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105話

                 13

「お・・・おめえさんたちが、トロンボを連れてきてくださったのかぃ?」

 青鬼は、予期せぬことに驚いた様子で、目を大きく見開いたままハルたちの方を見つめている。


「はい・・・、来る途中の砂漠地帯で、見つけたもので・・・。」

 ハルがすかさず答える。


「そうかそうか・・・、よかったなあ。

 当分会えないと思っていたぞ、心配させやがって。」

 青鬼はどっかとその場に腰を下ろすと、トロンボをいとおしそうに抱きしめて、その頭をやさしく撫ぜ回した。


「おじさんは、トロンボの知り合いですか?

 それに、言葉も・・・日本語話せますね。」


「おじ・・・、青鬼なんだがな・・・、まあいいや。

 そうさ、わしがトロンボの父親の、ダロンボだ。

 トロンボは、まだ小さいから鬼の言葉しか話せないが、わしらは世界中の言語を話すぞぃ。


 なにせ、世界中からくる亡者たちを、相手にしなければならないんだからなぁ。

 おい、もういいぞ、やめだやめだ。」


 ダロンボと名乗る青鬼は、座ったまま後ろの仲間の鬼たちを振り返り、右手を上げて軽く横に振った。

 その様子を見て、他の鬼たちもその場に腰を下ろす。

 それでようやく、ジミーたちも緊張を解き、構えを崩すことができた。


「いやあね、表の世界を見たいと言い出してな。

 そうは言ってもわしらは、人間たちにはその姿を見られてはいけない存在さぁ。

 仕方がないので、人が寄り付きにくい砂漠地帯ならいいだろうと、外出を許可したのさ。


 しかし、その土地が現世と繋がっている時間は限られている。

 接続が切れる前に戻ってくるようにと、あれ程念を押したにもかかわらず、戻ってこないものだから、入口が閉じられてしまったんだよ。


 次に通じるのは、5年先だから当分は会えないと覚悟していたんだが、いやあ、ありがたい。

 わざわざ、息子をここまで届けてくれたとは。


 そうと知っていたら、高ーい吊り橋だの極寒だの灼熱だのやらずに、最後まで直通してやったものを、変装させていたものだから、ちっともわからなかったぜぃ。

 はっ、はっ、はっ、いやめでたい。」

 ダロンボは胡坐をかいた状態で、豪快に笑った。


「ちょ・・・ちょっと待ってください。


 今のお話だと、我々の世界とこの黄泉の国とは、我々が入った洞窟以外でも通じている場所がある様に聞きましたが、他の場所とも繋がっているのですか?」

 ジミーが不思議そうに尋ねる。


「おう、そうさぁ。

 世界中のあらゆる場所と、ここは繋がるぜぃ。

 但し、1ヶ所ずつ順番にだがな。


 子分に数えさせたことがあるんだが、全部で182カ所あるようだぜぃ。

 5年ごとの周期で、順に繋がって行き、其々5日間ほど繋がっているなあ。」

 ダロンボは息子が戻ってきたことが余程うれしいのか、上機嫌で説明してくれる。


「5・・・5年に1度・・・、しかも5日間ずつ。

 こちらでは、半年に1度で12時間しかつながらないと聞いたのですが・・・。

 場所によって、違いがあるという事でしょうか?」


 ジミーが腰を低くして、自信なさそうに訪ねる。

 しかし、マイキーはジミーの言葉に、自信満々に大きく頷いた。


「いや、そんなことはないはずだ。

 我々の方針は、世界中の人々に、平等に接するという事を基本にしているからな。」

 ダロンボは、自信満々に答える。


「多分、重複して同じ場所を何度も数えているのよ。


 季節が変わって風景が違って見えたり、あとは、我が国のように途中で大きな扉を付けたりするたびに、違う場所として、数えているのよ。」

 マイキーは、そっけなく話す。


「そうだとしても、5日間も繋がっているというのに、実際には12時間しか使えていないことになる。


 あの・・・基本的な事なんですけど、1日の単位というのは24時間で、それは地上の時間と全く一緒なのでしょうか?」

 ジミーは尚も念のための確認をする。


「おう、そうさぁ。

 おめえさんたちも、ここへ入ってから、お日さんが昇って沈むという1日のリズムを経験したろぅ?


 あれは、おめえさんたちが住んでいた土地の生活リズムに合わせてやっているんだ。

 だから、この中でも自然に振る舞えただろぅ?

