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15話

                       15

 翌朝、ハルが目を覚ますとミリンダがすでに起きていてハルの枕元に立っていた。


「どう?」

「どうって?何がどうしたの?」

 ハルはミリンダが言っていることが全く理解できずに尋ねた。


「にぶいわねえ、この洋服どう?って聞いているのよ。

 所長さんが都市に残っていた子供服を着替えに持ってきてくれたのよ。

 ハルも着替えるといいわ。」

 ミリンダは、薄い黄色のフリルの付いたワンピースを着ていた。


 ハルも横に置いてあった、シャツと綿のズボンにはき替え、着ていた服は大切に畳んでカバンに詰めた。

 着替えを終えてから居間へ向かうと、所長がすでに起きてハルたちを待っていた。


「やあ、着替えの服はぴったりだったようだね。

 研究所の女性所員に頼んで、倉庫から持ってきてもらったんだよ。

 まだたくさんあるから、よかったら何着か着替えに持っていくといい。」

 所長は食卓に朝食の準備をしながらハルたちに話しかけてきた。


「ありがとうございます。

 このドレスなんてあたしにピッタリです。本当に幸せ。」

 ミリンダは、スカートのすそを少し持ち上げてくるりとターンして見せた。


 所長はミリンダが喜んでいることに満足したのか、微笑みながらハルたちを食卓へと招いた。


 ハルたちは朝食を終えた後、所長の研究室へと集合した。

 そこには、昨日の潜入捜査官マイキーもやってきていた。


「おはよう、諸君。

 さて、ここへ集まってもらったのは、東京にある不発弾の対応に関してなのだが、昨日地震観測所で関東地方の地震発生状況を確認したら、戦争後東京には震度5程度の大きな地震が1ヶ月に1回の頻度で発生していることが判った。

