114話
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ミリンダがふと顔をあげると、そこには2人の若い女性が立っていた。
その姿を確認すると、ミリンダは一目散に2人の方へと駆けだした。
「なんだ、負けを認めるのか?」
勝ち誇ったように、ミリンダの走って行く方へ視線を移したネスリーは、その瞬間固まったように動かなくなってしまった。
「はあ、はあ。瑞葉さんと桔梗さん・・・、久しぶり・・・。はあ、はあ。」
駆けつけてきたミリンダが、息を切らせながら挨拶する。
「久しぶりじゃないわよ。
冷たいじゃないの、仙台へ来ているのに、連絡よこさないなんて。
授業中に、ふと外を見たら、空が真っ赤に焼けているし、大きな稲光は落ちるわ、大きな獣が空を駆けるわ、授業そっちのけで、教室は大騒ぎよ。
ああ、これはミリンダちゃんたちの魔法じゃないかと思って、10時休憩になったので来てみたのよ。
やっぱりそうだったでしょ、桔梗?」
瑞葉は自慢げに胸を張って見せた。
早朝からミッテランの左腕の具合を確認する為に、グラウンドへ降りて来たのだったが、いつの間にか時間が経っていたようだ。
それはそうだ、決闘までしていたんだし。
「ごめんなさい、連絡しようとは思ったんだけど、いつまでここに居るか全くわからない状態だったの。」
ミリンダは、手を合わせて瑞葉に謝り、今回の冒険のいきさつを簡単に説明した。
「へえ、そうなの。
富士の風穴ねえ・・・、あたしたちが知っている洞窟だといいけど・・・。」
瑞葉はそう呟くと、桔梗の方へと振り向き、桔梗も小さく頷く。
「えっ?洞窟って・・・富士山の風穴の事を知っているの?」
ミリンダが目を見開いて尋ね返す。
「うーん、探している所かどうかはわからないけど、前に話したでしょ。
あたしたちは、中部の村へ辿りつく前には定住先を求めて旅をしていたって。
元々は、富士山の裾野にある洞窟に住んでいたんだけど、そこに居られなくなったから、旅に出たのよ。」
瑞葉は、そんなミリンダの反応を不思議そうな目で見つめる。
そう言えば、前に洞窟に住んでいたって言っていたような・・・、とミリンダもうる覚えであった。
「ちょ・・・ちょっと、その話をもう少し詳しく教えてもらえる?」
ミリンダは、瑞葉のジャージの胸元を掴まんばかりにして、顔を近づける。
「え・・・ええ、いいわよ。」
瑞葉は、事情が呑み込めないまま承諾した。
「まずいよう・・・、さぼってばかりだと、高校へ上がれないって、この間も注意されたばかりじゃない。」
ところが、そんな瑞葉のジャージの袖を引っ張る様にして、桔梗が耳打ちをする。
「あっ・・・、ああそうか、10時休憩って・・・、学校へ通えるようになったのね?」
ミリンダが、嬉しそうに聞き返す。
「うん、前に言った通り、3学期から中学3年の授業に参加して、4月からは高校入学の予定よ。
正式編入じゃないから制服もなしで、ジャージで通っているけどね。
でも、高校は正式に入学できそうだから、その時はちゃんと制服が支給されるらしいわ。」
瑞葉は、着ている紺のジャージの胸元をつまみながら説明した。
桔梗は色違いの朱色のジャージを着ている。
「だったら、勉強の邪魔は出来ないから、授業が終わったら、研究所まで来てくれない?
