101話
前置きが長かったのですが、ここから黄泉の国編本格的にスタートです。
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4〜5百メートルの高さはあるだろうか、垂直の壁とも言える山が半分切り取られてできたような崖の真ん中に、巨大な穴がぽっかりと開いている。
どのような経緯で出来たのか全く分からないが、崖の上下端および左右両端から、ほぼ同じ距離に位置した場所に洞窟のような穴が開いているのだ。
つまり、正方形に近い形状の崖の中心に洞窟があり、なにか意図的に作られた感がある。
「黄泉の穴と呼ばれています。
古より修験者の修業の場として使われていて、以前は洞窟から垂らした1本の鎖を伝って昇り降りしていたようです。
我々が探索を開始した当初、途中で力尽きて落下するものが後を絶たず、やむを得ず崖を切り崩して階段状の道を作って、負担を軽減いたしました。
重装備の兵士でありますし、修行目的ではありませんから。」
マルニーが、巨大な穴を指さしながら説明する。
「探索と言っているけど、何かを探していたのかい?
その・・・、実はマイキーから今回の事は何も聞かされていないんだ・・・。」
階段を登り始めたマルニーについて行き、ジミーは念のための確認で尋ねてみる。
マイキーとの仲なので、何も聞かずに協力をすることも構わない。
その為、追及もしないでここまでついて来たのだが、やはり事情は知っているに越したことはない。
「お話していませんか・・・、やはり、ご家族の恥を口にしなければならないですものね・・・。」
歩きながらマルニーは、あごに手をやり、しばし黙りこくった。
「か・・・家族の・・・、恥?」
ジミーの声が途端に小さくなり、周りでこの会話を聞いている者がいないか、辺りを見回し確認する。
「いえ・・・、それらは追い追いご説明いたします。
マイキー姉さまは、我が国の迫害を受け続けた歴史に関しても、ご説明していませんか?」
「あっ、その話なら聞いています。
何でも、農作物の収穫を上げる魔法の力目当てに、他の土地どころか他国へもさらわれて行っていたという事でしたね。はあ、はあ。」
ジミーが、ようやくマルニーの進む速さに合わせながら、なんとかついて行く。
何度も登った階段なのだろうか、慣れもあるだろうが、手ぶらのマルニーに対して、大きなマシンガンと予備のカートリッジに加え、テントも入りパンパンに膨らんだリュックを背負っての登りは、さすがにきついだろうか。
「そう言った歴史からようやく解放されたのですが、最近になって農薬や肥料の研究も進み、収穫が安定化するにつれ、人身売買のような非人道的な事が明るみに出ることを恐れて、隠せるうちに隠してしまおうという、工作活動が働いたと見るべきでしょうね。」
迫害の歴史から解放されたことを感謝していたマイキーに対して、それはただの諸外国の都合でしかないと、冷めた目で評価しているようだ。
明るい笑顔を振りまき、何も考えていないようでいて、実は深い見識を持っているのだと、改めて感心した。
「ところが十年ほど前から、また国民が行方不明になる事件が頻発したのです。
あの、最終戦争とも言えるような世界中を巻き込んだ戦争。
その戦後の復興の為に、農作物の収穫を向上させる目的で、我々を必要としているのかもと勘繰った時もありましたが、実は違いました。
独立を成し遂げた時から、国民の安全を確保する為に、国民全員の左手にマイクロチップを埋め込んだのです。
そのマイクロチップにより、国民全員の位置は常に衛星からの電波で把握することが可能となったのですが、行方不明になった者は全員、この洞窟の中で消息を絶っています。
その為、この洞窟の探査が開始されたのです。」
マルニーがくるりと向きを変えて、階段を折り返す。
その先には、ようやくゴールとも言える洞窟が見えてきた。
マルニーの足が一段と加速する。
ジミーはそれについて行く事がやっとだった。
それは、地上で見るよりも巨大な洞窟の入り口だった。
幅20メートル以上、高さも十数メートルあるだろう、巨大なかまぼこ状の穴が口を開けている。
「はい、到着しました。
ここが黄泉の穴です。」
ツアーガイドよろしく、マルニーが明るく笑顔で説明する。
『ガチャンガチャン』「おや、マルニーじゃないか。
珍しいな、お前がここまで登って来るなんて、5年ぶりか?」
洞窟の中に居た、甲冑を付けた長身のやさ男がマルニーを見つけて、親しげに話しかけてきた。
「ムーリーじゃない。
あなた、まだここに居たの?
