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113話

                    3

 ミッテランはゴランに言われるがまま外套を脱ぎ、シャツの上につけていた義手の固定ベルトを外す。

 当然のことながら、シャツの左袖はそのままぺしゃんこに垂れたままの格好だ。


 ゴランは、その左肩からあるはずの左腕を触るかのように、ゆっくりと何事か呟きながら右手を上下させている。

 すると左肩から、ゆっくりとシャツの袖が膨らんで行き、ついにはそのふくらみは袖口まで達し、やがてそこから赤黒い塊が顔を出してきた。


 赤黒い塊はしばらくすると、細い突起を何本もつきだし、やがてそれらが内側に折れ曲がって行き、暫くすると人の拳骨のような形が作られた。

 30分ほど時間が経過したであろうか、その場にいる全員がその凄まじいまでの奇跡を、固唾を飲んで見守っていた。


「まだできたばかりなので血色も悪いですし、今晩一晩は動きも悪いでしょう。

 でも、明日の朝になれば、元あった腕と同様に動かせるはずです。」


 ゴランはそう言って、笑顔を見せながら額の汗をぬぐった。

 力を使ったのか、少し疲れた様子もある。


「こ・・・こんなことが・・・、出来るとは・・・。」

 ミッテランは、新しく生えて来たと言っても良い自分の左腕を、しげしげと眺めながら呟く。


「ありがとうございます。」

 そうしてゴランに対し、深々と頭を下げる。


「いえ、とんでもありません。

 私は治癒術師ですから、このくらいは当然の行為です。


 でも、過度な期待はしないでください。

 私でも死に関わるような重病や、大怪我は直せません。

 腕や足位なら再生できますが、それでも失ってすぐには無理です。


 失った傷口が塞がって、体力が回復してからでなければ再生できません。

 そうでなければ、患者の体力が持たないからです。」

 ゴランは真剣な表情で答える。


「でもすごいね。

 ミッテランさんたちも、軽いけがなどは魔法で直せるみたいだけど、失った腕まで直せるなんて信じられないよ。」


 会議室へ戻ってきていたジミーは、興奮冷めやらずと言った様子だ。

 ミッテランの腕が再生され始めたくらいのタイミングで、戻ってきたようだ。


「再生と簡単に言いますが、伸びた骨が皮を突き破って出てくるときなど、相当な激痛と言われています。

 こんなに痛いのなら、再生などしない方がよかったと、恨み言を言われたことは、何度もあります。

 それなのに、何もなかったかのように平然と治療を受けられたのは、私にとっても初めての経験です。」


 ゴランは、逆にミッテランの態度の方を感心しているようだ。


「痛みには強いのでな・・・、というよりマヒしているのだろう。

 攻撃魔法を受ける方に対しても、発する方に対してもな・・・。


 そうでなければ、例え魔物と言えども、平気でその命を奪うような魔法を唱えることなどできはしなかった・・・。」

 そう言いながら、ミッテランは初めて顔をゆがめた。


「そうですか、強い敵がいたわけですね。

 そうして、攻撃魔法が鍛え上げられたのでしょう。


 更に、治癒魔法までも会得しているそうではないですか、我々の国ではそのような魔法の系統を、多岐にわたって会得している者はおりません。

 それだけでも大したものです。」

 ゴランは感心するように、何度も頷いて見せた。


「ふん!」

 ゴランのそんな態度が面白くないのか、一人ネスリーがふてくされている。


「いえ、我々の魔法などは、本当に赤子の戯言のように感じます。

 失った体を取り戻すなんて、奇跡と言ってもいいくらいだ。」

 ミッテランは、まだ余韻冷めやらぬといった感じだ。


「そうです、こんな高度な治癒魔法なんて、私の居たチベットの寺院でも、見たことはありません。

 本当に奇跡と言えます。」

 ホースゥも、ミッテランに続く。


「でも、あなたたちも瞬間移動と言って、我が国からこの地まで魔法で移動出来たではないですか、しかも飛行機よりも早く。

 私たちにとっては、その力の方が奇跡の力に見えます。


 要は、使える魔法の種類の違いでしょう。


 我が国の魔法使いたちは、どちらかというと治癒系の魔法に特化しています。

