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11話

                        11

「誰かー、誰かいませんかー!!」

 ミリンダが穴の底から長いこと力の限り叫んでいたが、辺りの反応は全くなかった。


 このまま、ここで朽ち果てるのだろうか?

 ミリンダの脳裏に干からびてしわしわになった、ハルとミリンダの変わり果てた姿が浮かんだ。

 ハルはと言えば、こんな時にもかかわらずカバンから干し肉と干し芋を取り出し、食事をとろうとしていた。


「こんな時によく食べる気になるわね。全く、危機感ってもんがないの?」


 ミリンダは、ハルが口に運ぼうとしていた干し芋を取り上げ、ムシャムシャと自分で食べ始めた。

 ハルは仕方なく、カバンからもう一つ干し芋を取り出して、口にほおばった。


「まあまあ、とりあえずは腹ごしらえしておいた方がいいよ。

 幸いにもカバンは取り上げられなかったから、干し肉も干し芋も食べられる。

 穴におっこっちゃったけど、結構運がいいよ。


 なにせ、僕もミリンダもあの集落の人たちのために、干し肉も干し芋も半分ずつ置いてきちゃったんだから。この収容所も食べ物に困っていたらどうしようと思っていたけど、ここは大丈夫そうだから残りは自分たちで食べることが出来そうだよ。

 運がいいよね。」

 ハルは干し肉と干し芋を一つずつ食べた後、集落で分けてもらった水を、竹筒の水筒からおいしそうに飲んだ。


 ミリンダもぶつぶつと文句を言いながら、とりあえず食事をした。


「さーて、どうやったら脱出できるかな?

 燃えろ!!!炎の竜巻、燃え尽きろ!!!

 凍れ!!!氷の竜巻、凍りつけ!!!」

 ハルの魔法で穴の壁に炎が立ち上り、すぐさま凍りついたが元に戻ってしまい何の変化も現れなかった。


「うーん、僕の魔法じゃ穴を掘り進んで出ることも出来そうにないなあ。

 ミリンダの魔法はどうなの?」

 ハルは後ろでいまだにむくれているミリンダの方に向き直った。


「そんないい魔法があったらとっくに唱えているわよ。

 あたしの魔法は天候系だから雷を落としたり、雨や雪を降らせたり、雹を降らせるといったことも出来るけど、穴なんか開けられるような魔法はないわよ。

 第一こんな狭いところであたしの魔法を使ったら、土ぼこりや石が自分に跳ね返ってきて危険なのよ。」

 ミリンダはなす術なしとばかりに、両手を広げて胸の高さまで上げた。


「うん仕方がないなあ、じゃあとりあえず今日のところは休んで、明日になったら考えよう。」

 ハルは、穴の底で横になった。


 ミリンダは何とかしようと立ってうろうろとしていたが、やがてあきらめてハルの隣で横になって寝ることにした。


「おーい、大丈夫かあ?」

 どれくらいの時間が経っただろうか、不意に頭の上の方から懐かしい声がした。


 ハルもミリンダも思わず上を見上げた。

 すると、銀次の顔が天井から飛び出して見えた。

 床を突き抜けて話しかけてきているようだ。


「どうやれば、この穴の入口が開く?」

 銀次は、顔だけを天井から出したまま問いかけてきた。


「銀次さん?銀次さんなの?助かったー。

 その部屋の入口の方に天井から太い房が下がっているけど、そこを引っ張れば、その部屋の床が開くみたい。」

 ハルが大きな声で銀次に答えた。


 銀次の顔が引っ込んでしばらくすると、穴の天井が静かに開いて行燈の光が差し込んできた。

 どうやらそれほど長くは時間が経っていないようであった。

 銀次はロープを垂らしてハルたちを引っ張り上げてくれた。


「いやあ、火打ち石までもらってボスも大喜びで、早速ドラジャに頼んで焼き魚を作らせて、娘さんにも食べさせていたよ。

 それで、お世話になったお礼にあっしが君たちに付いて行って、色々と手助けしてやれと言われたんだよ。だからすぐに保存用の魚をたくさん獲った後、急いできたんだ。

 トンネルの中を歩けば1日の距離でも海を泳いで往復すれば半日だけの遅れさ、なにせあっしの泳ぎはカツオ並みだからな。


 外の世界は夜しか歩けないけど、トンネルの出口からはずっと君たちの歩いた後を辿って、広い道に出た後は臭いを頼りに追ってきたのさ、この建物の壁なんかも何の障害にもなりゃしねえ。


 ところが、この部屋の中に来て突然臭いが消えているもんだから焦ったよ。

 見失いましたじゃ、ボスにどやされるところだった。

 外には靴が脱ぎっぱなしだし、遠くへ行ったわけでもないだろうから、手当たり次第探し回っていた訳。」

 銀次は笑いながら、そしてほっとしたような表情でハルたちを眺めていた。


「ところで、どうしたんだい?