王室の警護はどうなっているのよ。」
対するマルニーは不機嫌そうに、顔をしかめる。
「王室の警護?あんなものは兵卒たちに任せておけばいいのさ。
体力自慢の適任者がいるからな。
それよりも、一番重要なのは、わが国民たちの安全だ。
国民が連れ攫われないよう、この洞窟を守っているのが一番さ。」
ムーリーは、マルニーの表情など意に介さぬように、笑顔で語りかけてくる。
「何を言っているのよ、現に半年前にも5名の行方不明者が出ているじゃない。
今日だって、何人の行方不明者が出るか分らないわよ。
せいぜい、責任を問われないように、言い訳を考えておくのね。」
マルニーの対応はあくまでも冷たいものだ。
「いや、僕がここに詰めているからこそ、半年前だって5名だけで済んだと言えるのさ。
なんだったら、僕が中へ入って人々を引き込むのを食い止めても構わないんだが、黄泉の国の探索を一時中止としたのは、他ならぬ僕の愛しい人だからね。
そんなに僕が心配なら、早いとこ僕の妻になって幸せな家庭を築くべきと、いつも思っているのだがねえ。」
『ガチャンガチャン』ムーリーは自慢げにその分厚い鎧に覆われた、胸を張る。
彼が動くたびに、鎧が擦れて大きな金属音が洞窟内に響き渡る。
洞窟の奥には、衛兵と見える者たちが数人詰めているが、彼らは迷彩色の軍服を身に付けている。
光り輝く鋼鉄製の甲冑を身にまとっているのは、どうやらムーリーだけの様子だ。
『ガチャンガチャン』「おや、これはこれは、我が婚約者殿ではないですか。」
そう言って近寄って行くムーリーの視線の先には、最後に登って来たマイキーの姿があった。
『婚約者ー?』
ハルもミリンダもミッテランも、もちろんジミーも素っ頓狂な声をあげた。
「ふん、ムーリー・・・。近寄らないで、ヘタレがうつるわ。」
マイキーは無表情で返事をする。
『ガチャガチャ』「ヘタレヘタレ・・・。
おおマイキー、さすがに5年も日本に居ると、難しい言葉を覚えて来るね。
しかし、そんなことを言っていられるのも今日までさ。
約束の日だからね、今日中に結果を出せなければ、君は僕のものさ。」
マイキーの言葉に対し、ムーリーはすかさず甲冑の懐から辞書を取り出して言葉を調べた後に、不敵な笑みを浮かべてマイキーを指さす。
しかし、マイキーは何の反応も見せずに、彼を躱し洞窟の奥へと入ってくる。
「馬鹿はほっておいて、行くわよ。」
あまりの急展開に、呆然と立ち尽くすハルたちの目の前を通り、尚もマイキーは洞窟を進んで行く。
その先には、巨大な両開きの扉があった。
「黄泉の穴への入口よ。
普段は危険だから閉じているの。
でも、今なら黄泉の国への道が通じているから、中へ入れるわ。
行くわよ。」
『ギー』マイキーの合図で、立番をしていた兵隊たちが、扉に結びつけた長いロープを持って、左右に分かれてそれを引く。
すると、ゆっくりと扉が開いて行く・・・、その先は真っ暗な得体のしれない空間が続いているようだ。
マイキーは恐れることもなく、スタスタと中へと歩を進めていく。
「では、参りましょう。」
「あ、ああ・・・はい。」
マルニーの合図で我に返ったジミーが、彼女に続く。
扉の向こう側は、更に巨大な空間だった。
ジミーが懐中電灯で照らしても、その先の見通せない程で、それは奥方向だけではなく、上下左右を照らしても灯りが届く距離に壁は存在しないかと思わせる程、だだっぴろいのだ。
「駄目よ、漆黒の闇が黄泉の国に通じるの。
灯りは厳禁よ。」
マイキーに言われて、ジミーは懐中電灯をしまう。
同時に、後ろの扉が閉じられて、辺りは本当に真っ暗闇となってしまった。
「蜘蛛の魔物さん、ここなら巨大化しても大丈夫よ。」
マイキーの言葉だけが、洞窟内に響き渡る。
『おう、そうかい・・・集合!』
暫くすると、一瞬だけ蛍光のように淡い光が生し、巨大な蜘蛛の姿が残像となって残る。
「おお、やっぱりこの姿が良いなあ。
どうだ、わしの背中にみんな乗って行くかい?
