107話
15
「・・・・・・・。」
「ああ、これ・・・?
大丈夫よ、たくさん集まって一つだから、1体分だけの証明書で十分よ。
それでも、只の乗り物ではないのだから、仲間として証明書は発行してよね。
でも、地獄で回収してきた人々は仲間ではないので、彼らの分は不要よ。
あくまでも、この蜘蛛の魔物の上に居るものと合わせて14よ。」
どうやら、証明書の数の相談だったようだ。
蜘蛛の魔物の分裂した状態の、3百以上もいる兄弟1体ずつへ証明書が必要かどうかの確認だったのだろう。
「じゃあ、手続きに向かうとするか。」
ダロンボは、蜘蛛の魔物の背中から降りると、右方向へ向かって歩き出した。
その先には遥か前方の壁の手前に、ロッジのように見える尖った三角屋根の丸太小屋が見える。
「しっかし、おめえさんたちは本当に強いし優秀だよなあ。
それぞれが、自分の得意とすることでお互いに助け合って、各ダンジョンをものともせずにクリアーしちまうんだからなあ。
最高のチームワークだよ。
しかも、わずか2日でクリアーしちまうんだもの、こりゃ参ったと言うしかねぇやな。」
ダロンボは笑顔で、蜘蛛の魔物に乗ったまま後ろについていく一行を振り返りながら話す。
「前にもクリアーした奴らがいたって言ったけど、そいつらだって各ダンジョンに1日ずつ1ダンジョンだけ2日かかったが、合計8日でクリアーだかんな。
各ダンジョンは7日まで合計49日までがクリアー条件だから、それでも十分に速かった。
だから、当時は驚いたもんだよ。
しかも、たった1回でクリアーする奴らなんか、それまでいなかったからな。
でも、さっきも言ったけど、彼らも魔法が使えない割りに頑張ったんだぜぇ。」
「へえ、その人たちはどうやって、あんな厳しいダンジョンをクリアーできたのですか?
我々には、優秀な魔道士や屈強な魔物の仲間がいましたので、それでも何とかクリアーできたと考えていますが・・・。」
ジミーはダロンボの昔話の人たちに、興味を持ったようだ。
それもそうだろう、自分たちのチームはいわば特殊で、並外れた能力者の集団だからこそ、過酷な試練をクリアーできたと言えるからだ。
「ご謙遜を・・・、おめえさんたちはもっとすごいダンジョンだって、簡単に乗り越えるだろうさ。
でも、先にクリアーした奴らだって、お互いに励まし合って、くじけそうになった奴の手を引いたりして、何とか全員で乗り越えるんだっていう気概が満ち溢れていた。
極寒や灼熱や雷のダンジョンでは、順に隊列を入れ替わって風よけや雷よけになって進んで行き・・・まあ、あのダンジョンはあくまでも苦手を試す為で、人を傷つける目的ではないから、極寒だって耐えきればしもやけにもならないし、途中で倒れてもすぐに出口へと通じる道が開けるだけだ。
雷だって当たっても死にやしねぇ、ちょっと痛ぇのと怖いだけだ。
それを知ってか知らずか、お互いに仲間の壁になって、恐怖や痛みを少しずつ負担し合って進んで行っていた、あれは、指揮していたリーダーが優秀なんだろうなあ。
針のむしろでは、装備が入ったリュックを下に敷いて、その上をほふく前進して行った。
最後尾の奴が乗り越えたリュックを外して、順に前へ送りそれで少しずつ進んで行くんだ。
こりゃ一本取られたと思って、この時は長く伸ばすのはやめたぜぃ。
強風と地震のダンジョンでも、隊列を組んでお互いをかばい合い、圧巻だったのは最後の激流渡りよなぁ。
泳ぎが得意な奴が、苦手な奴を取り囲んで、助けながら渡りきった。
思わず、感動の拍手を送っていたよ。
すごかったんだが・・・、なんで奴らを忘れていたかってぇのにも関わってくるんだが・・・、そいつらの仲間の中にも落ちこぼれがいたんだよ。」
『落ちこぼれ?』
その言葉には、周りの全員が反応した。
「ああ、40人ほどで隊列を組んで黄泉の穴から入って来たんだが、十人ずつ4列で進んでいたから、4つの小隊に編成されていたんだろう。
ところが少し進んで最初の、高さの恐怖つり橋のダンジョンで、1つの小隊が動けなくなっちまった。