 わしらの、気配りってぇやつさ。」

 ダロンボは自慢するように胸を張る。


「そうね、朝7時に明るくなって、夕方の5時に暗くなる。

 これは、今の時期の我が国の、日の出と日の入りの時間とほぼ同じよ。

 毎日時計で確認していたから、間違いはないわ。」

 マイキーがポツリとつぶやく。


「そうだとしたら、5日間も繋がっている時間のうち、大半は使えてはいないという事になる。


 12時間というのは、昔から黄泉の穴を使っていた、修験者たちから聞いた情報で、そのまま鵜呑みにしていたのかい?」

 ジミーがマイキーの方を見つめる。


「そんなことはないわ。

 ちゃーんと、人を使って詳細に調べさせたわよ。


 年ごとに始まりと終わりの時間が6時間ずつずれて行って、4年で元に戻る。

 そうして通じている時間は、正確には12時間と59.18秒よ。」

 マイキーの答えは、相変わらずぶっきらぼうだ。


「でも、調べたのはマイキー姉さまが日本へ出発する前の、5年前までの数年間だけ。

 しかも、安全の為に命綱をつけてトライしたから失敗したもので、もしかすると、何もなしにそのまま飛び込めば、平気だったのかも知れないわね。


 失敗だったわ・・・。」

 マルニーが悔しそうに唇をかむ。


「いやあ、あんな真っ暗の断崖絶壁に、何の安全策もなしに飛び込むなんて自殺行為は出来ないよ。


 確かに、おいらたちが黄泉の国への入口を渡った時には、命綱なんかはしてはいなかったけど、それは安全に渡れることが分っていたし、実際は蜘蛛の魔物の背中に乗って渡った訳だからね。」

 そんなマルニーに対して、ジミーは小さく首を横に振った。


「僕たちがここへ入った後は、高ーい場所にある吊り橋とか、すごく寒いところとかすごく暑いところとかを通ってきました。

 他に通る道がなさそうだったから、仕方がなかったんだけど・・・、先ほどおじさんは、そんなものなしにして最後まで直通にしてやれたって言っていました。


 ほんとは別の道があったってことですか?」

 ハルが首をかしげながら尋ねる。


「いや、そんなものはねえ。

 おめえさんたちは、毎回周辺を調べてから進んでいただろう?」

『はい!』

 ダロンボの問いかけに、ゴローも飛び太郎、飛びの助も強く頷く。


「しかしなあ、各ダンジョンの距離を詰めることは、簡単にできるってぇ訳よ。

 つり橋だって、一歩踏み出せば、その場でへたり込んで動けなくなっても、二歩目には対岸なんてことができるのさ。


 ただし、一歩目は踏み出さなきゃなんねえ。

 その為に、黄泉の国では先へと進まなければいけないような、義務感を誰もが感じる様に設定してある。


 本来は、ダンジョンへ足を踏み入れたはいいが、恐怖のあまりに動けなくなった奴の為の救済処置なんだがなぁ。

 それをすれば、自動的に最後のステージまで飛べるってぇ訳さ。」

 ダロンボはトロンボの頭を、いとおしそうに撫ぜながら答える。


「へえ、便利な機能ねえ。

 そうすれば、あんな苦労もしないで済んだのに・・・。」

 ミリンダは残念そうにため息をつく。


「まあ、仕方がねぇやな。

 本来、黄泉の国っていうのは、死んだ人間の魂が入ってきて、そいつにどんな課題を課すか決める場所だ。


 だから、色々なダンジョンがあって、そいつの苦手な事を割り出して、地獄へ送ってその苦手分野の修業をさせるってぇ寸法よ。」

 ダロンボが答える。


「ええっ、じゃ・・・じゃあ・・・、我々も、これから地獄へ?」

 ジミーが驚いて、ダロンボの顔を見つめる。


「ああ、最終ステージってぇのが、地獄さ・・・。

 ただなあ・・・、その地獄ってぇのがここんとこなあ・・・。

 恥ずかしながら、大変なことになっているんだぁ・・・。」


 途端にダロンボの元気が無くなってきて、最後の方の言葉はほとんど聞き取れないくらいだ。


「まあ、おめえさんたちは、全てのダンジョンをクリアーしたから修業は免除されて、そのまま出口から帰れるから心配すんな。」

 ダロンボは思い直したように、元気に答え始めた。


「ああ、そう・・・。よかったあー。」

 ミリンダがほっと胸をなでおろす。


「でも、地獄が大変なことになっているというのは、どういった事なんですか?」

 ハルが問いかける。


「ああ、すぐにわかるさ。

 ここから先は、最終ステージ・・・いわゆる、地獄への入口だ。


 本来なら、おめえさんたちだけで進んでもらうんだが、トロンボを連れてきてもらった礼だ。

 わしが特別に案内してやる。」


 いつものように、真っ暗な空間を抜けると、そこは薄暗く湿った匂いのする陰湿な雰囲気だった。


「きゃー!!!」「ぎゃー!!!」

 すぐ向こうから、女性や男性の悲鳴が聞こえてくる。


 蜘蛛の魔物が委細構わずに進んで行くと、そこは遊園地のような空間だった。

 中央道路を挟んで、右側では高い位置に設置された梁に、ツタが絡んでレールのようになっている。

 そこを、ジェットコースターばりにトロッコが高速で走り抜けていく。


 そのトロッコに何人もの男女が乗り込んでいて、悲鳴を上げながら楽しんでいるようだ。

 その隣では、梁から降ろした長いツタの先を結び付けていて、さながらブランコのようにカップルで楽しんでいるものが見える。


 左側では遥か高い位置に吊るされた、カプセル状の箱が高速でぐるぐると横方向に回転している。

 さながら、天空のメリーゴーランドと言った風景だ。


「本来なら、地上から遥か高い梁の上を不安定に進むトロッコに乗せたり、その梁自体を歩かせたり、細いポールの上に立たせたりして、高さの恐怖を味あわせる修行なんだが、ある時からツタが伸びて梁やポールに絡まって、いつの間にか遊戯器具のようになっちまった。


