23話
23
兵士の死体は手に紙のようなものを握りしめていた。
ジミーがその手から紙を受け取り、懐中電灯の明かりに透かして読んでみた。
「えーと、なになに。
爆弾は魔物たちの手にあり、処置不能。我々も手が出せないままに全員がやられた。
爆弾の処置はあきらめろ。
人間たちがこれ以上魔物たちのところに出向いて犠牲になることがないように、これ以上先の通路は封鎖する。
これより上側の通路にも数か所爆薬を仕掛け、何も知らない生き物が容易には入ってこられないようにしておいた。小さな魔物たちは換気口などから容易に出入りできるようで、魔物たちには効果がないが人間には効果があるだろう。
ここまで苦労してやってきて、大変だったろうが、これ以上進むな、爆弾の処理はあきらめろ。」
ジミーは読み終えてから、もう一度紙を兵士の手に戻した。
「うーん、どうしよう。爆弾は魔物たちの手に渡っているようだな。
魔物たちの妨害に合って処理が出来ないばかりか、魔物たちに処理班が襲われたという事だな。
あきらめろと言っているし、通路は爆破されてこれ以上進めないし、あきらめて戻りますかね?」
ジミーはお手上げとばかりに両手広げて、参ったのポーズをした。
兵士の軍服はところどころ大きく裂けていて、そこには黒いしみがにじんでいた。
恐らくは魔物たちの攻撃に会い、瀕死の状態でここまで来て通路を爆破したのちに力尽きたものと想定される。
「駄目ですよ、いくら魔物たちの手に爆弾があるからと言って、爆弾が今にも爆発しそうなのは変わらないじゃないですか。
ましてや、日本が沈没する危険は去っていないんですよ。何としても爆弾を止めに行きましょう。」
ハルがジミーの目の前まで走ってきて回り込みながら、ジミーの顔を見上げた。
しかしジミーは、気持ちは判るがどうしようもないとばかりに、がれきの山と化した通路の先を指さして見せた。
「さっきまで使っていた、ダイナマイトとかいう爆薬で吹き飛ばしましょう。
そうすれば通路が現れるでしょう?」
ハルはジミーが肩から下げているカバンを指さした。
「いや、駄目だな。
ミリンダちゃんじゃないけど、この先の通路は一度大量の爆薬で破壊されている。
天井なんかも土がむき出しになっているところが多いが、それでもがれきが支えになっているから崩れずに済んでいるんだ。
今通路を開けてしまえば、通路の天井が崩れてきてすぐに埋まってしまうのは明白さ。」
ジミーは否定的に大きく首を横に振った。
ハルは悔しくてがれきから転げ落ちたかけらを思い切りけり上げた。
その破片は通路の壁に2度3度跳ね返って、ハルたちの後方へと飛んで行った。
後には跳ね返った時の衝撃音だけが通路の中に鳴り響いていた。
「あっしがちょっと見てきますよ。ちょいと待っていてね。」
銀次が床下へと体を沈めて行った。そして、5分ほど経過した後に戻ってきた。
「この下は厚い床になっていて、その先は大きな空洞です。
あっしらが住んでいるトンネルほどではないですが、この床は結構な厚さがありますよ。」
銀次の報告に、ジミーは腕組みをして考え込んだ。
「うーん、床を爆破出来たとしても、それで支えが弱くなりこの地下道全体が崩れてしまう可能性がある。それに大体、爆風というのは上に力がかかるので、床や地面の破壊は非常に難しいんだ。」
ほとほと弱ったというジミーに対して銀次が助け舟を出した。
「あっしは、両手に抱えられるものだったら一緒に壁を通ることが出来ます。
だからトンネル越しに魚を捕えて持ってくることが出来たんですがね。
だから一人ずつだったら、あっしが一緒にこの床を通すことが出来ますぜ。
そうすりゃあ、この下へと進むのは無理な事じゃない。
ただ問題は、この下の空洞が大きくて天井からの高さがずいぶんあるから、その高さから床へと落っこっちゃうってえのが難点だがねえ。」
銀次は頭を掻き掻き提案した。
「それなら、あたいが最初に行って糸で天井からぶら下がっているわ。
そうして一人ずつ下ろして行けばいいでしょ。」
銀次とスパチュラの提案に一同納得して頷いた。
まずスパチュラが銀次に抱えられて床を通り抜け、続いてハル、ミリンダ、ジミーと続き、最後の銀次まで通り抜けた先で待ち構えていたスパチュラにゆっくりと床までおろしてもらった。
地下数十メートルの地下鉄跡は、爆弾の影響をほとんど受けていないようで、壁のひび割れなどもほとんどなくしっかりとした空間を保っていた。
