告白
Jの言う終わりとは?
「命が終わる? こんなめでたい時に。J、どういうことだ? 」
Jは表情一つ変えずに答えた。
「ご存知の通り、僕はオルタナで管理されている生命維持装置で生きています。今回クラッシュがあっても通常はバックアップがあり、問題ありません。しかし、」
少しJの表情は霞んだようにもみえた。
「しかし、今回僕は公式ルートを通らず、クラッシュにアクセスしました。そうしないとあの空間には入れなかったからです。今もきっと僕の周りでは僕は普通にオルタナ上で活動しているように認識されていることでしょう。この場合、バックアップ機構が働かないんです。働いたとしてもそれは本当の、ここにいる僕ではなく、周りが認識している『嘘』の僕の働くだけ。きっとこの時間が終わると、僕の生命維持装置は停止し、周りはその原因が分からず、あわてふためくのでしょう」
その衝撃の事実を淡々と述べるJにケンイチは恐怖すら感じた。
「お前……まさか、最初からこうなること分かって…」
「もちろん、最初はこんな事になるとは予想していませんでした。まさかカオスを本当に起動させることになるなんて2%しか思っていませんでしたから。」
ケンイチは拳を握りしめた。
「おまえ……ふざけんなよ」
「えっ? 」
「お前、言ったよな? 自分の命を犠牲にしてまでリスクの高い選択するなんて信じられないって。最も犠牲にしてるのは自分じゃねぇか!」
Jは少しうつむいていたが、やがてゆっくりと顔をあげ、その済んだ瞳でケンイチをみつめた。
「第2の方法のとき、ケンイチがその方法を選んでいれば、事は済みました。でもあの時ケンイチは本気だった。最後まで全員生き残る事、ユキを助ける事を信じていた。あの時のケンイチを見て僕は決めました。どんなことがあろうともあなた達を助けたいって。それがたとえ自分の命を犠牲にすることとなったとしても。」
まさに丁度このタイミングで、ユキが戻ってきた。
「ねえ、今度のちょうちょはすごいよ? 虹色だった。あれどうしたの二人とも」
ケンイチの目から涙がこぼれていた。
「ユキ。あなたにもこのワインをどうぞ」
ユキはケンイチの異常を気にしながらも、渡されたワインに口をつけた。
「おいしい! 私ワイン飲むの初めてなんだ」
Jは笑い飛ばした。
「ユキ、お別れです。」
「もう? せっかく仲良くなれたのにね。」
Jは一つ大きくうなずいた。
空にメッセージが現れた。
「復帰まであと1分」
徐々にまわりの草原や、空気がざわめき始めた。
「さあ、この緊急世界ももうじき終わりです。ユキ、お元気で」
モニターから、すっ、と手が出てきた。
「すごい、J君。こんな事で来たんだ」
ユキはその手を握り返した。
そしてその次にケンイチに差し出した。
しかしケンイチは微動だにしなかった。
「さあ、ケンイチ、もう時間がありません」
「なぁ、J」
「はい?」
「本当に最後なのか?」
Jは淡々と答えた。
「一応僕の全頭脳、行動パターンを分析したコピープログラムはオルタナ上に放流するつもりです。ひょっとしたら、オルタナ上では僕は普通に存在しているかもしれません。きっとオルタナのどこかでまた僕のコピープログラムとなら会うかもしませんね」
ケンイチはゆっくりと手を差し出し、そのモニターから差し出されたJの手を握り返した。
その手は暖かく、そして力強く、誰よりも「人間の血」が通っていた。
「ケンイチ。ありがとう、あなたたちのような賢く、勇敢な人たちと出会えて本当に良かった。後の事はよろしく頼みましたよ。ユキの事も大事にしてあげてくださいね」
その意味含んだ言葉にケンイチは少し頬を赤らめた。
「それでは皆さんお元気で」
ゆっくりと緊急世界はモザイク状のチリチリとした空間が現れ始めたと思うと、徐々に暗くなり、次第に何も見えなくなった。いよいよオルタナが復帰したのである。




