29話
4
「開かないって、それは自動ドアじゃないから。
それに鍵がかかっているかもしれないし・・・。」
不思議そうな顔をしているミリンダをどかせて、ジミーはドアノブを回してみた。
「やっぱり鍵がかかっているね。
うーん、どうしようか。」
「旧文明の建物の扉は、全部自動で開くものと思っていたけど、違うのね?
鍵がかかっているんじゃ、最早爆破しかないわよ。」
ミリンダが鍵穴を見つめているジミーに対して、物騒なことを囁いてきた。
「爆破かあ、そんな過激なことをしたら、建物が使えなくなってしまうよ。
うまいことやれば、この針金で・・・。うーんと・・・、よし。」
ジミーは細長い金属棒を鍵穴に突っ込んで、色々と回していたが、やがてドアノブに手を掛けてもう一度回した。
すると、カチャリと音がして、ドアはゆっくりと開いた。
中は明かりもなくて真っ暗だ。
爆撃の被害に遭った様子はなく、建屋自体の損傷もほとんどないように見える。
「ハル君とミリンダちゃんは、申し訳ないけど一度学校まで飛んで、校長室に所長たちがいるから、所長と技術者を連れてきてくれないかな。
それまでに、おいらたちが中の様子を探っておくからお願い。」
ジミーは持っていた大きな懐中電灯で、建物の中を照らしながらハルたちに依頼した。
「でも、大丈夫?中に熊や魔物たちが入り込んでいない?
あたしたちが戻ってきたら、ジミーさんが食べられていたなんてのは、嫌よ。」
「たぶん大丈夫だろう。
ざっと建物を見た限りでは建物の破損もないようだし、ドアの鍵もかかっていたし、生き物が紛れ込んでいることはなさそうだ。
まあ、居たところでマシンガンもあるし、トン吉さんも居るしね。大丈夫だよ。」
「そう、分ったわ。ハル、いくわよ。」
その言葉につられて、2人は一緒に中空へと掻き消えた。
「ミリンダちゃんは、口は悪いけど本心はやさしい子だから、さっきの事は気にしなくてもいいと思うよ。」
ジミーは、施設内を探索しながら、後ろを付いてくるトン吉に語りかけた。
どうも、先ほどから元気がない様子なのだ。
「いやあ、ミリンダお嬢様はいつもあの様子でしたから、もう慣れています。
それよりも、未だに我々魔物への恨みを抱いているようなので、あっしの代わりに行った馬吉の事が不意に心配になっただけでして・・・。
あっしの方はハル坊ちゃん宅で大事に扱われているもので、単に相性の問題かと安気にしていましたが、今度は馬吉がひどい目に遭わされているのじゃないかと、急に不安になったのですよ。」
トン吉は、先ほど熊に引っかかれて破れたシャツの袖を気にするしぐさを見せながら、手首を何度か回したり、手を開いたり閉じたりしている。
先ほど鮮血がほとばしっていた腕の傷跡は、既に確認できないほど治療されているが、念のため動きを再確認しているようだ。
「ああ、だったらおいらがミリンダちゃんの家へ行った時にでも、馬吉さんの様子を伺ってみるよ。
あまりひどい扱いを受けているようだったら、村長の三田じいさんに申し出て見るよ。だから安心してくれ。」
「そ・・・、そうですか。
よろしくお願いいたします。
あっしの代わりに馬吉が酷い目に遭わされているのじゃ、目覚めが悪いですからね。」
不安がるトン吉に、ジミーはやさしく答えてやった。
前回の爆弾解除の冒険から、随分と魔物たちを見る目が変わって来たものだと、ジミーはつくづく感じていた。
元は、魔物は絶対悪としてのイメージしかなく、研究所の所長が人間の魂が他の動植物たちの魂と融合した存在で、根本的には人間の感情を持っていると言われても、そのグロテスクな姿形から、そのような事はとても信じる気にはなれなかったのである。
それが、魔物たちの協力で巨大爆弾を捜索し、最終的には魔物たちのおかげで、爆弾を無効化出来たのである。
この星が、再び死滅に至る脅威が解消できたのだ。
ジミーは魔物と言う生き物たちに対して、いかに自分が偏見を持って見ていたのかを反省するとともに、今後は共存の道を歩んで行こうと固く誓っているのだ。
