106話
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「この先はもっとひどいと言っていましたけど、どうなっているのですか?」
ハルが不安そうに尋ねる。
「いきゃあ、分るさ。」
その質問に対し、ダロンボは困った表情で、蜘蛛の魔物が進むに任せている。
やがて、不意に景色が変わった。
ちょうど、暖簾をくぐって店の中へと入ったように、突然目にする景色が変わる。
ここは、一面の雪景色だった。
しかし、昨日の極寒程ではない・・・、気温もそれほど低目ではなく、空には青空が広がり雪山では人々がスキーやスノーボードにソリなど、ウインタースポーツを楽しんでいる。
「ひでぇもんさ、本来ならダンジョンと同じく極寒の環境のはずなんだが、これじゃあ、人間世界のちょっと寒めの冬ってぇ感じでしかない。
だから、ここでも亡者たちは楽しんで動こうとしねぇってわけよ。
しかも、どういった訳か、この先の灼熱地獄・・・だった場所も温暖な常夏環境となっちまって、繋がったもんだから、ここと向こう側を行き来して楽しむ奴らまで出る始末よ。
本来ならそう言った行き来も出来ねぇはずなんだが、本当に参っちまったよ。」
ダロンボは、頭を抱える。
「また、行ってくるわね。」
マイキーはそう呟くと、蜘蛛の魔物に指示して、そこで立ち止まらせた。
「あっ、私も一緒に参ります。
我が国の国民であれば、私でも説得は可能ですから。」
今度は、マルニーも一緒に付いて行く。
しかし、マイキーは雪山へ上ってスキー客の元へ個別に説得に行く訳ではなく、ゲレンデにある小屋へと向かっているようだ。
マイキー達がその小屋へ入った後、若い女性の声でアナウンスが響き渡った。
結構長い間、言葉が続いていたが、中には聞きなれた言葉もあった。
「うっふーん、マイキーよ。
あなたたちは、ここでも充分楽しく遊んでいる様子だけど・・・、この先へ行くと・・・もっと刺激的な所があるのよ・・・。
どんなところかって・・・?・・・な・い・し・ょ!
男性も女性も同じく楽しめること請け合いよ・・・、ぜひ覗いてみてね。」
どうやら、ここでも各国語で亡者たちを先へと進ませようとアナウンスを始めたようだ。
すると、その声に惹かれたのか、続々とスキーウエアを脱ぎ捨て、先へと進む者たちが続出した。
そうして、マイキー達が戻って来た時には、またも数人の男女を引き連れていた。
ここでも、スノースポーツをアクティブに楽しんでいたとは思えないくらいの、老人ばかりだ。
マイキーとマルニーが蜘蛛の魔物の背中へ戻ってくる。
「この先もどんどん増えそうだから、後ろについて歩いて来てもらう事にしたわ。」
マイキーの言葉通り、数人の男女は蜘蛛の魔物の背後にぴったりとついている。
先に蜘蛛の魔物の背中に乗り込んだ5人も降りて、彼らに加わった。
お年寄りに気の毒だからと、ハルたちが下りて彼らを蜘蛛の魔物の背中へと上げようと申し出たが、気だけは若いのか、問題ないと断って来たと通訳のマルニーが告げる。
ハルたちは、そのまま背中に留まったが、居心地が悪そうにしている。
「いやあ、鮮やかなお手並みだ。素晴らしい!」
マイキーの活躍に、ダロンボが絶賛する。
ところが、マイキーはニコリともせずに、前方の席へと戻って行く・・・、いつもの反応だ。
次の空間は、ダロンボが言うとおり、常夏の海辺をイメージさせる空間だ。
マイキーはここでも海の家へ向かい、各国語でアナウンスをする。
そうして、海水浴を楽しんでいた人々を次へ進ませ、自分も数人の男女と共に戻ってくる。
ここでも、大半が老人たちだ。
「この順番が、あたしたちが乗り越えてきたダンジョンってやつの順番通りなら、次は雷地獄よね。
一体どうなっているのかしら・・・。」
ミリンダが期待に胸を膨らませているように、高揚とした表情で呟く。
そこは、期待通りの空間・・・かな?