他の3隊はそんなこと露とも知らずに、ズンズンと進んで行ったんだが、1体だけどうしても動けねぇ。
そこに3日ほど留まった挙句、引き返して行ったんだ。
いや、先へと進めなかったのは、多分あれは小隊長なんだろうなあ、先頭を進んでいた奴がつり橋の余りの高さに足がすくんで、その場にへたり込んじまった。
他の奴らは、何とか小隊長を励まして先へ進もうとするんだが、そいつが頑としてゆるさねぇ。
しまいには3日かけて仲間を説得して、引き返したというわけよ。
しかしよぅ、最初に言った通り、ダンジョンってぇいうところは、亡者に苦痛を与えるところではなく、苦手なものを調べるためのもんさ。
その為、入った奴らには先へと進まなければならないという、妙な義務感が生じる様になっている。
その義務感より、恐怖心が勝った奴ってぇのを、初めて見たぜぇ。
ちいっさな子供ですら、とりあえずつり橋への一歩は踏み出すんだぜぇ。」
ダロンボはお手上げとばかりに、胸の高さで両手の平を上に向けた。
「そ・・・そうよねえ。
あたしだって、蜘蛛の魔物が乗せてくれると分かる前は、怖かったけど、それでも一歩は踏み出そうとしたわ。」
ダロンボの言葉に、ミリンダもうんうんと頷く。
「そう言った訳で、そいつらの部隊全員がクリアーした訳ではないのと、つり橋すら越えられねぇ奴らが出たという、これまた前例のないことが起きたもんで、どちらかというと逃げ戻った奴らの印象の方が強かったせいだな。
逃げたほうの奴らは、しょっちゅう話題に上るが、たった1回でクリアーした方は忘れていたよ。」
ダロンボは、笑って話を終えた。
「その話に興味があるわね・・・。
逃げ戻った方の名前などは、分るの?
無理なら、クリアーした方の部隊の人たちだけでも知りたいのだけど・・・。」
それまで、ダロンボの話に全く興味を示さなかったマイキーが、突然口を開いた。
「おお、逃げ戻った奴らに関しては判らねぇが、クリアーした方の部隊の面々には証明書を発行したので、記録が残っているさぁ。
更に、たったの1回でクリアーしたってぇ英雄だから、写真を撮って飾ってあるぜぇ。
しかし、おめえさんたちは知らねぇだろ、なんせ数十年前・・・おめえさんたちのじいさん、ばあさん位の年になるぜぃ。
しかも、ここでのことは、余り口外しないようにお願いしてあるから、自慢げに冒険話も出来なかっただろうからなぁ。
それでも、国の英雄としての活躍ぐれぇはしたんじゃねぇのか、大した奴らだったから。
ほれ、そんなこと話していたら、もう着いちまった。」
洞窟内であり、別に雪が降るわけでもないのだろうが、雪深い地方さながらに縁の下部分が1メートル程もある、異様に1階部分が高い丸太小屋への階段をスタスタとダロンボが上がって行く。
すぐに蜘蛛の魔物の背中から降りたマイキー達が、後に続いて丸太小屋の階段を昇って行く。
「どうだい、これが英雄たちの若かりし頃の写真だ・・・。」
入口のドアを開けたダロンボが指す先には、額入りの大きな集合写真が壁に飾られていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
それを見て、マイキーは絶句した。
「ま・・・マイティ兄さん・・・、それにスターツ王子、ミンティア王女・・・。
ど・・・どうして・・・?」
マルニーもそんな言葉が出てくる自分の口を、信じられないとばかりに両手で覆った。
「スターツ王子とミンティア王女とは、マイキーのお兄さんとお姉さんで、7年前に探索隊としてこの洞窟へ入った部隊の部隊長ですよね。
それとも、マイキー達のおじいさんとおばあさんも同じように、黄泉の国を探検したという記録があるのですか?」
ジミーが、固まっているマイキーをあきらめて、マルニーに尋ねる。
「いえ、・・・3人とも本人たちで間違いありません。
それに、その部隊の面々にも顔に覚えがあります。」
マルニーは、目を見開いて写真を見つめたまま答える。
「ダロンボさん、彼らの写真を撮ったのは、何十年も前の事とおっしゃいましたが、勘違いではないのですか?
