100話
8
ずっと上り坂を進んでいたバスが、峰の中腹を越えると、その先に連なる山々に囲まれた、盆地が見えてきた。
そこには広大な田畑が広がり、中心部には街並みもうかがえる。
どうやら、そこが目的地であり、マイキーの生まれ故郷の様子だ。
そこへ続く道を、バスはひたすら下って行く。
やがて平坦な道に差し掛かり、のどかな田園風景をバスは走って行く。
「ここが、私の生まれ故郷よ。まあ、・・・国だけどね。」
マイキーは、左右の窓からの風景を懐かしむように説明した。
窓から見る風景、それは驚きの連続だった。
あぜ道には人影もまばらだが、特に畑の中には人がいない。
その人たちは何をするでもなく、ただ天を仰いでいる。
すると、バスを追いぬく様に、雨が降ってきた。
しかし、道路わきの畑には雨が降り注いでいるが、バスが走っている道路は濡れても居ない。
両脇の畑だけ雨が降っていて、しかも、畑に沿って段々と雨雲が移動しているようだ。
雨雲が通り過ぎた後には、すぐにすがすがしい青空が覆う。
そこではカエルたちが昆虫を食べ、よちよち歩きのカルガモたちが、小麦畑の雑草を食む。
雨雲は、はるか先の木々が生い茂る森まで達すると、掻き消えた。
「夕方の水まきね。
野菜などの収穫は早朝だから、夕方は畑に出る人は少ないのよ。」
マイキーはさりげなく呟く。
「水まき?という事は、誰かが意識して雨雲を発生させてコントロールしているってこと?
つまり、魔法でしょ?
でも、あたしだって雨粒弾は使えるけど、こんなに正確に範囲を絞って使えないわ。
ミッテランおばさんだったら可能でしょうけど。
でも、攻撃魔法だから、野菜には悪影響を与えるのよ。
葉に穴を開けたりね。」
ミリンダは、さりげなく忠告気味に・・・そうしてあえて聞こえるように大きめの声で、つぶやく。
「野菜や果物に穴なんか開かないわ。
むしろ、成長が早くなるくらいよ。
この水には、様々な栄養分も含まれているから、肥料の必要もないの。
それに、カエルや鳥たちに協力してもらって、雑草や野菜に付く虫たちを駆除してもらっているのよ。」
マイキーは自慢するように、マイクに向かって話す。
「野菜の成長に良い雨?
確かに、竜神になる前の竜の化身は、野菜にやさしい雨を降らせることができたけど・・・。
さらに、小動物に協力してもらうなんて・・・、あなたたちは神なの?」
ミリンダがバスの座席から立ち上がって叫ぶ。
「まさか、神などであるはずもないわ。
さっきも言ったでしょう、この能力の為に、何世紀も迫害を受けて来たって。
それに、この国の人たちは生き物たちにやさしい魔法は使えるけど、あなたたちのような攻撃魔法は、ほとんど使えないのよ。
だから、あなたたちを頼ることにしたの。
それぞれ、得意とする分野があるという事ね。」
マイキーは相変わらず無表情で、マイクに向かって答える。
「ほんと・・・、世界は広いってことだよなあ。」
ジミーが感心しながら頷く。
「僕も世界のいろいろな所を旅してまわったし、S国も訪れた記憶があるけど、この地域は全く知らなかったなあ。
といっても、随分と昔の事だったし、ほとんど忘れてしまってはいるけどね。」
ゴローも恥ずかしそうに、頭を掻きながら呟く。
そうこうするうちに、バスは1軒のお屋敷の前に停車した。
いつの間にか農地を過ぎ、盆地中央の集落に達していたようだ。
それは、真っ白なお城とまではいかないが、西洋風の大きなお屋敷のような造りをしている。
お屋敷の前の駐車スペースにバスとトラックを停め、荷物を下ろす。
蜘蛛の魔物たちは、地を這う影のように真っ黒い一団となって、塊を作っている。
「パスポートプリーズ!」
マイキーに促されて、お屋敷入口から中へと入ると、そこは通関施設のようだった。
マイキーがローカルとかかれた窓口で、濃紺の手帳を差し出してスタンプを受けている。
そうしてそのまま、ゲートを通って奥へと行こうとしている。
「待った待った、マイキー!