 その為、失われた体の再生などは、普通に行われることです。」

 マルニーがゴランに代わって答える。


「まあ、そう言う事なんだろうねえ。

 後で話を聞いたら、所長は悔しがるだろうなあ。

 奇跡を見逃したって言って。


 でも、ミッテランさんたちとゴラン君たちと、東西の大魔道士同士というか、いい機会だから交流を深めて行けば、もっとすごい魔法が身につくかもしれないね。


 まあ、今日の所はここまでにして、長旅で疲れているだろうから、晩飯にして休むとしよう。

 今日は、授業はお休みだ。」


「やったあー!」

 ジミーの言葉に、ミリンダは飛び上がって喜んだ。

 彼女を冷たい目で流し見ながら、ハルはジミーに続いて部屋を後にした。



 翌日の朝になると、赤黒かったミッテランの新しい左腕は、右腕とほとんど変わらない色になっていた。


「もう、ある程度自由に動かせるわよ。

 魔法で動かすのに慣れちゃったから、動きは少しぎこちないけど、この腕のせいではないわ。

 感覚が戻ってくれば、元通りに動かせそうよ。」


 ミッテランは、感覚を思い出そうとしているかのように、左腕を何度もぐるぐると回したり、握ったり開いたりを繰り返している。


「よ・・・良かったわね。」

 ミリンダは涙声だ。


「本当に、ありがとうございました。」

 ミッテランの左手の様子を確認するように眺めていたゴランに対して、改めて頭を下げる。


「いえ、大したことをしたわけではありません。

 自分の国では、当たり前の治療です。


 あまり、大げさに感謝されてしまうと、こちらが恐縮してしまいます。」

 ゴランは、恥ずかしそうに頬を染めながら、両手をバタバタと振り続けている。


「一体どうしたというのですか?」

 居間の様子が騒がしいので寝ていられないのか、所長が寝室から出てきて、ミッテランたちを不思議そうに見回した。


「魔物たちとの戦いのときに負傷して失った、ミッテランおばさんの左腕が治ったというか、生えて来たんです。

 ゴランさんのおかげよ。」

 ミリンダが、嬉しそうに説明をする。


「う・・・腕が・・・生えた?」

 所長は、その言葉に目を丸くした。


「ちょっと試したいことがあるのよ。」

 ミッテランはそう言うと、居間を出て玄関へと向かう。


「どうしたの?どこへ行くの?」

「魔法を試したいので、グラウンドへ行くわ。」


 ミリンダの問いかけにそう答えながら、所長宅を後にしてエレベーターの1階ボタンを押す。

 ミリンダ達も、焦って駆けだしながら同じエレベーターに何とか乗り込んだ。



 研究所のエントランスには丁度、マイキー達が出勤してきていた。

 ミッテランの後をぞろぞろとハルたちが付いて行くのを見て、彼女たちも一緒にグラウンドへ通じる、裏口へと回り込む。


 グラウンドには蜘蛛の魔物とスパチュラに飛び太郎たち魔物が陣取っていたが、危ないからと出てもらった。

 スパチュラ達は、所長宅には泊まらずに、グラウンドで野宿したのだ。

 その方が、気楽でいいらしい。


 そうしてみんなをグラウンドの縁にとどめたまま、ミッテランのみグラウンド中央へ立ち、そこで両手を広げて天を仰ぐ。

 まるで復活した左腕を、天に向かって見せびらかすかのように。


 すると、雲一つない青空が一瞬で真っ赤に染まった。

 いや、空一面が黄色から赤色に、まばゆいばかりの光を放ちながらたなびいているのだ。


 それは、炎だった・・・炎が空一面を覆い尽くしているのだ。

 グランド一面に火の粉が降り注ぐ。


『おおー!』


 空一面を覆う炎が繰り出す揺らぎは、光のカーテンとも言われるオーロラにも似て、荘厳な雰囲気を醸し出し、その場に居合わせた誰もが、息を飲んでその様子を見守っている。

 ミッテランが、開いた両手を高く掲げたまま握りしめると、その瞬間炎のショーは終わり、青空に戻った。


「す・・・すごかったわねえ。なんていう魔法?」

 驚きの余り、みんな立ち尽くすだけの中、ミリンダだけが一人駆け出してミッテランの元へやってきた。


火弾(ファイアー)よ。」

 ミッテランは、空を見上げながら呟くように答える。


「へっ?火弾(ファイアー)?初級魔法の・・・?」

 驚いたように目を丸くしながら、ミリンダが聞き直す。


「そうよ、火弾(ファイアー)を私流に天候系にアレンジしたの。

