説明
数分前、絶体絶命であったクラッシュの直前の事をケンイチは思い出していた。
「あの時、俺はずっと考えてたんだ。どうやって主はJが作った仮想時計の存在を認識出来たのか、って」
ケンイチはゆっくり口を開き始めた。
「確かに、オルタナのあらゆる情報を主が握っていたとすれば説明はつく、だけどそれではどうも腑に落ちなかったんだ」
「腑に落ちない、というと? 」
「それなら、Jの時計が減ったと同時に、リミットも削減されるはずだ、なのにリミットの削減のタイミングは一定せず、ある時突然思い出したかのようにあの『ピコーン』が来ていたんだ」
Jはじっとその先の言葉を待った。
「そこで俺は思った。主は一体俺らに何がしたいんだろうか、って。」
「何が、したい…? それはオルタナCクラスのユーザーの命が欲しいのでしょう? 」
「いや、それなら24時間はもったいない。すぐにターンオフさせればいいはずそれより、」
「それより? 」
ケンイチは少し黙った。
相変わらず、遠くではユキがお花畑を走り回っている。
「恐怖、だよ」
「恐怖? 」
ケンイチはうなずいた。
「主は俺らをあの環境に追いやって、そこで恐れおののいていく姿を感じたかったんだ。
するとサイコモニターでそのユーザーが恐怖を感じたり、喜んだりする姿をモニターしているのもうなずける」
Jは待ちきれなかった。
「それは分かりました、しかし、それがあの最後の10分とどう関係があるというのですか?」
あっ、一つひらめいたようにJの脳裏に何かが過った。
「ケンイチ、まさか」
「そう、あのリミット削減の『ピコーン』は俺らの恐怖が改善するタイミングで鳴ってたんだ。
つまり、俺らが恐怖を感じなくなって、あのサイコモニターが通常の拍動へと戻る度に、主はリミット削減を使って、いくらでもリミットを削減し続けるつもりだったんだ。それを知ってから、俺は一つの賭けに出た」
Jは一つつばを飲み込んだ
「俺とユキのサイコモニターを恐怖で維持出来れば、ダウンロードに間に合うんじゃないかって。そのためにはこの事実を話す訳には行かなかったんだ。これを聞いてユキが恐怖を解除してしまったら、この作戦は台無しになるからな。だからわざとああやって、諦めたフリをして、ユキと俺の恐怖を維持させようと考えたんだ」
Jは今まで入っていた、力がすっと抜けた。
「ケンイチ、あなたはあの状況でそんな事を考えていたのですか。本当に信じられませんそれに」
一瞬呼吸を置くとJは、
「それにもし僕があのときのケンイチの言葉を鵜呑みにして本当にダウンロードを止めてしまったり、
ケンイチの見込みが外れてしまっていたらどうするつもりだったんですか」
ケンイチはニヤリを笑った。
「それだけは大丈夫という自信はあったよ」
どこかで聞いた事のある言葉を返した。
「僕はあのときのケンイチの目を見て、何かは分かりませんが、ですが何かを感じました。あの目は決して諦めている人間の目じゃない、きっと何か考えがあるんだと。どうりでその後リミット削減はなく、ぎりぎり後……」
Jは自分のパソコンの画面を確認した。
「後、ダウンロード完了まで残された時間はこれだけでしたよ」
そこには00:02.2秒という数字が映し出されていた。
それをみて、二人で笑った。
その笑い声が一段落すると、
Jはすっとワインの入ったワイングラスを差し出した。
「ケンイチ、おめでとう。あなたの知恵と勇気が史上最悪のオルタナプログラムクラッシュに打ち勝ちました。これは約束のワインです」
だから、俺はワインなんて、と断ろうとするケンイチに
「まあ一口飲んでみてください」
そう言われなくなく、一口飲むと、
「ん? 思ったより飲みやすいな、これ」
Jは笑った。
「オルタナ上ですから、未成年でも関係ありませんよ」
念のため、Jは問題ないことを話した。
「J、おめでとう」
Jはきょとん、とした
「何がですか? 」
「お前の作った『カオス』は本物だったよ、これでファイナルテストは要らなくなった」
Jは思いっきり笑い飛ばした。
「そうですね、本当はこんなリスキーな形で実行したくありませんでしたが」
そう言って、二人は乾杯すると、そのワインを飲み干した。
「やはり、勝利の後のワインは格別ですね。あなたたちの栄光はきっと今後も語り継がれることでしょう。」
ケンイチは一つ笑みをこぼすと
「そして、お前はその語り部ってとこか」
Jは微動だにしなかった。
「ケンイチ、それは出来ません。」
Jは無邪気に遊び回るユキをみつめた
「どういことだ? お前が語り継いでくれるって言ってたじゃないか。それとも何か? 」
Jはこれまでに見せた事の無い済んだ表情をしていた。
「ケンイチ。この緊急停止世界が終わり、元のオルタナが復帰するまでおそらく10分足らずでしょう。
それが終わったとき、僕の命も終わります」
辺りは、先ほどと変わらずに優しい風がケンイチの髪を撫でていた。
心地よいその気温、景色は至って変わらぬそのまま存在していた。
どこか遠くを見つめ続けるそのJをその場に置いて。