今の日本では、それらしい政府機関もないし、パスポートなんか公布されていないぞ。
大体、日本を出国するときだって出国手続きもしていないし、さっきまでいたS国でだって入国審査も受けていないじゃないか。
何よりも、おいらたちはともかく、一緒に来てくれた魔物のみんなは、パスポート申請さえできないぞ。」
ビジターと書かれた窓口前で、ジミーが慌てて叫び、マイキーを引き留める。
「仕方がないわねえ、特別に通してあげる・・・。
本当は最初からそのつもりで、S国とも話がついていたのだけど、おもしろいからどうなるか見てみただけよ。」
マイキーが目配せすると、いかつい顔をした職員が、ジミーの前のゲートを開けてくれた。
ジミーの合図で、ハルたちも通関ゲートを通って、マイキーの故郷の国へと入国した。
「パスポートって何かしらね。」
ミリンダが、不思議そうにジミーの後姿を眺める。
「うん、そうだね。」
ハルも同様に頷く。
最後に蜘蛛の魔物の兄弟達が、3列縦隊で十分かかって通関した。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「お帰りなさいませ、お姫様。」
マイキーを歓迎する声が各方向からかけられる。
「お嬢様は判るが・・・、お姫様って?」
ジミーが驚いた表情を見せる。
「日本の使者様ですね。
この度は、我々をお救い頂くべく、願いをお聞きいただきありがとうございました。」
すぐに身なりのしっかりとした老紳士が、ジミーの元へとやってきて挨拶をした。
「は・・・はあ、ジミーと申します。
一応、おいらとここに居るミッテランさんが、この一団の代表と言えますが・・・。」
ジミーは横に居るミッテランを紹介した。
それにしても、首から大きなマシンガンをぶら下げたままのジミーに対して、何の警戒感も見受けられない。
ここでは、こんな格好をする男は、珍しくもないのだろうか。
「これはこれは、多くのご経験を積まれた、大魔道士様とお見受けいたします。
私は、ナノミクロン家執事のクロッキーと申します。
何なりとご用件をお申し付けくださいませ。」
クロッキーは、ミッテランに対して片膝をついて、深々とかしこまってお辞儀をした。
一目見ただけで、ミッテランの能力を認めた様子だ。
「それはそうと・・・、マイキーの事、お姫様って言っていましたが・・・。」
ジミーが不思議そうに首をかしげながら、クロッキーに尋ねる。
「まっ・・・姫様のお名前を呼び捨てに・・・。
この方は、ドンラェチッイス共和国の象徴である、ナノミクロン王家の第2王女で王位継承権第1位のマイキー王女様であらせられますぞ。
なんという罰当たりな・・・。」
騒ぎ立てるクロッキーの態度に反応して、衛兵らしき軍人たちがジミーを取り囲む。
「よいよい、彼は私の友人だ。
私の事を何と呼ぼうが、それは私と彼らとの間の事であり、お前たちの関与することではない。」
すかさず、マイキーがクロッキーたちをたしなめる。
「し・・・しかし・・・。」
それでも、クロッキーは引くに引けないと言った様子だ。
「良いと言っている。
それに、我々を助けてくれようと、ここまで駆けつけてくれた恩人だぞ。
感謝こそすれ、逆に捕えようなどと以っての外だ。」
マイキーの強い口調で、渋々クロッキーは警戒を解くように指示を出す。
「ふうー、いきなりかあ。」
ジミーはほっと安堵の息を漏らす。
「大丈夫ですよ、撃たれても光の障壁で守るつもりでいましたから。」
ジミーのすぐ後ろに、こっそりと構えていたホースゥが囁く。
「ああ、おいらも安心していたよ。」
ジミーはさりげなく後ろを振り返り、サングラスのままでウインクをした。
「すごいのね、王女だって。」
「うん、只者ではないって感じだね。」
ミリンダの言葉にハルも頷く。
「失礼いたしました、ご無礼をお許しください。
執事のクロッキーは頭が固いものですから。
私はこの国の内務大臣をしております、マルニーと申します。
マイキー姉さまが、お世話になっております。」
すぐに、金髪でスラリとした長身の美女が、クロッキーに代わってジミーの元へやってきた。
「姉さんって・・・、君はマイキーの妹なのか?
