115話
5
「あ・・・あのう・・・、き・・・桔梗さんだよね。」
エレベーターホールでエレベーターを待つ瑞葉たちの背後から、低い声で話しかけてくる者がいる。
桔梗が振り向くと、そこには痩せてひょろっとした、長身の男が立っていた。
「え?・・・・いやっ!」
見知らぬ人物に、突然自分の名前を呼ばれ、パニックに陥った桔梗は男を突き飛ばして、もと居た会議室の方向へと走り出した。
すると、男も一緒に駆けだす。
その様子を見た瑞葉も、急いで後を追う。
「あなたは、さっきグラウンドでミリンダちゃんと戦っていた人ね。つまり、敵ね?
な・・・何なのよ・・・、桔梗に何の用?」
桔梗と男の間に走って割り込んだ瑞葉は、両手を広げてとうせんぼをする。
「どうしたの?」
騒ぎを聞きつけて、ミリンダやハルたちが廊下へ出てきた。
そこには、桔梗に襲い掛からんとするネスリーから、必死で彼女を守ろうとする瑞葉の姿があった。
「何してんのよ、あんたは!」
その状況を見て、ミリンダもネスリーの前に立ちふさがる。
「い・・・いや・・・、な・・・なにも・・・。」
彼は、どうしてこんな状況になるのか、理解できずにいた。
「おい、どうしたというんだ。」
慌ててゴランも駆けつけてくる。
「こっちへ来い。」
ネスリーはゴランに引きずられるように、会議室の中へと引っ張られて行く。
「狂暴なんだから、鎖でつないでおいてよね!」
その後ろ姿に、ミリンダが尚もきつい言葉を浴びせる。
ネスリーは、しゅんと頭を下げたまま、ゴランについて会議室の一番奥へと連れられて行った。
「大丈夫だった?」
心配そうにミリンダが、桔梗たちを見回す。
「う・・・うん。エレベーターを待っていたら、突然呼び止められて・・・。」
桔梗が震えながら話す。
「どういうこと?
大体あいつは、ミッテランおばさんの究極の魔法を小ばかにするわ・・・、本当に態度が悪いんだから。」
廊下へ飛び出してきた、マイキーとマルニーに対して、ミリンダが意気込む。
「大変申し訳ありません。
ネスリーは、普段はおとなしい性格なのですが、こと魔法に関してはエリート意識が強く、我を通そうとする面がありまして。
でも、桔梗さんに、からんだ理由がよく判りません。
私からもよく言って聞かせますので、この場はどうかご勘弁ください。」
マルニーが深々と頭を下げて謝罪する。
「ふん、お医者様でも草津の湯でも・・・と言ったところかしらね。
危険性はないわ。」
対してマイキーは、気にも留める様子はないようで、堂々としている。
少し落ち着いてから、瑞葉たちは支度をしに寮へと戻って行った。
「じゃあ、私たちは食事にしましょう。」
マイキーに先導されて、食堂へ向かう。
「スパチュラちゃんたちの為に、スイーツは多めに取って・・・と。」
ミリンダはそう言いながら、お盆に乗せた皿に山盛りにケーキなど菓子類をのせる。
半分以上は自分用のつもりだ。
「あ・・・あのう、ちょっといいかな。」
ビュッフェ形式の食堂で、スイーツを漁っているミリンダに声をかけて来たのは、体格の良い青年だった。
「ああ、ゴランさん。
ミッテランおばさんの件はありがとうございました。感動しました。」
ミリンダはちらりとゴランの方に目をやったが、スイーツを取り分ける厳しい目を緩めることはない。
彼の後ろには、細身の男が影のように控えているようだ。
「その・・・ネスリーの事なんだけど・・・。」
ゴランは何か言いたげだ。
「ああ、そこに居るカスやろうね。
ほんと、ゴランさんと同じ国の人とはとても思えないわね。」
ミリンダはそう言いながらも、視線はどのケーキがいいか物色している。
「その、どうも態度がおかしいもので、問い詰めたら、どうやら桔梗さんに一目ぼれしたらしい。
それで、さっき声を掛けようとしたら、誤解されてしまったようで、逃げられたので大騒ぎになってしまった。
ミリンダちゃんと、グラウンドで決闘をしていたのも、印象が悪かったようだね。
それでその・・・、彼女たちと親しいミリンダちゃんに、紹介を頼めないものかと・・・。
実を言うと、その・・・僕も、もう一人の、瑞葉さん・・・、ちょっと気になっているんだ。」
そう言いながら、ゴランは頬を赤くしてうつむいた。
「へえ、ゴランさんなら紳士だし、瑞葉さんに紹介しても問題なさそうね。いいわよ。
でも、ネスリーは駄目よ。
こんな奴、とても桔梗さんとは釣り合わないわ。」
ミリンダは、ゴランに対しては嬉しそうに振る舞ったが、ネスリーに対してはそっぽを向いた。
「そ・・・・そこを何とか・・・、お願いします。」
すると、突然ネスリーは床に両手をついて、頭を床に押し付けた。
いわゆる土下座である。
先ほど、マイキーに何か言われていたのだが、こんな方法を伝授されていたのか?
