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2話

                       2

 翌日、ハルじいが招集した長老会議では、始まる前から外の文明の話題で持ちきりであった。


「失われた文明では、長い鉄の棒の上を目にも止まらない速さで動く箱のような乗り物や、この大空を自由に飛び回る筒のような乗り物があったという話じゃ。

 失われた文明が戻っておるなら、とっくに空からこの村へもやってきているのではないかい?」


「失われた文明の一部の人間は、地中深くに大きな横穴を掘って、そこで暮らしていたらしい。

 そこでも地中深くを縦横無尽に走り回る、箱のような乗り物があったという事だ。


 つまり、失われた文明の一部の人間は地底人じゃ。

 地中深くであれば戦争の影響は受けなかったのかもしれん。

 その地底人が力をためて、もう一度戦争をしようとしているのかもしれんな。

 つまりは地底人の逆襲じゃな。」


「いや、もともとの日本の中心である東京という地から、遠く離れたこの地まで、かつての戦争では大きな被害が出たらしい。

 その為、この地の周りは風景が全く変わってしまうほど、破壊尽くされておる。


 この辺境の地ですらそうなのに、他の土地に文明が残っておるとは到底考えられんのじゃ。

 何かの間違いではないのか?


 失われた文明では、人の声や姿かたちを記録しておける装置があったそうではないか。

 物語などもその装置を用いて、映画という演劇を記録していたという話じゃ。

 今回のものも過去の記録の話が再現されただけではないのか?」


 多くの長老たちは、外の文明が復活したという話には否定的であった。


 それは、隔絶されたとはいえこの村へ、何十年も外の文明から人が訪れていないことでも明白ではあった。

 唯一やってきたのは、魔と呼ばれる恐ろしい者たちだけであった。

 奴らは畑を荒らし家畜を襲い、やがては村人にも襲いかかってくるようになった。


 村人たちは近隣のコロニーと協力して、魔物の退治に乗り出した。

 まずは魔物がやってくる、外の世界との唯一の道である洞窟の扉に鍵をかけて通行できないようにして、これ以上魔物が侵入してくることを防いだ。


 そうして全員の力を合わせて魔物達を追い詰めていき、この地のはるか北のはずれまで追いやったのだが、ここで反撃にあい多くの村人たちが犠牲になってしまった。


 魔物との戦いの形勢が逆転しようとしていたその時、残った村人たちが自らの身を犠牲にして魔物たちのアジトである建物の出入り口を封印するという事をやってのけた。


 全ての魔物を封じ込めることは出来なかったが、強い魔物は全て封印され、力のないほとんど無害の魔物だけが外に残った。

 3年ほど前の出来事であった。


「かつての文明では、細長いテープや小さな四角いムカデのような足の付いた、メモリーと呼ばれるものに声や映像などを残す技術があったそうです。

 しかし、今回ハル君が持ち帰った装置は、記録をするレコーダーではなくてラジオという遠くの声を聴く装置です。


 どこからの放送なのか場所は特定できませんが、少なくとも今現在でもラジオ放送できるような文明が、この世界のどこかに残っていることは事実のようです。」

 権蔵が集会のざわめきを鎮めるような冷静な口調で説明した。


「でも、すぐ外の世界の文明が戻ったかどうかは判らんのじゃろ?

 鍵のかかった洞窟の扉を開けるのは危険ではないかい?

