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28話

                3

 トン吉を先頭に、ハルたちは川沿いの道なき道を上流へと登って行く。

 この川へはハルもミリンダも川釣りに来たことがあるようで、瞬間移動で釣りのポイントまで移動してから、上流へと歩き出したのだ。これだけでも、半日分は距離を得した事になる。


 大きく分厚い鉈のような刃物でトン吉が、背丈より高く生い茂った雑草類をかき分けて道を作って行く。

 戦争の爆撃により既に川沿いの道はなく、迷わない為にも川を視界に入れながら、道なき道を切り開いていくしか、方法はないのであった。


 川沿いから数歩も歩けば、大木が生い茂る原始林とも言えそうな、うっそうとした森がどこまでも続いているように見え、もし、こんなところで熊にでも襲われたら、逃げ場はない事は明白であった。

 そんな中で、先頭を歩いているトン吉が、ふと森の中へと目をやった。

 ところが、そのまま前方へと目を戻し、何事もなかったかのように草をかき分けて進みだした。


「どこまで行くの?

 こんな草ボウボウの獣道は、非常に歩きにくいんですけど・・・。」


 裾が大きく広がったフリル付スカートのワンピースを着ているミリンダが、音を上げ始めた。

 いつものようにお気に入りの真っ赤なエナメル靴を履いているので、どうにも歩きにくそうだ。


「だから、いつも言っているじゃない。

 せめて運動靴を履いた方がいいって。

 服だって、ズボンを履いていれば、随分と楽だよ。」

 ハルがミリンダの辛そうな顔を見ながら、当然とばかりにたしなめた。


「だって、今日は入学式なのよ。

 ハルだっておめかしして来たじゃない。

 ブレザーにネクタイしてたものね。」


「でも、山に入るっていうから、トン吉さんを迎えに行くついでに着替えて来たんだよ。

 ミリンダだって、一旦家に帰って着替えていると思っていたのに、そのままの格好だったから・・・。」

 ハルは呆れたように、ついにはへたり込んで傍らの倒木へ座りこんでしまったミリンダを見下ろした。


「だってえ、遠くへ行くのだから、どんな人に会うかも知れないし、おしゃれして行かなくっちゃ・・・。

 でも、これからは考えを変えるわ、山へ入る時だけは、動きやすいパンツスタイルね。」

 ミリンダは納得したように、一人で呟きながら頷いていた。


 すると、先ほどから何度も森の中を伺っていたトン吉が、ついに口を開いた。

「来ましたな。」

 トン吉の顔から、先ほどまでの柔らかい笑みが消え、厳しい表情に変わった。

「えっ?何が?」

 ジミーが確認しようとするよりも早く、一行の列の後方から1匹の大きな羆が現れた。


 熊は4つ足のままで鋭く牙をむきながら、こちらを睨みつけている。

 その距離は、約20mといったところだ。

 隊列のしんがりを務めていたジミーが数歩後ろに下がり、ハルたちと横一列に並んだ。


「で・・・、では、あっしの紐を外してください。

 は・・・、早くお願いしますよ。」

 トン吉は、素早くミリンダの所へと駆け寄り、背中を向けて座り込んだ。


「はいはい・・・。

 えーっと、ここをこうやって、あっちをそっちに・・・。」

 ミリンダは立ち上がって、トン吉の首に巻き付いている魔封じの紐の結び目を持って、外し始めた。


 そうこうするうちに、熊はゆっくりと近づいてきて、やがて数m手前で後ろ足で立ち上がると、大きく伸びあがった。

 ハルたちを遥か高い位置から見下ろすその姿に、圧倒されて誰もが息を飲む。


『ガ、ガ、ガガガガ!』

 その時、隙だらけに見える熊に向かって、ジミーが冷静にマシンガンの引き金を引いた。

 さすがの羆も一度に数十発の弾丸を受けてはひとたまりもなかったのか、そのまま数歩歩んで前のめりに倒れた。


「えーとっ、ここを・・・、ああ・・、もう分んない・・・。

 あっ、でも・・・、終わったわ。」

 組みひもと格闘していたミリンダが、無理とばかりに紐から手を離した。


「えーっ?

 は・・・、外せないのですか?