すっかり記憶の外に出ていた事柄の様だったし・・・。」
ジミーは、今度はダロンボの方を向いて尋ねる。
「いや、そんなことはねぇはずなんだが、なんせ、逃げた奴らの事は昨日の事のように覚えているし・・・、まあいいや、念のため・・・。」
ダロンボはすぐに部屋の中のカウンターの端を持ち上げ、向こう側へ入って行った。
そうして、右側の壁にある棚からファイルを取り出してページをめくり始めた。
「ほい、やっぱりそうだ。
121652年・・・今が121722年だから、丁度70年前の事だ。
記録されているから、間違いがねぇ。」
ダロンボは帳簿から、目線をジミーに向けて笑顔で答える。
「うーん、最初にお話を聞いた時から、妙な違和感があって・・・、それでも何とかつじつまを合わせていましたが、ようやく事態が飲み込めてきました。
現世・・・つまり我々の世界と、黄泉の国・・・つまりここでは、時間の進み方に差があるという事ではないですか?
現世では半年に一度通じる黄泉の穴と黄泉の国が、こちら側では5年に一度、更に通じている時間は現世では12時間で、こちらでは5日間。
第1次探索隊のマイキーの兄さんたちは、現世の7年前に出発したはずが、こちらでは70年前・・・、つまり、現世とこちらでは、時間の進み方が10倍にもなってしまうという事です。」
ジミーが胸の奥にあったもやもやが晴れた様に、すがすがしい表情で解説する。
「えっ?そうなのかい?
そんな事・・・・ここに何千年も居るわしらだって、初めて聞いたぜぃ。」
ダロンボは信じられないと言った風で、それ以上言葉が出てこなかった。
「時間の流れが違うから、現世へ出かけたトロンボ君が、帰れなくなってしまったのではないのですか?
5日間繋がっているつもりで戻ってきたら、既に黄泉の穴は閉じていたというわけです。
現世の時間では、12時間ほどしか通じていませんからね。」
ジミーは確信を得たとばかりに、自信を持って説明する。
「・・・・・・・・・。」
「トッポスットペットダダダ・・・・・・。」
ダロンボは、不思議そうな顔をしながらも、トロンボと何か話をしているようだ。
「どうやら、おめえさんの推測で間違いねぇようだな。
トロンボは、約束の場所に行っても目当ての相手に会えなかったからと、翌日には戻ってきたようだ。
しかし、その時には既に黄泉の穴は閉じていたって言っている。」
ダロンボは、少しショックを受けた様にうつむき加減で答えた。
「まあ、それで間違いがないわね。
でも、全ダンジョンをクリアーしたはずの兄さんたちが、どうして数分だけで戻ったことになったのか、依然として謎ね。
まあいいわ、ここで証明書を発行してもらえば・・・。
先の部隊の分の証明書の再発行をお願い。
手違いで、無くしてしまったみたいなの。」
ようやく意識を取り戻したのか、マイキーが口を開いた。
「いや、それは出来ねぇな。
証明書の発行は一度きりだ、しかも本人じゃねぇしな。
それに、ここで発行する証明書は、現世では見えねぇから持ち帰っても無駄だぜぃ。」
ダロンボは難しい顔をして首を振る。
「そう、だったらいいわ・・・。」
マイキーはおもむろにデジタルカメラを取出し、壁に飾られた集合写真を撮り始めた。
「ああっと・・・、まあそいつらの写真位はかまわねぇが、さっきも言った通り、ここでのことは余り口外して欲しくねぇんだ。