これには、食事を採り分けているみんなも驚いて、3人を取り囲んだ。
「ちょ・・・ちょっとやめてよ、こんな人が多い場所で。
後で、話を聞いてあげるから。
それに、態度を改めれば・・・紹介してあげないこともないわ。」
「そ・・・そうか?
た・・・頼むよ・。」
ミリンダに促されて、ネスリーは立ち上がり、ゴランと一緒にお盆を持って、食事を採り分けだした。
今後の展開を期待していた観衆だったが、収まってしまったので、がっかりした様子で散開して行く。
尚もスイーツを物色しているミリンダの顔は、悪魔的な微笑に満ちていた。
3人は、他の面々と少し離れたテーブルに付き、食事の間中ひそひそと話をしていた。
翌日の早朝、一同、研究所裏手のグラウンドに集合していた。
勿論、瑞葉と桔梗の外に、所長の姿もある。
「では、目的地は富士山の裾野、樹海の奥にある風穴です。
時間があまりありません、急いで出発しましょう。」
所長の号令の元、蜘蛛の魔物の背中へと、みんなが乗り込む。
いつものように、飛び太郎、飛びの助とゴローは自分で飛びながら、前方の様子を逐次報告する段取りだ。
仙台市を出発して、1日目の夕刻には巨大なクレパスとも言える、断崖絶壁へ辿りついた。
飛び太郎たちが、あらかじめ対岸へ掛けられた太い糸を発見してあったので、難なく渡ることができた。
2年前の最初の冒険の時に、蜘蛛の魔物が掛けた糸の橋だ。
「へえ、結構丈夫なものね。
何年くらい持つのかしら。」
ミリンダは、蜘蛛の魔物の背中の上で、深い渓谷を眺めながら呟く。
「あっ、そうだ。そういえば、何か謝りたいことがあるんじゃなかったかしら?」
ミリンダは、目の前の青年に対して、意味深な流し目で合図を送る。
「ああ・・、はい・」
青年は、すぐさまミッテランの所へと歩いて行く。
「あなたの魔法を、赤ん坊程度だなんて、無礼なことを言ってしまい、どうも申し訳ありませんでした。
どうかしていました。
ミッテランさんの魔法は世界一です。
あんなすごい魔法は見たことがありません。」
勢いよく叫ぶように発したネスリーは、深く頭を下げた。
「えっ・・・?」
これにはミッテランも驚いて、どう対処していいか分らなく、口をぽかんと開けたまま、ネスリーを見ている。
「い・・・いいわよ、気にしていないわ。
それに、あなたたちの国の魔法の方が、より素晴らしいわよ。」
しばしの沈黙の後、正気に戻ったミッテランは再生した左腕をさすりながら、笑顔で答える。
「これで、いいのか?