 また魔物たちがたくさん入ってきたら、この村を守りきれんぞ。


 今やこの村の住人の大半は老人じゃ。

 若いものは、先の魔物退治でほとんどが死んでしまった。

 わしら老人は頭が固くて魔法が使えんのじゃ。


 残るは数少ないハルを含めた子供たちだけじゃ。

 まさか子供たちに村を守ってもらうような危険なことを、させるつもりではないだろうな。」


 この村の最長老が、白いあごひげをなでながら言った。

 残りの長老たちもこの意見に大きく頷いた。


「今考えなければならないことは、失われた文明が残っているかどうかよりも、戦争が再び起こるかもしれないという事だと思います。

 戦争が再び起これば、魔物たちとの戦いよりももっと多くの犠牲者が出ます。

 大戦の前までは、この地方には20万人以上の人々が平和に暮らしていたと習いました。

 それが村のすべてのコロニーを合わせても3百人も居ません。


 更にはこの島には何百万人もの人たちがいたはずなのに、それがどうでしょう南側の海岸沿いに点在しているコロニー全てを合わせても、全部で2千人も居ないでしょう。


 魔物たちとの戦いでもたくさんの人が犠牲になりましたが、戦争の犠牲者の比ではありません。

 どうしても戦争が起こらないようにしなければ、ならないのではないのでしょうか。」

 会議室の片隅に座っていたハルがたまりかねて、ラジオの箱を持ったまま立ち上がって叫んだ。


「そうじゃ、今この時に魔物だとかなんとかは言ってはおられんのじゃ。

 戦争が起こってしまえば、たくさんの家が焼かれ、たくさんの人々が犠牲になる。

 そのようなことは繰り返してはいかんのじゃ。

 何とかして食い止めねばならん。


 わしらが行ったところで何が出来るかもわからんのじゃが、何もしないでこの地で閉じこもっておるよりは、よっぽどましじゃ。

 そうは思わんか?」

 ハルじいもつられて立ち上がった。


「そうです、今こそ世界を救うために立ち上がりましょう。

 洞窟の鍵は最長老である、村長の三田じいさんが持っていたはずです。

 鍵を渡してもらえませんか?」

 権蔵が、白いあごひげを撫ぜながらじっと宙を見つめたままの三田じいさんの顔を覗き込んだ。


「いや、それがじゃな。

 魔物たちとの戦いで息子夫婦が捕えられたのは皆も知っているだろう?


 魔物たちの要求で洞窟の鍵を渡せば、息子夫婦を返すという要求が来たのじゃ。

 どうせ嘘だから騙されてはいかんと止めたのだが、孫の鈴がいう事をきかんと、鍵を持ち出して塔へと向かったのじゃ。

 あの、魔物たちを封じ込めた封印の塔へな。


 あの戦いで、なんとか強い魔物たちをあの塔に封印することは出来たのじゃが、息子夫婦どころか孫までもがそのまま帰ってこんようになってしまったのじゃ。」

 三田じいは、遠くを見つめたままの目線で答えた。


「では、洞窟の鍵は封印の塔のどこかにあるという訳ですか?」

 権蔵が三田じいを見つめながら問いただす。


「そうじゃ。

 あの塔を封印してから早3年じゃ。

 あれから強力な魔法を使える強い魔物は出てこなくなった。


 封印された魔物たちも、恐らくは塔に閉じ込められて食べるものもなくなって今頃は死んでしまっているじゃろ。

 封印の塔へ行って、孫の鈴の亡骸を探して鍵をゲットしてくるとよい。

 ついでに孫の亡骸も連れ帰ってもらえるとありがたいな。

 丁重に葬りたいのでな。


 息子夫婦の亡骸もあれば、なお結構じゃ。」

 三田じいはここぞとばかり無茶な要求をしてきた。

 会議の一同はあきれたような顔をして、三田じいの顔を眺めていた。


「魔物たちとの戦いで亡くなった方たちはたくさんいます。

 ハルの両親であるハル父さんとハル母さんも犠牲者です。


 確かに3年も経過していて、あの塔の中に生き残りがいるとは考えられません。

 それでも、今でも弱い魔物たちが塔の周りにはたくさん出現します。


 我々老人たちは魔法を使えないし、体力的にも武器を持って戦うことは出来ないでしょう。

 これでは鍵を取りに行くことも出来ないという訳ですね。」

 権蔵が残念そうにうつむいた。


「僕が行きます。

 僕は簡単な魔法だったら使えるし、外にいる弱い魔物には負けません。

 塔の中へ入って鍵を取ってきます。


 ついでに、亡くなった人たちの亡骸から、形見になるようなものも探して持ち帰ってきます。」

 ハルが立ち上がって提案した。


「確かにハルなら魔法も使えるし、弱い魔物程度なら大丈夫じゃろ。

 強い魔物がすでに死んでしまったのであれば、問題はなさそうじゃな。


 子供に頼るしかないというのも情けないことじゃが、危険はないと考えてハルに取ってきてもらうとしよう。

 三田じいさんや、子供用の防具があったじゃろ?

