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第二世界(オルタナ)入口

「という訳だから、ヨロシク! 」


 そういって、タツヤは踵を返すと立ち去ろうとした。


「おい、待てって」


 すかさずケンイチはタツヤの鞄をつかみ、

 力強く引き寄せた。

 その力に少しよろけるタツヤ。


 今日の学園は午前授業。

 授業直後にも関わらず午前中の喧噪が嘘のように、教室は閑散としている。


 人気の無い学園の廊下で、タツヤゆっくり振り返るとおもむろに口を開きだした。

「俺さ、もうユキちゃんのこと飽きちゃったんだよね、

 一度逃げちゃった小鳥は追いかけないタチなの! 」

「んなこと言ったって、最初にオルタナ誘ったのはお前だろうが」

 どこかばつが悪そうにうつむくとタツヤは、

「確かにさ、最初はちょっと可愛いと思ったよ。最近テレビで流行りのエリカちゃんに似てるとかって、男子の中でちょっと話題になっただろ? だから俺も最初は興味があったんだけどさ、」


 常に自信にありふれているタツヤが珍しく、弱々しかった。


「もういいんだ、俺あの子に興味ないし。今更やっぱりオルタナ教えてくれなんて言われたって、

 もう遅いっつうの! あの子には『ここ』……」

 そう言って、とあるインターネットカフェならぬ「オルタナカフェ」の名が書いてあった。

「ここに14時って言ってあるから、お前が教えてやってな、じゃ! 」


 おい、待てって!

 そんな言葉はもうタツヤの耳には届かなかった。

 ったくあいつは……こんな強引なやり方で、頼まれたって、俺、絶対行かねえからな!

 ケンイチは足下に転がる誰かのサッカーボールを思いっきり蹴飛ばした。


 ……が、見事に空振り、全力の蹴りは固い壁に直撃した。


 痛ってぇ……そんな痛みをこらえながら、

 ケンイチは渡された紙切れをじっとみつめた。


「カフェギルドに14時に」


 ちょうど学園は午前終了の合図の鐘がなる頃だった。



「だからな、こうこうして、ここにこれ書いてな、」

「ふむふむ、なるほどね!」

 結局ケンイチはカフェ「ギルド」の二人用ブースで、

 ユキにオルタナの申込書の説明をしていた。


「ところでさ、」

 用紙を見つめながらユキは応えた。

「なに? 」

「何で急にやっぱりオルタナしようと思った? 」

 用紙に必要事項を書き込みながら、ユキは

「うちさ、母子家庭なんだ。お母さんが一生懸命仕事して、

 家計のやりくりも結構大変だからさ、

 今度市役所関係の支払いとか、電話代とか、

 オルタナ使うと安くなるでしょ? だから。」


 言いたくないだろう、内面の事情も、ためらうことなく話すユキに、

 ケンイチは少し胸の奥に風穴を開けられた気分だった。


「あのさ」

「ん? 」

「ごめんな」


 書類を書くユキの手が止まった。


「何が? 」

「あの……誘っといて、タツヤが……」


 はははは、と大きく笑い飛ばすと、


「全然気にしてないよ! だってこうしてケンイチ君が教えてくれるから

 それだけで十分。」


 そう笑い飛ばすユキをしばらくケンイチ眺めていた。


「終わったか? 次はセッティングだ」

「セッティング? 」

「そう、このオルタナキャップ被って。」


 そういってケンイチはユキにオルタナキャップを手渡した。

 それは数種類のコードがつながれた、ベレー帽のような、しかしどこか金属性を帯びた帽子であった。

「これをかぶればいいの? 」

「そう、じゃあいくぞ」


 そういってケンイチはユキのかぶったオルタナキャップの頭頂部にあるスイッチを押した。

 すると、ファンが回るような機械音が徐々に強くなってきた。


「今から、お前の嬉しい事や悲しい事を言われた通りに思い出してもらう。

 すると、そうしている時に、脳に微量の電流が流れるんだ。

 それを今から機械に覚えさせる。」


 ユキは目をぽかんと丸くした。


「……あの、だから言われた通りにすればいいからさ」


 ユキは少し不安げにうなずいた。


 その後、ナレーションの声により、様々な指令がくだされた。

 手をあげたり、ジャンプしたり。

 辛いものをなめたり、つねられたり。

 美しい映像をみたり、汚いシーンをみたり。


 そのそれぞれに対する「脳」に流れる微量の電流の「パターン」を

 オルタナキャップは覚えていった。


「よし、これでOK。後は自分でスイッチおせばオルタナのスタートだ。

 いいか? 困ったら、ヘルプって書いてある風船がいつも目の前にあるはずだから、

 そこをタッチだ。いいな? んじゃ!」


 そういってブースを出ようとするケンイチの腕をユキは力強く握りしめた


「……い、痛い。何だ?」

「お願い、一緒にやって!」

「な、なんでだよ。後は何とかなるって。俺いなくても絶対大丈夫だって」

「いやだ、怖い……」


 正直ケンイチは焦っていた。

 オルタナでの自分の姿は絶対に知人にはばらさないようにしていた。

 まさか、こんなタイミングでカミングアウトする訳にもいかない。


「お願い……最初だけでいいから! ね?」


 ケンイチの心の奥の暖かい部分は大きく揺さぶられていた。

 ……ったく……


 ケンイチは一つうつむくと、

「分かった。ただな、オルタナ上で見た俺に関する事は絶対誰にも言うなよ?

 それと最初だけだかんな! 」

 そう言って、ユキの横にあるオルタナキャップをケンイチもかぶると、

 ユキの不安げな表情は解き放たれ、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう! ケンイチ! 」

 そういうとユキはケンイチに抱きついた。


「……! 」

 どうしていいかわからずケンイチは頬を赤らめると、

 早くこの場を変えようと思った。


「じゃ、じゃあいくぞ」

 そういって、ケンイチはオルタナキャップをかぶったまま横になった。

 同じくオルタナキャップをかぶったユキも隣に横たわった。


「準備いいか? じゃあ、押すぞ」


 しずかにうなずくとユキは目を閉じた。

 そして、ケンイチがオルタナキャップにある「START」ボタンを押すと、

 二人の目の前は瞬く間に光であふれ、

 まるで、宇宙を高速で移動しているような錯覚に陥った。

 そのまま仮想現実の感覚に身を任せると、

 二人の「頭」は第二世界である「オルタナ」へと旅立っていった。



 避ける事のできない運命の歯車は静かに回りだし、

「その時」はもう直前まで迫っていた事を二人はまだ何も知らなかった。


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