 外し方知ってるんじゃないのですか?」

 トン吉が、呆れたようにミリンダに振り返った。


「外し方なんて知らないわよ。

 でも、何とかなると思ったの。

 実際、何とかなったじゃない。」

 ミリンダは余裕の表情で、微笑んだ。


 すると突然トン吉がミリンダの方へと覆いかぶさってきた。

「な・・・、何するのよ、餌の分際で!

 怒ることないじゃない、熊は退治できたんだから・・・。

 きゃっ!!!」

 ミリンダの後ろから、別の熊が現れて、ミリンダを連れ去ろうとするところであった。


 寸でのところでトン吉がガードし、ミリンダは無事であったが、トン吉の腕から鮮血が滴り落ちる。

 トン吉はそのまま両手を熊の背中に回し、抱き付くようにして前方へと歩を進める。


「ウガアー!!!」

 動きを封じられた熊が、必死でもがく。


「さっ、今のうちです。

 あっしが押さえつけている間に、ガガガガってやっちゃってください。」

 トン吉が必死に訴えてくる。


「いや・・・、駄目だな。こちら側からだと、トン吉さんに当たってしまう。」

 ジミーはマシンガンを構えるが、引き金を引くことを躊躇った。


「構うことないわよ、豚足ごとやっちゃってよ。」

 ミリンダは冷静な口調でジミーに言った。


「だ・・・、だめだよう。

 それなら僕の魔法で・・・。

 父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。灼熱の炎・・・」


「駄目よ、燃やしつくしちゃ駄目。食べるとこ無くなっちゃうじゃない。

 仕方がないわねえ、モンブランタルトミルフィーユ・・・爆裂(サンダ)雷撃(バースト)!!!」

 その瞬間、ドーンと大きな音がして、もつれ合った2頭は大きな閃光に包まれた。


 刹那、熊の体中の骨が透けて見えたかと思えるほどの閃光と衝撃が、辺りを包み込む。

 先ほどのよりも一回り体の小さな羆は、脳天からひと筋の煙を上げながら白目をむき、トン吉の手から離れて後ろ側へと仰向けに倒れ込んだ。


「で・・・、電撃・・・。

 あ・・・、あっしごと・・・?」

 しびれた様に体を硬直させながら、トン吉も膝をついて倒れ込んだ。


「うるさいわねえ、ちゃんと熊だけ狙ったわよ。

 さすがに雷撃だから、くっついていられると、少しは衝撃が行くことも覚悟してもらわないとね。

 はい!!!」

 ミリンダが面倒くさそうにトン吉の所へ歩み寄って、治癒魔法をかけてやっているようだ。

 そうしてから、自分を襲ってきた熊の所へと、歩いて行く。


「夫婦ものかしら、珍しいわねえ。

 でも、電撃だから肉は大丈夫ね。

 ハル、急いで村に置いてくるわよ。

 そっちを担当してね。」

 ミリンダが燻ったままの熊に手を置くと、そのまま中空へと掻き消えた。

 それを見ていて意図を理解したのか、ハルもマシンガンで撃ち殺した熊の元へと行き、一緒に瞬間移動した。



 そうして、数分経ってから二人は姿を現した。

「今日は熊鍋よ。」

 開口一番、ミリンダは上機嫌で発した。


「く・・・、熊鍋って・・・。

 さっきの熊・・・、食べるのかい?」

 ジミーが恐る恐る尋ねた。


「当たり前でしょう?