 これじゃあ、恐怖も味わえないし、何より修業なんてできやしねぇ。

 普段なら恐怖の余り、何とか乗り越えた試練は見向きもしねぇで先へと進んで行くんだが、楽しいのか何度も繰り返して乗りたがり、いつまでも先へ進みやしねぇ。


 この先は、もっとひでぇ状態だ。

 おかげで、処理が滞って地獄も満杯状態だぜぇ。」

 ダロンボは、左右の景色を恥じる様に顔を赤らめながら説明した。


「へえ、そう言えば所長が、戦争で沢山の生き物が死んだから、天国や地獄が満杯で、魂があふれかえっているので魔物が出来たと言っていたけど、実は別の理由なのね。」

 ミリンダが成程と頷く。


「へっ?戦争?そんなもの、いつの話だ?

 ここのところ、何百年も送られてくる亡者が突然増えたことなんかねえぞ。

 同じレベルで安定的に送られてくるんだが、処理できずにずっと居続ける奴らが多いってぇことよ。


 だから、魂の浄化を終えて、生まれ変わる奴らも減っているんじゃあねえかな。」

 ダロンボは、ミリンダが何のことを言っているのか、分らないと言った様子だ。


「まあ、戦争前にも人間たちの生活範囲の増加や温暖化により、絶滅危惧の動物とか昆虫など叫ばれていたようだし、全ての生物単位という意味では、戦争前後に関わらず、死んでいく数の増減は、それほどないのかも知れないなあ。」


 その言葉を聞いて、ジミーが訳の判らないコメントを発し、自分だけで納得しているようだ。


「それは困ったわねえ。

 中には、我が国で行方不明になった者達もいるようだけど、私が説得して先へ進ませるのは、いいのかしら。」

 じっと左右の景色を眺めていたマイキーが、突然口を挟んできた。


「おお、そりゃありがてぇ。

 しかし、わしらがどれだけ先へ進めと言い聞かそうとしても、聞く耳持たず逃げ回るような奴らだぜぇ。


 おまえさんでも・・・、無理なんじゃねえのか?」

 ダロンボは少し笑顔を見せたが、すぐに不安そうな顔色に変わってしまった。


「まあ、やってみるわね。ちょっと止まって。」

 マイキーは蜘蛛の魔物に止まるよう指示したのち、ジェットコースターの真下へ行って、何か叫んでいる。


 すると、乗っていた数人の男女がすぐに降りてきた。

 さらに、マイキーはブランコの所へ行き、そこでも何か話をすると、やはり、ブランコを楽しんでいた人たちがすぐにやめて、ある者はそのまま前方へと進んで行き、ある者はマイキーの後に続いている。


 そうして各遊具機器を回り、最終的に5人ほどを従えて蜘蛛の魔物の背中へと戻ってきた。


「やったなあ、しかも、おめえさんの国だけじゃなくて、他の国の人間たちも説得してくれたみてぇだな。

 ありがたいが・・・、一体どうやったんだぃ?」


 ダロンボは、感謝の笑顔でマイキーを迎える。

 確かに、マイキーに話しかけられて遊具から降りたのは、肌の色や髪の毛の色も様々な人種のようだ。


 近くで見ると、どの人たちもずいぶんと年を取っている様子だ。

 若そうに見える人も何人か見受けられるが、大半が老人のようだ。

 よほど、長い年月をここで過ごしていたのだろうか。


「我が国の人間には、いい加減遊ぶのを止めて戻ってらっしゃいって命じただけよ。

 素直に言う事を聞いてくれたわ。


 他の国の人たちには、それぞれの国の言葉で、この先にはもっと面白い事が待っているわよって言ってあげたの。

 そうしたら、焦って先へと向かって行ったわ。」

 マイキーはどうってことないとばかりに、抑揚のない声色で答えた。


「へえ、わしらが何十年も手をこまねいて見ているだけでしかなかったのに、大した姉ちゃんだなあ。

 がぁはっはっはっ!」

 ダロンボはよほどうれしかったのか、高らかに笑った。


「そりゃ・・・、あんたたち鬼の姿が怖くて、ろくに話も聞かずに逃げ回っていただけなんじゃないの?」

 その姿を見て、ミリンダが顔をしかめながら呟く。


「うわっはっはっは、ちげぇねえ!」

 更に吹きだすように笑い続けた。



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