色々と洞窟の事を聞きたいの。
受付で所長を呼んでもらえばいいわ。」
「いいわよ、じゃあ、あとでね。」
瑞葉と桔梗は、顔見知りのジミーやハルと目を合わせると、手を振って軽く頭を下げ、それから走って帰って行った。
ジミーもハルも笑顔で手を振りかえして見送る。
「なあ、君。
あのご婦人は、君の知り合いか?」
ネスリーが研究所へ戻ろうとしているハルに、後ろから声を掛けてきた。
「えっ?ミリンダの事ですか?」
瑞葉たちが帰ったので、ミリンダもそのまま研究所のビルの中へと入ってしまった。
決着もつけずに逃げ帰ったミリンダの事を、卑怯者呼ばわりでもするのかと、ハルが問い返す。
「いや、違うよ。
後から来た、朱色の服を着ていたご婦人の事だ。」
「ああ、桔梗さんですね。
ええ、知ってますよ、元は中部の村に住んでいて、ええと、その前は・・・」
「そんな前の事は良いから、今の事を教えてくれ。
何歳かとか、今どこに住んでいるとか、彼氏はいるのかとか・・・。」
「うーん、僕はそんなに親しい間柄ではないので、良くは知りません。
ミリンダだったら仲がいいから、多分知っていると思いますよ。」
ハルは、申し訳なさそうに首を振る。
「ああ、そうか。判ったありがとう。」
ネスリーはそう言い残して、駆け足でハルを追い抜いて行く。
「すいません、先ほどのご婦人をご存知ですか?」
今度はジミーに追いついて、また同じ質問を浴びせる。
「うーん、おいらも知り合いってほどは、親しくはないんだなあ。
ミリンダちゃんなら、あの二人と仲がいいから、詳しいと思うよ。」
ジミーもハルと同様の答えだ。
「はあ、そうですか・・・、ありがとうございます。」
ネスリーはその場に立ち止まり、腕を組んで考え込んでしまった。
「よし・・・、勇気を出して・・・。」
そう呟くと、意を決したようにビルの中へと入って行った。
「瑞葉さんたちは、元々富士山の裾野にある、洞窟に住んでいたそうよ。
もしかすると、黄泉の穴の洞窟も知っているかもしれないわ。
今は学校があるので、放課後に来てもらうようお願いしました。」
所長宅へ戻ってから、ミリンダは瑞葉たちの事を報告する。
「おう、そうか。黄泉の穴の洞窟でなくとも、近辺に詳しい人がいるとは心強いな。
ありがとう、ミリンダちゃん。」
所長が嬉しそうに頭を下げる。
「じゃあ、こっちも授業開始と行こうか。
色々とあって、遅れてしまったので、てきぱきと進めるぞ。」
ジミーの掛け声で、所長宅の居間のソファに、ハル、ゴロー、ホースゥの3人が教科書と黒板を持って、駆け寄ってきた。
「げげぇっ!よ・・・余計なひと言を、発してしまった・・。」
ミリンダの後悔先に立たずで、この日は昼休憩もそこそこに、夕方までびっしりと授業が行われた。
「あたしたちが住んでいたのは、富士山の南東部にある洞窟で、世界戦争から逃れて何世代も前から、そこに住んでいたと聞いているわ。
周りは、うっそうと木々が生い茂った原始林で、人なんか住んでいなかったから、戦争時も爆撃なんかもなかったそうね。
洞窟の近くのなるべく平坦な土地を開墾して、畑や田んぼを作って暮らしていたのよ。」
夕方の近代科学研究所、会議室。
そこには、所長以下いつもの面々と、ジャージ姿の瑞葉と桔梗がやってきていた。
学校が終わって研究所を訪ねてきた瑞葉が、会議室の前面の黒板に向かって説明を始めている。
黒板には先が細くなった台形と、その右端に黒い点が描かれている。
台形は、恐らく富士山で、黒い点が住んでいた場所なのだろう。
「ほう、そうか。
核爆弾による放射能の影響が薄れてきて、安全を確認したから、中部の村へと移り住んだという事だね。」
「違うのよ。そこに居られなくなったので、新しく住めそうな場所を探しに旅へ出たの。」
所長の言葉に、帰ってきた返事は意外なものだった。
「どういうことだい?
周りが安全になったから、もっと住みやすい場所を探そうとしたんじゃないのかい?」
ジミーも不思議そうに首をかしげる。
「そうじゃないのよ。あたしたちは、その洞窟で結構平和に暮らしていたの。
そりゃ岩場が多くて、土地がやせていたから収穫も悪かったけど、周りに魔物たちも少なかったし、なぜか洞窟へ逃げ込めば、魔物たちは追ってはこなかったわ。
衣類とか生活に必要なものは、1年のうちに何回か遺跡まで取りに行っていたから、魔物たちの怖さもみんな知っていたので、ここが一番と考えていたみたい。
でも、十年くらい前からだったかしら、突然人が消えだしたの。
共同生活も長かったし、勝手によその土地へ逃げ出すような人は絶対に居ないはずだったけど、年々何人も・・・、居なくなる度に大人たちは大騒ぎしていたわ。
最初は魔物たちの仕業だと疑っていたみたいだけど、洞窟の中まで入って来た魔物は見たことがなかったし・・・。
もうここでは住めないという事になって、新しく住めるところを探すことになったんだけど、当てがある訳でもなく、いくつかのグループに分かれて、各方向へ旅立ったのよ。
うちのグループは、中部の山奥で長老さんが居る村に辿りついたという訳。」
瑞葉も、どうしてか分らないという困ったような表情で、それでも話し終えた。
「そ・・・その洞窟というのは、奥が深くて真っ暗な空間が延々と続いているのかい?