白い壁の広い通路は、奥の方までずっと続いているようであった。
「どうやら爆弾は、ここからもう一つ地下へと降りたところの、少し前方にあるみたいだな。」
ジミーはセンサーのモニターを懐中電灯で照らしながら、確認していた。
確かに前方にはさらに地下へと進む階段が見えた。
どうやらここは、旧地下鉄の券売機のあったエリアのようである。
懐中電灯の光に照らされた壁には、昔の地下鉄の路線図や広告のポスターなどが何枚も掲示されていた。
そこからホームへと下りて行くのであろう階段を、ハルたちはゆっくりと下りて行った。
その先は、真ん中を電車が走るレールで遮られたホームであり、柱の隙間から見える向こう側のホームのちょうど真ん中に、大きな球体が置かれていてその上に何かが座っていた。
ホームの下では鉄のレールがむき出しになっていて、さすがに日が指さない地下深くでは雑草なども生えることはないのであろう。文明時代のままの状態を保存していた。
「あれだ、あの丸い球が爆弾だ。」
センサーを見ていたジミーが、大きな球体を指さして叫んだ。
「がっはっはっは、性懲りもなくまた来たようだな。よほど大事なお宝だと見える。
しかし今回は、子供が二人と男が一人?それに魔物が2匹かい。
ずいぶんとケチったものだな。
前回なんかは百人以上来たっていうのに、最早人間の生き残りも尽きてきたという訳か?」
大きな球体状の爆弾の上にちょうどまたがって乗っている魔物が大きな声で笑って見せた。
体は人型だが、顔には鋭く細長い目に大きく下側に曲がったくちばしがあり、体中羽毛のような小さな羽根で覆われていて、背中には大きな2枚の翼があり、足は短くその指は鋭いかぎ爪がある。
鳥系のワシの魔物であろう。
「なによ、あなたは?あたしたちはその爆弾を止めに来たんだから、邪魔しないでちょうだい。」
ミリンダが魔物に向かって威勢よく啖呵を切った。
「俺かい?俺様は魔物たちの王、魔王さ。
荒れ果てた大地と化して、生き物が住めなくなってしまった東京でも、こういったお宝があるおかげで、そのお宝を欲しがってくる人間たちがひっきりなしで、それを捕まえれば、食いもんには困らねえってことを発見したのさ。
おかげさまで、俺を慕ってくる魔物たちを束ねて、魔王として君臨しているのさ。
最初の探検隊が置いて行った、こういった物のおかげかな?」
魔王は、革のベルトが付いた黒い四角い箱を手にかざして、小さなつまみを押し上げて見せた。
すると、そこからはかすかに声が聞こえてきた。
「我々は、不発弾処理部隊です。かつて、東京と呼ばれた地に落ちた不発弾の水爆ですが、起爆スイッチが入ったことを確認しました・・・」
ハルが遺跡で発見したラジオから聞こえてきたものと同じ言葉が四角い箱から繰り返し発信されていた。
最初の処理部隊が持っていた、短波無線の発信機であろう。
自分たちが失敗した時のために、経緯を知らしめようと録音したものをエンドレスで発信しているものであった。
「どんな仕組みかは知らないが、このつまみを上げると声が聞こえて来て、この箱を昼間から夕方にかけて外に置いておくと、しばらくすると人間たちがやってくるってえ寸法よ。よほど大事なお宝なんだろう。
おかげでこの数ヶ月間というもの、食べ物には困らない。
魔物たちもよその地からここへとずいぶん集まってきたぜ。
いずれ、この魔物たちを従えて、人間たちを滅ぼしてこの地上に魔物たちの楽園を築こうと考えているのさ。」
魔王は、爆弾の上に乗ったまま飛び跳ねながら得意げに語った。
「魔王さんが乗っているのは、お宝なんかじゃないんです。爆弾ですよ。
刺激を与えると爆発して、日本が沈没してしまうんです。早く止めないと。」
ハルが必死で魔王をなだめようと叫んだ。
「爆弾ってなんだ?うまいのか?」
「い・・・いや。戦争で世界中に発射された兵器で、その爆弾は水爆と言って爆発して大量の熱と放射能を出す。建物を破壊し、辺りを生き物がいない死の世界に変える恐ろしいものだ。」
ジミーが神妙な顔で答えた。
「ふーん、これがその水爆ってやつか。
ふざけるな、そんな恐ろしいものを必死になって人間たちが奪い返しに来るはずがない。
人が住めない関東地方で爆弾というものが爆発したところで、傷つくのは俺たち魔物だけだ。
人間たちが俺たち魔物を守ろうとしてくれているとでもいうのか?
