25話
25
ハルたちが都市に到着したのは、翌日の夕方であった。
都市には誰も戻ってきておらず、食堂もやっていないため、ここでも缶詰で夕食を済ませ、ハルたちは所長宅の暖かいベッドで寝た。
次の日には、先頭の住民たちは戻り始めてきた。
研究所の食堂も運営を開始し、ハルたちもビュッフェスタイルに慣れてきて、自分で好きな食べ物を選んで取り置くことが出来るようになった。
ハルは肉と野菜を彩りよく取り分けるのに対して、ミリンダは甘いお菓子中心のメニューでジミーに太ると指摘されては、必死でそれを否定していた。
二日目の朝に港まで来るように呼び出されたハルたちは、港で大きなフェリーが入港するのを目撃する。
フェリーの上から所長が大きく手を振っていた。
びっくりしているハルたちの目の前に、タラップからゆっくりと所長が下りてきた。
「いよう、避難する途中で、旧苫小牧市の沖に大型フェリーが停泊しているのを見つけたんじゃ。
燃料はコンビナート跡のタンクの底に溜まっていた重油で動いたぞ。
これがあれば、西日本や北海道の道東へも簡単に行くことが出来る。
これだけ大きな船だと、多少の急流などものともせんだろう。
ハル君たちの村とも交流が深まるだろうし、西日本の文明都市とも行き来しやすくなるだろうな。」
所長はフェリーを大好きなおもちゃを手に入れた子供のような目つきで眺めていた。
ジミーは西日本からたびたび訪れた爆弾処理班が、ことごとく魔物たちの手にかかって犠牲になっていたこと及び、最終的にはその魔物たちのおかげで爆弾の被害が最小限に食い止められたことを所長に報告した。
「そうだったのか、魔物といえどもやはり少しは人間の心を持ち合わせておったという事なのだろうな。
ありがたいことだ。」
所長は南の方角を向いて両手を合わせて黙とうした。ハルたちもそれに従った。
「でも爆風はともかく、爆弾の熱と放射能まで消えたのはどういった訳なんでしょうね。」
ジミーはどうしても納得できないといった顔をした。
「確かにあの爆発で爆風のみならず、多量の放射能も出たはずだが、皆の体から放射能の影響が検出されないのは、魔物たちの魂が消滅する時に、一緒に放射能までも持って行ったと考えるべきだろうな。
つまり、魔物というのは人間を含めた、行き場を失った様々な魂の集合体が実体化したものだが、肉体を持っているわけではない。それでも人を含め小動物などを襲って食べている。
つまりは魂の持つ精神のエネルギーでそれらを消化しているわけだな。
だから、爆弾の熱や放射能も魔物たちが食べたんだと思う。
もちろん凄まじい高熱だから、魔物自体も無事では済まない。
食べて消化して自らの魂とともに消えて行ったのではないかな、まさに奇跡だよ。
まあ、何はともあれよかったな。ハッピーエンドだ。
わしはもう日本には、この都市の人間しか生き残ってはいないとばかり考えていた。
それが、北海道にはハル君たちの村があるし、西日本にはこの都市よりもさらに進んだ都市があるようなのだ。
これから交流を深めて、お互いに発展していければ、日本の再建も夢ではないだろう。」
所長の明るい笑顔に釣られて、ハルたちの沈み込んだ心も、少しずつ明るくなってきたように感じられた。
「今回のハル君たちの活躍に対するお礼と、このフェリーの試験航行を兼ねて、ハル君たちの村にこれから出発しようと考えているんだ。ハル君たちも一緒に乗っていくだろう?」
所長はフェリーのタラップへとハルたちを導いた。しかし、ハルは首を横に振った。
「僕たちはこれから北海道へ続く洞窟まで瞬間移動して、魔物のボスのアンキモさんに銀次さんのことを話してから帰るつもりです。
だから少し遅くなるかもしれないけど、先に行って待っていてください。」
ハルは極力明るく振る舞っていた。
「おおそうか、だったら都市の住人の最後尾がちょうどトンネルに差し掛かったころだ。
連絡しておくからトンネルの中の移動は車を使いなさい。
ハル君たちを北海道へと送るように連絡をしておくよ。
トンネルの中を歩くよりずっと早く向こう側へと行けるだろう。」
「ありがとうございます。ではすぐに出発します。」