 あれ貸してくれんか?」

 ハルじいが続けた。


「皮の胴巻きと小手じゃな。

 あんなものでもあれば、けがを防ぐことも出来るだろう。

 持っていきなさい。


 ついでに銀のナイフも持っていくとよい。

 魔物たちには一番の効果がある。

 封印の塔はかつての文明の遺跡よりはるか北、3日ほど歩いた地にある。

 気を付けていくのじゃぞ。」


 集会の後に、三田じいの家から皮の胴巻きと小手、および銀のナイフを貰って帰って行き、翌日の朝に防具をハルの体に装備した。


 皮の胴巻きは牛の皮をなめして作られていて、肩から吊り下げて体の正面側の肩から腹までを覆うようになっている。

 金属製の防具と違い、軽いのでハルのような子供向けである。

 同じように皮をなめして作られた両手の甲をすっぽりと覆う小手も装着した。

 小手は吊紐で指の股をくぐらせて固定しているので、指先が自由でナイフなどを持ちやすくなっている。


 靴も普段は麦わらを編んだ草鞋であったが、遠いところへの旅であるため、なめした皮で作ったブーツを履かせてもらった。

 ハルじいが時間があるときに少しずつ縫い上げたものであり、ハルの足にピッタリであった。


「よいか、ハルよ。

 銀のナイフは魔物には有効じゃが、近くに寄らなければ役に立たないので、魔法を使ってくる相手にはあまり効果がない。

 やはりこちらも魔法で対抗するのが一番じゃ。


 魔法とは、人のイメージの産物といわれる。

 火をイメージすれば炎系の効果がある魔法になるし、氷をイメージすれば相手を凍らせることも出来る。


 文明がすべて滅んでしまった中で、誰にでも魔法が使えることが判ったのじゃが、すでに成人していた我々年寄りは、どうしても魔法を使うことが出来なかった。

 戦ううえで有効であることは判っていたが、どうしてもその力を信じることが出来なかったのじゃ。


 若い者たちは魔法の力を容易に信じることが出来て使うことが出来るようになったが、年寄りには無理であった。

 下手に魔法が使えるだけに、魔物たちとの戦いで若い命を落としたと言えないこともないが、そのおかげで魔物たちを封印して、今は平和な生活ができるようになったのは事実じゃ。


