助かる方法は一つもない
ほんのわずかの気の弛みをつかれ、オルタナクラッシュに巻き込まれたケンイチとユキ。その悲惨な事実は二人を奈落の底へ突き落とすだけだった。
「それ、どういうこと? 私たち、24時間以内に死ぬって。冗談でしょ? ケンイチ君」
ケンイチはユキに視線を合わせられないでいた。
「ユキ、俺もそう願いたい。だけど、あらゆる事実が俺らがクラッシュに巻き込まれたことを指し示している。」
ケンイチはユキを見つめた。
「例えばこのコマンダー、スイッチが無くなり、ただの鉄の塊になっている。こんなことは通常あり得ない。しかも、」
そういって、一つ残ったコマンダーのボタンを見せた。
「しかも、このボタン。緊急脱出ボタンだけ残していやがる」
ユキも真剣なまなざしでケンイチを見つめ返した。
「それどういうこと? 脱出出来るってこと? 」
ケンイチは大きく首をふる。
「これはセットオフした後の状態、つまりあらゆるオルタナの機能と生身の自分の接続を切ってからでないと、使えないボタンだ。もし今このボタンを押せば、生身の自分とオルタナ上の自分がうまく切り離せなくなり、脳に損傷が残る可能性がある。」
それだけじゃない、さらにそう付け加えると、
「あれを見ろ」
ケンイチは鉄格子の逆側の壁を指差した。そこには「三つ」、両手で抱えられるくらいの赤いハートの模型が飾ってあった。そしてそれはケンイチたちの鼓動に合わせて拍動していた。
「あれは何? 」
「あれはサイコメーター。俺たちの恐怖や、恐れ。悲しみなどを感じ取って、それに反応し、このハートの色が変わる仕組みになっている。」
ユキは解せない表情だった。
「何でこんなものがここに? 」
「そもそも最初は単なる娯楽道具だったんだ。ただ、おそらくこのクラッシュを作った主は、ここでこうやって恐れおののいて、苦しんでいく姿を見て楽しみたいんだろう」
何て、悪趣味なやつだ、そうケンイチは付け加えた。
「ケンイチ、そのハートの下の時計は何? 」
ハートの下には、デジタルの数字が、時間、分、秒でカウントダウンをしていた。ケンイチは
「あれは、強制終了までの時間だ。あれが0になったとき……」
ケンイチは一つ、ユキの表情を伺った。
これから伝える事実をユキがしっかり聞ける状態かを確認したのだった。
「0になったとき、強制終了が施行される。すると」
ユキの表情がみるみるうちに青ざめていった。しかしケンイチはやめなかった。
「すると、強制的にオルタナから俺らの意識は引き戻され、その際原因は分からないが、その強制終了の際に使用される電流が脳に大量に流れ込み、そのまま……」
ユキは目を閉じた。
「俺らは死ぬ」
「もうやめて! 」
ユキの金切り声が一帯に響いた。
「冗談でしょ、ケンイチ。ねえそう言ってよ。それにほら、今こんなことになってたら、きっとオルタナを巡回している人たちが気づいて、何とかしてくれるはずよ。」
ね? そうでしょ? そう叫ぶユキにもケンイチはうつむきゆっくり首を振った。
「そこがクラッシュの難点の一つだ。」
ケンイチはひるみもせず続けた。
「今もオルタナで俺らはあたかも楽しんでいるかのようにしかまわりには見えない。今もきっと周りにはユキはショッピングを楽しんでいて、俺はそれを追いかけるか、楽しそうに話しているようにしか見えない。特殊な自動プログラムで、今俺らがここでこうしていることを誰も気づかないようになっているんだ。皆が気づく時、それは、」
「それは? 」
「それは俺らが死んだ後だ。」
「嘘でしょ……ケンイチ。何か方法があるんじゃない? 誰かに気づいてもらうための裏技とか、緊急信号送るとか」
ユキは鉄格子の向こう向かって叫び始めた。
誰か! 誰か助けてー! 私たちここに捕まってるの!
その声虚しく、どこかの店のBGMは淡々と小さなボリュームで流れ続ける。
タイムリミットはちょうど20時間を切るところだった。