俺様をだまそうってえ算段だな、大体お前たちは取り囲まれて、もう逃げられんのだぞ?
おとなしくわしらに食われてしまうか、抵抗して痛めつけられてからやっぱり食われるのか、どっちがいい?」
魔王に言われて辺りを見渡すと、いつの間にかハルたちがいるホームにも、そしてハルたちが下りてきた階段からもたくさんの魔物たちがやってきていた。
それは、数えきれないくらいの魔物達であった。
ジミーもミリンダも銀次もハルを中心にお互い背中合わせで魔物たちに向かって身構えた。
スパチュラは、糸を天井に吐きつけて天井からぶら下がった。
「お宝目当てに何人もの人間たちがやってくることが判ったので、東京では無闇に人間を襲わないように、魔物たちには通達してあるのだ。
お前たちが東京の地に足を踏み入れてから、この地下深くへ達するまでに魔物に出会うことが無かっただろう?
大群の魔物たちが待ち構えていると感づかれて逃げ出さないように、逃げ場のないこの地下深くまで、おびき寄せるよう指示してあるのだ。」
魔王は高らかに笑った。
「そ・・・それで地下道に入ってから魔物たちに出くわすことが無かったわけか。
荒れ果てた東京の地では魔物達さえも生存していないものと思っていたが、違ったようだ。」
ジミーは辺りを見回して、囲んでる魔物たちの群れの多さにたじろいでいる様子だ。
「どうするのよ、爆弾の上に乗っているんじゃ魔王に攻撃できないじゃないのよ。
攻撃の衝撃で爆発したら元も子もないわよ。
多分今までの爆弾処理隊も全てこのような状態で、魔物たちに手が出せずにやられちゃったんじゃないの?あたしたちもここで全滅?」
ミリンダが泣きそうな悲鳴を上げた。
「ちょっと待っておくんなさい、この話は本当なんですよ。
あっしは北海道とこの本州をつなぐ青函トンネルにねぐらを構えているアンキモ一家の銀次ってえケチな魔物ですが、この爆弾とやらが破裂してしまうともう一度大戦争になるかもしれねえって聞いて、爆弾を止めるためにこの子たちと一緒に旅を続けてきたんです。
嘘じゃありません、信じて下せえ。」
どうやら銀次が床下を伝ってきたようで、魔王の目の前の床から体を浮かび上がらせてそのまま仁義を切る格好をして爆弾に関しての説明をしだした。
「ふん、東北の田舎魔物が何を言っている。
欲に目がくらんだ人間どもに騙されているんだ。
目を覚ませ、わしが出会った中で良い人間など一人もいなかった。
今までここで捕えられた人間たちだって、わしらに食われる算段になると、隣の仲間を盾にして少しでも自分の番が来るのを遅らせようとするような人間ばかりだぞ。
大体、わしらだって最初から人間を食っていたわけじゃない。
わしが生まれたころは、荒れ果てた大地にもわずかばかりの植物の群生地が所々にあり、そこに昆虫たちや小動物たちなどが生存していた。
わしら魔物はそれらを餌に生きていたわけだが、その住処を人間たちに奪われてしまったのさ。
もともと人間たちとわしら魔物では生活している環境が異なる。
魔物は強い生き物の為、過酷な環境でもある程度は耐えることが可能だ。だから、こんな荒れ果てた環境でも生き延びることが出来た。
ところが、ようやく生き延びてわずかばかりの生活環境で暮らしていたはずの人間たちが、数が増えてくると我が物顔でわしら魔物の生活空間に干渉してきたんだ。
魔物同士の連携はそれほど強いものではない。仲間意識は強いが、それはあくまでも近場で共存している魔物間の関係であり、仲間以外では魔物同士でも縄張り争いなど殺し合いが絶えない。
その為、まとまって戦いを挑んでくる人間たちに数で敵うものではない。ましてや、銃などの近代兵器を使われては、わしら魔物の力では対抗する術もないというものよ。
そうやって、いろいろな地方から追い立てられてきて行き着いた先が、この不毛の土地東京よ。
