17話
17
「炎の竜巻、燃え尽きろ!!!」
ハルの魔法が響き渡った。
しかし、魔物は尻から糸を吐き出してそれを払った。
魔物の吐き出した糸が少し焦げるだけで、魔物の体には傷一つつかなかった。
「氷の竜巻、凍りつけ!!!」
氷系の魔法も同様、魔物が吐き出す糸を少し凍りつかせただけで魔物には到達しなかった。
「どうやら、お前の魔法の力はこんなもののようだな。
それではわしの体にひっかき傷すらも付けることは出来んぞ。
素直に食べ物を差し出せばよかったのに、わしの子分を殺しやがって。
食べ物を差し出せば楽に死なせてやったものを、お前たちは少しずつ血を抜いて行ってじわじわと殺してやるぞ。
更には人間の味方をする魔物は、八つ裂きにしてくれるわ」
蜘蛛の魔物は高らかに笑った。
ハルは悔しくて拳を握りしめた。
このままでは、ミリンダもジミーも銀次も魔物の餌食になってしまうだろう。
大きさから言って、今までの魔物たちのように脅しではなく、本当にハルたちを頭から食い尽くしてしまうであろう。
しかし、魔法を跳ね返されてしまう状況を打開する方法はすぐには思い浮かばなかった。
そうこうするうちに、蜘蛛の魔物はハルが動けないことを見越してゆっくりと近づいてきた。
その時、ハルの脳裏に一昨日ジミーがクマゴン達に打ち込んだマシンガンの弾の威力が浮かんできた。
ハルはその時の光景をイメージしながら呪文をつぶやいた。
「父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。
灼熱の炎、灰と化せ!!!」
真っ白い光と化した高温の炎が魔物に襲いかかった。
その炎は魔物が吐き出す糸を焼き尽くして、魔物に襲いかかり、頭の毛を焼いた。
真っ黒焦げになった頭は尚も煙をあげて燻っていて、白目だけが浮かび上がった。
「うわっちぃちぃ。あちーよ、助けてくれー。」
「氷の竜巻、凍りつけ!!!」
ハルの魔法で、魔物の頭の炎は凍りつき、やがて燻った煙の形のまま落ちて行った。
「まだ戦いますか?
あなたは大きいから体全体に影響するような魔法攻撃は僕には出来ません。
それでも一部分を攻撃することは出来るし、なんだったらこの巣を壊してしまう事だって出来ますよ。
・・・父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。
灼熱の炎、灰と化せ!!!」
ハルは傍らの横糸に向かって魔法を唱えた。
太いロープ状の蜘蛛の巣の糸は、白い炎に包まれ燃え上がって焼き切れた。
「いや、ちょっと待ってくれ。
これだけ大きな穴に糸を渡すのは容易なことではないんだよ。
何ヶ月も待って強い風が吹いた時に風に乗って対岸へと渡っては糸を張り続けたんだ。
ここまでにするのに1年以上かかった傑作なんだ壊さないでくれ、お願いだ。」
蜘蛛の魔物は前足を顔の前でこすり合わせて、ハルに向かって拝むような姿勢を見せた。
どうやら戦意喪失といったところのようだ。
「だったら、みんなを解放して僕たちをおとなしく通してください。いいですね!」
ハルは横糸の粘着質の玉からなんとか足を引き抜いて、足をずらせた。
しかし未だに横糸に乗っているため自由に行動は出来そうもなかった。
「それは出来ねえな。お前たちはわしのかわいい子分の仇だ。
このまま通すわけには行かねえ。」
蜘蛛の魔物は、凄みを聞かせてハルを睨みつけた。
「子分たちは死んだのではありません。
魔法攻撃などで体が消えても、それは魂がばらばらになっただけで、天国も地獄も満杯な今では、行き場のない魂は、しばらくするとまた集まって元に戻ると研究所の所長さんは言っていました。
だから大丈夫です。」
ハルは、研究所所長の受け売りを話した。
「えっ?そうなのかい?