も・・・もしかすると、奥に断崖絶壁のようなところがあって、年に2回ほど奥へ通じる道が出来るとか・・・。」
瑞葉の言葉に、ジミーが飛び上がって反応した。
興奮して、息が上がっているようだ。
「えっ・・・、洞窟は天井が大体5メートル位で、横が・・・そうねえこの会議室位だから十メートル位?
奥行も同じくらいだったわね。
そんな洞窟が、少し離れていくつかあったので、2家族ぐらいずつで住んでいたのよ。
でも・・・、そう言えば岩に亀裂が入っていて、奥へ行けたのよ。
子供だったから、あたしは結構簡単に亀裂に入って奥へ行けたけど、真っ暗で何もないから、1回入っただけでそれ以上はいかなかったわ。
でも、奥を探検した大人の人たちは、近くの洞窟同士が奥で繋がっているようなことも言っていたわね。
でも、何にもないのよ、奥には、ねえ。」
瑞葉は、目の前の席に座っている桔梗に同意を求める様に、目を向ける。
桔梗は、無言のままこっくりとうなずいた。
おとなしい性格なのか、話しかければ普通に応対はするのだが、必要なければ自分から話しだす事はない。
明るく、はきはきとした性格の瑞葉とは対照的だ。
「行方不明になった人たちは、何人ぐらいいたか分るかい?」
「うーんと・・・。」
瑞葉は指を折って数え始める。
桔梗も同様に、指を折り数え始めた。
「呉作さんは・・・いたよね、与作さんも・・・いた。参作さんも・・・、五平さん、与平さん、三瓶さん・・・あれ?
誰が行方不明になったんだっけ?」
瑞葉が不思議そうな顔をして、桔梗の顔を覗き込む。
それに対して、桔梗も自信なさそうに首を振る。
「どうやら間違いなさそうだねえ。
マイキーの国の黄泉の穴と状況が似通っている。
おそらく、行方不明になった人たちは、全員かどうかは別にして、前回のマイキーのお兄さんたちの時か、今回のマイキー達の時かは分らんが、説得されて帰って来たのだろう、しかも過去に遡ってね。
だから、過去が書き換えられたというわけだ。
ところが、行方不明者が出たことで、風穴での生活を止めて中部の村へ移り住んだものだから、その事情だけを記憶しているのだ。
まあ、私は話を聞いただけで、実際に見たわけではないから、あくまでも聞いた事柄を繋いだだけの推測だがね。」
所長は、連れて行ってもらえなかったことが、よほど悔しかったのか、またもや苦言とも言えるような言葉使いをする。
「ま・・・まあ、そのようですね。
君たちは、今でも近くまで行けば洞窟の場所まで案内できるかい?」
ジミーはそんな所長に、苦笑いしながらも、瑞葉たちに問いかける。
「うん、大丈夫だと思うわ。
でも、木は生い茂っているし、足場は悪くて歩きにくいから、山が見えてからでも何日もかかるわよ。」
瑞葉が答え、桔梗がつられて頷く。
「まあ、移動手段に関しては問題ない。
2月4日まで何日もないから、明日にでも出発しよう。
君たちも一緒に来てくれるかい?」
「いいけど・・・、でも学校が・・・。」
瑞葉が不安そうに答える。
「学校には私から話をしておく。
北の村のご家族にも連絡が行くようにしておこう。
でも、今回は私も連れて行ってくれよ・・・、置いてきぼりは嫌だ・・・頼む。」
所長は、最後は手を合わせてジミーたちに頼み込んだ。
「ま・・・まあ、今回は日本だし、そんな何ヶ月もかかることはなさそうだから、所長も一緒に行けますよ。」
「そ・・・そうか・・・、ありがとう。」
ジミーの返事に、所長は目を輝かせて喜んだ。
「では、さっそく手配をしてくる。」
そう言って、所長は会議室を出て行った。
「じゃあ、おいらは食糧とかテントとか、持っていくものを手配してくるよ。
我々は、支度は出来ているから、瑞葉ちゃんたちは、これから寮まで戻って、1週間分くらいの着替えなど冒険の準備をして、明日の朝早くに来てくれるかい?
そうだな、7時でいいかな。」
「ぼ・・・冒険なのね・・・。
わ・・・分ったわ。行こう、桔梗。」
ジミーに促され、瑞葉たちも会議室を後にした。




