26話
ここから第2章が始まります。
1
「いいですか?
まずは精神を集中させ、体の中に燃え盛る炎があって、それを的にぶつけるイメージで。火弾!!!」
ミッテランが魔法を唱えると、中央の広場を取り囲むように車座になった村人たち注視の先の倒木が、勢いよく燃え上がった。
「おおー。素晴らしい。」
村人たちの後ろで立ったまま状況を見ていた、数人の白衣姿の人たちから、歓声が沸き上がる。
その中の一人の白髪交じりの中年男性が、拍手をしながらミッテランの所へと歩み寄って行く。
「いやあ、お見事。
ハル君にも以前、燃え上がる炎の魔法を披露してもらいましたが、炎の勢いが違いますな。あれは、室内だったから、加減をしていたという事ですかね?」
「同じ火弾の魔法でも、炎の威力を加減することは簡単です。
ハル君も同じように出来るので、屋内用の弱い火弾でしょう。
もっと大きな炎にすることも出来ますよ。」
ミッテランが倒木に手を翳すと、更に炎の勢いが増して、高い火柱が上がった。
「おお、すごい・・・。
でも、このレベルで、いわゆる初級・・・つまり一番簡単な魔法のレベルという事でしたな?」
仙台新都心近代科学研究所の所長は、歓喜の表情でミッテランを見つめた。
ここは、ハルたちの村である。
元は釧路市と呼ばれた道東の都市であった場所だ。
あの爆弾騒ぎから仙台市との交流が出来、その時に取得したフェリーを使い、人の行き来ができる様になって来たのだ。
お互いに相手の存在を知らず、この世界に生き残ったものは自分たちだけだと考えていたのが、ハルたちの冒険を通じて知り合い、ともにこの世界の復興を成し遂げて行こうと、共同体制を組んだのだ。
まずは、仙台市での旧文明の遺品の活用を供給することから始まり、土地の開拓技法などの技術交換会が頻繁に行われてきた。
それらの活動がある程度軌道に乗って落ち着いたのを機に、ミッテランが開港した魔法学校の見学に、研究所の所員を引き連れて、所長たちが訪れたのであった。
「そうですね、簡単な魔法でも極めて行けば、その威力は計り知れないものになります。
初級・中級・上級などと区分けしてはいますが、初級だから効果の薄い魔法という訳ではありません。
訓練を積んだ人間が唱えれば、初級魔法の火弾でも十分に殺傷能力のある魔法と言えます。
中級・上級にいくにしたがって、より精神を集中しなければ魔法効果を発揮できなくなるので、不慣れな中級魔法より、手慣れた初級魔法の方の威力が大きいという事はよくあることです。
その為に、中級以上の魔法を唱える場合は、精神集中のおまじないと言うか、呪文を唱えることを教えています。」
ミッテランは興奮冷めやらない様子の所長を尻目に、勉めて冷静に答えた。
「おお、そうですか・・・。
うーん、何としても、初級魔術だけでも習得したいものだ。
ちょっとやってみてもよろしいですかな?」
所長は、試してみたくてうずうずしていると言った様子で、両手を翳して構えて見せた。
「ええ、いいですよ。
積極的にトライしていただけるのは、大歓迎です。
うちの村の人間たちは年寄りが多いし、しかも皆奥手だから恥ずかしがって、挑戦しようともしてくれないのですよ。
所長さんが皆のお手本になっていただけるとありがたい事です。
真空波!!!」
ミッテランは、先ほどから燃え盛っている倒木に手を翳すと、炎は瞬く間にかき消された。
それを見て、所長は白衣の袖を少し捲り上げてから、両手を広げて構えた。
「ご・・・ごほん。ふぁ、火弾!!!」
しかし、目の前の倒木には何の変化もない。
掻き消えた炎の名残である、一筋の細長い煙がゆっくりとたなびいているだけだ。
「も・・・、もう一度。火弾!!!」
所長は、更に大きな声で魔法を唱えるが、やはり何も起こらない。
「うーん、おかしいですなあ。
同じ魔法の言葉を発しているはずなのに・・・。
声のトーンとか高さに関係があるのですかな?」
所長は、全く反応しない倒木を悔しそうに見つめながら呟いた。
「いえ、魔法を唱えるという事は、別に言葉ではなくても可能なのです。
現に、ハル君などは火弾の魔法を、『燃えろ!!!』と唱えますが、効果は全く同じものです。
言葉自体や声質などに関係なく、発した個人の念により魔法効果が表れます。