そう言えば、それとなく似ていないことも・・・。」
確かに二人とも、タイプは違えど飛び切りの美女ではある。
「いいえ、姉さまと私は、従弟関係です。
姉さまのお父上・・・、ナノミクロン王と、サブミクロン家に嫁いだ私の母が兄妹なのです。
それでも、幼いころは本当の姉妹のように一緒に過ごしておりました。」
マルニーは笑顔で答える。
マイキーを呼び捨てにしても、抵抗はない様子だ。
「それにしても・・・、随分と達者な日本語だね。
この国では日本語が流行っているのかな?
まさか、公用語なはずはないよね。」
ジミーは、先程から感じていた違和感を訪ねてみた。
「それは・・・、姉さまが5年前に日本へ旅立つ際、必ず日本の忍者を連れてくるから、彼らがこの国へ来て不自由を感じないように、日本語を勉強しておくよう言い残して出発されたからです。
今では、この国の8割の人間が日本語を話せます。
それにしても、クロッキーが申しておりました通り、大魔道士様はじめ、才能あふれる魔道士の子供に加え、屈強な魔物達と戦士。
あの小さな魔物1匹だけは・・・、何かの間違いで来たのでしょうかね。
残り1名が・・・良く判りませんが、想像以上の布陣です。
さすがはマイキー姉さま、という感じですね。」
マルニーは、通関後のロビーにたたずむハルたちを順に眺めながら、にこやかにほほ笑んだ。
やはり、彼女にもミッテランはじめハルたちの能力が、理解出来る様子だ。
そうして、トロンボの所で視線が止まる。
「か・・・彼は・・・、そう、秘密兵器だから・・・。
秘密兵器は、本当に困った時だけに登場するもので、その前にベールを脱いでしまっては、あとでのお楽しみが無くなるよね。
だから、そっとしておいてください。」
ジミーは焦ってトロンボを背中に隠すようにした。
「じゃあ時間もないし、すぐに出発するわよ。」
マイキーの号令の下、奥の出口から広場へ全員出て行く。
そこには、先ほどのバスとトラックが待ち受けていた。
何のことはない、建物を迂回してきたようだ。
これだったら、バスに乗ったまま廻り込んだ方が、手間が省けたはずと、ジミーが首をかしげる。
時間がないと言っているのに・・・。
バスには新たにマルニーが乗り込んで、集落の奥へと進んで行く。
「時間がないと言っているけど、何か約束でもあるのかい?」
ジミーが座席に腰かけたまま尋ねる。
「急がないと、黄泉の国への扉が閉まるのよ。」
マイキーは相変わらず無表情で、マイクに向かって答える。
『黄泉の国ー!』
この言葉に、一同驚嘆の声を上げる。
この旅が始まってから、驚きの連続だ。
「この先の山の中腹にある洞窟が、黄泉の国への入り口なのですが、そこへ入れるのは半年に1度のほんの半日ほどだけなのです。
それを逃すと、また半年待たなければなりません。
すでに、入口は開いているはずで、あと2時間ほどで閉じてしまいます。
それなので、急がなければなりません。」
マルニーはマイキーと違い、表情豊かに笑顔で答える。
「でっ・・・、でも黄泉の国って・・・、生きたまま入れるのかい?」
ジミーが慌てて尋ねる。
「問題ありません。
生きたまま入れるし、また出てこられます。
今まで探索に向かった者で、戻ってこなかった者はいません。」
マルニーが、相変わらず笑顔で答える。
やがて、バスとトラックは山のふもとで停車した。
「ここからは、申し訳ありませんが歩きです。」
見上げる程の切り立った崖に沿って、階段状の道が出来ている。
どうやら、崖を切り崩して作った歩道のようだ。
見上げると崖の中腹辺りに、洞窟のような巨大な穴が見える。