同じ気持ちは、一緒に冒険したハルやミリンダも持っているはずなのだが、元々魔物たちに対して友好的な考え方をしていたハルはともかくとして、ミリンダのわだかまりが消えていないことが、ちょっぴり残念であった。
やがて、ハルとミリンダに連れられて、所長と技術員が瞬間移動してきた。
彼らはすぐに施設内の装置類を確認し、満足した顔で戻って来た。
「いやあ、町中を離れた山奥という事で、爆撃の影響はほとんどなかったようだな。
建物も全く損傷がないし、装置に関しても問題なさそうだ。
但し、発電できるかどうかに関しては、長年止まっていたのだから、確実に大丈夫とは言えないが、予備部品なども保管してあるようだし、修理は可能だろう。
後は、この発電所から送電するための配線工事が必要だが、送電塔のほとんどが破壊されているから、こちらの方が大変だろうな。
それでも、一番街に近いこの場所で発電できそうなのは、随分とラッキーだな。
今夜は開校記念も兼ねて、お祝いだ。」
所長の顔はずいぶんと明るい様子だった。
設備の整った仙台での生活を勧めていたが、生まれ育った北海道の地を離れたくないと頑なに断った村人たちの為に、少しでも文化的な生活が望めるようにと、学校の開設に協力したのだが、それだけでは過酷な生活を続けている村人たちに対して、足りないとつくづく感じていたのだ。
ようやく電気の確保の目途が付いて、ほっとひと安心といったところだ。
なにせ、仙台では文化的な生活環境が整っているとはいえ、それらは全て旧文明の遺産ともいえる装置類を工夫して動かしているだけで、今の時代の技術力で作り出した物は何一つないのだ。
その為、遠く離れた村に対して、文化レベルを少しでも向上させるアイテムを供給しようとしたのだが、結局は冷蔵庫や掃除機などの家電製品や、耕運機やトラクターなどの農業製品であり、電気やガソリンがなければ動かせないものばかりしか候補として浮かばなかった。
せいぜい充電池を使ったランプを持ち込んで、その明るさに驚嘆されたが、これも定期的に充電する為に仙台へ持ち込まなければならないことに、頭を悩ませていたのである。
その日は盛大なセレモニーが開催された。
なにせ、村の創設以来となる正式な教育機関として、小中学校が開設されたことと、それに併設してミッテランの魔法学校も開設される事。
さらには、近代文明社会の根本ともいえる、電力の確保の目途が付いたのである。
実際に電気が村へと引き込まれるには、山奥の発電所から長い長い距離を送電線を渡してこなければならないが、発電所に置いてあった予備ケーブルと、各所に残った破壊を免れた送電塔と近辺のケーブルを移設して運んでくる計画が、検討されているのだ。
数ヶ月はかかる計画だが、それでも十年近くも要した仙台市の時よりも数段早いと、その計画に所長も舌を巻いていた。
北海道中の送電設備の中から、損傷の少ないものを選択して、それを瞬間移動で運んでくる予定なのである。
ハルたちは一つの物しか一度に運べないのだが、ミッテランは1トン程度までの物であれば一度に瞬間移動できると豪語していた。
その為、送電塔も少し分解するだけで運んでくることが可能な様子である。
村人たちは、既に煌々と明かりが灯る日常生活に、夢を馳せている様子だ。
祝宴は、新任の教師たちの他、村人たち全員が参加して盛大に行われた。
村で醸造された、白く濁った酒もふるまわれたのだ。
所長は酔っ払って真っ赤な顔をしながら、村人たちの歓喜の渦の中に居た。
その様子をハルたちの傍で遠目に見ていたジミーが、ふと一人足りないことに気が付いて、所長の傍へと寄って行った。
「所長、そういやマイキーの奴が居ませんね。
彼女だったら、この村へ先行潜入するなんて言って、既に来ているくらいのはずなんですけど、珍しく今回は留守番ですか?
それとも、何か別の仕事についているんですか?
