103話
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「とうちゃーくっと・・・、意外と快適だったわね。
なにより、下の景色を見なくて済むから良かったわ。」
対岸へ着くと、すぐにミリンダは立ち上がって、蜘蛛の魔物の背中から降りる準備を始めた。
「そのまま乗っていた方がいい。
先へと進むぞ。」
蜘蛛の魔物が、伸ばしてきた糸を崖に突き出た岩に括り付ける。
折り返し分を含めて、3本の太い糸がこの谷を結びつける。
「こうしておけば、ちょっとやそっとじゃ切れない丈夫な橋代わりになるだろう。」
蜘蛛の魔物の言うとおり、直径1メートルはある太い糸が3本より集まった橋は、隣のつり橋よりも安定しているようだ。
「この先の様子は判ったのかい?」
ジミーが蜘蛛の魔物の背中の上から、飛び太郎たちに尋ねる。
「へい、この先は少し進むと真っ暗な空間に変わりますが、更に突き進むとそこは一面の銀世界でさあ。」
飛び太郎が答える。
「銀世界?雪が積もっているというのかい?」
不思議そうにジミーが尋ねる。
洞窟へ入ってから、太陽を拝むこともないが、ぼんやりと明るく、また、寒さを感じるような気温でもないのだ。
それが、銀世界へと変わるという事は、どういった事だろうか。
「へい、あっしらも東北を住処としていることから、寒さには強いつもりでおりやしたが、それ以上の寒気です。
空を飛ぶ羽根とも言える胸ビレが凍りつき、危うく落下しかねないところでした。」
飛びの助が、自慢の胸ビレをばたつかせながら答える。
「僕も、さすがに耐えられなくて、途中で戻って来たよ。
でも、さっきの橋よりもずっと長く続いているよ。」
ゴローも寒そうに震えている。
「ふうむ・・・、今度は寒さか・・・。
弱ったなあ、防寒具は準備していないぞ。」
ジミーが頭を抱える。
「大丈夫よ、あたしに任せておいて・・・、みんな乗って・・・出発よ。」
ミリンダに誘われて、ゴローと飛び太郎、飛びの助が蜘蛛の魔物の背中に飛び乗る。
そうしてゆっくりと再発進だ。
少し進むと、成程その場所までは薄明りで周りが見えていたのだが、突然の暗闇に変わってしまった。
更にそのまま進むと、今度は突然目の前が一面の銀世界に変わった。
まるで、目の前にあったシャッターが瞬時に開いたような感覚だ。
「うわっぷ・・・、凍えるように寒い・・・。」
先頭に座るマイキーが、身を低くしながら呟く。
「大丈夫よ・・・任せて・・・。
モンブランタルトミルフィーユ・・・・極大火炎・・・の温風版!!!」
ミリンダが唱えると、暖かな温風が辺りを包み込んだ。
「おう、これは良い、歩きやすいぞ。」
蜘蛛の魔物の周囲、十メートル以上の範囲で、地面に降り積もった雪も解け始めたようだ。
「ねっ、大丈夫でしょ。
京都の山間の村を救うために、2週間も毎日かけさせられた魔法だもの、手慣れたものよ。」
ミリンダは自慢げに胸を張る。
蜘蛛の魔物が進むにつれて、温風範囲も一緒に移動していく。
どうやら、ミリンダを中心にして、効果範囲が動いて行くようだ。
そのまま1時間も進むと、またも暗闇に変わり、更に進むと今度は太陽が降り注ぐ、南国に切り替わった。
「へえ、こりゃいいや・・・、寒いのは、こりごりだぜ・・・。」
蜘蛛の魔物もほっと一息入れた様子だ。
ところがすぐに様子は一変する。
「おわあっちっち・・・。」
蜘蛛の魔物が、足を地につけていられないのか、ダンスでもしているかのように、8本の足を交互に上げ下げし始めた。
地面の砂は、やけどするくらいに焼けているようだ。
「極寒の後は、灼熱地獄?
