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19話

                       19

「おっかさん、おっかさんだろ?

 おいらだよ、忘れちまったのかい?」

 蜘蛛の魔物が突然空に向かって声をかけた。

 どうやら、この声の主を知っているらしい。


「おっかさん?

 私にはお前のような巨大な子供を持った覚えはないよ。何かの間違いだろう。」

 反響する声は、急に普通の口調で話し出した。


「いやだなあ、本当に忘れちまっているなあ。

 35年ほど前にここにいっぱいいた息子たちをお忘れですか?」

 蜘蛛の魔物は、尚も空に向かって語りかけていた。


「35年前、当時確かに私にはたくさんの息子たちが居た。

 でもある時どこかに飛んで行ってそれまでさ。

 全く音信不通で生きてるのか死んでるのか判りゃあしない。

 それがどうしたんだというんだい。」

 反響する声は尚も不思議そうな語り口で尋ねてきた。


「その、たくさんいた息子だよ。息子の名前を呼びかけてみな。」

 蜘蛛の魔物は、嬉しそうに空に向かって叫んだ。


「息子の名前?えーと、一郎」

「はい。」

 反響する声に反応して蜘蛛の魔物が返事をした。


「一郎?一郎なのかい?

 おやおや、ずいぶんと大きくなって、前は人間の手のひらもないくらい小さかったのに。

 どうやってそんなに大きくなったんだい?」

 反響する声は、すごく優しそうな口調に変わってきた。


「まだだよ、息子は一郎だけじゃないだろ?他のも呼んでよ。」

蜘蛛の魔物はさらに上機嫌で空に向かって叫んだ。


「えー?次郎?次郎なのかい?」

「はい。次郎もいるよ、まだまだいるから続けて」

「三郎、四朗、五郎」

「はい、はい、はい」

「六郎、七朗・・・・・」

「はい、はい・・・・・」

名前の呼びかけはまだまだ続いて行った。

「・・・・百九十一朗、百九十二朗・・・・」

「・・・・はい、はい・・・・・」

「はあ、はあ、・・・・・三百六十七朗、三百六十八郎、はあ、はあ」

「はあ、ふう、・・・・・はい、はい。ふいーやっと終わった。」

 反響する声も、蜘蛛の魔物も疲れ切った様子で声を枯らして、息も絶え絶えであった。


「じゃあ、一郎、次郎と続いて行って、いないのは六十五朗と九十一朗、・・・、二百十三郎と三百次郎かい? 一体どういう事なんだい?はあ、はあ。」

 息を切らせながら、反響する声が尋ねてきた。


「実は35年前に、こんな狭い世界に住むのは嫌だと言って、ここを飛び出して行ったんだけど、行きはよかった。我ら兄弟全員で、ながーく糸を垂らして上昇気流を待って大空高く飛び上がったのさ。

 運よく兄弟が散り散りにはならずに、同じ所に降りたんだが、そこは荒れ果てた関東の北の地方だったんだ。


 当時は魔物たちも数多くいて、俺たちのような小物の蜘蛛系の魔物なんかは、相手にもされなかったから、とりあえずそれぞれ巣を張って昆虫などを捕まえて食っていたのよ。


 ところがそのうち北へ進んで行った魔物たちが少しずつ戻りだして、ただでさえ生き物が少ない関東エリアの餌が一気に足りなくなったんだ。やがて、魔物たちの間でも縄張り争いが過激になってきて、それは昆虫などを狙うわしらにも降りかかってきた。


 弱い魔物なんかは食われてしまうような状態で、わしらは故郷へ帰ろうと、皆で戻ることを決めたんだ。戻る途中で何匹か兄弟が犠牲になったが、何とか進んで行った。ところが、途中で大きなクレパスに阻まれてそれ以上進めなくなってしまったんだ。


 行くときは大空に舞い上がって飛んだから気づきもしなかった地形だったが、地面を走って戻ることは出来ないことが判ったのさ。それでも後ろからはわしらを追いかけてくる魔物たちの群れが来ていて、絶体絶命だった。


 その時に、なんかわしら兄弟の絆がそうさせたのか、わしらの体が突然くっつきだしたんだ。大量の兄弟たちがくっついて一匹の魔物となって行き、今のような大きな姿になったという訳さ。


