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27話

                  2

「はーい、では次は算数の授業だ。

 小学校6年生だととっくに覚えているはずだけど、九九は大丈夫かな?」

 ジミーは微笑みながら、ハルたちの顔を見回した。


「はーい、大丈夫です。

 おじいさんに教えてもらって、覚えるまで何度も暗唱しました。」

 ジミーの問いかけに、ハルは右手を上げて元気に答えた。


「おっ、いいねえ。

 じゃあ、ミリンダちゃんも大丈夫かなあ?」

 ジミーはハルの隣の席のミリンダに向き直った。


「だ・・・、大丈夫よ。決まっているじゃない。

 そりゃあ、たまに出てこない時があるけど・・・、ゆっくりと考えれば出てくるのよ。

 でも、9の段なんかは、罠が張ってあるから注意して考えないといけないわ。」

 ミリンダは、眉根をしかめながら難しい顔をして答えた。


「九九は、一桁の数字を順番に掛けていくだけのものだから、罠なんかないとは思うけど・・・。

 じゃあ、今日の所はミリンダちゃんに九九を披露してもらおう。

 1の段から順番に・・・。」

「えーっ?罠にかかってしまったら、ちゃんと助けてよね。

 えーと、いんいちが・・・・。」



「で、この村にもその・・・、で、電気を引くという計画は、いかがでしょうか?」

 授業中にもかかわらず、校長室では密談が開催されていた。


 村長である三田じいと、ハルじいに加えて、校長になった権蔵といういつもの村の代表メンバーに対して、仙台新都心近代科学研究所の所長が真向かいの席に腰かけていた。


「はい、破壊から免れた仙台市の図書館にあった日本全国の電力会社資料から、電力会社の水力発電所が、近くの川の上流にあることが判りました。

 戦争の爆撃により施設が破壊された可能性も高いのですが、何カ所かありそうなので、うまく行けば破壊を免れた施設があるやもしれません。


 もし、破壊されていたとしても、程度の軽いところから部品を持ち寄って、一基分でも発電機を動かせれば、充分に村の電力をまかなうことは可能でしょう。

 実際には現場を見なければ何とも言えませんが、水力発電所と言う山奥の施設と言う立地条件から、破壊を免れたものを見つける可能性は大きいでしょうね。」

 所長は自信ありげに力強く答えた。


「おお、それはありがたい。よろしくお願いいたします。


 但し、なんにしても、ぬか喜びで終わった時には、期待が大きいだけに村中に動揺が広がるかもしれん。

 実現可能の目途が立つまでは、くれぐれも村人たちには内密にお願いしますぞ。」

 三田じいが、まじめな顔をして小さな声で話した。


「判りました。

 とりあえず、うちのジミーも先生としてこの学校に赴任することになりました。

 丁度いいので、ハル君たちと課外授業と銘打って、上流探索をしてもらおうと考えています。


 ハル君たちは瞬間移動が使えるので、場所さえ判れば技術者を連れていくのも迅速にできるでしょう。

 そうすれば、我々の都市仙台で実施した時より数段早く、この村に電力供給が出来ますよ。

 まさに、魔法の力様々ですね。


 ところで、先ほど魔法学校の先生と言う女性から魔法の解説を受けましたが、ハル君たち以外では、この村には何人の方が魔法を使えるのですか?」

 所長は三田じい達を不安にさせまいと、勉めて明るく振る舞っているようだ。


「それが・・・、成人と言うところでは、我々年寄りはどうやっても魔法が使えんものでしてな。

 若者と言えるのは、わしの娘の蘭だけが、先の魔物たちとの戦争の生き残りですのじゃ。


 子供たちは魔法が使えることは使えますが、本当に幼稚な魔法だけでして、魔物たちと対峙できるような魔法を使えるのは、孫の鈴に加えて、ハルじいの所のハルと3人だけですなあ。