雨粒弾で雨でも降らそうかしら・・・。」
ミリンダが汗をぬぐいながら、呟く。
「今度は僕に任せて。
氷の竜巻・・・凍りつけ!!!」
ハルの体から発せられた氷の粒は渦を巻いて、蜘蛛の魔物の体の周囲を取り囲む。
すると、先ほどまで襲い掛かって来ていた熱風が、心地よい冷風に変わった。
「まだ、うまくコントロールできないけど・・・、ちょっとくらいは我慢してね。」
ハルが言うとおり、時々小さな氷の塊や、水滴が降りかかってくるが、熱風よりははるかにましだ。
ミリンダも進行方向に雨を降らせて砂を湿らせ、蜘蛛の魔物が歩くのを少しでも助ける。
そうして、またまた1時間も進むと、暗闇に切り替わり、その先は薄暗く湿った雰囲気のする空間だった。
「今度は暑くもなく寒くもないわね。
切り立った崖もないし・・・、まあ進みましょ。」
立ち上がって先を見通そうとするミリンダの号令の下、蜘蛛の魔物が歩を進める。
次の瞬間、辺りを眩いばかりの閃光が包む。
「○△□※!!!」
誰もが目を閉じ、ドーンという衝撃を予測したが、恐る恐る薄目を開けると、辺りを光のベールが包み込んでいた。
ホースゥが瞬時に光の障壁を張ったのだ、しかも蜘蛛の魔物を含めた広い範囲で。
「ありがとう、ホースゥさん。助かったわ。」
ミリンダが笑顔で礼を言う。
「いえ、何でもありません。
でも、このままでは動けませんね。」
ホースゥの言うとおり、光の障壁に囲まれていては、進むことは出来ないのだ。
極大火炎や氷の竜巻のように、何度も唱えて連発する魔法と異なり、光の障壁は一定範囲を防護すると、それを解かない限りはその範囲を出ることも出来なくなるのだ。
「襲ってくるのが雷と分れば対処の方法はあるわ。
大丈夫よ、光の障壁は解いても。」
ミリンダに促されて、ホースゥは光の障壁を解く。
そうして蜘蛛の魔物はまた歩き出した。
すぐに、天空から稲光がギザギザに走ってくる。
「雷撃!!!」
ミリンダが唱えると、襲い掛かってくる雷に、別の雷がぶつかって瞬時に消えた。
「毒を持って毒を制すじゃないけど、雷には雷をぶつけるのよ。」
ミリンダは得意げだ。
尚も進み続けると、幾本もの雷が襲い掛かってくる。
「雷撃!!!、雷撃!!!、雷撃!!!」
都度、ミリンダが唱えるが、そのうちの1本がそれて、ほぼ直角に曲がり、横方向から襲ってきた。
「ブー!!!」
すぐにトン吉が炎を吐いて、稲光を撃退する。
「へえ、面白そう。僕もやってみよう。燃えろ!!!」
ハルの右手から発せられた炎の玉が、降りかかってくる稲光に当たって、それを消滅させる。
その後はミッテランも加わり、まるでシューティングゲームでもしているかのように、4人で稲光を殲滅させながら進んで行く。
「なんか、結構楽しかったわねえ。
物足りないくらいだわ・・・、もう一度戻ってみる?」
雷地帯を通り過ぎて、またもや暗闇に差し掛かった時に、ミリンダが残念そうに後ろを振り返る。
「駄目だよ・・・、遊びに来た訳じゃないんだから。先へ進むよ。」
ミリンダの言葉に一旦立ち止まった蜘蛛の魔物だったが、ハルに言われて再び前へと歩き始めた。
やがて、いつものように暗闇に切り替わり、その先には緑の空間が広がっていた。
「ふぁあ、緑のカーペットよ。
草原がずっと続いているようね。
今までと違って、素敵な所ね・・・、いたっ!」
蜘蛛の魔物の背中から飛び降りて、しゃがみこんで草に触れようとしたミリンダが、突然叫ぶ。
「ど・・・どうしたの?」
慌ててハルが上から覗き込む。
「どうしたもこうしたもないわよ。
何よこれ、草のように見えて、まるで針じゃないの。」
それは、ピンとまっすぐに伸びた十センチくらいの草だが、触ってみるとびくともしないくらいに堅く、しかも先端が鋭利に尖っている。
まるで一面に針を敷き詰めたようだ。
ミリンダが痛そうに人差し指を口に含んでいる。
「極寒地獄、灼熱地獄と続いて、雷地獄・・・さらに今度は針のむしろか。
まるで、本当の地獄へ迷い込んだようだな。」
ハルとミリンダの様子を見ていたジミーが、茫然と呟く。
「えーっ、地獄って・・・、悪いことをした人が死んだあとに連れて行かれるところでしょ?
