟いた。
「まあ、ミッテランさんやミリンダちゃんたちみたいに、自由に魔法が使えるのならば、こういった生活環境も必要ないのかも知れないけど、力の弱い人間たちはこういった環境で日々過ごせることに、安心感を得られるのでしょうね。
文明生活が一概に素晴らしいと言う気はないけど、この町が十万人も抱えるまで発展できたのも、安全な環境であったからだと思っていますよ。」
ジミーはミッテランの気持ちもわかるとばかりに続けた。
彼も、元々はアウトドアの人間なのだ。
「まあ、いいわ。
トン吉の魔封じの紐は外してあげましょう。」
近代科学研究所のビルの前で、トン吉の首に絡み付いている紐を外してあげた。
「よいな、魔封じの紐が外れたからと言って、自由の身になれたとは思わない方がいい。
もし逃げるようなことがあれば、どこまででも追いかけて行って必ずその命を絶つ。
更に、村に残してきた仲間たちの身の保証はしない。
加えて、同行する人間の身に何かあれば、同じく容赦はしない。
お前たち魔物は、その命に代えても人間様を守るのだ。
良いな!」
ミッテランは、それまでとは打って変わった強い口調で、トン吉とレオンに対して命じた。
「は、はい。
村の農業を手伝う事で、安定した食生活を送れるようになりました。
人間たちと争って、その日の食い扶持を何とか確保する生活はうんざりです。
あっしとしても、今の生活を捨てるつもりはありませんし、村の方たちには恩義を感じております。
ハル坊ちゃんもミリンダ嬢ちゃんも、あっしの命に代えても無事に連れ帰りますのでご安心ください。」
トン吉が力強く答えた。
「れ・・、レオンも以下同文であります。」
レオンも珍しく神妙に深々と頭を下げながら答えた。
どうやら洒落の通じそうもない、ミッテランは苦手のようだ。
「じゃあ、私は明日からの魔法学校の授業もあるのでこれで失礼するわ。」
そう言いながらミッテランの姿は瞬時に中空へと掻き消えた。
それから鍵を預かってきた所長宅の客間で、ハルたちは就寝することとした。