 かくれんぼでもしていたのかい、あんなところに隠れていて。」

 銀次の質問にハルはゆっくりといきさつを説明しだした。


「銀次さんも来る時に見たと思うのですけど、途中の集落はこの魔物収容所から農作物の収穫の8割の税を掛けられていて、飲まず食わずの生活をしているそうです。

 ところが、ここへ来てみると魔物たちと共同生活が出来ていて、自給自足の生活が確立しているそうです。


 それならば、あの集落に高い税を課さなくてもいいんじゃないかと意見をしたら、あの穴に落とされたんです。どうやら魔物がらみで何やら不正の臭いがします。」


「うーむ、全ての魔物が俺たちのように平和主義って訳じゃないからなあ。

 なにせ魔だからなあ悪役だよな。」

 銀次はハルの言葉にしっかりと頷いた。


「よーし、あっしがここの魔物たちのボスに話を付けてやろう。

 なあに、魔物同士膝を突き合わせて話せばきっとわかってもらえるってえもんだよ。

 任せておきな。」

 銀次は判ったとばかりに胸をドンと叩いて見せた。


 銀次が魔物のボスを探そうとして襖を開けた瞬間、銀次に向けてサーチライトが照らされた。

 銀次は思わず目を細めて、まぶしい光源の先を見定めようとした。


「おや、仲間が増えているようだね。それも魔物じゃないか。

 子供と魔物とはずいぶん面白い組み合わせだな。


 どうやって連絡を取ったのかは知らないが、逃げようとしても無駄だ。

 お前たちはすでに包囲されている。おとなしく出てこい。

 そうでなければ痛い目に合わせるぞ。」

 光の向こう側から、拡声器を通じて柳小路の声が響き渡った。


「こりゃいけねえや。どうやらあっしが来たこともばれてしまっていたようだな。

 こうなったら玉砕覚悟で・・・」

 銀次がハルたちの方を振り向いたあと、服の袖をまくって準備をしだした。


「銀次さんは壁を伝って逃げられるのだから、このまま逃げて。

 僕たちは仕方がないからもう一度捕まります。

 大丈夫、いくらなんでも子供の僕たちを殺そうなんてことはしないでしょ。」

 ハルは戦闘態勢の銀次の背中を叩いてなだめようとした。


「いや、それは出来ねえ。あっし一人だけ逃げ帰ったんじゃ、ボスに顔向けができなくなる。

 捕まるんならあっしも一緒に捕まるぜ。でも、ただ捕まるわけにもいかねえやな。」

 銀次は尚も戦闘意欲を捨てないでいた。


「そうよ、おとなしく何もしないで捕まる必要もないわよ。

 しっかりと抵抗させていただくわよ。

 幸いにもこの庭は結構広いからあたしの天候系魔法にはうってつけよ。」

 ミリンダも一矢報いてやろうと闘志を燃やしていた。


 襖をあけ放ち、ミリンダと銀次が庭に降りたって戦闘準備に入ったところで、柳小路から最後通達が来た。


「無駄な抵抗は止めろ。

 こちらには500匹以上の魔物と200人の屈強な看守がいるんだ。

 たった2人の子供と一匹のお前たちに勝ち目はないぞ。

 痛い目に合わないうちに降参しろ。」


 柳小路の前に魔物のボスであるクマゴン含め、体の大きな魔物が十数匹並んだ。

 そしてその後ろには筋肉隆々の看守たちが並んで備えた。


「えー、どうするのよ。

 魔法を使って魔物たちを退治するのはいいけど、人間である看守たちに魔法を使ってけがをさせたら、犯罪じゃないのよ。

 捕まって一生牢屋に入れられてしまうわ。」

 ミリンダは困ったとばかりに2,3歩後ずさりをした。


「あっしは、魔物だから人を傷つけてもどうってことはないさ。

 あっしが看守たちを倒すから嬢ちゃんと坊ちゃんは魔物の担当をお願い。」

 銀次は看守に狙いを付けて一歩前に出る。


 それをハルが引きとめた。


「駄目だよ、人を傷つけちゃ駄目。

 本当は魔物だって傷つけてはいけないんだ。


 僕たち人間同士が争う、争わないじゃなくて、魔物同士だって魔物と人間だって争わないようにしなければいけないよ。

 ましてや、ここは魔物と人間がうまく共存しているっていうのに、どうして争わなきゃならないの?」

 ハルが悲しそうな顔をして、二人の前に割って出てきた。


「何を言っているのよ、子供二人に魔物が加わっただけなのに、こんなに総勢で取り囲んでくるような連中よ。このまま捕まって無事でいられる訳がないじゃないのよ。

 悔しいから少しでも抵抗してやりたいけど、人間を傷つける訳にもいかないし、それで困っているだけよ。」

 ミリンダもハルを制して前に出た。


「どうしても素直に投降しようという気にはなれんか。

 では仕方がない、死ぬがいい。」

 柳小路が魔物たちに一斉攻撃を指示した。


 と、その時“ドッガーン!!!”と、包囲を固めている看守たちの後ろの門扉が爆風とともに砕け散り、立ち込める煙をものともせずに、大きなエンジン音とともに1台のジープがなだれ込んできた。