紹介してくれるか?」
急いでミリンダの所へ戻ってきたネスリーが、ミリンダに耳打ちをする。
「まあ、ミッテランおばさんの件は勘弁してあげるわ。
でも、紹介するにはまだまだよ。これからの態度に依るわね。」
ミリンダは、冷たい視線を返す。
「はあー、そうか・・・。
よろしくお願いします。」
ネスリーはがっくりと肩を落として、か細い言葉を呟く。
渓谷を少し超えた辺りで、キャンプとなった。
ミリンダは、ハルたちと一緒に瑞葉や桔梗とたき火を囲んで、談笑しながら楽しそうに缶詰の食事をしている。
その姿を、少し離れた場所からうらやましそうに見つめている影が2つあった。
ミリンダは、時たまその影の方へ眼をやりながら、まだまだと言いたげに首を振る。
その態度を見て、2つの影はがっくりとうなだれるのだった。
その後、いつものように移動授業が始まる。
ジミーとマイキーにより、ハルたち中学1年用に加えて、瑞葉たち中学3年用の授業が行われた。
瑞葉たちを今回の冒険に参加させるための、学校側からの条件である。
今回は所長も張り切っているので、ハルの為に科学技術の特別講習も行われた。
ハルは夜遅くまで、あれやこれやの質問を続けていた。
翌日も早朝から出発だ。
果てしなく続いた爆撃により、無数のクレーターとも言える、水のたまった穴が開いている無人の関東平野を越え、西へとルートを変更する。
「それにしても、1匹も魔物は襲ってこないわね。
やっぱり2年前の爆弾処理で、本当にこの辺りの魔物たちみんな、犠牲になってしまったのかしら。」
ミリンダが辺りの様子を伺いながらぽつりとつぶやく。
魔物たちが襲ってこないという事は、ありがたい事であり、ミリンダも物足りないなどと不謹慎な事を思っている訳ではないだろう。
トン吉たち人間との共同生活の道を選択した魔物達や、蜘蛛の魔物やアンキモ一家のように、人間たちに協力的な魔物たちも居るが、それらはあくまでも友好関係を築けたからであり、野生の見知らぬ魔物たちにとっては、今でも人間たちは敵であり、脅威の的であるのと同時に、餌でもあるのだ。
「まあ、そうだろうねえ。
魔物として死んだだけなら行き場を失った魂同士、もう一度寄り集まって魔物として復活しても、おかしくはなかったんだろうけど、あの時の核爆弾で、魂までも焼き尽くされてしまったから、復活できなかったんだろうね。」
ジミーも真剣な表情で、そう答える。
崩壊し始めた爆弾に次々と飛び込んで行って爆風を遮った魔物たちの、あの時の神々しいまでの情景は今でも目に焼き付いているのだろう。
「それもあるだろうが、わしがいるから、大バッタやドラジャのような弱い魔物たちは、恐れをなして近寄っては来られんのだろう。
反対に餌にされるのが落ちだからな。」
蜘蛛の魔物は、得意そうに答える。
「ふーん、ま、どっちにしても助かるには助かるんだけどね。」
ミリンダは、意味深な目つきで傍らの青年に流し目をくれる。
すると、青年は急いでバッグから水筒を取り出し、それをミリンダに差し出した。
ミリンダは、当たり前の様にその水筒を受け取り、おいしそうに水を口に含むと、それを返す。
本当なら、襲いかかってくる魔物たちをネスリーが、ばったばったと倒していいところを見せる手はずだったのだが、当てが外れてしまったのだ。
事情を知らない面々は、その2人の行動を不思議そうに、首をかしげながら眺めていた。
やがて、うっそうと茂った深い森の入口へと辿りついた。
「さあ、ようやく富士の樹海の入口へ辿りついたようだ。
蜘蛛の魔物さんには、本当に感謝します、ありがとう。」
夕刻になり、キャンプを設営して夕食後、ジミーがみんなを呼び集めた。
「今日が2月2日だから、あと2日しかない。
その間に黄泉の穴を見つけて、奥へと進まなければ、次は半年先だ。
別の国へ回る手もない事はないが、どの国が次につながるのかヒントすらない。
だから、何としても、ここで黄泉の穴を見つける様、頑張ろう。
と言っても、夜の森をうろつくのは危険だから、今日はここで野営するけどね。
マイキー、黄泉の穴が繋がるのは2月4日の大体何時くらいからからか判るかい?」
ジミーはキャンプファイヤーとも言える、たき火を囲んで座っているメンバーをぐるりと見回した。
「黄泉の穴は12時間ずつ繋がるのだけど、開始時間は6時間ずつずれて行って、4年目で元に戻るのよ。
うるう年の関係かしらね。
ここも、もし同じタイミングでずれているとしたら、今回は2月4日の丁度正午から繋がるわ。」
マイキーは相変わらず無表情のまま答える。
「そうか、実質1日半だな。
つながるタイミングが違うことも考えると、明日中には見つけたいところだが、まあ、12時間繋がっていることだし、最悪でも明後日の15時くらいまでに何としても見つけよう。
じゃあ、いつものように授業だ。」