 大きくなったおいらは、追ってきた魔物たちを蹴散らし、部下として従えて、北関東で生きていく決意をしたのさ。あまりにも昔のことで、すっかり忘れておったよ。

 先ほどの亀裂を越えたところで、少しずつ思い出してきたのさ。」

 蜘蛛の魔物は懐かしい過去を、少しずつ呼び覚ますようにゆっくりと語りきった。


「ふーん、そうだったのかい。

 お前も苦労したんだねえ、一郎、次郎・・・名前が長くなって大変だねえ、どう呼んだらいいもんだろうねえ。」

 反響する声も、対処に困っているように聞こえる。


「おいらは今は、蜘蛛の魔物として恐れられている。

 おっかさんに言うのもなんだが、蜘蛛の魔物と呼んでくれるとありがたい。

 それよりもおっかさん、姿を見せてくれよ。

 息子だよ、危険はないだろう?」

 蜘蛛の魔物は、尚も空を見上げて叫んだ。


「何を言ってるんだい、あたしはさっきからここにいるよ。」


 反響する声に迷いながら、ミリンダ達が目を凝らして宙を見上げると、木立の間の木漏れ日に透かされて、黒い小さな点がゆっくりと風にそよいでいるのが判った。

 それは、蜘蛛の魔物の頭の位置よりはるかに高く、地上20m位の地点であった。

 大きさはミリンダの握りこぶしぐらいであろうか、小さな蜘蛛系の魔物であった。


「あたしは、蜘蛛系の魔物の花子さ。

 どうやら、生き別れになった息子が戻ってきたみたいだね。

 これはめでたいよ。今晩はごちそうだよ。」

 花子は、糸を手繰って昇って行こうとした。

 恐らくは夕飯の支度をするのであろう。


「そ、その夕飯ですが、ごちそうって・・・もしかすると先程言っていた、この地を穢した人間でしょうかね?」

 ジミーが恐る恐る花子に尋ねた。


「決まっているだろう?

 こんなところに人間が来るなんてことは、本当にないことなんだよ。

 いつもは昆虫か、たまにやってくる渡り鳥を捕まえるのが精一杯。

 だから今日はごちそうだよ。」

 花子が嬉しそうに答えた。


「いや待ってくれ、おっかさん。その先程の人間の子供は、おいらの仲間さ。

 この世界を救おうっていうえらーい少年なんだ。

 だから食っちまおうなんてとんでもない。


 大体、さっきだっておいらがここへと渡ってくるために力を貸してくれて、それでようやくおいらがここへ渡ってこれたんだから、恩人だよ。だから、返しておくれ。」

 蜘蛛の魔物は母親に手を合わせて拝んだ。


 最初は憮然としていた花子だが、しまいに仕方がないとばかりに奥の方へと向かって声をかけた。

「おーい、先ほどのごちそう。食べちゃ駄目だって。

 生かしたまま連れておいで。」

 花子の呼びかけで、奥の茂みをかき分けて大きな蜘蛛系の魔物が白い細長い物体を担いで現れた。


 人型の魔物であり、腹の側面から3本ずつ蜘蛛の足が出ているが、それとは別に人間のような手足があり、足の間から大きな尻尾がのぞいていた。

 顔は横顔までも毛でおおわれていたが人間の少女の顔をしていて、体中を長いベルベットのような毛でおおわれている。

 魔物は白い荷物を自分の前に落とすと、ミリンダ達を睨みつけた。


「あたいは蜘蛛系の魔物のスパチュラさ。

 兄さんとは違って外国の蜘蛛であるタランチュラが混じっているからね。

 あたいの毒は相当に強いから気を付けな。

 大体、折角のごちそうを目の前にして、なんでおあずけなんだよ。」

 スパチュラは、目の前の白い物体を転がしながら意気込んで見せた。

 恐らくはこの白い物体が、糸でぐるぐる巻きにされたハルなのであろう。


「スパチュラか、なつかしいな兄さんだよ。

 その子は兄さんの恩人でもあるんだ。放してやっておくれよ。」

 蜘蛛の魔物がスパチュラにやさしく声をかけた。

「兄さんだって?そんな昔に別れた奴なんて知らねえよ。」

 スパチュラは尚も凄んで見せた。


「なんてことを言うんだい、あれほどお前にやさしくしてくれた兄さんじゃないか。

 忘れちまったのかい?

 その子は兄さんの大事な仲間の様だから、放してあげなさい。」

 花子の説得で、スパチュラはしぶしぶハルの糸をほどいた。


「ハル?大丈夫だった?かじられたりしなかった?」

 ミリンダがすぐにハルの元に駆け寄り、ハルの体を大きくゆすった。


 しかし、ハルの顔は青白く生気がなくミリンダの呼びかけにも返事もせずにぐったりとしていた。


「ど、どうしたのハル、死んじゃったの?」

 ミリンダは尚も必死にハルの体を揺さぶっていた。

「ハル君?大丈夫かい?聞こえるかい?

 ・・・・・駄目だな、意識がないようだ。この子に何かしたのか?」

 ジミーは屈み込んでハルの容体を見ていたが、立ち上がってスパチュラの方に向き直った。


「そりゃあ決まっているだろう、せっかくの獲物が逃げないように毒を注入して仮死状態にしたのさ。

 こうしておけば3ヶ月くらいは、このまま腐らずに保存して置けるんだよ。便利だろ?」

 スパチュラは当然のこととばかりに、悪びれもせずに答えた。


「おい、そりゃあまずいぞ。

 さっきも言ったように、この子はおいらの恩人なんだ。

 しかも急ぎの旅だってえのに、おいらの我儘に付き合ってくれて、こんな所まで一緒に来てくれたんだぞ。

 それを、毒を注入しましたじゃ、恩を仇で返すようなもんだ。

 早く解毒剤を飲ませて介抱してやってくれ。」

 蜘蛛の魔物は、スパチュラを呆れたような表情で見下ろして、ぶつぶつ言いながらハルを早く治すように命じた。


「そんなことは出来ないよ、なにせあたいの毒は強力だからね。

 解毒剤なんかはありゃあしないのさ。

 それにね、あたいと母ちゃんを捨てて出て行ったような奴の頼みなんか聞けるもんか。へん!」

 スパチュラは腕組みをして、首を横に振った。

 どうやら蜘蛛の魔物に対していい感情は持っていないようである。


「なんだと?おいらの頼みが聞けねえっていうのか?