 今は春だから鮭も取れなくて、折角学校へ来てくれた先生たちのおもてなし料理をどうするのか、悩んでいたのよ。小さな魚の焼き魚と野菜料理だけでは申し訳ないでしょ。

 熊鍋なんて、地元でもめったに食べられないものだから、よその土地から来た人たちには最高のおもてなしよね。」

 ミリンダは明るく答えた。


「お・・・、おもてなしって、そりゃあありがたいことだけど・・・。

 じゃあ、今は本当に熊を仕留めようとしていたってこと?」

 ジミーは呆れたように、もう一度尋ねた。


「そうよ、大きな銃を構えた若い男と、肉付きの悪い子供2人じゃ熊も寄ってこないかも知れないから、餌として豚足を呼んだのよ。

 あたしの読み通りだったわ。」


「ぼ・・・、僕は、熊に襲われないように、大人数で行くことを提案したつもりだったんですけど・・・。」

 上機嫌のミリンダに対してハルは、少しの思惑違いに困惑したように答えた。


「でも、ミリンダちゃんは肉食系だからともかくとして、ハル君は平和主義だと思っていたけど、野生の熊を殺して食べちゃうことに抵抗はないの?」

 ジミーはそんなハルに問いかけた。


「人間は生きていく上で、他の生き物を殺してそれを食べることで成り立っているんだと、おじいさんに習いました。

 だから、あの熊を皆で食べることに抵抗はありません。


 むしろ、食べなくちゃいけないのです。

 食べる目的もなくて、ただ生き物を殺すというのは殺戮と言うそうです。

 殺すことを楽しんでしてはいけないと思います。


 あくまでも、自分たちが生きるために糧として。

 その為、殺したからには、どれだけおいしくなくても、きちんと平らげなければいけません。

 そう教えてもらいました。」

 ハルはジミーの問いかけにいたって真面目に答えた。


「そ・・・、そうか。そうだなあ。

 なんか、ハル君のほうが先生に思えて来たよ。」

 ジミーも、その言葉を聞いて納得した様子であった。


「あまいわねえ、その肉がおいしいかどうかが重要なのよ。

 せっかく苦労して捕まえた獲物でも、おいしくなければあたしは捨てるわ。

 それよりも、あたしは肉食系・・・って、どういう事よ?」


「いやあ、はっ、はっはっ。」

 今にも掴みかかって来そうなミリンダに対して、ジミーは笑ってごまかすしかなかった。



「あ・・・、あっしは、おとりの餌・・・?

 魔物たちのボスだったあっしが、熊をおびき寄せるための餌・・・?」

 今度は先ほどのミリンダの言葉を聞いたトン吉が、ショックを受けた様に何度も同じ言葉を呟いている。


「いつまでも、うるさいわねえ。

 餌でも何でも、あたしたちの役に立てたことを喜びなさいよ。

 大体、あたしはあんたの事を、まだ許したわけじゃないのよ。」

 そんなトン吉に対して、ミリンダは冷たい視線を注いだ。


「でもさっきのトン吉さんは、ミリンダをかばって熊にしがみついたじゃない。

 そのおかげでミリンダは助かったんだよ。

 そうじゃなきゃ、今頃ミリンダは森の奥まで連れ攫われていたかもしれないんだから。」

 そんなミリンダを、ハルは珍しく強い口調でたしなめた。


「そうだよ、さっきは2匹の熊の連携プレーだったな。

 1匹がおとりになって姿を現して、気を引いている隙に一番後ろの標的をさらうという高等戦術だ。

 ずいぶん知恵が回るようだったな。


 誤算としては、おいらの持っている銃が、その辺の猟銃じゃなくて、破壊力が大きなマシンガンであったことと、トン吉さんがかばってくれたから、体勢を立て直して魔法攻撃を仕掛けられたんだ。

 ある意味トン吉さんに助けられたよ。

 襲ってくる時も警告してくれたしね。」

 ジミーも一緒になってトン吉の弁護に加担した。


「そ・・・、そりゃあ、さっきの事は感謝しているわよ。

 少しは見直したわよ。

 でも、あたしだって熊を倒してあげたんだから、今回はおあいこよね。

 怪我も直してあげたんだし。」

 そう言いながらも、ミリンダのトン吉を見る目が少しは変わってきたのかも知れない。


「じゃあ、落ち着いたところで先へ進もう。

 ミリンダちゃんはどうする?

 一旦村へ戻って、着替えて来るかい?」

 先程の事もあり、ジミーが心配そうにミリンダの方へと向き直った。


「あたしなら大丈夫よ。

 さっき熊を届けたついでに、運動靴に履き替えて来たから。」

 ミリンダは軽い足取りで、歩き出した。


 そうして、トン吉が道を切り開きながら、一行は川沿いを上流へと登り始めた。


「さっきの光景を、近くにいる熊たちも見ているでしょうから、当分襲ってくることはないでしょう。」

 トン吉は、当分は安全だとばかりに、勢いよく前に進みだした。


 しばらく進むと、川沿いの木立の切れ間に白く四角い建物が見えてきた。

 どうやら、目的の建物のようだ。

 ミリンダは喜び勇んで建物へと小走りで進み、玄関のドアの所で立ち止まった。


「あ・・・、あれ?

 開かない・・・、開かないわよ。」

 ミリンダが後ろからゆっくりと歩いてくる、ジミーたちを振り返って、不思議そうに尋ねた。



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