この、神に見捨てられたともいえる土地に隠れ住んでいるわしらに、今度はお宝が見つかったからと言ってそれを引き渡せと要求する。どれだけ身勝手で、どれだけ貪欲な生き物だよ、人間てえ奴は。
わしは思ったのさ、それならこの宝を餌に人間たちをおびき寄せ、食ってやろうと。
そうすれば、この不毛な大地であっても食いもんに困ることもないと。
そうして、他の魔物たちも呼び寄せ、一大勢力を作って人間どもに対抗してやろうとな。」
魔王の目は爛々と輝き、今にもハルたちに襲い掛かって来そうな気配があった。
銀次の言葉には耳を貸す気もない様子が感じ取れた。
「この人たちは、欲に目がくらんでここまでやってきたんじゃない。
この世界を救うために自分の身を犠牲にしても構わないつもりでやってきているんだ。あたいには判る。
あたいの兄ちゃんも言っていたけど、この人たちの言っていることは本当だ。信じてあげて。」
スパチュラも、天井を伝って魔王側のホームまでやってきて、糸を垂らして魔王の目線と同じ高さまで降りて来た。今にも襲い掛かりそうな魔王が恐ろしいのであろう、垂れ下がっている糸が小刻みに震えている。
「ふん、見も知らずの魔物たちが何を言おうと信じる気にはなれんね。
大体お前たちは、何を持ってこいつらを信じる気になったんだ?
子供だからか?子供が言っているからか?
そうやって、何でも信じ込んでしまうから、他の魔物や人間たちに利用されてしまうのだぞ。」
魔王はスパチュラの話にも首を横に振った。
その時、ハルが瞬間移動で爆弾の上の魔王の正面へと移動した。
「お、おい、なんだ突然驚くじゃねえか。
俺様にくっつけば魔物たちが攻撃してこないと思ったら大間違いだぞ。
大体、残されたあいつらは魔物たちに取り囲まれて、すぐに押しつぶされてしまうぞ、いいのか?」
魔王は一瞬たじろいだが、持ち直してすぐにドスを聞かせた声で凄みを見せた。
「僕は一人だけ助かろうとして、ここまで飛んで来たのではありません。
この足元にあるのは、本当に爆弾です。
先ほどから、この黒い四角い箱が話しているでしょう?
不発弾というのは先の戦争の時に落とされて、その時に爆発しないで残った爆弾だそうです。
しかも相当に大きな爆弾らしくて、この爆弾が爆発すると日本が沈んでしまうそうです。
今ではいつ爆発してもおかしくない状態なんだそうです。
爆弾を止めさせてください。それさえできれば、爆弾はそのまま置いて引き揚げますから。」
ハルは元居たホームに取り残されて無数の魔物たちに取り囲まれて身構えている、ミリンダ達をちらりと横目で見ながらも、必死で魔王を説得しようとした。
「嘘をつくんじゃない、このお宝はそもそもここから数百メートルほど離れた湿地帯に長い間落ちていたものだ。
俺が蹴って遊んでいたら、この洞窟の穴に落ちていってしまい、ここから地上までは持ち上げることが出来ずに困っていたものだ。
ところがそれから数日して最初の探検隊がやってきてからというもの、ひっきりなしに人間たちがやってくるようになった。
どうやってここにあることが判ったのかは知らないが、俺様が見つけたこの玉がよほど欲しいのだろう?
俺様にはこの玉の魅力が判らずどう扱うのかまでは分からないが、お前たちに触らせて大事なところを引き抜かれても困るってもんだ。触らせないよ。」
魔王は頑としてハルの願いを断った。
ホームの向こう側ではジミーが何とか魔王だけに弾を打ち込めないかと銃を構えようとしていたが、すでに多くの魔物たちに取り囲まれていて、それを契機に一気に魔物たちに襲われる危険性があるので躊躇していた。
それに、魔王一匹を撃ち殺したところで、他の魔物たちの抵抗にあい爆弾の処理などしていられないことは明白であった。