言葉を発するのは、あくまでも本人が魔法効果を認識しやすくするためなのです。・・・・・!!!」
ミッテランは少し息を吐くと、何も言葉を口にしないまま、倒木に手を翳した。
すると、倒木が勢いよく燃え上がる。
「おお、すごいですなあ。
手を翳すだけで、木が燃え上がるとは・・・。」
所長は、感心したように腕を組みながら、何度も頷いて見せた。
「このように、何も唱えなくても簡単な魔法であれば、効果を発揮させることは出来ます。要は、強く念じることです。
魔法を使えることを心の底から信じて、強い思いを形にすることが出来れば、魔法効果が表れます。
ですが・・・、逆にいうとこの事がかえって魔法の習得を難しくしていると言えます。」
ミッテランは、諭すように何度も念を押して所長に訴えた。
「そうですよね。強く念じろと言われても、具体的にはどうすればいいのか。
私としては、特別な魔法の呪文があって、それを唱えさえすれば誰でも魔法が使えると思っていましたが・・・。
勿論、魔法効果を信じることが大前提ではあることは、理解しているつもりです。
こう見えても、私は魔物たちの研究を通して、人間も魔法が使えることを予見しておりました。
その為、ハル君たちが現れて、魔法を使うことが出来ることを実証してくれた時、それはうれしかったものです。
なので、私は人間が魔法を使えることに、何の疑問を持っておりません。
つまり、使えることを信じているのです。
なのに、なぜ使えないのでしょう?」
所長は、少しさみしそうにうつむき加減でミッテランの顔を見上げた。
「うーん、どうしてでしょう。
やはりお年を召されていると、状況の変化に付いて行く事が簡単にはできないのかも知れません。
気持ち的には理解しているつもりでも、心の底では何かわだかまりがあるような・・・。
感覚的には手足を動かすくらいに自然に、感じたまま魔法効果を発揮させようと、念じることが大事なのです。
慣れて行けば、段々と使えるようになっていく可能性はありますので、あきらめずに毎日訓練することが大事です。
私もそのつもりで、長い目で見て教えて行こうと、老人ばかりのこの村で魔法学校を開設したのです。」
ミッテランは、そう言いながら出来たばかりの立派な校舎を、目を細めながらゆっくりと端から端まで眺めて行った。
木造ではあるが2階建てで、村では一番大きな建物だ。
魔法学校開設に当たって、村人たち総出で作り上げた建物である。
勿論、魔法の勉強だけではなく、ハルたち村の子供たちに対して、通常の教育を行う小学校も兼ねている。
「まあ、そうですね。
私のような年寄りは難しくても、若者であれば早く魔法を使えるようになる可能性はあるわけだし、長い目で見て行きましょう。
5人ほど私の研究所から若者を見繕ってきました。
彼らは、小中学校の教員の資格も持っております。
その為、普段はハル君たち村の子供たちの学校の先生として活動してもらい、空いた時間で魔法の研究をして行ってもらおうと考えております。
そう言った訳で、お手間を採らせることになるかと考えますが、よろしくお願いいたします。」
所長はそう言いながら、ミッテランとその後ろに控えている村の長老たちに深々と頭を下げた。
それに従い、白衣姿の若者たちも一緒にお辞儀をした。
男性3人、女性2人の5人の若者たちだ。
魔物たちとの戦いで、働き手を失った村にとって、久々の若者たちである。
「何の何の、こちらとしましても、村の子供たちの教育の機会を与えていただき、本当に感謝しておりますのじゃ。我ら、つたない村の長老たちの知識だけでは、次世代を担う子供たちへの教育として足りないことを危惧しておりましたのでな。
せめて、子供たちが大人になって次の世代の教育が自分たちでできる様になるまでは、ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします。」
村を代表して三田じいが答え、深々と頭を下げた。
それにつられて、村人たち全員も頭を下げる。
どうやら双方ともに、頭の下げ合いである。
「ま、私たちとしては、昔のままの魔法中心の学校でも構わないんだけどねえ。
魔法実習は楽しかったし・・・。
大体、あの算数っていうの?