「あっとそうだ。ハル君からお願いされていた、旧文明の技術の勉強なのだが、先日も言った通りこちらには学校も作ってある。
どうだい?ミリンダちゃんも含めて、学校できちんと勉強してみないか?」
所長はしゃがみこんで、目線をハルたちに合わせて、やさしく問いかけた。
「うーん、村へ帰っても、瞬間移動すれば毎日通うことは出来なくはないです。
でも、村には僕たち以外にもたくさんの子供たちが居て、その子たちはまだ幼いので魔法があまり使えません。
なので、僕たちだけこちらの学校へ通うという事は出来ません。」
ハルは、残念そうにうな垂れた。
「そうか、そういう事であれば、こちらの教師を何人か村へと派遣することにしよう。
村に学校を作れば、みんなが勉強できるわけだ。それでいいかい?」
所長の言葉に、ハルもミリンダも嬉しそうに大きく頷いた。
「では、村で待っています。」
言うが早いか、ハルとミリンダの姿は瞬時に宙へと掻き消えてしまった。
「そうか、銀次は爆弾の威力を減らそうとして犠牲になっちまったか。おかげで、日本も沈没せずに済んだという訳なんだな。銀次ー、お前の死は無駄にはしねえぞー。」
ハルの説明を聞いていたアンキモが、トンネルの奥に向かって涙ながらに叫び声をあげた。
周りの魔物たちも同様に涙を流していた。ハルたちはトンネルの入り口まで瞬間移動し、車で海底駅ホームまで送ってもらったのである。
「わざわざ、報告に来てくれてありがとうよ。銀次の野郎も浮かばれるってえもんだ。
わしらも銀次の能力を頼ってこのトンネルの中に永いこと住み着いていたんだが、どうやら外へと出て行く時が来たようだな。
大丈夫だよ、人様を襲ったり作物を盗ったりするようなことはしねえ。
昔通りに海岸ぺりに住んで、魚を獲って生きていくぜ。坊やたちも元気でな。」
アンキモへの説明の最中、終始泣き顔であったハルたちは、逆にアンキモに励まされた形になった。
「父の無理な要求にもきちんと対応いただき、貴重な食料を分けていただいたこと、大変感謝しております。おかげで、湿った食べ物ばかりで塞いでいた心も晴れました。
更には焼き魚を作ることが出来る火打ち石まで頂き、感謝の言葉もありません。
ここにいる魔物達全員を代表してお礼を申し上げます。」
アンキモの影にいた、人型の魔物が前に出てきて深々とお辞儀をした。
顔は美しい少女であり体も人間のものだが、顔や腕など露出部分は鱗で覆われ、手の指の間には水かきがある。
恐らく、アンキモの娘なのだろう。
病弱という事であったが、ハルが渡した乾燥した食べ物で元気が出たのか、血色はずいぶんとよくなったように感じられた。
ハルは、照れくさそうにアンキモの娘の要求にこたえて彼女の両手を握りしめた。
いつまでも手を振ってくれている魔物たちに別れを告げ、海底駅ホームを後へとした。
トンネルの北海道口へと送ってもらったハルたちは、車のドライバーにお礼を言い、車は都市へと引き返していった。
最早このトンネルには鍵をかける必要性は全くないのだ。
これからも都市との交流に使われることだろう。
解放されたトンネルの出口をしばし見つめた後、ハルとミリンダは懐かしい村へと瞬間移動した。
村へと戻ったハルが家のドアを開けると、ハルじいさんがいつものように食事の支度をしているところであった。
振り向いたハルじいさんが喜んで駆け寄って来てハルの体を抱きしめると、いつの間にか体が一回り大きくなって、逞しくなったような感じだ。
おじいさんは皆を呼びに外へと駆け出して行った。
ミリンダの帰宅時も同様であった。
最長老の三田じいは本当に久しぶりの孫の帰宅に涙しながら喜んでいた。
更に今はここへと戻ってきたミッテランもいるのだ。
さびしい一人暮らしの最長老宅は一気ににぎやかさを増した。
久しぶりの家族だんらんの食事で、あの都市での食事がどれだけ豪華であっても、自宅で家族と食べる食事がやはり一番おいしいというのが、ハルとミリンダの痛切な感情であった。
夕食後、最長老宅へと集まった村人たちはハルたちが持ち帰った、都市で作った缶詰を見ては驚きの声をあげていた。
「こんな、堅いもんがおいしく食べられるっちゅうのかい?
