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オルタナ導入

「あのな、タツヤ。俺一つ言っていい?」

「何?」

「俺、コイツに絶対オルタナ無理だと思う」


 そこはタツヤの部屋だった。

 父親がとある有名ホテル会社の社長であるタツヤの部屋は、

 十分すぎるほどの広さと、

 手に余るいわゆる「金のかかった」家具で飾られていた。

 今は猟が禁止されているはずのアフリカの動物の剥製、

 サンタクロースが難なく入って来れそうな暖炉。

 一つで車が買えそうなソファなど、どれ一つとってもそこらじゃ手に入らないものばかりだった。


 ソファーでは一人の女子高生が、一生懸命ゲームのコントローラーをいじりながら、映画館のようなスクリーンに映し出されるゲームを見つめ、えいっ、とか、あぁ〜とか独り言を言っている。


「何でだよ、彼女が機械オンチだからか? そんな人にも受け入れやすいのが、

 オルタナの魅力だろ? 頼むよケンイチ、何とか教えてやってくれよ」


 あっ、今度は花がでちゃった、あ、そうじゃなくて……

 っとっとっと、

 そう言いながら女はコントローラーを持ちながら体を大きく傾けた。


「あぁ残念。また1面で死んじゃった! やっぱり私こういうの苦手なんだよね」

「ユキちゃん、大丈夫だって。オルタナではね、もっと楽しい世界が待ってるんだよ〜 例えばね、今からこのケンイチ兄さんがやさし〜く、教えてくれるから。な? 」


 そう言って、羨望のまなざしを向けてくるタツヤをみて、

 ケンイチは一つため息をついた。


 何が、楽しい世界だ。

 ケンイチはタツヤが、複数の彼女と履歴を残さないようにしながら、

 オルタナの仮想現実の世界でやりたい放題やっていることを知っている。

 楽しい世界ってのはお前にとってだろ、どうせ。

 そう思いながら、鞄から取り出したものを机の上に放った。

 ピシャ、と音を立てて、その「ディスク」は机の上に落ち着いた。


「とりあえず、これ見てみろ、本当にオルタナやるかどうかは、

 それから考えればいい。」


 タツヤとユキの二人は目を合わせた。


「Welcome to オルタナワールド!」

 いわゆる「博士」の格好をした老人が画面に映し出された。

 ケンイチが先ほど投げたディスクの中身はオルタナの紹介だった。


 博士は楽しそうに映像を交え、話を続ける。


「みなさん、こんなことしたいと思った事はありませんか? 

 家にいながら、南極体験!

 地球の裏側の友達とハグ、そして、あこがれのあのアイドルの肌を目の前で実感! また、一度は食べてみたかったあの料理の味見、買おうか迷っている服をいくらでも実際に試着! 」


 出ている役者達はみんな楽しそうだった。

 その笑顔が過剰すぎて、ケンイチはいつも直視できないでいた。


「これらがもし、全て家で出来てしまうとしたら、

 たとえあなたの家がカプセルホテルだったとしても、

 これらのことが全て可能になるとしたら!

 そんな世界が今すぐ目の前まで迫ってきています、

 そうそれが『オルタナ』の世界です! 」


 ユキはそのいちいちに、へぇ〜、とかはぁ〜、などと応えていた。


 突然VTRは過去の映像へとかわった。

 アナウンスも幾分シリアスな低い声で、

「その昔、とある科学者が、人間の頭蓋骨を取り外し、

 このような実験をしました。

 微量の電流を脳に直接流すのです」


 その、むき出しにされた生きた人間の脳に、細い針で電流を流す映像をみて、

 ユキはひゃーといいながら、目を隠しつつ、その隙間から画面を見ていた。

 それをみてタツヤはニヤリを笑みを浮かべる。


「するとどうでしょう、脳のとある部位に電流を流すと、

 その人は右手が動きました。

 また別の部位に流すと、左手が動きました。

 またまた別の部位に流すと、今度は昔の思い出が蘇ったというのです。

 この事から、脳は『電流』を感じ取って様々な活動を行っている事が

 分かったのです。」


 ケンイチだけ後ろから二人を見張るように眺めていた。

 ……大体この辺から難しすぎてみんなドロップアウトし始めるんだよな……

 そんなことを考えていた。


「つまりこういうことです。

 脳に適切な電流を、適切な場所に流せば、

 その人は見ていない景色もあたかも見ているような錯覚に陥るのです。

 あなたが花を見たければそのような電流を、

 あなたが空を飛びたければ、空を飛ぶ映像が見えるような電流を、

 あなたが、味わいたければ、触りたければ、そのような電流を、

『脳』に直接流す事により、

 あなたは実際にしていなくてもあたかも『している』ように思い込むのです。」


 突然画面が代わり、あの陽気な博士が現れた。


「つーまーりぃ、このオルタナの世界では、

 あなはた洋服の試着を実際に見て、触って感じた上で、購入できます。

 今までのように買ってみたらこんなはずじゃなかった! というのはなくなります! また、アイドルのコンサートももう予約や並んで購入する必要はありません! なぜなら、オルタナ上のコンサートは『全員参加』可能だからです! しかも特等席! それだけではなく〜……」


 しばらくオルタナの自慢、

 家にいながら、出勤、狭い部屋でも広い部屋の体験、

 面倒な手続きなど全てが家にいながら出来るといった内容が続き、映像は終わった。


 終わった後、タツヤは我慢しきれず、ユキに迫った。


「で、どう? やってみない? 俺さ、ユキちゃんと一緒にぜひやってみたいんだ、ね?」


 せまるタツヤにユキは少したじろいだ。

 ケンイチは黙っていた。

 しばらくするとユキは、おもむろにディスクを取り上げると


「ユキちゃん、やってくれるんだね、それにはね、まず未成年は同意書が必要で……」


 言葉を遮るように、ユキはディスクをタツヤののど元に突き出した。

 すかさず、ディスクを受け取るタツヤ。


「タツヤ君、ごめん。」


 タツヤの表情から血の気が引いた、実際喉が痛かったというのもある。


「ユ…キ、ちゃん? 」

「わたし、やっぱりマリオ1面クリア出来ないから、これも無理だと思う。

 色々誘ってくれてありがとね」


 そういって、ユキは立ち上がると、ケンイチのもとへ駆け寄った

「ケンイチ君もありがとう、また何かあったら、色々教えてね」


 そういって、ユキは目にも留まらぬ早さでケンイチに背を向けると、

 足早にタツヤの部屋を去っていった。

 ケンイチの前には、ユキのぱっちりとした美しく輝く黒い瞳の余韻と、

 振り返る時に揺れた黒いロングヘアと、赤いチェックの制服からたどり着いた、

 ほのかなフレグランスの香りだけ取り残されていた。


「あ、待ってユキちゃん、マリオ出来なくても、マリコは? あ、ちょっと! 」


 玄関のドアがバタンとしまった。


 あーあ、そういって、うなだれるタツヤを遠目にみながら、

 ケンイチは久々に言われた「女子」からのありがとう、にどうしてよいのかわからず、少しもやもやしていた。


 ……まあ、…俺なんもしてねえけどな……


 そんなこと考えている前でタツヤはもう既に他の女と

 5分後にオルタナ上で会う約束をつけようと準備を始めていたのだった。



 今から思えば、ここでユキがオルタナを本当に「断念」していれば、

 ひょっとしたら、その後の未来は変わっていたのかもしれない。

 あの、凄惨な事件の結末も、もう少し違った方向へ向かっていたのかもしれない。



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