102話
10
ジミーが立ち上がって、目を凝らして前方を伺うが、暗闇が続いているだけで何も見えない。
すると、一筋の光の線が前方を窺うように、くるくると回りながら辺りを照らし出した。
「えっ?灯りは駄目だったんじゃないのか?」
懐中電灯で前方を照らすマイキーに、ジミーが確認する。
「それは、黄泉の国への入り口だけよ。
修験者たちの言い伝えによると、黄泉の国への入口は、漆黒の闇と闇が繋がるので、月明かりでさえも厳禁なのよ。
今はもう中に入ってしまったから、平気なはずよ。」
マイキーは悪びれずに答える。
「あ・・・ああ、そうなのか。」
ジミーも懐中電灯を取り出して、辺りを確認する。
すると、前方下部に長いロープのような物が、ずっと先の方まで続いている。
よく見ると、それは細いつり橋のようだ。
人がすれ違うのも難しいほど細いつり橋で、どうやらこの先は断崖絶壁のようだ。
「もう夜も遅いから、今日はここで休む事にしましょ。」
マイキーの提案で、つり橋前でキャンプを設営することになった。
ジミーとトン吉、ハルの3人でテントを張って行く。
洞窟の中であり、雨などの心配もないため、ハルたちはそのまま寝袋で寝るのだが、野宿に慣れていないマイキー達用だ。
1本の草木も生えていないため、固形燃料を燃やしてたき火代わりだ。
その上に鍋を置いて、持ってきたインスタントスープを作る。
食事はいつもの缶詰だ。
「スッパ!スッパ!」
テントの影から、甲高い声が響いてくる。
トロンボの声だ。
「しーっ、静かに食べようね。」
ハルが、おとなしく缶詰を食べる様に、なだめているようだ。
マルニーにトロンボの姿を見せ無いよう、気を使っているのだろう。
食事の後、マイキーは早々とテントの中へ引き上げてしまった。
一人残されたマルニーの所に、ジミーが近寄り声を掛ける。
「そ・・・、その・・・、一つ質問があるんだが・・・。」
「なあに?マイキーさんに婚約者がいるとわかったら、すぐにこっちへ乗り換え?
男って、若い女性を見つけると、すぐに言い寄って来るって旧文明の雑誌に書いてあったけど、本当ね。」
すると、ジミーの背後から若い娘の声がする・・・、ミリンダだ。
ジミーが振り向くと、教科書片手のハルも隣に居る、更にミッテランまで。
「ばっ、馬鹿を言うな・・・、今回の依頼の背景について、す・・・少し詳細に聞きたいだけだ。」
ジミーは突然の指摘にうろたえる様に、言葉を詰まらせる。
おそらく、顔は真っ赤になっていることだろうが、固形燃料のたき火では、表情すらはっきりとは伺えそうもない。
こんな暗闇にもかかわらず、ジミーは相変わらずサングラスを付けたままなのだ。
「はい、何でしょうか。」
ビニールシートの上のクッションに腰かけているマルニーが、立ったままのジミーの顔を見上げる。
「そ・・・その・・・、王位継承権の事なんだが・・・。
マイキーは第2王女なのに王位継承権第1位と先ほど伺った。
一般的に王位継承権と言えば、嫡男・・・つまり男の子の第1子から数えることが多いと記憶している。
そ・・・そりゃあ、男女平等の考え方から、男の子でも女の子でも第1子から順に数える国も多いと習ったが、それにしても第2王女が1位というのは・・・、この国ではなにか、能力的なものなどを加味して決めるのかい?