 動揺した看守たちの列が崩れ、ジープが庭の中央まで入って来てくるりとUターンした。


「危ないところだったなあ、助けに来たぜ。ベイベー。」

 ジープの運転席から立ち上がったサングラスの男は、サーチライトに照らされたままハルたちの方を振り向いてピースサインを決めた。


 多分ウインクもしたつもりなんだろうが、なにせサングラスをしている為ハルたちには伝わってはいなかった。

 横じまのボーダー柄のTシャツにGパンという出で立ちに、マシンガンを小脇にかかえている長身の男だった。


 予期せぬキャラクターの登場に、不意を突かれてしばし呆然としていた柳小路であったが、クマゴンに目配せしてジープの男を襲うように指示した。

 クマゴンにつられて、3匹ほどの魔物が一斉にジープに向けて飛びかかったが、男は慌てずにマシンガンの引き金を引いた。


“ガ、ガ、ガ、ガ”という発射音とともに、マシンガンは火を噴いてクマゴン達を撃った。


 するとクマゴン達の体は大きく後ろに飛ばされ、弾が当たった部分からまぶしい光が発生して、やがては体の中から光が透けて見えるように光の渦が回り出し、次の瞬間燃え尽きた。

 周りには熱もほとんど感じられず、跡にはわずかな灰しか残ってはいなかった。

 ジープの男は得意げにマシンガンの口元をフーッと吹いて見せた。


「新都、仙台市警察の魔物担当 高地見一たかちけんいちだ。

 地見一からジミーって呼んでくんな。」

 ジミーは右手で胸に付いた星形のバッジをひけらかせた。


「おお、おお、警察の方でしたか。助かりました。

 この収容所は先ほど倒していただいたクマゴンなる魔物に牛耳られておりまして、私も脅されて不正な指示をさせられておりました。

 近隣の集落などは高率の税を要求されて食うや食わずの状態であった所です。

 これで、ようやく普段通りの生活ができるようになるでしょう。」

 柳小路が飛び出してきて、ジミーのジープへとすり寄って行った。


「だめよ、あなたの悪事はすでに録音済みよ。」

 柳小路の秘書であったマイキーが、突然通路の奥から出てきた。

 その手には録音機のような四角い箱が握られていた。


「これには先ほど、クマゴンに指示した内容が録音されているのよ。

 柳小路さん、どうやらあなたがクマゴンたち魔物に指示して、集落を襲わせては税を引き上げて作物を搾り取っていたようね。


 あなたが収穫した作物と偽って、都市へ持ってきては売りさばいて私腹を肥やしていたのだけど、集落は自主的にいらないと言っても納めてくるって言い張るばかりで、証拠がなかったから何もできなかったわ。

 でも、今回ようやく不正を指示している証拠が出来たわ。

 これであなたもおしまいね。」

 マイキーは得意げに録音機を柳小路に見せびらかせた。


「お前は、秘書のマイキー。俺を裏切るというのか?

 お前だって共犯のようなものだぞ。」

 柳小路は声を荒げて、マイキーに食って掛かろうとした。


「共犯?どうして?

 私は最初からあなたの不正を暴くためにここへ潜入した捜査官よ。

 ある時は美人秘書マイキー、そしてその実態は・・・。」

 マイキーは自分のほほに手を当てて、顔のマスクとカツラを取り外した。


 金髪は黒髪に変わったが、顔はマスクをとっても同じ顔であった。


「潜入捜査官、日向舞。マイキーって呼んでね。」

 マイキーは両手を高く上げてポーズをとった。


「うーん、ベイベー。

 だからいつも言っているじゃないか、自分と同じ顔のマスクをしても変装にはならないって。」

 ジミーがマイキーに向かって、あきれたとばかりにダメ出しをした。


「いいのよ、私が一番気に入っているマスクなんだもの。

 これでいいじゃないのよ。」

 マイキーは憮然としてほほを膨らませた。


「でも、だったらマスクする必要ないんじゃないかな?」

 ジミーは尚も言い放った。


「だめよ、潜入捜査なんですもの。

 マスクで正体を判らないようにさせなくっちゃ。」

 マイキーはきっぱりと言い放った。


「いや、だから・・・。まあいいや、巨悪がようやく捕まったのだから。


 君たちも災難だったね。

 でも、君たちのおかげで奴らの悪事を暴くことが出来たようなもんだ。

 なにせ、普段はぼろを全く出さないものだから、マイキーが長いこと潜入して探っていたところだ。


 いやあ、ありがとう。

 これで不当な税を徴収されることもなくなり、集落の人たちも助かるだろう。

 みんなを代表してお礼を言わせてもらうよ。ベイベー」

 ジミーは看守たちに命じて柳小路を都市の警察まで連行するように指示した後、ジープを下りてハルたちのところへと歩み寄ってきた。



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