あ・・・、あたしは何も悪い事はしていないわよ。
そりゃ、ちょっとはおふざけもしたけど・・・、それはあくまでもちょっとしたいたずら心で、子供がしでかした、たわいもない事で・・・。
い・・・、今のうちに謝っておけばいいの?
だったら・・・、ごめんなさい、ごめんなさい・・・おじいさんごめんなさい、権蔵校長ごめんなさい・・・おっとそれから・・・」
ジミーの言葉にミリンダが、突然立ち上がり捲し立てる。
そんなミリンダの肩を後ろから、ハルがちょんちょんと突く。
「ミリンダはどうか知らないけど、僕も、ここに居る他のみんなも地獄に落とされるような、悪い事はしていないと思うよ。
それに、僕たちはまだ死んだわけじゃないから・・・。」
ハルが慌てふためくミリンダを、呆れた様な顔で眺めている。
「そうだよ、地獄というのはあくまでも例えで、おいらだって本当の地獄を見たことがあるわけじゃない。
まあ、時間的には丁度いいから、ここで昼食にして作戦会議と行こう。」
ジミーの提案で、針のむしろを前に昼食をとることになった。
一同、蜘蛛の魔物の前に車座になって、それぞれ缶詰を手にする。
「やはり、今回もはるか先まで緑の空間が続いています。
左右の迂回ルートもなさそうです。」
飛び太郎、飛びの助コンビが戻ってきて、缶詰を受け取り輪の中に入ってくる。
「ふうん、そうかあ、やはりこの草地を抜けるしか手はなさそうだなあ。」
ジミーがフォークを口に運びながら、呟く。
「いくら鋭いって言っても、所詮は草なんだから、燃やしてしまえばいいのよ。
ハル!ちょっと、この草を燃やしてみて。」
ミリンダが、きょろきょろと辺りを見回し、大きな声でハルを呼ぶ。
「スッパ!スッパ!」
ハルは、みんなとは少し離れた場所で、トロンボと一緒に肉の缶詰を頬張っているようだ。
トロンボは依然としてシルクハットにサングラスで、ロングコートを着せられたままだ。
マスクだけを外して、食事をしている。
唯一、事情を知らないマルニーの反応が分らないため、マイキーからお許しが出ないのだ。
ミリンダに呼ばれて、ハルがそのまま立ち上がる。
「ちょっと、燃やしてみて。」
ミリンダがフォークを持ったままの右手で、目の前の草地を示す。
「燃えろ!!!」
ミリンダに促されて、ハルが魔法を唱える。
すると、数メートルの範囲にわたって、勢いよく草地は燃え上がり地面が現れた・・・と思ったら、その瞬間、地面から無数の細い草が伸びあがり、まるで早回し映像を見ているかのように、一面を緑で覆い尽くした。
「あれ、駄目みたいだよ・・・。」
ハルが、申し訳なさそうに振り返る。
「うーん、駄目なの?
トン吉とハルが二人で炎の魔法で草を燃やしながら、再び生えるまでの瞬間を辿って行くのはどう?」
あきらめきれないミリンダが提案する。
「難しいだろうね。今見た限りでは、燃え尽きた瞬間に次の草が伸びあがってくる。
燃えた隙間に足を置いたとしても、足の裏に伸びてきた草が刺さるだけだろうね。
それに、その時はまだ炎の熱で熱いだろうから、いかな蜘蛛の魔物でも無理があるだろう。」
ジミーは軽く目を閉じながら、首を横に振る。
「じゃあ、どうするのよ。
極大寒波で凍らせても、かえってカチカチに凍るだけだし、打つ手なしってこと?」
ミリンダは、不満顔だ。
「そういえば・・・、マイキーさんの国の人は魔法が使えるのよね。
マイキーさんの魔法は見たことがないけど、マルニーさんも・・・、どんな魔法が使えるの?
なにか、ここで役に立つような魔法はない?」
『おお、そうか。』
ミリンダが突然思い出したように、マイキー達の方に振り向いた。
その言葉に、みんなの視線が二人に集まる。




