18話
18
あまりの恐怖の体験に少し休憩したが、その後は順調に蜘蛛の魔物は一目散に東京へと進んで行った。
しかし、進むにつれて、蜘蛛の魔物のスピードが遅くなってきた。
「どうしたの?この先に何かあるの?
怖い魔物でも住んでいるというの?」
ミリンダが心配そうな顔をして、蜘蛛の魔物に問いかけた。
「いや、なぜか判らないが懐かしい気がするんだ。
景色は変わっちまったが、この辺りの臭いに覚えがあるぞ。」
蜘蛛の魔物はしきりにあたりを見回していた。
「急いでいるところ済まねえな、少し寄り道させてもらうぜ。
なあに、絶対に損はさせねえ。」
蜘蛛の魔物は突然方向を西寄りに変更して、尚も進み続けた。
やがて平坦な道から山道へと変わったが、それでも蜘蛛の魔物は進み続けた。
山道とは言っても、爆撃の影響で山肌は大きくえぐられているところも多く、かつての風景を維持しているようなところは、一か所もないことが容易に想像できた。
そんな中、蜘蛛の魔物は右に左に、時折悩みながらも進んで行く。
まるで、遠い記憶を辿るように突き進んで行った。
「この先だ、何か判らないが、懐かしいものがある。
多分それは、お前たちの力にもなってくれるだろう。」
蜘蛛の魔物が立ち止った先には、大きく切り立った崖と、向こう岸には完全に周りから切り離された、浮島のような地があった。
そこは四方を崖に囲まれていて、どの方向からも辿り着くことを拒絶しているような場所である。
切り立った崖は下の地面が霞んで見えないくらいに深く、一旦下りて崖を昇ることはとても不可能と考えられた。
「さあ、またやってくれ。」
蜘蛛の魔物は、崖の下り口に自分の糸を貼り付け、そのまま崖下へ降りて行き、ぶら下がろうとした。
「いやー、待って待って。どうしろっていうの?」
ミリンダが蜘蛛の魔物の背中の毛に必死でしがみつきながら叫んだ。
「また、さっきの魔法で俺の体を向こう岸まで飛ばしてくれ。」
蜘蛛の魔物は、糸を数十メートルほど垂らして、崖にぶら下がった。
ハルたちは必死で毛にしがみついている。
しかし、崖を取り巻く乱気流で蜘蛛の魔物の体は左右に大きく振られ、今にもどこかへ飛んでいきそうであった。
「無理無理無理無理・・・・、絶対無理!
さっきは向こう岸が見えなかったけど、その先はずっと地面が続いていることが判っていたから、ともかく思いっきり遠くまで飛ばせばいいと思ったから出来たの。
今回は、飛ばしすぎると突き抜けて向こう側の崖に落ちるかもしれないじゃない。
それから、さっきは左右に多少ぶれても問題はなかったけど、今回は少しどちらかに寄るだけでも崖に落ちてしまうわ。とてもじゃないけど無理よ。あきらめて。」
ミリンダは、必死で毛にしがみつきながら叫んでいた。
そうしている間にも、乱気流で蜘蛛の魔物の体が揺られ、ハルも含め全員がしがみつくのに精いっぱいの状態であった。
「やってみなけりゃ判らんだろう。失敗したところで、下に落ちるだけだ。
うまいこと着地してやるから心配するな。」
蜘蛛の魔物は平然としている。
「だから、こんなに横風が吹いて、今の体勢もコントロールできないのに、魔法の力で飛ばした場合、どこに飛ばされるかも判らないのよ。
うまいこと糸が付いたままで着地できればいいけど、竜巻みたいに体をぐるぐる回されて、上空まで巻き上げられたら糸も切れてしまうでしょ?