閃光がまぶしく連続的に煌めく・・・・、ミラーボールがキラキラと光を反射し、大音量の音楽が鳴り響くダンスホールだった。
「ディスコ・・・今はクラブっていうんだか・・・。
なんせ、こんなところだから修行どころじゃねぇ。
踊りがうまくなっても・・・魂は浄化されねぇんだよ・・・。」
ダロンボは目に涙を溜めて、今にも泣きだしそうな雰囲気だ。
「じゃあ、また行ってくるわね。」
マイキーとマルニーが下りて、DJの元へすたすたと歩いて行く。
そうして、マイクを通じてパフォーマンスを始めたようだ。
「ヘイよー!・・・・・・・・・。」
一通りの言語で、説得のパフォーマンスをしたのだろうか、続々と人々が次へと進んで行く。
そうして、マイキー達はここでも3人の男女を引き連れて戻ってきた。
中年を越えた程度の人もいたが、一人は真っ白な髪で皺皺の顔をしている。
こんな歳なのに、元気に踊っていたのだろうか。
「じゃあ、次ね。」
十数人の男女を引き連れ、蜘蛛の魔物がゆっくりと進んで行く。
その先は、先の鋭い草で覆われた針のむしろのはずだった。
「あれ、なんかいい匂いがする・・・。」
ミリンダが辺りの匂いを嗅ぐように、鼻を上に向ける。
「あ・・・あれは・・・、旧遺跡で見つけた雑誌で見たことがある、伝説の・・・。
チョコレート菓子ね!絶対そうよ。
あっ、こっちも別のチョコ菓子が!・・・やっぱり山に生えているのだわ・・・。」
ミリンダはお預けを喰らった犬のように、今にも飛び出しそうな勢いで、辺りを見回す。
「そんな、チョコレート菓子が、山に生えている訳ないじゃない。
異常だよ。」
そんなミリンダをハルが制する。
「そんなの分らないじゃない、一瞬で伸びる草だって十分に異常だったわ。
あっ、こっちに生えているのは・・・スナックとチョコが融合した・・・・・。」
ミリンダは興奮気味だ。
「本来なら針の山で苦痛を味あわせるはずが、楽しそうにピクニック気分で山へ登っては、菓子を食っているんだ。
ここも、停滞している人数が大いぜぇ。」
ダロンボが苦々しそうに口元をゆがめながら話す。
「さっ、行くわよ。」
マイキーの言葉に、今度はミリンダも一緒に立ち上がる。
「あたしも一緒に行く。」
ミリンダの目は、チョコレートのお菓子しか見てはいない様子だ。
「だめよ!戻ってこられなくなるわ。
おとなしく、ここで待っていなさい。」
マイキーは厳しい口調でミリンダを押しとめ、マルニーだけを連れて下りて行った。
ミリンダはしょんぼりとしながら、力なく蜘蛛の魔物の背中へと座り込んだ。
ここでは、マイクやスピーカーなどは無いので、マルニーと2手に分れてそれぞれ人々を説得に回っている様子だ。
しばらくすると、マルニーが十人ほどの男女を連れて戻ってきた。
マルニーが自国民を担当したのであろう。
甘いものを食べまくっていたようで、どの人も真ん丸なお腹をした恰幅のいい老人達のようだ。
少し遅れてマイキーが戻って来たが、背後では続々と様々な人種の老人たちが先へと進んで行く。
マイキーの説得に応じた様子だ。
暫く進むと、今度は心地よい風が流れてくる空間へ出た。
「えっ、ここはダンジョンだと巨大な鬼たちが襲い掛かって来た所・・・。」
ジミーが不思議そうに呟く。
「ああ、本来ならあのダンジョンは、強風と地震なんだが、おめえさんたちがあまりにも簡単に進むもので、わしらが介入することにした。
あれは、わしらが作り出した偶像ってぇやつでな。
いわゆる人形なんだが、大きさ通り結構強いはずが・・・、おめえさんたちの繰り出す巨大な獣たちに結構簡単にやられちまったなあ。
さらに、超強力な魔法の使い手も沢山いる事には驚いたぜぇ。」
ダロンボは思い出し笑いをするかのように、にこやかに話す。
「あれは、召喚獣っていうのよ。
本当なら、あれよりも数倍大きな奴もいるのだけど、そいつは生意気な奴で自分が気に入った時にしか現れないのよ。
今回は結構危なかったのに出てこないなんて・・・、これは後で吊るし上げよね。」
ダロンボの話で、ハルの召喚にも関わらず、竜神が出現しなかったことを思い出したミリンダが、両腕を組んですっくと立ち上がった。
「ほう、召喚獣か・・・、すごいなあ。
それに強力な数々の魔法・・・こりゃやばいってぇんで、最終ダンジョンは、本来なら流水というか激流を泳ぎ渡るはずだったんだが、ここでわしらが登場したってわけさ。
申し訳ないが、魔法とか、自動の武器なんか使えないようにしてな。
おめえさんたちの困った顔を見たかったんだが、当てが外れた。
格闘技にも通じているじゃぁねえか。
わしら鬼と互角にやり合う人間なんてぇのは、そうそう居るもんじゃねぇ。
参りました、降参です。」
ダロンボはそう言いながら、深々と頭を下げた。
しかし、表情は満面の笑みをたたえている。
「まあ、この風と地震のステージは、風が弱まっちまっただけで、これと言った楽しみもねぇから、ここで滞留する亡者はいやしねぇ。
次へ進むとしよう。」
ダロンボの言うとおり、周りには人影も見当たらない。
そのまま進み続ける。