 炎で空を覆い尽くす、炎天と書いてファイアーと言っていたこともあったわ。

 鳥系など、空から攻撃を仕掛けてくる魔物たちを、寄せ付けないために編み出したの。


 極大魔法の基盤となった魔法よね。

 左腕を失ってから、魔法を唱え終わる時に、どうしてもバランスが悪くなって、思い切りよく発することができなくなっていたのよね。


 ついでにこっちも試してみるわね。

 天と地と水と炎に宿る神々と精霊たちよ、わが願いを聞き入れ、わが手足となりて役目を果たす、使徒を授けよ。

 いでよ、九兵衛とミケ!!!」


 青空が一瞬で厚い雲に覆われ、雷を伴い強い風も吹いてきた。

 雲の切れ間から幾筋もの光の束が差し込み始め、その光を伝って2匹の召喚獣が降りてくる。

 九兵衛とミケだ。


 しかし、いつもより心なしか2匹とも大きくなっているようにも感じ、更に神々しく金色の光をまとっている。

 九兵衛は精悍な目つきで、素早く飛び回り、ウォーミングアップを始めた。

 動きが良い、ニュー光の九兵衛だ。

 ミケはというと、ミッテランの近くまで寄ってくると、そのままコテンと横になってしまった。


「なんか、九兵衛は逞しくなったように見えるけど、ミケは光をまとっても相変わらずねえ。」

 ミリンダが呆れた様に呟く。


「まあ、何でもかんでも良いようにはならないわよ。

 でも・・・、左手を失ってもなんてことないと自分に言い聞かせていたのだけど、やっぱり違うものね。」

 ミッテランは嬉しそうにミケをあやそうと、両手を上に向けて目一杯伸ばしている。


「す・・・すごい・・・。

 彼女の魔法は、攻撃に特化しているようですが、凄まじい迫力ですね。」

 ゴランがつばを飲み込みながら呟く。


「そうね、さすがマイキー姉さまが選んだ人だわ。」

 マルニーも感心したように、小さく拍手して見せた。


「ふん、こんなものはただの見世物さ。

 実戦では何の役にも立たん。」


 それに対して、ネスリーは見下げるような冷たい目で、ミッテランたちを見回しながら、呟く・・・というよりわざと周りに聞こえるような大声を発した。


「なによ・・・、なんか文句ある訳?」

 ネスリーの挑戦的な態度に、ミリンダが応戦する。

 召喚獣を引き揚げさせているミッテランの前面に立ち、腕を組んで胸を張り、鋭い目つきでネスリーを睨みつける。


「だから、魔法に関して遅れていると言っているんだ。


 ちょっとかじった程度の魔法力では、高度な治療も出来ずに、長い間ほったらかしだったようだし、伝統ある我が国の魔法レベルに比べれば、この国の魔法など、よちよち歩きの赤ん坊程度でしかない。」

 ネスリーの態度は、明らかに挑発的だ。


「へえ、じゃあその遅れた魔法力・・・試してみる?」

 ミリンダはその挑発に乗った格好だ。


「ああ、いいとも。」

 ネスリーは着ていたブレザーを脱ぎ、ネクタイも外してゴランに預けると、グラウンドに降りて行く。


「や・・・やめたほうがいいよう、みんな仲良く・・・出来ない?」

 ハルが心配そうに、みんなの顔をきょろきょろと見回す。

 誰かに止めてもらいたい様子だ。


「まあ、魔法力なら丁度いいくらいかもしれないわね。

 ちょっと、やって見なさい。」

 ミッテランは、そんな二人を止めるどころか、逆にけしかけ始めた。


「ほう、ミッテランさんがそう言うなら、大丈夫だろう。」

 所長も高みの見物を決め込んだ。


「ふう・・・、しょうがないなあ・・・、まあ、怪我程度ならすぐに治せますから、ちょっと様子を見ましょう。」

 ゴランもあきらめた様にため息をつく。


「行くわよ。」

「ああ、いつでもどうぞ。」

 ミッテランがグラウンド外の土手へと上がり、ミリンダとネスリーだけが残され、決闘とも言えるような魔法力対決の始まりだ。


雷撃(ライガー)!!!」


 相変わらず、フリル付のかわいらしいワンピースドレスに身を包んだミリンダが、両手を天に向かって突き上げる様にして唱える。

 巨大な光の帯とも言えるような、真っ白な稲妻が天からネスリーの頭上へと降ってきた。


「ふん。」

 ところが、ネスリーが軽く手を振ると、何事もなかったかのように光は掻き消える。

 ドーンと凄まじい衝撃音を予想していた、周りの観衆は少し当てが外れ、たたらを踏む。


「結構やるわね。じゃあ・・・これは?