だから、わしら鬼の写真とか、この国の中のどんな場所でも撮影は厳禁だ。
破ったら、カメラを取り上げなくっちゃなんねぇ。
守ってくんな。」
ダロンボはまじめな顔で告げる。
「判ったわ・・・、この集合写真さえあれば十分よ。」
「でも、その部隊の面々も、ここに居た自国の人々を連れて戻ったはずだけどなぁ。
おめえさんたちみたいに全員じゃあねぇが、長い年月留まっていたものたちを中心に、十数人は連れ帰ったんじゃねえかな・・・。
証明書はともかく、それだけでも十分にここへ来た証明にはなったと思うがな。」
ダロンボがマイキーの態度を不思議に思ったのか、首をかしげる。
「実際には、そうはなっていないので、私たちが来たのよ。」
マイキーが、相変わらずぶっきらぼうに答える。
ようやく、いつものマイキーに戻ったようだ。
「まあ、いいさ。これがお前さんたちの、全ダンジョンをクリアーしたっていう証明書だ。
次にここへ来た時に自動的に現れるから、どこかへ仕舞って分らなくなったぁなんてぇことはねぇから安心しな。」
そう言って、ダロンボはマイキー達に1枚ずつA4サイズの厚紙を手渡した。
「うっへぇ、次に来たときだって・・・。
という事は、死んだときでしょ?
いくらダンジョンはクリアー済みだって言ったって、地獄へは来たくないわよねえ。
あたしは・・・天国が良い!」
ミリンダが両手を合わせ、天を拝みながら呟く。
「残り1枚は、外のでかい奴の分だから、渡してやってくれ。」
更にもう1枚、マイキーに手渡す。
「姉ちゃんたちの活躍で、長年巣食っていた亡者たちも気持ちを入れ替えて、現世へと戻ってくれた。
さっきまではずいぶんと混雑していたみてぇだが、今頃は現世へ続く扉周辺も空いていることだろう。
さあ、帰ってくんな。」
ダロンボの指示で、一同入って来たドアから丸太小屋を出ると、確かに先ほどまでの長い行列は、ほとんどはけていた。
丸太小屋のドアの外で見送るダロンボとトロンボを後にして、ハルたちは再び蜘蛛の魔物の背中に乗って出口を目指す。
勿論、地獄ステージから引き連れてきた、人々も一緒に後ろをついてくる。
「ふう・・・、ようやく終わったわねえ。
急いで戻りましょ・・・。」
蜘蛛の魔物の背中から降りて、マイキーは銀色の扉のドアノブに手を掛ける。
現世へ続く扉だ。
「ハルー!ハルー!」
すると突然、後ろの方から声が聞こえてきた。
振り返ると、丸太小屋の入口でダロンボに抱えられたトロンボが、ハルの名を呼んで必死に叫んでいる。
「マイキー、ちょっと待った。」
突然ジミーが思いついた様子で、マイキーに声を掛ける。
「なによぅ」
マイキーは、ジミーの言葉をうっとおしそうにドアノブを回す。
第1王子たちが黄泉の国のダンジョンを制覇し、更に地獄に留まっていた国民たちの一部ではあるが、解放したという事実を、すぐに報告しに戻りたいのだ。
「いやな予感がする。
ちょっと、ドアから離れてくれ。」
ジミーはまじめな顔で、マイキーを止める。
「なによ、ドアに爆弾なんかしかけられてはいないわよ。
さっきから、何人もの人が通っているんだし・・・、危険はないわ。」
マイキーはドアノブから手を離し、振り返ってジミーの顔を見つめるが、その顔には焦りの色が感じられる。
「いや、だめだ、戻ろう。」
ジミーは振り返ると、蜘蛛の魔物の背へとみんなを呼び戻し始めた。