 大体なんだ、この地へ入ってきたもんならなんだって餌にしていいというのか?

 見境なく何でも餌にするのか?おいらも餌にするのか?」

 蜘蛛の魔物は、スパチュラの首の後ろを掴みあげて自分の顔の高さまで持ち上げ、鋭い眼光で睨みつけた。

 スパチュラは毒のある牙をむき出しにして、蜘蛛の魔物を睨みつけた。


「大丈夫よ、毒を注入されたのね。

 それなら解毒の魔法で・・・解毒(ポイズン)魔法(フリー)!!!」

 ミリンダが解毒の魔法を唱えるが、それでもハルの様子に変化は全く見られなかった。


「そんな、普通の魔法使いの解毒なんかじゃ、何の効果もないよ。

 あたいの毒は超強力なんだからね。

 特の高い僧や魔道士の魔法でも、毒の効果を少しだけ弱められる程度のものさ。」


 ミリンダは変わり果てたハルの姿に、涙しながら必死ですがりついている。

 その姿を見下ろしながら、スパチュラは得意げに答えた。

 それに対して、今にも蜘蛛の魔物が掴みかかりそうな勢いであった。


「こら、こら。一郎、次郎・・・蜘蛛の魔物だっけ?

 それとスパチュラ、お前たちは兄妹なんだから、喧嘩は止めなさい。」

 住処へ戻ろうとしていた母親の花子が戻ってきて割り込んできた。


 そして自分の体の十数倍はあろうかという娘と、数十倍から百倍以上はあるであろう息子のそれぞれを叱りつけた。

 2匹の魔物は不思議にもしゅんとしておとなしくなった。


「うーん、困ったわねえ。

 確かにスパチュラの毒は強力で、仮死状態になったら解毒剤はないわねえ。


 こうなったらあれだわ、伝説の幻の薬草しかないわよ。

 ここから北方の山奥の砂漠地帯に生えている薬草で、どんな病気も直せる薬草があるらしいのよ。

 その薬草ならスパチュラの毒も解毒できるんじゃないかしら。


 なにせ、何でも治り草って名前の薬草だから。」

 花子が皆の顔を見回した。


「えーっ?ハルを毒で仮死状態にした上に治せないですって?

 その上何よ、訳の判らない薬草だって言って開き直るつもり?許せないわ。

 こうなったらあなたたちを退治して、ハルを連れ帰るわ。

 特の高い魔道士と言う人なら、こっちにだって当てはあるのよ。覚悟しなさい。」

 ミリンダは、ハルの体を一旦離し、立ち上がってスパチュラ達に向かって身構えた。


「ちょーっと待ったあ、確かにスパチュラがしたことは悪かった。代わりにおいらが謝る。

 だが聞いてくれ、何でも治り草ってえ薬草の話は本当だ。

 この地でも風の噂で聞いてはいたが、北関東ではしょっちゅう聞こえてきていた。

 だから、これから取りに行こう。坊やを治せるかもしれない。いいだろ?」

 蜘蛛の魔物が、ミリンダとスパチュラの間に割って入ってきた。


「本当でしょうねえ、本当にハルは治るんでしょうねえ。

 嘘だったら承知しないわよ。」

 ミリンダは、蜘蛛の魔物の目を見つめて真剣な表情で念を押した。


「ほ、本当だとも。

 おい、スパチュラも責任を取って一緒に来い、いいな!」

 蜘蛛の魔物は、スパチュラに向き直って言った。


「な、なんであたいが行かなきゃならないのよ、まっぴらごめんだわ。」

 スパチュラは、くるりと後ろを向いた。


「だからあ、兄妹喧嘩は止めなさい。

 昔はたくさんいたのが合体しちまって、今じゃたった2匹の兄妹なんだよ?

 大事にしなきゃだめだよ。


 それに今回のことはスパチュラにも責任があるのだから、一緒に行って薬草を取ることに協力をしなさい。

 なにせ薬草を取りに行って戻った者はいないと言われているのだから、よほどすごい場所に生えているか、恐ろしい魔物に守られているかどちらかだよ。


 そんな危険なところに大事な娘を送り出すのは嫌だけど、今回のことはどうやってもこちらが悪いから仕方がない。

 それでも合体して大きくなった兄さんがいるから、少しは安心だろう。

 兄妹仲良く力を合わせて薬草を見つけ出すんだよ、いいね。」

 花子の説得により、ぶつぶつと文句を言ってはいたが、スパチュラも仕方なさそうに頷いた。

 かくして北の山奥へ、薬草を取りに行くこととなった。



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