 後2〜3年もすれば、数人の子供たちがいっぱしの魔法を使えるようにはなってくるのでしょうがね。」

 三田じいは申し訳なさそうに答えた。


 旧文明の技術の大半を復活させて、大勢の人々が生活する新都心仙台市に対して、文明的な生活が全くできていない、道東の小さな村が誇れる唯一の自慢が魔法なのだ。

 その、魔法の力に期待してわざわざやって来てくれている人に対して、申し訳ない気持ちで一杯のようだ。


「そうですか、3人も居らっしゃるのは非常にありがたい。

 最悪、手分けして施設を探すことも念頭に入れて、手際よく進めて行きたいと考えています。

 ご協力、お願いいたします。」

 所長は、喜んだ様子で明るく答えた。

 その様子を見て、三田じいの顔も少しは明るくなった様子だ。


「蘭たち含め、魔法を使えない村人であっても、何かの役に立つのであれば遠慮なく言いつけて下され。

 協力は惜しみません。

 なにせ、この村の為の事なのですからな。


 電気が来て文明的な生活が可能になった暁には、北海道中に点在しているコロニーを、この地に集約しようと計画もしている所です。

 学校も出来たことですしな。


 我々で出来る事であればどんなことでもやりますので、何とか村の発展の為にご協力お願いいたしますじゃ。」

 三田じいは、所長の両手を包み込むように両手で握りしめながら、涙声でお願いした。

 隣に座っていたハルじいも、権蔵も同じように深々と頭を下げる。


「は・・・、はい。承知いたしました。

 お互いに協力し合って、発展していきましょう。」

 所長は、余りにも大きな期待に戸惑いながらも、決心したように深々と頭を下げた。



「さあ、給食の後は課外授業だ。

 本日から当面は、地方散策だな。」

 給食と言っても、村人たちが作った焼き魚や野菜炒めなどの手料理を教室で食べた後、ジミーはハルたちを学校の外へと連れ出した。


「ほんと?やったあ。

 どうも、机に向かって一日中勉強っていうのは、性に合わないのよねえ。

 肩が凝って仕方がなかったわ。

 明日からは1日中課外授業でいいわよ。」

 ジミーの言葉に、ミリンダは嬉しそうに答えた。


「だめだよう、ちゃんと勉強もしなくっちゃあ。」

 それに対して、ハルは不満そうに頬を膨らませる。


「ははは、ハル君はまじめだねえ。」

「そりゃそうですよ。折角、所長さんが学校を村に作ってくれたのに、勉強しないんじゃもったいないですよ。」

 ハルは未だにふくれた顔をしている。


「大丈夫だよ。課外授業は午後だけで、明日も午前中はみっちりと勉強だから。」

 ジミーは、明るく笑いながら答えた。


「ほ・・・ほんと?よかったあ。」

「えーっ?ショックぅ。」

 機嫌が直ったハルとは対照的に、ミリンダは肩を落とした。


「それで、どこへ行くのですか?」

「ああ、川の上流へとさかのぼって行きたいんだが・・・。」

「ああ、川ですか。

 大きな川に掛かっていた橋などはほとんど破壊されてしまって、流れも昔とは違っているらしいけど、今もそこそこの水量があります。

 でも、上流へ行くなら、僕たちだけじゃあ・・・。」

 ハルは心配そうにうつむいた。


「へ?どういうことだい?

 道が悪くて、子供じゃあ無理という事かい?」

 ジミーはハルの言葉の意味が分からず、聞き返した。


「熊が出るのよ。

 茶色の毛の狂暴な奴。

 魔物だって恐れて近寄らないんだから。」

 ジミーの問いかけに、ミリンダがハルの代わりに答えた。


「おお、そうかい。一応マシンガンは持ってきているから、武装して行った方がよさそうだなあ。」

「それもいいけど、ボディーガード代わりに、体の大きな魔物を1匹連れて行った方がいいわね。

 最悪の場合、そいつをおとりにして、あたしたちは逃げましょ。」

 ミリンダが真面目な顔をして提案した。


「お・・・おとりはかわいそうだよ。

 でも、魔物さんたちをたくさん連れて行けば熊も襲ってこないかも知れないね。」

「そんなにたくさんは要らないわ。

 あのブタ面の魔物たちのボスが居たじゃない。

 最近見かけないけど、あいつを連れて行けばいいわ。」

 ミリンダは、何か思うところがある様に提案した。


「そ・・・そりゃあ、トン吉さんは魔物たちのボスだったし、魔法さえ使えれば一人だけでも大丈夫ではあるんだろうけど。」


「トン吉?それがあいつの今の名前なの?

 もっと、あいつに似つかわしい名前を付けられない?