 モンブランタルトミルフィーユ・・・暴風(サンダ)雷撃(ストーム)!!!」

 一瞬で辺りが暗くなり、土ぼこりを巻き上げる程の強風を伴った眩いばかりの閃光が、ネスリーを襲う。


破棄(リジェクト)!!!」

 ネスリーが唱えると、その全てが掻き消えてしまう。


「今度はこちらからだ。

 真空波(バッキューム)!!!」

 つむじ風とも言える、空気を切り裂くような突風がミリンダを襲う。


「モンブランタルトミルフィーユ・・・封印(エリミネ)魔法(スペル)!!!」

 突風は、ミリンダの体に達する前に消滅してしまった。


「ミリンダの強烈な攻撃魔法力に対して、ネスリー君は強力な魔封じで打ち消してしまう。

 ネスリー君の攻撃魔法は、少々弱いので、ミリンダ程度の未熟な魔封じでも抑えられるわね。

 いい勝負よね。」

 ミッテランは、感心するように2人の魔法合戦を眺めている。


「どうもすいません・・・、ネスリーも・・・そんなに悪い奴ではないのですが・・・。」

 そんなミッテランの元に、ゴランが寄ってきて声を掛ける。


「何も、ゴラン君が謝ることではないのよ。

 でも、いいじゃないの、若いもの同士、ぶつかり合うのも、たまにはいいものよ。


 それにしても、ネスリー君は少々挑発的ではあったけどね。」

 ミッテランは、そんなゴランに対して明るく微笑みかける。


「魔法の国とも言える、我がドンラェチッイス共和国が、その魔法に関して他国に力をお借りすることが、あいつには面白くないのですね。


 我が国の歴史に関してお聞きされたかも知れませんが、我が国にも戦前には攻撃魔法を得意とする魔法使いはそれなりに沢山おりました。

 他国から受けた爆撃を消滅させようとして、力尽きて果てたのですが、今ではネスリーを残すのみとなりました。


 ご承知の通り、魔法使いの特性というのは大抵の場合遺伝するため、両親の魔法特性をその子供は併せ持ちます。

 つまり、攻撃魔法使いが居なくなった我が国では、今後も攻撃魔法を使える魔法使いが生まれる確率は、低いという訳です。


 ネスリーも、突然変異とも言える形で生まれました。

 その為、小さい時から大事に扱われて、甘やかされて育てられたために、少々生意気な所があります。

 そうして、平和だった我が国を襲った黄泉の穴による行方不明事件と、そこへ探索に入った調査団の不始末・・・これらを解決するのは、ネスリーしかいないとまで言われていました。


 マイキー姫が日本に忍者を探して旅だったときには、彼はまだ13歳の子供でしたから、それほど悩んではいませんでした。

 きっと5年後に居もしない忍者の事をあきらめて帰国したマイキー姫が、最後に頼るのは自分だと周りのみんなにも吹聴して回っていたものです。


 ところが、今回優秀な日本の冒険者たちにより、しかも強力な魔法によって黄泉の国を走破したという事を聞いて、どうにも収まりがつかなくなったのだと思います。

 更に、行方不明者たちを連れ戻しただけではなく、探索によりこうむった第1王子、王女たちの不名誉まで晴らしてのけたのですからね。


 あいつには、あとでしっかりと言い聞かせておきますから、ご勘弁お願いいたします。」

 ゴランは深々と頭を下げる。

 どうやら、彼がネスリーの子守り役のようだ。


「ふうん、そんな訳があったのね・・・。

 まあ、若いんだからしょうがないわよ。

 うちのミリンダだって、相当なやんちゃ娘だし・・・。」

 ミッテランは、尚も魔法をかけあっている2人の様子を、遠目に眺めてため息をついた。


「ミリンダちゃーん!」

 と、そこへ甲高い声が響き渡る。



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