都会もんは丈夫な歯をしているもんだべなあ。」
長老の一人は缶詰にじかに噛みついていた。
「そうじゃありません、これはこうやって開けて、中身だけを食べます。」
ハルが缶詰のふたを開けて、中身を皆に見せた。
魚の缶詰である。辺りにおいしそうないい香りが立ち込めた。
「ほう、こりゃうまい。
こんなにうまくて、更に何年も腐らずにおいしく食べられるのか?
それなら不漁の時でも安心だ。
そんなすごい文明の都市があったとはのう。長生きはするもんじゃ。」
別の長老が缶詰を試食しながら感心していた。
明日になれば、フェリーはここの港へと到着するだろう。
そうして、都市との交流が始まりハルたちの生活も変わっていくだろう。
これから交流が広まって、人口が増えていけば、いずれはさまよう魂もなくなり、魔物たちが現れることも少なくなっていくはずだ。
いち早く文明を手に入れた都市の人々が魔法を使えないように、ハルたちの魔法もいずれは忘れ去られる日がくるかも知れない。
それでも、人間たちのみならず、魔物たちまでも含めてみんなが安心して平和に暮らせるようになる日が一日でも早くやってくるようにと、ハルは祈っているのであった。
「今回の旅は色々あったけど、たくさんの仲間が出来て、更に大きな船まで手に入って、本当に運が良かったよね。」
ハルは誰に話しかけるでもなく、一人心の中で小さく呟いた。
「こちらマイキー。所長聞こえますか、どうぞ。」
「おおマイキーか。
そちらでも、危機が去ったことで避難先から戻りだしているころだろう。順調か?どうぞ。」
道東へと向かうフェリーの無線にマイキーからの連絡が入ってきたようだ。
所長は上機嫌で西日本の状況を確認していた。
「私の潜入捜査の結果、こちらには3つの大都市が出来ているようだわ。
それぞれの都市を結ぶ、鉄のレールの上を走る箱、電車を通すという計画を立てているところね。
更には、アメリカとかいう外国の人たちとの交流もあるようで、今回の爆弾の件はアメリカ軍主体で対応していたみたいよ。
ハル君たちの活躍に、アメリカ人もお礼を言っていたわ。
世界には同じように処理困難な場所にある不発弾が、まだたくさんあるみたいで、ハル君たちを貸してもらえないかとお願いされたわね。
私は鼻で笑い飛ばしておいたけど、どうぞ。」
「おお、そうか。
西日本では日本だけではなく海外の国とも交流があるのか。それは素晴らしい。
これからは日本だけでなく世界全体の再建にも尽力していかなければならないな。
それはそうと、マイキーはいつこちらに戻ってくるつもりだ?どうぞ。」
「私は潜入捜査官、謎の女。いつどこから来て、いつどこへ去っていくのか誰にもわからない、どうぞ。」
「そ、そうか。・・・。」
マイキーの無表情な顔が脳裏に浮かんできて、所長はがっくりと肩を落とした。
完