 たとえば、チャーシュー太郎とか、ウインナー小僧とか・・・。」


「食べ物ばかりじゃない、そんなのかわいそうだよ。

 そういえば最初の頃、トン吉さんはミリンダの家に居たんだよね。村長宅がいいってことで。


 でも、毎晩ミリンダがトン吉さんが寝ている納屋に忍び込んで、炎を浴びせたり電撃を喰らわせたりするので、落ち着いて休めないっていうから、家に居た馬吉さんと交換になったんだよね。

 ミリンダの所では何て呼んでいたの?」


「ふん、うちじゃあ豚足と呼んでいたわ。

 どおりで・・・、途中から豚面が馬面に変わったのは、おかしいと思っていたのよ。


 大体、あいつはあたしのパパとママの仇なのよ。

 村の発展のためだからと言って、魔物たちとの共存を決めたけど、あたしはまだ許してはいないんだから。」

 ミリンダは厳しい目つきで宙を眺めた。


「まあまあまあ、落ち着いて。

 じゃあ、そのトン吉さんっていう魔物を連れて行けば大丈夫そうだよね。

 おいらもマシンガンは持っていくけど、念のためトン吉さんも連れて行こう。」

 ジミーが険悪な雰囲気になりそうな二人の間に割って入って来た。


「でも・・・。トン吉さん、首に巻いた紐のせいで、魔法使えないし・・・。」

 ハルが弱々しく呟いた。


「魔封じの紐よね。

 大丈夫よ、あたしが何とかするから。

 まずは、豚足を連れてきて!」

「トン吉さんだよ・・・。」

 ハルは小さく呟きながら、中空へと掻き消えた。


 ジミーも職員室へと戻り、マシンガンを持って出てきた。(どうやら、学校へマシンガン持参で来ている様子だ。)


 数分後、ミリンダ達の目の前に、でっぷりと太った大きな体の魔物を連れたハルが現れた。

 魔物は豚の顔をしているが、口角から突き出ていた2本の牙は危険という事で抜かれてしまい、そのおかげできちんと口が閉じるようになったようだ。

 2本指の手足だが、器用に2本の足で直立歩行している。


「ど・・・、どうも。元、この界隈を取り仕切っていた魔物たちのボス、トン吉でございます。

 あっしに御用がおありという事で・・・。

 げっ・・・!」


 瞬間移動してきた先で目についた、サングラス姿の若者であるジミーに対して、微笑みながら挨拶を始めたトン吉であったが、その傍らにいたミリンダの姿を見つけて、一瞬凍りついたように動きが止まってしまった。


「なによう、久しぶりじゃない。

 異動の挨拶もしないで、突然消えてしまうものだから、心配してたのよ。」

 ミリンダは、意味深な流し目でトン吉に語りかけた。


「い・・・、いえ・・・、その・・・。」

 トン吉は、着ている開襟シャツのポケットからハンカチを取り出して、流れ出てくる冷や汗を拭った。

 なにせ、トン吉を親の仇とつけ狙うミリンダと、更にその隣の若い男は大きな銃を構えているのだ。


「大丈夫だよ、トン吉さん。

 別にトン吉さんを如何こうしようという訳じゃないから。

 これから山奥へ向かうんだけど、熊が危ないから一緒に付いて来て欲しいんだ。」

 ハルが、不安そうにブルブルと震えているトン吉に、やさしく話しかけた。


「や・・・、山へと入るのですか?

 そりゃあこの時期、冬眠明けで腹を空かせた熊たちが、出没する恐れがありますからな。


 あっしにお任せください。

 熊の1頭や2頭なら、あっしの魔法で・・・。

 あーっ!そうだった、この紐が・・・。」

 トン吉は突然思い出したように、首に巻かれている組み紐を掴んだかと思うと、頭を抱えてしまった。


「魔封じの紐に関しては、あたしに任せて。

 でも、今は駄目よ。

 自由の身になった途端に、逃げられたら困るもの。

 あくまでも熊に襲われて、危なくなった時だけ解除してあげるわ。」

 ミリンダは大丈夫とばかりに胸を軽く叩いて見せた。


「は・・・、はい。

 魔法さえ自由に使えるならば、よほどの大きな群れでもない限りは大丈夫ですよ。

 お任せください。」

 ミリンダの言葉を聞き、トン吉も元気が出た様子であった。



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