第一、いくらなんでもこんな高さから落とされて、うまく着地できたとしても、あなたは平気かも知れないけど、あたしたちはきっと死んじゃうわ。いやーーー!!」
ミリンダの叫びは、最早悲鳴に変わっていた。
蜘蛛の魔物は仕方なく垂らした糸を手繰って崖を登った。
ようやく平坦な地に上り終え、一同ほっと安堵の吐息を付いた。
「うーん困ったなあ、それじゃあ向こう岸へ行けないじゃないか。
何とかならないか?」
蜘蛛の魔物は、本当に困ったように頭を抱えていた。
「よほど大事な用事がこの先にあるのですね。
ミリンダが先ほど言ったように、僕たちが魔物さんの背中に乗って飛んだ場合、もし失敗したら多分助からないでしょう。
でも、今回は崖の先が見えているので、僕たちは瞬間移動で向こうへと跳べます。
魔物さんの体が大きすぎて、僕とミリンダ二人の力でも瞬間移動させることは出来ないけど、僕たちが飛んだ後で魔物さんだけ崖にぶら下がって、風を起こして向こう岸へと渡ればいいんじゃないかな。」
ハルが魔物の背中で立ち上がって提案した。
しかし、ジミーの意見は否定的であった。
「いや、先ほど崖にぶら下がっていたから判ったんだが、ここの風は向こう岸の方角からこちら側へと強く吹いている。それだから崖にぶら下がった時に強く左右に振られた訳だ。
だから、さっきのように魔法で風を起こしたとしても、自然の風には勝てずに反対方向へと戻されるのが落ちだ。それよりも、我々と戦った時に糸を勢いよく吐き出していたが、ああやって対岸まで届かせられないか?かなりなスピードがあったと思うが。」
ジミーの意見で、蜘蛛の魔物は勢いよく向こう岸へ向けて糸を吐き出してみた。
しかし向こう岸からの風の影響も大きく、何度やっても半分も届かずに糸の先端は落ちていった。
「判りました、こうしましょう。
蜘蛛の魔物さんの体は大きくて、瞬間移動させることは出来ないけど、糸だけなら一緒に持って瞬間移動できます。だから、まずは向こう岸まで届くぐらい長く糸を出してもらって、僕が糸の先を持って向こう岸まで瞬間移動します。
そして糸の先を向こう岸に括り付ければ、蜘蛛の魔物さんも渡ることが出来るでしょう?」
「おお、それはいい案だな。成功しそうな気がしてきた。
早速やってみよう。」
ハルは目をキラキラと輝かせていた。
ハルの提案通り、蜘蛛の魔物は糸を長く吐き出して、その先端に粘着玉をたくさんつけた。
ハルは糸の先を抱えたまま瞬間移動し、糸の先端を向こう岸の崖にしっかりとくっつける。
その合図で、蜘蛛の魔物は糸を手繰って張りを強め、こちら側の岸にもしっかりと貼り付けた。
その後、ゆっくりと崖の上を渡り始めた。
「ひえー、な、何もあたしたちも付き合って一緒に渡ることはないんじゃない?
あたしたちは瞬間移動で飛べばいいんだから・・・。」
ミリンダは蜘蛛の魔物の背中の毛に必死でしがみつきながら、震えていた。
「まあ、まあ、いいじゃないか。折角蜘蛛の糸で橋をかけて渡れるようになったんだし。
それに蜘蛛は綱渡りの名人だから、落ちることはないと思うよ。
ゆっくりと渡ってもらえばいいよ。」
底が見えない切り立った崖を一本の糸を手繰って渡っている蜘蛛の魔物の背中の上で、必死で背中の毛にしがみついて震えているミリンダの姿を見て微笑みを浮かべながら、ジミーは蜘蛛の魔物の背中でリラックスしたように寝そべりながらあくびをしていた。
その時に向こう岸のハルの後ろに何らや怪しい影があることを、まだ皆は知らなかった。
蜘蛛の魔物が対岸に辿り着いた時に、そこにはハルの姿は見えなかった。
「あれ?ハルは?ハルはどこへ行ったの?ハルー!」
ミリンダはあたりを見回し大きな声で叫んだ。
「一人で先に進んでいるのかも知れないな。」
蜘蛛の魔物はゆっくりと歩き出した。
ここは、切り立った断崖絶壁に囲まれた空間であり、鳥などの空を飛べる生き物以外は来られるような場所ではなかった。
頂上には土があるためうっそうと木が生い茂っているが、奥行きは百m位しか無いようで、蜘蛛の魔物であれば数歩で向こう側へ着いてしまうようなところであった。
少し歩いて木立に囲まれた広い空間に出たところで、蜘蛛の魔物は立ち止った。何やら声が聞こえてくる。
「出ていけー、出ていけー、ここはお前たちが来るようなところではない。
ただちに出て行けー」
蜘蛛の魔物が見上げると、木立の隙間から降り注ぐ日差しが漏れ、幻想的な風景であった。
声は反響しているようで、どこから発しているのか全く見当がつかなかった。
「あなたは誰?ここはどういったところだというの?」
ミリンダが正体の知れない相手に向かって、立ち上がって叫んだ。
「ここは、われらが聖地。
お前たちのようなものが来るところではない。ただちに出ていけー。
さもなくば先ほどこの地を穢したものと同様の運命を辿るぞ。ただちに出ていけー。」
反響する声は、四方八方から響いてくるようであった。
「先ほどこの地を穢したものってどういう事よ。
ハルのことなの?ハルはどうしたっていうの?」
ミリンダが驚いて叫んだ。蜘蛛の魔物の背中から地面を見渡すと、足元には無数の骨が散っていた。




