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蜘蛛の糸を手繰り寄せる

突如送られてきた「J」からのメール。そこにはクラッシュを抜け出す重大なヒントが隠されているようなのだったが…。

 ケンイチはユキを見つめた。

「ユキ、思い出したよ。ナイトメアのラスト」

「ほんと? 何? どうやってその女性は隔離病院から抜け出したの? 」


 ケンイチは呼吸を落ち着かせてから少しずつ話し始めた。


「何度も屋上の金網を乗り越えようとしたその女性は、気づいたんだ。どうせこのスタッフは無機質なプログラムに過ぎないって。」


 ユキが真剣なまなざしでケンイチをみつめ返す


「そこで、手元にあった、ペンチを持ち出すんだ」

「ペンチ? 」


 ケンイチはゆっくりうなずいた。

 そして、横のかろうじて手が届きそうな鉄格子の一つに目をやった。


「そのペンチを持って、屋上に向かった。つまり……」


 ケンイチがその鉄格子に何かを見つけた。


「つまり? 」

「つまり、金網をペンチで切り離すってことだ」


 ユキは脱力した。


「そんなこと? そんな目立つ事をした方がより一層見つかるわ。」

「そう、普通ならね。ただ、そこは仮想現実の世界。

 スタッフのプログラムは金網を乗り越えるものは強制退去させるようには出来ているが、

 まさか金網をペンチで開けて抜け出そうとする者がいるとは思わないから、

 結局、何時間かけて金網をペンチで一つずつあけて、大きな穴をあけるまで、全くスタッフは寄ってこなかったってわけだ。」


 ケンイチはその鉄格子に見つけた一つの異変を確認しながら、首にかけてある、

 アクセサリーを取り外した。


「そうやってその女性はまんまと仮想現実の隔離状態から抜け出したってわけさ。」


 そっか、それは分かった。

 ユキはそう口を開くと、


「でも、今回はペンチもないし、それがこの状態とどういう関係があるっていうの?」


 ケンイチは既に首のアクセサリー、元々「壱」として持っていた、

 アメノムラクモのレプリカの刃の部分を持ち、

 その鉄格子の異変の部位に当てていた。


「ねえ、何やってるの? ちょっと……」


 するとケンイチは、その鉄格子にあった一筋の錆のような「傷跡」にアクセサリーの刃を当てた。


「なに? まさか、それで鉄格子壊そうっていうんじゃないでしょうね」


 ケンイチはしばらく黙っていた。

 しかし、ただちに


「その通りだ」

「ちょっとケンイチ本気なの? そんな事したって……」


 ユキにおかまいなく、ケンイチはその刃で、鉄格子の一筋の錆の傷跡をこすり始めた。


「そんな小さいのじゃ無理だって、ねえケンイチ、聞いてるの?」


 ただただ、ケンイチはこすり続けた。ひたすらこすり続けた。

 もちろん何か起きる訳ではなく、状況は全く変わらなかった。

 いずれ、声をかけ続けていたユキもあきらめ、ただただその光景を見つめるしか無かった。


 ……はずれ、か…?


 何十分たっただろうか? あるところで、ケンイチは何かの異変に気づいた。

 その鉄格子の傷の一部が少し光っている。

 それを見て、ケンイチはこする速度を上げた。

 するとみるみるうちに鉄格子の傷跡の中の光が強くなってきた。


 ……ほら、ビンゴだ……


 そう思った瞬間、その光はまるで、塞き止められた大量の水が流れ込むように、

 ケンイチを取り囲む空間一杯に雪崩れ込んだ。


 そのままその光は一つの大型スクリーンサイズの画面へと姿を変えた。

 まだまばゆいばかりの光を放ったままだ。


 一体これから何がおこるのだろうか、

 自分の選択肢は正しかったのだろうか、それとも……?


 徐々にその光は落ち着き、画面の描が見えるようになってきた。

 そしてそこに現れた一つの顔の方がまず先に、ケンイチに声をかけたのだった。


「お久しぶりです、ケンイチ。やっと会えましたね」


 そこにはブロンドの髪の、まだ幼さの残る少年が映し出された。

 それを見て、ケンイチは先ほどまでの張りつめていた肩の力が思わず抜けた。


「ケンイチ? この人誰? 知ってるの?」


 ケンイチは画面を見つめながら応えた。


「紹介する、彼こそが『J』だ。」


 突如現れた「J」。

 手繰り寄せた蜘蛛の糸の先にあったものは、この「J」の存在だった。

 果たして、この「J」の目的とは一体何なのだろうか。

 彼の発する言葉に一同は衝撃を受ける事となる。


 残り時間は16時間をちょうど切るところだった。

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