「さあ、次が最終ステージ最後だ。
7つの地獄の最終だな。」
ダロンボの言葉に続いて、次の場所が開けてきた。
「あれっ、ここもいい匂いが・・・、って頭がくらくらして来たわ。」
鼻をひくつかせていたミリンダの顔が真っ赤になってきた。
「子供はあんまり深く息を吸わない方がいい。
本来は血の池地獄なんだが・・・、血の池地獄1はチョコレート、血の池地獄2は赤ワインの池になっちまった。
更に、熱湯地獄だったところは、温泉の素が入った健康の湯になっちまうし、向こうじゃ、激流をカヌーやボートで下る激流下りで楽しむ奴らまで出る始末だ。
もうどうしようもねぇぜ。」
ダロンボは悲しそうにうな垂れる。
「じゃあ行くわよ。」
ここでもマイキーは、温泉宿風の建物の中へ入ると、スピーカーを通じてアナウンスを始めた。
やがて、人々はぞろぞろと先へと進み始める。
マイキー達は4人の男女を従えて戻ってきた。
やはり、年寄りばかりだ。
「やあ、ありがとよ。
地獄ステージを何とかしなきゃ、結局は次にくる亡者たちが滞留するから同じことなんだが、それでも長いこと留まっていた亡者たちを片付けることができた。
本当にありがとう。」
ダロンボは、何度も礼を言いながら、深々と頭を下げた。
「いいのよ、私たちの目的も、ここへ迷い込んだ人たちを救い出す事だったから・・・。
礼には及ばないわ。」
対するマイキーは、相変わらずぶっきらぼうに答える。
「じゃあ、これで地獄めぐりは終了だ。
出口へと向かうとしよう。」
ダロンボが勢いよく叫ぶ。
それにつられて、蜘蛛の魔物が歩き出した。
「こんなのが地獄だったなんて・・・、ちょっとショックよね。
まあ、あたしはもし死んだとしても、地獄へ送られることはない・・、ないと思う・・・、ないんじゃないかな・・・、いやちょっと・・・。」
ミリンダが腕を組んで考え込んでしまった。
「僕も・・・、もっと怖いところかと思っていた。
でも、意外と平気だね。」
ハルも緊張気味の笑顔で続く。
「いや、さっきからダロンボさんが言っている通り、ここは本来の状態の地獄ではないからだろう。
本当ならもっと厳しい責苦が続くんじゃないかな。
でも、地獄がそうやって死んだものの魂レベルを上げて行こうとしている場所だなんて、感激だねえ。」
ジミーは感動したかのように、両手を握りしめながら呟いた。
最後のステージの空間を抜けると、そこは天井が高く、明るく広い空間だった。
既に何人もの人々が長い列を作って並んでいる。
「各ステージをクリアーした亡者たちは、次のステージへ行くのではなく、直接ここへ送られてくるんだ。
そうして、あの前方の扉・・・現世へ続く扉だな・・・そこから帰って行く。」
ダロンボの指さす方向には、遥か遠く老人たちの長ーい列の先に、銀色にきらめく重厚そうな扉が見える。
それが、現世へ続く扉というわけか。
「つまり、まず黄泉の国で、それぞれの人が苦手とするダンジョンを見つけ出す。
そうしてからそれに対応した地獄で苦手を克服する様、修行して、それを終えたら晴れて現世へと戻って生まれ変わるといった具合ですか?」
ジミーが突然思いついたように質問をする。
「おう、そうだ、そう言った訳よ。
おめぇ、頭いいなあ。
そうすると、次に来た時は苦手も克服されているから、もう少し先へと進めるてぇわけよ。
そうやって、段々と最後まで進んで行く・・・魂の成長・・てぇ奴かな。」
ダロンボが嬉しそうに、ジミーの背中を何回も叩く。
「そ・・・そうして、生まれ変わるたびに成長を促していく訳ですね。」
ジミーは少し痛そうだ。
「普通は、何回・・・何十回とここへきて、ようやくクリアーしていくんだが・・・、おめえさんたちはつえぇなあ・・・、たったの1回でクリアーしちまうんだから、最強だよ。
こんなすごい奴らは見たことがねぇ・・・って、いや、いたかぁ・・・。
何十年も前のこったから、すっかり忘れていたが、おめえさんたち以外にも初めてきてクリアーした奴らがいたぜぇ・・・と言っても、ダンジョンは普通通りだったから、巨大な鬼やわしらは登場せずに、強風と地震のダンジョンと激流のダンジョンだったからな。
でも、おめえさんたちとは違って、魔法も使えないのにクリアーしたんだから、大したもんだぜぃ。」
ダロンボは、遠い昔を思い出すかのように、空を見上げながらにこやかに話す。
「ふうん、ところで、あの扉はなんなの?」
マイキーは、そんなことに興味はないとばかりに、はるか前方の壁を指さす。
そこには、もう一つの扉があった。
金色に輝く扉ではあるが、こちらには人々の行列は出来ていない。
「ああ、あれは天国への階段へ通じる扉だ。
全てのダンジョンをクリアーした亡者が昇る、次のステージだ。
しかし、おめえさんたちはどうやら亡者じゃなく、生きた人間のようだから、あっちの現世へ続く扉から帰ることになる。
ただし、その前に全てのダンジョンをクリアー済みだっていう証明書を発行する手続きがあるがね。
だが・・・、ちょっと相談だ。」
ダロンボは突然マイキーの傍へ歩み寄り、耳元で何事か囁き始めた。