数字を足したり引いたり、その上掛けたり割ったりなんて・・・、私もパパから教わっていたけど、頭が痛くなってくるのよねえ。」
広場の隅の方で十数人ほどの子供たちと一緒に整列している中で、赤み掛かった巻き髪の少女は、両手を頭の後ろ側で組んだまま、つまらなさそうに呟いた。
ミリンダ達、村の子供たちが一つに集められて整列しているのである。
今日は、彼らにとって新校舎の完成と、入学式を兼ねた式典なのだ。
「駄目だよ、魔法の勉強もそれは大事ではあるけれど、学校の勉強だって同じように大事なんだよ。
人間形成っていうのに重要なんだって、おじいさんが言っていたもの。
それに、算数だってできれば役に立つこともあるでしょ?」
ミリンダの隣で同じように列を組んで立っている、目の大きな少年が正面を向いたまま答えた。
「なによ、ハルの算数なんて、魔物たちを騙す時の落語の落ちみたいなものにしか使えなかったじゃない。
それも結局すぐにばれちゃって、魔物たちをかえって怒らせちゃって、意味がなかったじゃないの。」
ミリンダは呆れたような目つきで、ハルの顔をまじまじと見つめた。
「そ・・・、そんなことはなかったよ。
おかげで仲良くなれたんだし・・・。」
ハルは少し怒ったように頬を膨らませた。
「それよりも、なんかお似合いよね、あの二人。」
「えっ?」
「にぶいわねえ、ミッテランおばさんと、研究所の所長さんよ。
この前、家に泊めてもらったけど、独身のようだったじゃない。
ミッテランおばさんも独身だし、結構いい雰囲気じゃない?」
「えーっ、そうかなあ。」
「そうよ。ハルは鈍いわねえ。」
ミリンダが、ミッテランたち二人を指さしながら話し込んでいると、ミッテランに鋭い目つきで睨まれてしまった。
ミリンダは、バツが悪そうに舌を出してうつむいた。
「では、クラス分けした通りに、各自教室へ向かってください。」
大きな目をぎょろぎょろさせた権蔵が、整列していたミリンダ達に拍手をしながら声を掛けた。
既にあまりにも長い行事の為に、列は乱れかけていて先頭もはっきりとはしないところではあったが、何とか隊列の状態を保ちつつ校舎へと入ることが出来た。
権蔵は、旧文明の知識が村では一番であり、村の子供たちへの歴史の勉強を教えていたこともあって、新設校の校長先生として迎えられたのである。
本来であれば、学校へ通ったことが無いハルたち含めて、全員が小学校の1年生から始める案も出されたが、不十分ではあっても、とりあえず村として教育は行っていたという事で、今年12歳になるハルたち(ミリンダは本当は15歳だが、鋼鉄化の魔法で3年間眠っていたので、実質12歳という事になった)は、暫定6年生として扱われることになった。
ハルとミリンダ以外では、7歳を筆頭に十数人の子供たちがいるが、其々小学校2年生から割り当てられた。
5歳以下の子供たちは、保育園を兼ねた教室に割り振られることになる。
新築独特の木の香りが漂う教室には、真新しい机といすが並んでいる。
2人だけの教室へとやってきたハルとミリンダは、教室の隅々まで嬉しそうに眺めながら、大きく深呼吸した。
机も椅子も手作りだが、製材の機械を仙台から持ってきて平板に加工したので、丸太むき出しのものではない。
きちんとカンナ掛けされた材木で作られている。
勿論、大きな黒板にはチョークも備え付けられているのだ。
失われた文明でもこうだったのかと、不思議な感覚を持ちながら、ハルは一番前の席に、ミリンダは一番後ろの席に腰かけた。
なぜか、たった2人だけの教室に、机といすは20組もあるのだ。
しばらくすると、コツコツと革靴の足音が廊下中に響いてきて、教室の前で止まった。
担任の先生がやってきたようである。
ハルもミリンダもどんな先生に教わるのか、期待を込めて前方の扉を見つめていた。
『ガラガラガラ』
やがて、扉は勢いよく開かれて、一人の背の高い若い男性が入って来た。
「ハロー、エブリバデー。
6年生のクラスを担当する、高地見一だ。ジミーって呼んでくんな。」
ジミーはサングラスをかけたままウインクをしたので、ハルたちには伝わらなかった。
青いボーダー柄のシャツにジーンズ、膝までのブーツとサングラス。
マシンガンこそ持っていないが、一緒に旅をしたジミーであった。
「えっ?ジ・・・ジミーさん?
だ、だって、け・・・警察官だったでしょ?
一体どうしたの?」
ハルは久しぶりの再会に喜びながらも、驚きを隠せない様子で尋ねた。
「いやあ、この村に学校を作ってちびっこたちを教えるっていう話を聞いて、それならおいらも参加しようってんで、所長に無理に頼み込んで先生ってことにしてもらったのさ。心配しなくてもいい、おいらだって教員資格は持っているんだよ。」
そう言いながらジミーは人差し指と中指を突き出して、右目の横で軽く敬礼のような素振りを見せウインクをしたようだが、やはりサングラスにせいでハルたちは気付かなかった。
「へえー、これはずいぶんと楽しい授業になりそうね。」
教室の一番後ろの席に腰かけていたミリンダも、嬉しそうに身を乗り出してきた。
「おお、ミリンダちゃんか。どうしたんだい、そんな後ろの席で。
もっと前においでよ。ハル君もさびしがっているよ。」
ジミーはそんなミリンダを手招きした。
仕方がないので、ミリンダは席を立って前方の席へと向かった。
相変わらず、大きなフリルが付いた真っ赤なワンピースドレスだ。
「じゃあ、新しいクラスという事で、まずは自己紹介だ。
顔見知りの中とはいえ、知らないこともあるかもしれないから、お互いに自分の事を紹介していきましょう。
では、まずはおいらから・・・・。」