わしは夜目が聞くから、暗闇でも全然平気だ。
さ、遠慮せずに。」
とは言うものの、蜘蛛の魔物の居る位置すら見えない闇の中だ。
仕方がないので、声のする方向に、ジミーが懐中電灯を照らして方向を確認した後すぐに消し、あとは声だけを頼りに、一人一人蜘蛛の魔物の背中へと乗せて行く。
「僕は暗闇でも問題ないから、先行して飛んでいくよ。」
ゴローは、蝙蝠に変身して蜘蛛の魔物の周囲を飛び回り始めた。
すると、ジミーのすぐ横に勢いよく舞い降りてきた影が2つ。
「この先もずっと石ころなどが多い、岩場が続いておりやす。」
飛び太郎、飛びの助のコンビだ。
日が差し込むことのない暗い海の底を泳ぐ彼らも、夜目が効くのだろう。
「さあ、急がないと、黄泉の国への通路が閉じてしまうわ。
すぐに出発して頂戴。」
全員が蜘蛛の魔物の背中に乗ったことを確認して、マイキーが出発の合図をする。
「えっ、ここが黄泉の国の入口じゃないの?」
ミリンダが、不思議そうに尋ねる。
「いえ、ここはまだ黄泉の国ではありません。
黄泉の穴です。
この先を進んで行くと、普段は断崖絶壁の行き止まりですが、半年に一度12時間だけ道が出来るのです。
予定よりずいぶんと遅れていまして、あと数分で道が消失してしまいます。」
マイキーに代わり、マルニーが答える。
「任せておけ、わしなら人の数倍の速さで進むことができる。」
蜘蛛の魔物は、漆黒の闇でも先が見通せるがごとく、まっすぐに早足で進んで行く。
ごつごつした岩場も、その巨体にとっては平坦な道でしかない。
やがて、その先がぼんやりと光って見えてきた。
その光は淡く、一直線に引かれている。
まるで、何かのスタートラインのように。
蜘蛛の魔物は、その光の線も越え、尚もずんずんと進んで行く。
「やりました、黄泉の国へ入りました。
先ほどの光の線は、夜光ゴケを使って引いた境界で、黄泉の国への道が出来ていない時に、誤って断崖から落ちないよう、引き留めるための表示です。
こちら側へ来てしまえば、もうこっちのものです。」
マルニーの声のトーンが、少し明るくなったようだ。
「そうね、同時に、私たちにとって未知の世界へ入ったという事ね。」
マイキーの抑揚の無い声が、前の方から聞こえてくる。
「えっ、マイキーさんたちは、黄泉の国へ入ったことはないの?
