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クラッシュへの入り口

 ユキの後ろに見える、その陽炎の様な視界の歪みをにらみつけるとケンイチは、

 その本能に任せ背中に手を伸ばすと、筒から人影ほどの大きさの「あるもの」を取り出した。


「危ない! みんなどいていろ! 」


 まるで3段ジャンプの最後のように一つ大きくジャンプすると、

 ユキの数10cm後ろめがけて、その大きな「刀」を振りかざした。

 あたりは一瞬真っ暗になった。

 突如現れた暗雲から大きな稲光がその「刀」に向かって降り注ぐ。

 その稲光をあびた刀は、ぼやけた陽炎に向かって全力で叩き付けられた。


 ほんの一瞬静寂があったような気がする。

 それも束の間、地面への振動は店全体を大きく揺らす地揺れを引き起こした。

 一帯はパニックとなり、何が起きたのか誰しもが理解出来ないでいた。


 ケンイチが叩き付けた先にはねずみ色の粘土のような物体が、弾け飛んでいた。

 それはケンイチにはすぐわかった、いわゆるスティール用違法プログラム

「スティールバグ」だった。


「やっぱり、こいつがカード情報盗もうとしていやがった」


 しばらくして、街はざわつき始めた。


 ……あの刀、もしかして……

 ……天叢雲剣アメノムラクモ?……

 ……うそ、何でこんなところに? 世界でも「3名士」しか持って無いはずでしょ?……


 辺りを察知した、ケンイチはすかさず刀を収め、

 唖然と床に座り込むユキをひっぱって、

 その場を離れた。


 ほとんどよろけながら、引っ張られたユキは

「ねえ、ちょ、ちょっと待って、」

 ケンイチは黙ってひっぱり続けた

「ねえ、離してって、ちょっと」

 どれほど離れただろうか、

 やっと喧噪から逃れられそうな場所までくると、ユキはおもいっきりケンイチの腕をふりほどいた。

「もう、やめてって! 」


 ユキは今まで見た事がないほどの怒りに満ちた表情で、ケンイチをみた。

 その視線にたじろくケンイチ。


「何があったっていうの? もう、よくわかんない…」

「ユキ、スティールバグがお前を狙ってた。手遅れになってたら、

 大変な事になってたんだぞ」

 ただただうつむくユキ

「聞いてんのか? これ、大事な事なんだぞ? これがきっかけで…」

 ケンイチは異変に気づいた。


「…泣いてんのか? 」

 ユキはうつむき、握りこぶしを固めながら、目蓋から雫をたらしていた。

 そして、力強く、手に持っていた「買おうとしていた物」をケンイチの目の前に突き出した。


「? 」


 あらためて、そのユキが買おうとしていたものを見た。


「これ…まさか」

「わたし、今日のことずっと楽しみにしてたんだよ?

 ケンイチに君にどんなのが似合うかなって、色々考えてたんだよ?

 家でもずっと、学校の帰り道でもずっと…それなのに……」


 そこには、「to Kenichi」とかかれた、

 男性用の服と、アバターがあった。

 そしてこれはサンプルでは無かった。

 しかしそれは先ほどのケンイチの一撃の衝撃でぼろぼろになってしまっていた。


「あ…ごめん」


 ただただそうとしか言えなかった。

 今となってはどうしようもなかった。

 しばらくうつむくとユキは、


「……ごめん、今日私もう帰るね」


 そう言ってゆきは胸から携帯電話に似た端末を取り出した。

 オルタナ上で様々な動作を行う「コマンダー」だった。

「おい、ちょっと待てって、」

 無言でユキはスイッチを押した。

「さっきのは仕方なかったんだ。あぁでもしなけりゃ…」


 その言葉を聞かずにユキはコマンダーのスイッチを押すと、目の前からいなくなった。

 あっ、そうもらすとケンイチもすかさず自分のコマンダーを取り出した。

 まだ近くにいるかもしれない、そうかすかな期待を持って、

「トレース」機能を起動し始めた。

 これで、知人の移動履歴が分かるため、近くにいれば、場所が分かるのだ。


 数秒経ち、コマンダーにはとある場所が現れた。


 ……いた、まだオルタナにいる……


 それが分かると、直ちにケンイチも後を負い、

 場所を設定し、コマンダーの「ムーブ」スイッチを押した。

 すると、ケンイチは一瞬にして、ユキがいただろう場所へ移動した。


 そこは先ほどのザックタウンだった。


 ……おそらくこの方角に……


「トレース」が指し示す方角へケンイチは進んでいった。

 そしてとある場所の前で立ち止まった。


 ……ここの中にいるのか……


 そこはザックタウンの試着室だった。

 いくつかある試着室の中、一つだけ使用中のものがあり、

 ケンイチのトレースはまさに今目の前のその赤いカーテンで閉じられた、

 その空間の中心部を指していた。


 もしケンイチが「壱」のアバターを解いていなければ、

 もしケンイチが冷静な判断を出来ていれば、

 ここから起きる悲劇はひょっとしたら起きなかったのかもしれない。

 死に物狂いでユキを追いかける今のケンイチに、その裏に隠された「真実」に気づく余裕は

 残念ながら残っていなかった。


「ユキ、そこにいるのか」


 あたりの喧噪以外何も聞こえてこなかった。


「さっきは、本当に……ごめん。俺、何といっていいのか……」


 試着室カーテンが時折かすかに揺れる。


「だから、そろそろ…許してもらえないか、頼む。」


 カーテンは先ほどから同じように時折揺れるだけだった。


「なあ、ユキ、開けるぞ、いいな?」


 そう言って、ケンイチはゆっくりカーテンを開けた。


「!? 」


 中には予想だにしなかった驚愕の景色が広がっていた。


 そこはニコニコした、そしてどこか無機質なユキが、

 持っている服を胸にあてて、鏡を見たり、その服を置いたり。

 ただそれを何度も何度も何度も繰り返していた。


「ユキ? 」


 そう言いながら試着室に一歩踏み込んだ瞬間、

 後ろのカーテンが、ざっ、という音とともに瞬時に閉まった。


 ……しまった!……


 そう思った時はもう手遅れだった。

 先ほどのケンイチの「アメノムラクモ」の衝撃を遥かに上回る地揺れが突如始まったかと思うと、

 ケンイチの意識は、遥か遠くに飛ばされていった。

 遥か深い闇の奥で、ケンイチの存在プログラムを狙っていたその「者」は

 ついにケンイチを捕まえる事に成功したのだった。


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