 大規模な爆撃で、地殻にストレスが相当溜まっているのだろう。

 前の地震が20日ほど前だから、次の地震までは後10日ほどしかない。


 この地震の衝撃で爆弾が爆発するかどうかは5分5分だが、可能性は否定できないし、今回大丈夫でも次の地震の衝撃で爆発することが十分に考えられる。

 更には、地震以外の衝撃で爆発することも考えられる。


 爆弾が爆発してしまえば、日本は北海道と九州を残して、恐らく沈没してしまうだろう。

 つまり、この都市は最早安全ではないという訳だ。

 わしはこの都市の市長とこれから話し合い、すぐに住民を北海道へと避難させるようにする。

 折角の文明を手放すのは悔しいが仕方がない。

 ハル君たちはすまないが、トンネルの鍵を開けてもらえるように一緒についてきておくれ。


 あのラジオ放送は、西日本の人間たちが爆弾を処理しようとして行動した時のものらしい。

 恐らくは、西日本にもこのように破壊を免れた都市があって、文明を維持しているところがあるのだろう。

 処理に向かう直前に処理する履歴として放送を連続して送信するようにセットしたのであろうが、その回収が出来ていないところを見ると、処理は失敗したものと考える。

 失敗と言っても爆弾は爆発していないので、爆弾まで辿り着けなかったかだろうと考える。


 すでに向こうの人々も避難を開始しているとは考えるが、マイキーよ念のため西日本へ行って、九州の山奥へ避難するように伝えてくれ。

 関東地方は爆撃で荒れ果てているため、北へ回って日本海の海岸線をずっと南下するルートしかないと考えるが、よろしく頼むぞ。」


 所長は絶望したように、机に手を付いてうなだれてしまった。

 多分昨夜は一睡もしていないのだろう。目は真っ赤に腫れて充血していた。


「了解、これから西日本へ向かって出発し、生き残りの人たちに九州の山奥へ避難するように伝えます。

 どうやって西日本の人たちの中に潜入するかは・・・ひ・み・つ・・・。」

 マイキーはウインクをして見せた。


「いや、今回は潜入する必要性はない。堂々と向こうの責任者に避難するよう伝えてくれ。

 わしがしたためた親書を持っていくといい。


 それと、放送を聞きそびれているかもしれんから、ハル君が持ってきた短波ラジオも持っていきなさい。

 うちの所員も2名同行させるから、非常食も十分に準備して持っていくように。

 向こうの人たちに避難するように伝えた後は、北海道へ渡る暇はないだろうから、君たちも一緒に九州の山奥へ逃げるのだぞ。


 長い間離れ離れになってしまうが仕方がない。

 こちらの状況はジープに取り付けた無線機で連絡する、判ったな。」

 所長は、マイキーに対していちいち突っ込んではいられないとばかりに、冷たく応対した。


 マイキーはつまらなさそうな顔をして助手たちと降りて行き、非常食と予備のガソリンを積んだジープに乗り込んで、すぐに出発した。

 マイキー達を見送った後、所長はハルたちをエレベーターで途中の階におろした。

 そこは広い倉庫のようになっていて、いくつもの段ボール箱が高く積み重ねられていた。


「ここは、保存食の備蓄倉庫だ。

 市内にあった缶詰工場やインスタント食品の工場などを稼働して作り上げたものだ。

 文明のほとんどが失われた今、食糧危機に陥らんとも限らないため、備蓄用として作っていたものだが、こんな早くに必要となるとは予想もしていなかった。


 このような倉庫がこの都市の各所にあり、都市の住民10万人の3ヶ月分が今現在備蓄されている。

 収穫に余裕ができると全て備蓄用に回して、いくらでも受け入れておったがために、収容所の所長のように作物を巻き上げてひと儲けしようという輩が出たのだが、今となっては急いで備蓄したのが幸いしたようだ。


 これだけの備蓄を準備していけば、北海道の人たちに迷惑を掛けずに生きて行けるだろう。

 保存食があるうちには、早蒔きの作物などの収穫も可能となるだろうからな。」


 所長は山積みされた保存食の段ボール箱を見つめていた。

 ハルたちも、壮観な景色を感心して眺めていた。


「でも、爆弾を止めに行かないのですか?」

 ハルは、所長の顔を見上げた。


「止めに行きたいのはやまやまだが、向こうへ行って爆弾処理が無理だと分かっても、逃げる暇はないのだぞ。更には向かっている最中にも爆発するかもしれんのだ。

 そんな危険なところに誰が行くものか。


 先の戦争で関東一円はすさまじい爆撃で、道路も線路も破壊されつくして、更には地盤沈下でところどころ海の下へとすでに沈んでいる状態だ。

 ほとんど歩いて向かわなければならず、行くだけで何日もかかるのだぞ。」

 所長は悔しい気持ちを必死で抑え込んでいるように、拳に力を込めて握りしめた。


「僕たちが行きますよ。最初から爆弾を止めるために北海道からやってきたのですから。

 大丈夫です、瞬間移動の魔法を知っていますから、危なくなったらすぐに逃げられます。


 遠すぎていっぺんに北海道までは行けないけど、多分北海道と繋がっている洞窟の入り口までくらいなら飛べます。そこからなら、北海道のどこへでも飛べます。

 爆弾の場所さえ判れば、早く行き着けます。無理でも何とか探します。」

 ハルが拳で自分の胸をドンと叩いて、所長を見上げた。

 ミリンダもその横で頷いていた。


「いや、しかし君たちは爆弾まで辿り着いたとしても、止め方を知らんだろう?

 わしだって今の情報だけでは、どのような形式の爆弾か判らないから、止め方をどうするのか説明は出来ないぞ。

 君たちはまだ子供なんだから、危ないことには首を突っ込まない方がいい。」

 所長の考えは否定的であった。


 しかし、ジミーがこの時とばかりに前に歩み出てきた。


「おや?お忘れですか?このジミーが元は爆弾処理係だったことを。

 この都市の周りに落ちていた不発弾の数々を処理して安全にしたのは、このジミーですぞ。

 ハル君や、このジミーも一緒にその瞬間移動とやらで避難することは出来るかい、ベイベー?」

 ジミーはピースサインをしてハルにサングラスをかけたままウインクした。


「はい、僕とミリンダがいるから、ジミーさんと銀次さんをそれぞれ連れて瞬間移動できます。」

 ハルはにっこり笑って返事をした。


「あっしまでもが人数に入れてくれているのはありがたいねえ。

 こんなあっしがどこまで力になれるかどうかは判らねえが、命に賭けてもお二人をお守りしますぜえ。」

 銀次も嬉しそうに袖をまくりあげる仕草をして見栄を切った。


「しかし、危険な作業であることは変わりがない。

 あえて君たちがそこへ行く必要性はないだろう?

 多分今からなら、我々の避難も間に合うだろう。


 この都市を放棄するのは残念だが、この都市から学んだことはたくさんある。

 だから北海道へ避難したとしても、このような文明都市を再現することは不可能ではないと考えているんだ。」

 所長は尚もハルの意見には賛同できないでいた。

 やはり小さな子供に託すには重すぎると考えているのだろう。


「でも、爆弾が爆発してしまうと日本が沈没するだけではなくて、もう一度戦争になって爆弾がたくさん落ちてくることもあるのでしょう?

 そうなると北海道はかえって危ないから、避難してもみんな死んでしまうでしょう?」

 ハルは最悪の事態を想定していた。


 確かにもう一度世界中のミサイルの発射が始まれば、人類のみならず、地球上の生き物は今度こそ死滅してしまうだろう。

 人類を滅ぼすだけの爆弾は、一度の機会にすべては発射されず、十分な数の爆弾が残っていることは確かなのであった。


「確かに、この爆発で戦争が再開される可能性があるとは言った。

 しかし、君たちのような子供に、そんな危険なことをさせるわけには行かない。

 行くのであれば、うちの所員とわしが行こう。」

 所長がハルを制して冷静に言った。


「でも、所長さんは瞬間移動の魔法が使えないでしょ?