それとも、第1王女の身に不幸があったとか・・・、でも普通はそうなれば繰り上がってマイキーが第1王女と呼ばれるような気がしてならないんだが・・・。」
ジミーは一見して今回の依頼内容とは、関係ないような事に関して質問をした。
しかし、この国へ着いてから判明した新事実を含め、分らないことばかりであり、それがさらに今回の依頼内容を不透明にしているとも言える。
依頼者であるマイキーの立場を明確にしたからと言って、そういった事が全て理解できるわけではないが、マイキーがらみの人間関係だけでも明確にしておきたいというジミーの思惑のようだ。
なにせ、探索に入った全員が、無事に帰ってきているのだ。
とりわけ危険が伴う任務とも言えない。
鬼たちが関わっているとはいえ、この国の兵士だけでも十分に可能な任務ではないのか。
どうしてそれを中断し、5年間という長い年月をかけてまで、日本に居た我々に依頼して来たのか、さっぱりわからないのだ。
それとも、その先へ行くと危険が伴う事が分っているというのだろうか。
そうであれば、それはどこからの情報なのだろうか。
あるいは家族関係からマイキーの立場が非常に弱く、この国の兵士たちの協力を得ることができないので、外部の者たちに依頼してきたのであろうか。
様々なパターンが、ジミーの頭の中を駆け巡る。
「マイキー姉さまには第1王女の姉さまがいらっしゃって、その方は健在です。
更に第1王子の兄さまもいらっしゃいます。
それなのにどうして、マイキー姉さまが王位継承権第1位なのかということですよね。
それは、第1次探索隊の中隊長として、スターツ第1王子が参加されたからです。
更に、文武に秀でたミンティア第1王女も第2小隊長として参加されました。
もちろん、行方不明になった国民の事を憂いての参加です。
ところが、お二人が直接指揮を執った第1小隊も第2小隊も、更に武芸に名を馳せた親衛隊隊長率いる第3小隊までもが数分で逃げ帰って来たのです。
しかも、反省の色など一切見せず、笑顔まで見せての帰還です。
これには、普段温厚な国王様もお怒りになり、全員を一平卒へ落とし、更に第1王子と第1王女の王位継承権までも剥奪したのです。
それによって、マイキー姉さまが継承権第1位と繰り上がった訳です。
更に親戚筋である、私や兄のムーリーまでもが王位継承権の順位が付きました。
6位と7位ですけどね。」
マルニーは感情を込めずに淡々と説明した。
やはり、あまり口にしたくはない内容の話なのだろう。
「兄って・・・、ムーリーっていう人は、さっきのあのひょろっとした、鎧を身に付けた頼りない・・・。」
最後の言葉にミリンダが反応する。
「ええ、そうです。あいつは、恥ずかしながら、私の兄です。」
マルニーは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「仲・・・悪いのねえ。」
ミリンダが残念そうに話す。
兄弟のいないミリンダにとって、兄という存在に憧れを持っていたのだろうか。
「いえ、仲が悪いという訳ではないのです。
やさしい性格をしていますし、嫌いではありません。
でも、マイキー姉さまの弱みに付け込んで、婚約関係を結んだのが許せません。
因みに・・・先の調査で王子たちと一緒にすぐに戻ってきてしまった、親衛隊長というのも私の兄です。
そちらが長兄で、ムーリーは次男になります。」
マルニーは言い忘れていたことを思い出したかのように、言葉を足した。
「弱みに付け込んだってどういう事よ・・・。」
ミリンダが尚も尋ねる。
「スターツ王子もミンティア王女も、国民みんなのあこがれの的でした。
あっ、もちろんマイキー姉さまも当然のことながら、あこがれの存在です。
ところが、あのような失態を見せてしまい、お二人の評判は地に落ちてしまいました。
代わりにムーリーが英雄として祭り上げられ、その勢いにのってマイキー姉さまに結婚を申し込んだのです。