 魔法を使えないわしが言うのもおかしいのじゃが、魔法の力を信じてイメージを相手にぶつけるのじゃぞ。

 それが魔物と戦う力になるのじゃから。よいな。」

 ハルの体に防具を装着させながら、ハルじいがハルの目をじっと見つめて告げる。


「大丈夫ですよ。

 禁じられた遺跡でも時々魔物が出ますが、すぐに追い払っています。

 こんな風に。


 ・・・燃えろ!!!」

 ハルの掛け声とともに、目の前に置いてあった暖炉用の薪が突然燃え上がった。


「おお、お前の父親のハル父さんも炎系の魔法使いだったが、どうやらお前もその様じゃな。

 ハル母さんは氷系の魔法使いだったから、属性は全くの反対であったが、かえってうまくいっていたようじゃったがのう。」

 ハルじいは、懐かしそうに息子夫婦のことを思い出しながら語りかけてきた。


「氷系の魔法も使えますよ。


 ・・・凍れ!!!」

 ハルの掛け声とともに、燃え盛っていた炎はその形のままに青白く凍りついた。


「おお、そうだったのか。

 お前の両親の魔法属性を両方とも引き継いでいるのじゃな。

 2つの相反する属性を持つ魔法使いは、大変に珍しいのじゃよ。


 将来は、大魔法使いといったところかの。」

 ハルじいは嬉しそうにハルを抱きしめた。


「僕の将来の夢は科学者です。失われた文明を復活させて、みんなを幸せにすることです。」

 ハルは少しむくれた様に、ほほを膨らまして答えた。


「おお、そうじゃったの。

 でもまずはその魔法の力を使って、封印の塔から洞窟の鍵を探し出してきておくれ。

 強い魔物はいなくなったとはいえ、油断しないようにするのじゃよ。


 我々爺が付いて行っても足手まといになるだけじゃから、お前ひとり行かせるのじゃが、こんな時に息子夫婦が生きていてくれたらなあ。」

 ハルじいは、涙目でハルを見つめた。

 ハルは微笑みながら、ハルじいの涙を指で掬い取りながら答えた。


「大丈夫ですよ。

 魔物たちとの戦いのときは、僕は幼かったので家で留守番をさせられていたから、詳しいことは判りません。

 でもあの戦いで犠牲になった人たちのおかげで、今の平和があることは判っています。


 洞窟の鍵を探すついでに犠牲になった人たちの形見の品を探してきて、丁重に弔ってあげましょう。

 父さんや母さんもそれを待っていると思いますよ。」

 ハルは身支度を整えてから、物置からリアカーを引っ張り出してきた。


「これに、みんなの遺品を積んできます。」

 ハルはリアカーを引いて、封印の塔へと向かった。


 封印の塔までは、まずは旧文明の遺跡まで瞬間移動で移動してから、3日ほどの道のりという事だ。

 ハルは道なき道をゆっくりとリアカーを引きながら北へ進んで行った。


 ハルが封印の塔を目指して北への道を進んでいると、突然目の前に大きなバッタの姿をした魔物が現れた。


「よきに計らえ、よきに計らえ。」

 バッタは独特の鳴き声を上げながら攻撃してくる。


 1m近い大きなバッタは、大きな後ろ足で勢い良くジャンプして、ハルに襲いかかってきた。

 突然のことでハルは対処できなかったが、皮の防具のおかげでダメージはなかった。


「殿様バッタだね、

 防具がなければ危なかったなあ。運がいいよ。

 よーし、燃えろ!!!」

 体勢を整えてから、ハルは魔物に向かって叫ぶ。


 一瞬で殿様バッタの体は炎に包まれる。

 殿様バッタはぎゃあぎゃあ叫びながら、体を地面にこすり付けて火を消そうと必死の様子だ。

 ハルは、苦しんでいる殿様バッタには見向きもせずに、先へと進んで行く。

 どうやら、進むのを妨害さえされなければ、無理に退治するつもりは無いようである。


 更に進むと、体は蝙蝠で2枚の羽根を持ち、蛇のように細長い尻尾がある魔物ドラジャが現れた。

 ドラジャはハルの周囲を飛び回りながら超音波の振動で、ハルの目を回そうと攻撃してきた。


 目の前の風景がぐるぐると回りだす感覚に耐えながら、ドラジャの羽を凍らせて地面に落下させた。

 飛べなくなったドラジャは、這い回りながら木に登って逃げて行ってしまった。

 その後も行く手を阻もうとする魔物をはねのけて進んで行く。


 魔物たちがたくさん出現する夜の移動は避けて昼間に移動を続け、ようやく3日かけ封印の塔に到着したのはその日の昼に掛かろうとしているころであった。

 ハルは、塔を見下ろす草原でおじいさんに持たされた干物の弁当を広げて、まずは腹ごしらえをした。


「少し妨害はあったけど、結構順調に進めて、封印の塔へと着いたよ。

 天気もいいし、今日は運がいいなあ。」


 昼ご飯を食べ終えたハルは大きく伸びをして、封印の塔の入口を見つめた。

 かつて、村の若者たちによってようやく封印した塔の入口である。


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