まさか、既に変装して村人たちの中に紛れているとかはないですよね?」
ジミーの問いかけに、所長は力なく首を振った。
「いや、マイキーの事なんだが、ちょっと事情があってな。
詳しくは、明日もう一度確かめてから話す。
それまで待っていてくれ。」
「は・・・、はいそうですか。
判りました。」
何を納得した訳でもないが、答えにくそうにしている所長を無理に追及することは止めた。
なにせ、今日はめでたい祝いの席なのである。
ジミーはそのままハルたちの元へと戻って行った。
「はい、これが熊鍋よ。」
ミリンダがどんぶり一杯に盛り付けた、熊を煮込んだ味噌仕立ての鍋物をジミーに手渡してきた。
「おお、そうか・・。
うーん、うまい。
独特な味がするなあ・・・。」
ジミーは熊鍋の味を堪能し、その他魚介類の料理に舌鼓を打った。
そうして、祝いの宴の夜は更けていく・・・。
翌日、朝一番にジミーは学校へ行くと、真っ先に校長室を尋ねた。
所長は、村の長老たちと既に何か打ち合わせをしている様子であった。
送電線の敷設工事に関して、詳細検討をしているのであろうか。
「おはようございます。
所長、昨夜話したマイキーの件ですが、どうなりました?」
ジミーは明るい笑顔で所長に尋ねる。
すると、それまで談笑していた所長の顔が一瞬で曇ってしまった。
「そ・・・、それが・・・。
やはりと言うか、何と言うか・・・。」
「えっ?どうしたのですか?」
所長の目の前に腰かけていた三田じいも、深刻そうな顔をする所長に驚いて、顔を覗きこんだほどだ。
「いや、私の部下の一人なのですが、先の爆弾騒ぎの時に、西日本の都市に向けて、爆弾の爆発に備えて九州の山奥へ逃げ込めと指示するよう使いに送ったのです。
旧福島以南の関東地方は爆撃が酷くてとても車で進むことが出来ないことは明白でしたから、仙台市から青森方面へ北上して、日本海側の海岸線を伝って西日本へ到達するルートを選択しました。」
「ほう、それで、西日本へは到達できたのですかな?」
所長の言葉に、三田じいが問いかけた。
「はい、無事に到達できました。
西日本側は、長い歴史のある旧京都や奈良があるせいなのかは判りませんが、建物を壊さずに生物だけを殺傷する新型爆弾が使われたケースが多い様で、破壊を免れた都市が数か所ある様子です。
恐らく、仙台新都心で試した爆弾が西日本に使われたのでしょう。」
「ほう。それなら、旧文明を復活させるのは簡単だったでしょうな。
破壊を免れてさえいれば、何年経っていてもある程度手当てすれば動くくらい、旧文明の遺物は優秀ですからな。」
権蔵が、大きな目をぎょろぎょろと動かしながら、言葉を続けた。
「まあ、人や動物などの生き物は大半が死滅しましたので、わずかに残った生存者たちが、コツコツと復活させるための努力を続けてきたのでしょうな。
今では仙台市よりも多い、50万人ほどの人々が3つの都市にて暮らしているという事でした。」
「それでは、マイキーは西日本の都市へと行っているという事ですか?
彼女の事だから、西日本の生活に馴染んでしまって、連絡を怠りがちと言ったところでしょうかね?」
ジミーはようやく所長が話しづらそうにしている訳が判ったとばかりに、明るく問いかけた。
「いや・・・。」
その問いかけに対して、所長は力なく首を振った。
「一体どうしたというんです?」
ジミーはその態度を見て、心配そうに座っている所長の左肩を掴んだ。
他の長老たちも、先ほどからの所長の様子に、何か事情があると感じているようだ。
「あれは、西日本へと向かわせた時の事だが、途中、旧北陸地方の海岸線は破壊の程度が酷いので、内陸へ迂回したらしいのだよ。
定時連絡で遥か彼方の山の稜線に人影を見つけたが、どうするのかと連絡してきた。
その時は、まずは西日本への連絡を優先と考えていたから、そのまま急いで西日本へと向かうように指示を出したのだ。
なにせ、遠くに見かけた人影と言うだけでは、本当に人間たちかどうかも分からんのでな。
無事、任務を終えて帰って来てからも、その時のことが気になると言い続けていたもので、確認に行くことを許可したのだ。
ところが、既に1ヶ月は経過しようとしているのに、何の連絡もない。
潜入捜査なので、こちらからの呼びかけは遠慮していたのだが、今朝はこちらから無線で呼びかけて見た。
それでも何の返答もないのだ。
何か事故にでもあったのか、全く分からないという訳だ。」
所長は、心配そうに眉をしかめてうつむいた。
「そ・・・、それでしたら、おいらが確認しに行きますよ。
魔物の大群に襲われたのかも知れないし、野生の熊にでも出会ったのかも知れない。
でも、何らかの痕跡は残しているでしょう。
このまま、生きているのか死んでいるのか分からないままにしておくことは、いけませんよ。」
ジミーは肩を落として元気のない所長に対して、力強く答えた。
「しかしジミー、君はこの学校の先生となったではないか。
ハル君たちの勉強はどうする?
折角、学業に目覚めた2人に対して、その気をそぐような行動は避けるべきだぞ。」
所長は、難しい顔をしてジミーの態度を否定した。
「いや、どうせおいら一人じゃどうなるかわからないから、ハル君たちにも一緒に行ってもらいたいんですがね。」
ジミーは、そう言いながら目の前にいる村の長老たちの顔を一人一人眺めて行った。
「いやあ、そういった事でしたら、ハルがお役に立てるかもしれません。
ぜひ一緒に連れて行ってください。」
「おお、そうですぞ。
ミリンダの奴も十分にお役に立てますぞ。
ちょっと我儘な面はありますが、蘭について修行を進めていますから、魔法効果も強力になってきております。」
ハルじいも三田じいも、即断で頷いた。
「しかし、彼らの勉強が遅れることが・・・。」
所長は尚も難しい顔を崩さなかった。
「それに関しては、おいらに考えがあります。」
ジミーは任せろとばかりに、ドンと胸を叩いた。