それまでは、国王の妹とはいえ民間に嫁いだ母様ですから、立場的に大きな隔たりがありましたが、その時点では王位継承権も付加された立場、国王も渋々ながら了承せざるを得ませんでした。
なにせ、ムーリーは今や国民の英雄ですから。
このまま国に留まると、本当にムーリーと結婚させられると踏んで、マイキー姉さまは冒険者を募る旅に出ると言い残して、日本へと向かわれたのです。
少なくとも、私はそう理解しています。」
マルニーの言葉に力がこもってきたようだ。
「でも、それだったら、マイキーは君の本当のお姉さんになるわけだよね。
だったら、そのムーリー兄さんとの結婚を賛成こそすれ、反対する理由がないようだけど、どうしてお兄さんの結婚を反対しているんだい?」
ジミーが不思議そうに問いかける。
「意気地のない兄貴に、マイキー姉さまはもったいないからです。
姉さまには、もっとふさわしい男性が現れるはずです。
そう考えて、私が日本へ向かう姉さまのお手伝いをいたしました。」
マルニーは毅然として答える。
「ふうん、大体飲み込めて来たよ。
多分マイキーは、お兄さんたちが逃げ帰ったと言う事を、信じてはいないのだろう。
なにか裏があると疑って、その謎を解くことが出来そうなメンバーを探していたんだろうね。
そうして、日本でのハル君たちの活躍を見聞きし、何とかしてくれるのではないかと考えて依頼することにしたのだろうなあ。」
ジミーが腕を組んで唸る。
「はい、私もそう考えています。
すぐに逃げ帰った事実は変えられませんが、その正当な理由を探しているのだと考えています。
今回、その理由が見つからなければ、本当に姉さまはムーリーと結婚させられてしまいます。
それを阻止するためにも、ご協力お願いいたします。」
マルニーは深々と頭を下げる。
縁戚関係から考えると、何か複雑な気持ちだ。
「まあ、ある程度理解できたところで、今日はお開きとしよう。
固形燃料のたき火程度の明かりでは、目を悪くするから今日は移動学校も休校だ。
砂漠地帯での瞬間移動で疲れただろうから、もう休むとしよう。」
ジミーの一言でお開きとなった。
マルニーはテントの中へと入って行き、其々が寝袋を広げて寝る場所を確保し始めた。
ハルもテントの向こう側へ回ると、そこではホースゥの隣で既にトロンボが寝息を立てていた。
ハルもその横に寝そべって目を閉じた。
翌朝、ハルが目を覚ますと、洞窟の中だというのに、辺りが白みかけていた。
時間と共に、薄暗い周りがはっきりと見える位にまで明るくなったが、日差しが差し込んできている訳ではない。
天を仰ぐが、空なのか洞窟の天井なのか区別がつかない、厚い曇り空のような空間が広がっている。
「なによこれ、暗くて見えなかった昨日の方がまだましだったわよ。」
向こうで、ミリンダの叫び声が聞こえてくる。
何事かとハルがそちらへ歩いて行くと、そこには既に人だかりができていた。
絶壁の向こう側は、底が見えないほど深い谷だった。
更に向こう岸があるのかも判らない程、果てしなく続く谷にかかる1本のつり橋。
確かに、状況が見えるようになった分、その高さの恐怖は倍増だ。
「周囲の様子を確認してきましたが、この断崖絶壁は延々と続いています。
その為、迂回は考えない方がいいでしょう。
また、あっしらの飛行距離では向こう岸へと辿りつくことも叶わない様子で、少なくとも1キロ以上の長さはあるようです。」
飛び太郎と飛びの助のトビウオ系魔物のコンビが、降り立って報告をした。
「大きく突き出た岩にしっかりと固定してある様子だし、この吊り橋で何とか渡れるだろう。
でも、慎重にね。
まずは朝飯を済ませてから出発だ。」
固形燃料でインスタントスープを作り、缶詰で朝食をとる。
「な・・・なんか、すごく揺れるわよ・・・」
つり橋の乗り口で、ミリンダが橋を吊っているロープを掴んだまま、硬直状態だ。
下から吹き上げてくる風も結構強く、先ほどから橋が大きく左右に振れている。