そういや、縄張り争いなどで犠牲になった子分と同じような奴らが、また子分になりに来やがると思っていたけど、一度やっつけられてもまた復活して戻ってくるってえ訳かい。
俺たち魔物は不死身ってえ訳だ。そうだろ?」
蜘蛛の魔物はうれしくなったのか高らかに笑った。
「魔物は行き場を失った、死んだ人間たちや動物たち、虫たちの魂の集まりが実体化したものだと所長さんは言っていました。
そういった意味ではすでに死んでいるので、これ以上死ぬことはないでしょう。
でも、この先に大きな爆弾があって、もうすぐ爆発しそうなんです。
その爆弾が爆発すると、日本は沈没してしまうかもしれません。
その上世界戦争がまた起こって、爆弾が世界中に降り注ぐかもしれないのです。
僕たちは、その爆弾を止めるために来たのです。協力してください。」
ハルは、ここまでの旅の目的詳細を説明した。
蜘蛛の魔物は神妙な面持ちで聞いていた。
「するってえとなにかい?
このままいくと爆弾というのが爆発して、この辺りは全て海に沈んじまう。
更には、大きな爆弾がいくつも天から降ってきて、世界中の生き物たちが全滅してしまうかも知れねえってことかい?
それは、困る、非常に困る。
せっかく作った縄張りが無くなるどころか、どこへ逃げたとしても、餌となる生き物たちまでもが全滅してしまうんじゃあ、生活していけねえよ。
お前さんたちは、それを防ぐためにその爆弾を止めに行くってえ訳だな。
そうと分りゃあ、協力させてもらうぜ。」
蜘蛛の魔物は、器用にジミーたちに絡まっていた糸をほどいて体を自由にした後、ハルの体も縦糸にのせかえてくれた。
ジミーたちの体には、粘着質の玉が少し残っていて体中がべとべとしていた。
「ひえー、このまま食われちまうんじゃないかと思っていたけど、うまく説得できたみたいだな。
やるじゃないか、ベイベー。」
ジミーはハルに向かってピースサインしてウインクした。
「あー、もう。髪までべとべとだわ。最悪ー。
それに、糸を外すふりしてあたしの胸とかおしりとか触ったでしょう?
いくらあたしが魅力的だからと言って、あたしの同意もなくそういうことをするのは痴漢よ!」
ミリンダはべとべと絡み付く髪の毛を触りながら、蜘蛛の魔物を睨みつけた。
蜘蛛の魔物は少したじろいだ様子で付け加えた。
「粘着玉は、このまま少し風に当たると消えてしまうから少しの辛抱だ。
それはそうと、お前さんたちこれから東京まで歩いて行くとなると、道もないし随分と時間がかかるぞ。もしよかったらわしに送らせてくれ。
わしは図体がでかいだけで、相手を糸に絡める以外は魔法を使うことが出来ない。
それでも、この体だからずいぶんと早く東京へは着けるだろう。
わしの体に乗っていくかい?他の魔物たちにも襲われにくいから、安全じゃよ。」
蜘蛛の魔物は、背中を向けてハルたちに乗るように前足で背中を指し示した。
折角の行為なので、ハルは魔物のおしりを伝って背中へと乗り込んだ。
背中は6畳間くらいの大きさはある平坦な場所で、乗せてもらうには十分な大きさがあった。
「みんなー、ここは快適だよ。早く乗って、乗って。」
ハルに促され、銀次が乗り込みジミーが続いた。
ミリンダは最後まで嫌がっていたが、しぶしぶ乗り込んだ。
全員が乗り込んだのを確認して、蜘蛛の魔物はゆっくりと進みだす。
魔物の動き自体はそれほど速い動きではないのだが、一歩で数メートル進むので人の歩くスピードよりは数倍の早さであろう。
魔物はがれきや爆弾で開いたクレーターなどもものともせずに進んで行った。
「なにこれー、背中にも目があるの?
