一人目の犠牲者
1つ目の脱出方法はウルフの謀反によって崩されようとしていた。
果たしてケンイチ達にウルフを止められるのだろうか。
「よし、ウルフ、こうしよう。」
ウルフの笑い声が止まった。
「もしここから脱出出来たら、俺らはお前をサイバーポリスには突き出さない。それだけじゃない」
一同は息をのんだ。
「俺の持ってるアメノムラクモをやろう」
Jは目を丸くした。
「ケンイチ! 何を言ってるんですか! あれはあなたがそれこそ血を流してまで引き継いだ伝説の剣ですよ? そしてそれは心あるものに渡さねばならぬという宿命もあります。それをこんなチンピラに渡すなんて」
「いいんだ、」
ケンイチの声は冷静だった。
「ここで死んじまったら、元も子もない。仕方ないんだ。この条件でどうだ? ウルフ」
ウルフはしばらく止まっていた。
すると一つ笑い飛ばすと。
「本当か? そんな事言ってどうせ俺をはめようとしてるんじゃないだろうな? 」
「そんなことはない。ここに『オルタナ契約』を結んでも良い。ここで結んだ契約はオルタナ上では絶対に覆らない」
しばらく考えていたウルフはやっと口を開いた。
「ほぅ、そりゃ面白い。アメノムラクモ手に入れたら、途方も無い額になるからな」
一同はウルフの一挙手一投足を見つめていた。
「わかった、その条件、のんでやろう」
ふう〜、そういってユキが肩の力を抜こうとしていたその時
「な〜んてな! 俺様がそんなこと言うと思ったか? 俺様だけ脱出すればお前はクラッシュで死ぬ事になる。そうすればお前さんのレアアイテムは全部元々俺のもんだ。そんなのも気づかなかったのか」
そういってコマンダーの緊急脱出ボタンに手を置いた。
「ウルフ! 待て、やめろ! 」
ウルフは3人に一瞥をくれたあと一言つぶやいた。
「じゃあな、アディオス! 」
待て! そんな声はもうウルフには届いていなかった。
直ちに押された緊急脱出ボタンは、突如ウルフの全身に電流を流し始め、
全身で痙攣を引き起こした。
それはあたかも死刑囚の受ける、電気椅子だった。
全身を流れる電流と一時の痙攣のあと、ウルフの姿は地面に横たわったかと思ったら、そのまますぅっと、後ろにいた死神と共に消えていった。
壁を見上げると、3つあったハートの一つがピンクから薄暗い灰色となり、その鼓動を止めた。
「死にました」
Jがそうつぶやいた。
その状況に皆それ以外は何も言えないでいた。
後少しで見えていたこのクラッシュからの出口。
それはまさに後一歩で遠のいてしまったのだ。
それだけではない。
何となく分かってはいたが目をそらしていたその「死」という現実。
それがあと数時間後に自分達に襲いかかってくるのだと言う事実が、
改めて二人の目の前に突き出されたのだった。
一同の空間は再び灰色の鈍い色で囲まれた。
リミットは10時間を切ろうとしていた。
最初に口を開いたのはJだった。
「ケンイチ。残念な結果となりましたが、今は悲しみに暮れている時間はありません。今出来る事に専念しましょう」
ケンイチはJを見上げた。
「そうだな」
そしてユキに目をやると、ユキも唇を噛み締めながら、一つ大きくうなずいた。
「J、脱出方法は3つあるって言ったよな? そろそろ教えてくれないか、二つ目の方法ってのを」
Jは神妙な面持ちでその言葉にうなずいた。
「分かりました。ケンイチ、それでは2つ目の方法を説明します。」
何故Jの表情がそこまで柔軟性に欠けていたのか、その意味をまだケンイチは気づいていなかった。