 うちのおじいさんも言っていたけど、年寄りは頭が固いから魔法の力を信じることが出来ないって言っていました。

 もし、魔法を信じることが出来たとしても、今から練習では使えるようには簡単にはなりませんよ。

 それではもしもの時に逃げられないから駄目です。


 洞窟の扉には常に番をしてくれる人が居るから、中から扉を叩いて叫べば開けてもらえます。

 僕たちの知り合いと言えば、全員通してくれるでしょう。」

「うむむ、しかし・・・。」

 所長はハルにやり込められて何も言えなくなってしまった。


「大丈夫ですよ、このジミーがこの子たちを守りますから。

 銀次さんもいるしね。」

 ジミーが胸を張って所長に言い放った。


「そうですよ。何も判らないまま北海道から出てきて、所長さんたちのおかげで爆弾の事とかも判ってきました。

 僕とミリンダだけでは、どうしていいか判らずに、只うろうろしていただけでしょう。

 皆さんとの出会いは本当に運が良かったと思っています。

 この先も運よく解決できますよ。」

 ハルもジミーの隣で胸を張って答えた。


「うーむ、状況から言ってハル君たちにお願いするしかないという訳だな。

 北海道の村人たちがハル君たちを送り出した時の気持ちがなんとなく分るような気がするわい。


 よーし分った、これから市長に話して都市の住民を避難させるように指示した後、爆弾の位置が判るセンサーが作れるかどうか検討しよう。

 多分、起爆装置が入った時の信号を元にすれば、発信元を辿ることが出来るだろう。

 半日待っていてくれ。


 それまでに非常食やガソリンなどをジープに詰め込んで準備しておけ。

 急がねばならんぞ。」

 所長は急いで階下へと降りて行った、市長と面談する予定なのであろう。


 ジミーは、倉庫に積み上げられた段ボール箱を下ろして持ってきた。

「干し肉や干し芋を持っているんだったな、ベイベー。

 あと何日分持っている?」

「後、1日分です。」

 ジミーの質問に対して、ハルは自分のカバンの中を見ながら答えた。


「あたしは、3日分持っているわ。」

 ミリンダもカバンの中を確認して答えた。

「あっしは現地調達で、今は持ち合わせがありません。

 でも海へ出ればすぐに捕まえられます。」

 銀次は申し訳なさそうに答えた。


「そうか、銀次さんの分も含めて10日分は持っていく必要性があるな。

 ほれ、好きなのを選びな」

 ジミーは段ボール箱の中から缶詰を取り出して、ハルたちに手渡した。


「これは何ですか?

 食べ物にしてはずいぶん堅いですよ。」

 ハルは缶詰をかじろうとしたが、歯が立たなかった。


「缶詰っていうんだ。保存食で、このまま3年間くらいは新鮮なままで、いつでもおいしく食べられるってえ便利な代物だぜ、ベイベー。

 どうせ今日は避難準備で食堂もやらないだろうから、ここで缶詰で昼飯にしよう。」

 ジミーは缶詰の蓋を取ってハルたちに渡した。


「ハル君のは魚の缶詰で、ミリンダちゃんのは肉の缶詰だ。

 パンの缶詰もあるし野菜の缶詰もある。

 ご飯はこんなパックになっている。

 おいしいぜ、ベイベー。」

 ジミーはいろいろな種類の缶詰を開けてくれた。


 ハルたちは缶詰の昼食を堪能した後、いろいろな種類の缶詰を偏りなくセットにして10日分を段ボール箱に詰め替えた。

 そうしてそれを、ジミーがジープに運び込んだ。


「残るはガソリンだな。

 この車を動かすにはガソリンてえ液体が必須なんだ。

 ところがこのガソリンは日本では産出出来ない。

 遠く外国から運んできていたらしい。


 そのガソリンを溜めこんでいたガソリンスタンドがこの都市にもいくつもあるのだが、発電所が動いたおかげでポンプが動き、地下タンクのガソリンを汲み上げることが出来るようになったという訳さ。

 おかげで都市のあちこちに乗り捨ててあった車を利用できるようになったんだ。


 でも、それはあくまでも電気が来ている都市の中だけのことさ。

 遠くへ行くには予備のガソリンをタンクに積んで持っていかなければならない。

 他の地域じゃガソリンスタンドも破壊されてなくなっているだろうしね。」


 ジミーは金属製の赤い手提げタンクにガソリンを詰めてはジープへと運んで行った。

 ハルたちもガソリンを運ぶのを手伝う。

 そうして出発の準備は整い、後は所長がセンサーを持ってくるのを待つだけとなった。



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