「あたいは平気だよ。高いところはなれているからね。」
スパチュラが不安定な足場をものともせずに、スタスタとつり橋を歩いて行く。
「わしに任せておけ、こういった細い糸を渡って行くのは得意中の得意だ。
わしの背中にみんな乗って行けば安心だろう。」
そう言って、蜘蛛の魔物は体を低くして、みんなを誘導する。
「いや、駄目だ。この橋の耐久重量がどれだけか分らない。
蜘蛛の魔物に加えて、おいらたち12名もの体重が少ない範囲にかかったら、橋が壊れる可能性もある。
少人数ずつに分かれて、慎重に渡った方がいい。」
ジミーは残念そうに首を振る。
「えーっ、で・・・でも・・、こんなの渡れないわよ。
マルニーさんのお兄さんたちが渡れずに逃げ帰ったのも、分るような気もする・・・。
なぜかわからないけど、先へと進まなければいけないような義務感は感じるんだけどね。
ええい、勇気を出して一歩を踏み出す・・・。」
ミリンダはなるべく下を見ないようにしながら、恐る恐るつり橋へ足を掛けようとする。
「ようし、だったらわしだけがつり橋を渡って、戻ってこよう。
その時にわしの糸をこの谷に掛けてやるさ。
糸を岸に結んでおけば、万一つり橋が壊れても平気だしな。
わしの糸であれば丈夫だし、みんなを乗せて進んでも切れる心配はない。
お前さんたちをのせて谷を渡った、最初の冒険の時と同じだ。」
「そうか・・・そうしてくれると、ありがたい。」
ジミーも納得とばかりに大きく頷いた。
ミリンダも、すぐに出した足を引っ込める。
そうして、絶壁手前に突き出した大きな岩に蜘蛛の魔物は糸を絡めてから、つり橋に足を掛けた。
「あっしらも、万一の時には飛べますから平気です。
何が起きるか分らないので、念のためについて行きます。」
飛び太郎、飛びの助のコンビが蜘蛛の魔物の背中に飛び乗る。
「僕も途中までついて行くよ。」
ゴローも蝙蝠に変身した。
スパチュラを先頭に、蜘蛛の魔物がつり橋の吊ロープに器用に足を掛けて、ゆっくりと進んで行く。
その動きはスローだが、一歩が大きいので、結構なスピードだ。
すぐにその姿がかすんで見えなくなっていく。
「じゃあ、これと言ってやることもないし、明るくなったから授業だ。」
ジミーは嬉しそうに、ハルたちに振り向いた。
「げげえっ・・・。は・・・早く帰ってきてよ、蜘蛛の魔物・・・。」
それに対し、ミリンダは小さく呟く。
スパチュラを背中に乗せて、蜘蛛の魔物が帰って来たのは、それから1時間ほどしてからだった。
「向こう岸まで、えらく遠いぞ。
恐らく、十キロ以上は楽にあるだろう。
不安定な足場だし、人が歩いていたら、1日近くかかるんじゃないのか。
延々と続く不安定な足場は、人間だったら結構な恐怖だろうな。」
蜘蛛の魔物は、伸ばしてきた糸を更に岩に結び付けて、ピンと張った。
行きと帰りで合わせて2本の糸だ。
前回は1本だけで渡れたのに、向こう岸までの距離はそれほど長く離れているという事だろうか。
「途中、たるみ防止のために、つり橋にも何カ所か糸を掛けさせてもらったよ。
恐らく、わしが今までに糸を掛けた最長距離になるだろうな。」
そう言いながら、蜘蛛の魔物は少し得意げだった。
「そういえば、ゴローや飛び太郎、飛びの助は?」
ミリンダが尋ねる。
「奴らは、向こう岸の偵察に残ったよ。
その方が、本体が到着してからすぐに行動できるだろう。
待たせておくのも悪いから、すぐに向かおう。」
蜘蛛の魔物はそう言いながら、体を低くする。
すぐにミリンダは教科書をしまって、その背中に飛び付くように駆け寄る。
ハルも残念そうに教科書をカバンにしまい始めた。
谷底から突き上げる様に吹いてくる強風も、蜘蛛の魔物の大きな背中に守られて、影響はなく快適だった。
30分ほどで向こう岸が見えてくると、既に3つの影が待ち受けている。
ゴロー達が、周囲の確認を済ませて待っているのだろう。