口ぶりから、何度も入っているかと思っていたけど。」
後方からミリンダの声が聞こえてくる。
「ないわよ。ここは、元々修験者たちが修行の場として使う以外は、一般の人々が近づくような場所ではないのよ。」
あいかわらず、マイキーは抑揚のない声で答える。
「ところが、行方不明者が頻発して、ここを探索することになったのです。
黄泉の穴と古くから言われてはおりましたが、黄泉の国へ通じるという事も、その時に修験者たちの言い伝えから判明したことです。
しかし、1個中隊を組織して行われた大規模な探索は失敗。
その後、もう一度小規模な探索が行われましたが、結果は振るわず、マイキー姉さまは他国の勇者に冒険を依頼すると言って、全ての探索計画を中止して日本へ向かったのです。」
マルニーが続いて言葉を足す。
「失敗?一体どうしたというのです。
部隊が全滅したという事ではないですよね。
先ほど、中に入った人は全員無事に帰ったとおっしゃいましたよね。」
ジミーがすかさず質問をする。
「ま、あれが無事に帰ったと言えるのならね・・・。」
ため息交じりのような、マイキーの返事が聞こえてくる。
「帰っては来たのですが・・・、というより、すぐに逃げ帰ってきてしまったのです。」
『すぐに逃げ帰って来た?』
「はいそうです。
しかも、自信満々の笑顔をたたえながら、帰って来たのです。
入ってから、数分と持たずに逃げ帰ったというのに、反省の色も見せずにです。」
今度はマルニーが、低いトーンで淡々と告げる。
「そ・・・それは・・、どういう事です?」
「分りません。報告を聞いても、どの兵士の言う事も要領を得ません。
黄泉の国でのことを、ほぼ何も覚えてはいないのです。
断片的な記憶しかなく、赤鬼と青鬼を見たとか、行方不明になった人々を見たと言っていましたが、あとで調べると、報告で名前が挙がった人々は、皆黄泉の穴に入ったことはありましたが、すぐに出てきた人達でした。
恐らく、恐怖で混乱して逃げ惑っていただけで、すぐに逃げ帰ったのが恥ずかしいから、以前黄泉の穴の中に入った人の名を知っていたので、その人たちの名を告げたのだろうという、結論に至りました。」
「それは、穴に入った兵士たち全員がそうなのですか?」
「いえ、実は違います。
中隊は4つの小隊で編成されていましたが、1小隊だけはもう少し長く留まって帰ってきました。
しかも、逃げ帰ったことを恥じる様にうなだれながら。
帰還当初は、先へ進めずに離脱したことを反省していましたが、その他の隊がすぐに逃げ帰ったという報告を聞くと態度が一変し、自分たちは恐怖の中3日間は粘ったが、それでも先へ進めずに探索を断念したと報告内容を訂正しました。」
「ふん、ヘタレのいい訳よね。」
前方から、また抑揚の無い言葉が返ってくる。
「実際に彼らが洞窟の中に留まっていたのは、7時間ほどでしたが、数分で逃げ帰った面々に反省の態度が見られなかったことも加味され、彼らこそが真の英雄という事になりました。
そうして2階級特進し、親衛隊隊長になったのが先ほどのムーリーです。
代わりに、数分で逃げ帰った中隊長以下全員は、兵卒へ格下げとなったのです。
ムーリーは小隊を組んで、半年後に第2次探索を行いましたが、その時も7時間ほど滞在して戻ってきています。
しかし、その時も成果は上がっておりません。
その為、それ以上の探索は一切厳禁という命をマイキー姉さまが出したのです。
そうして、洞窟入口に巨大な鋼鉄製の扉を設け、修行も含めて黄泉の穴へ入ることを禁止したのです。
以降、行方不明者は激減しましたが、それでも0ではありません。
黄泉の穴が通じる時期になると、決まって数名がこの付近で消息を絶つという事態は継続しております。」
「じゃあ、そのムーリー小隊の報告を聞いて、もう少し洞窟の中の状況が分ったのですか?
例えば鬼の数とか、強さとかですが・・・。」
「いえ、ムーリー小隊の報告には、鬼も行方不明になった人たちも出て来ません。
ただ、遥か彼方まで続くような細い橋を、重い装備を付けたまま渡ることができず、断念したという報告がなされただけです。」
「橋・・・。」
ジミーがその言葉を聞いて唸る。
「しかし、武芸に名を馳せた親衛隊長や第1王子、第1王女と言った面々が、恐怖に負けて逃げ帰ってきたなどという事は、私は未だに信じられません。
きっと、彼らがあまりにも強すぎるため、誘拐した人々を取り戻されると判断して、黄泉の国の鬼になにか幻覚を見せられ、入口へと誘導されたのだと思います。
代わりに、ムーリーに関しては、危険性がないと判断して、そのままにしておいたのではないかと。
その為、ムーリー小隊の報告には鬼が入っていないと、私は考えております。
そんな卑怯なことをした鬼を、私は許せません。」
マルニーは悔しそうに拳を握りしめた。
「どうやら、その橋というのに着いたようだな。」
はるか前方から、野太い声が聞こえてきた。蜘蛛の魔物だ。