あたしのスカートの中を覗き込もうなんて、どこまでいやらしいのよ。」
座っていたミリンダが、蜘蛛の魔物の背中にある目と口に見える顔のような模様を見て、飛びのいた。
「これは、蜘蛛の体の模様だな。
背中に目が付いているわけじゃないよ。
毒蜘蛛なんかに多い特徴だけど、この魔物も元は毒蜘蛛だったんじゃないかな。
多分、この魔物にミリンダちゃんに変な事をしようという気持ちは、ないと思うよ。」
ジミーが必死でミリンダをなだめている。
一行は順調に進み続け、食事も魔物の背中の上で済ませた。
魔物の分はハルが頭まで登って行って、魔物の口にまで直接缶詰の中身を投げ込んで済ませた。
蜘蛛の魔物は大量に食べたが、それでもかなり早く目的地まで着きそうなので、問題はなかった。
順調に進んで行くかと思われたが、やがて対岸が見えないくらいの大きな亀裂が行く手を阻んだ。
上から覗いても爆弾で出来たクレーターの比ではなく、深く底が見えないくらいであった。
左右を見回しても亀裂は果てしなく続いていて、迂回路があるのかどうかさえ疑わしく思えた。
「いやあ、まいったなあ。
こんな大きな亀裂があるなんて、所長が言っていた地殻変動で出来たクレパスっていうやつだな。
ハル君、瞬間移動で対岸へ飛ぶことは出来ないのかい?」
「見えている範囲内や一度行ったことがあって、その方角と距離と風景がイメージできれば移動できますが、先ほどの大きなクレーター同様、ここでも対岸が全く見えないので、向こうへと瞬間移動することは出来ません。」
ジミーの問いかけに、ハルは申し訳なさそうに答えた。
「あっしの壁をすり抜ける能力でも、この亀裂の底までは抜けられそうもありません。
それくらい深い亀裂です。」
銀次もなすすべなしとばかりに嘆いた。
東京まであと少しだというのに、やりきれない雰囲気が一同を沈黙させた。
その時に、自信たっぷりの声が下の方から響いてきた。
「大丈夫だよ、俺に任せな。俺を誰だと思っているんだ、蜘蛛の魔物だぜ。
こういったことは得意中の得意さ。
まずは皆、俺の背に生えている毛にしがみついてくんな。
揺れるからしっかりとしがみつくんだぜ。」
蜘蛛の魔物は尻から糸を吐き出し地面に固定すると、ゆっくりと亀裂の中へと進んで行った。
「ぎゃー、落ちるー。
落ちたらひとたまりもないわよ、止めてー。」
ミリンダが、蜘蛛の魔物の背中の毛にしがみつきながら叫んだ。
ハルたちも必至で背中の毛にしがみついていた。
「大丈夫だからって。
さっき巣でも言った通り俺たち蜘蛛はこうやって風をとらえて飛んで対岸まで行って巣を張るのさ。
巣作りは得意中の得意だから任せておけよ。」
蜘蛛の魔物はそう言って、糸を伸ばして自分はその先に垂れ下がった。
ちょうど床が垂直の状態になったような形で、ハルたちは必死になって毛にしがみついていた。
「いやー、下からあたしのスカートの中覗いているでしょう?
エッチ!見ないでよ。」
ミリンダが自分より下の毛にしがみついている、ジミーや銀次に向かって文句を言っていた。
しかし、ジミーも銀次も毛にしがみついているのに精いっぱいで、しがみつく場所を変えられずにいた。
「・・・・」
「・・・・」
しばらく時間が流れたが、何の変化もない。
しびれを切らせたミリンダが、蜘蛛の魔物に向かって叫んだ。
「いったいいつまで待てばいいのよ、しがみついていられるのにも限度があるわよ。
このままじゃ力尽きて亀裂の底に落ちてしまうわ。」
ミリンダの腕にはすでに震えが来ていた。
しかし、蜘蛛の魔物は冷静であった。
「だから、さっきも言ったように強い風が吹いてくるまで、何日か待つこともあるのだよ。
人間我慢が肝心だ、文句を言わずに待っていてくれ。」
「そんなあ、あたしの力じゃもう限界にきているのよ。
落ちそう・・・助けて・・・」
ミリンダは今にも気を失いそうであった。
「ミリンダ、台風の魔法だよ。
蜘蛛の魔物を敵だと思って、台風の魔法で強い風を起こして、体を飛ばすんだ。」
ハルも苦しそうにしながらミリンダに向かって叫んだ。
「わ、わかったわ。
さっき触られた恨みを込めて、モンブランタルトミルフィーユ・・・暴風雨波!!!」
ミリンダの魔法とともに竜巻を伴った強風が吹き荒れ、やがて亀裂の底からの上昇気流となってハルたちに襲いかかる。
その強風は蜘蛛の魔物の体を高く持ち上げ、亀裂の対岸まで吹き飛ばした。
蜘蛛の魔物はバランスよく足から着地し、ハルたちも落ちることなく対岸へと辿り着けた。
蜘蛛の魔物は向こう岸からつながった蜘蛛の糸をこちらの岸へとピンと強く張った。
「こうしておけば、帰るときに楽だろう。
それは別にわしらだけではなくて、他の生き物たちの行き来にも役立つってえもんだ。
まあ、こんなに荒れ果てた関東に、わしら以外の生き物が居ればの話だがな。」
蜘蛛の魔物は糸の張り具合を慎重に調整しながらハルたちに振り向いた。




