85.ひとまずの決着
サンドラの扱うミスリル銀製のショートソードにもやはり何かしらの薬品か毒薬らしきものが塗られているらしく防戦一方のミューちゃんとカレンちゃんの様子が少しずつおかしくなってきている。
「ひぃさまっ、少し下がってください!私たちに近づいてはいけません!」
「お姉ちゃん、危ないっ……くぅぅ……身体の感覚、が……!」
直接の切り傷などによる影響はないものの、飛散する液体が気化した一部が二人に影響を少しずつ与えているようだ。エレンたちはというとやはり苦戦が続いている。個体として勝てないわけではないけれど数が多いらしく倒されたジャイアントマンティスに引き寄せられた新しいジャイアントマンティスが出現、とあまり良くない状況に陥っているようだ。
非公式二つ名《破壊神》を持っているドゥエルフ君もそのことは認識しているらしく、その表情は苦虫を噛み潰したようなものから少しずつ焦りが混じり始めている。それでも率先してエレンより一歩前へ踏み出しているあたりはさすが男の子といったところだろう。
「セレス、少し休め!クレア、セレスに魔晶石を分けてやれ、二人とも絶対に倒れるなよっ意識を失えば喰われると思え!」
「は、はいっ!」
「セレスさまっ、こちらを」
光翼の効果をもっても蓄積する疲労による動作の鈍化からくる、ダメージ軽減ミスから増える負傷をカバー出来なくなってきているようでリリーちゃんの回復魔法に加えてラミエルちゃんも回復魔法を使い始めている。今回は念のために私だけではなくみんなにも魔晶石を分け与えていたのだけれども、ジャイアントマンティスの撃退に目処が立たない今の状況はじり貧になりかねず非常に良くない。……どうしたものか。私は持ち合わせている知識を総動員して打開策を考えながら支援魔法として光属性の生命力回復向上のウィザード魔法を近接戦闘しているエレン、ドゥエルフ君、リリーちゃん、ラミエルちゃん、ミューちゃん、クレアちゃんに二つ目のポーチに入れていた魔晶石の半分を使い潰して発動させる。
「そらそらどうしたっガキの割りには頑張っているがそれだけじゃ俺には勝てないぞっ」
「例え勝てなくても負けなければひぃさま方が何とかしてくださいますっ」
「だがこれだけ接近してればそこの伯爵令嬢得意の強力な魔法は使えまいっ、時間の問題だと思うがな!!」
「…………そうね、時間の問題だよねぇ?《ブレイドネット》」
《グギャァァァァァ!!》
聞き慣れた声がジャイアントマンティスたちの後ろから聞こえたかと思ったら突然発生した煌めく刃の網に絡め取られたジャイアントマンティスたちが断末魔とともに全滅していた。
「エレン、ドゥエルフ。良く耐えたね。リリー、ラミエルは二人の手当てと回復してやりなよ。セレス、それからクレア。もう少しだから頑張りな」
『アイシャちゃん!』
「ごめんねー。近辺のジャイアントマンティス殲滅に時間かかっちゃって遅れちゃった」
「なぁっ?!《笑う魔女》だと?しかも殲滅、だと。そんなバカな!」
「形勢ぎゃっくてーん♪だね。くすくすくす」
迫り来る絶望からの恐怖から解放されたエレンたちはアイシャちゃんからの指示でようやく一息吐くことが出来、臨戦態勢のまま手当てを受けて水分の補給などを受けている。そして目に見えて何らかの毒薬に影響を受けているミューちゃん、カレンちゃんにはクレアちゃんが《リフレッシュ》の魔法にて状態異常からの回復を行いミランダちゃんが回復魔法をかけて全快させている。
「さてと。サンドラだっけ?大人しく降伏するなら踏み踏みしないでしてあげるけど……どうするぅ?」
「お前らみたいなガキに負けを認めてられるかよっ!それにまた召喚すればいいだけだっ」
サンドラが諦め悪くジャイアントマンティスのような魔物を呼び寄せようとする動きを見せるも、辺りが先に清浄な空気に包まれているのに気付き、そして。
「無駄ですよ。秋川流結界術“聖域”。ようやく思い出したわ……そして間に合って良かった。《ルーンロープ》」
「くそっ、身動きがとれ、ねぇ……」
「さーて、お仕置きタイム……と行きたいところだけど」
「やめなさい、アイシャ。この手の類は迂濶に触ると変なものを貰うわよ?」
「だよねー、残念。早く協会の人間に引き渡してゆっくり休みたいわ。アレの体液浴びちゃったし。あー、気持ち悪」
『ふぅ。助かったよアイシャちゃん、それから……マリア先輩。さすがに今日は調査は無理、だね。みんな撤収準備してちょうだい』
***
あのあとやってきた特殊技術協会の護送担当者に暗殺者を引き渡した私たちはそのまま街まで引き返し、領都レイニームーンで一番のホテル、一番大きい部屋を取ることができたので交代でお風呂に入って貰いながらそれぞれぐったりと休んでいる。唯一の例外はマリア先輩くらいで。
『やっぱりマリア先輩も……転生者、だったんですね?』
「ええ。葉月ちゃんに再会してからこの前ウィンちゃんに話したような不思議な夢を何度か見始めてね。……そして私が葉月ちゃんに直々に伝えた奉納舞。あれを私として何度か舞う度にぼんやりとしていた記憶が段々はっきりとしてきたのよ。でも、完全に全てを思い出したわけじゃないのよ?……特に大切だった事柄だけだから」
こちらの世界でも姉妹になれたのは嬉しい予想外だったけれども、と隣のベッドに寝転がってのびのびとしているアイシャちゃんの、お風呂上がりで艶やかな髪の毛を愛しげに撫でている。
「葉月ちゃんの事は私とお姉ちゃんがサポートするよ。だから来年からは図書館にも在籍するつもりー」
「アイシャなら採用試験は大丈夫そうね。ミッシェルさんも喜ぶわ」
『そうなんだ。エレンとリリーちゃんたちも着任予定だからよろしくお願いしますね、先輩?』
「任せなさい。アイシャ共々立派な図書館司書に鍛え上げてあげるわ」
ミランダちゃんはというと自分を信じて付き従い、死力を尽くして戦って疲れ果てたセレスちゃんたちの世話を自らの手で行っていた。特に目の前で自分の盾となり神経性の毒に侵されながらも耐えきってくれたミューちゃんカレンちゃん姉妹が安堵感からホテルに着くなり熱を出して伏せてしまってからはセレスちゃんが休むように言うのも振り切って甲斐甲斐しくお世話しているようだ。
エレンたちはカップル同士でそれぞれの部屋に別れてゆっくりと疲れを癒しているらしいので、夕食まではのんびりさせてあげたいからそっとしておくことにした。
『……さてと。真理さんの記憶は料理のほうはどうなのですか?』
「この世界の食材との知識擦り合わせに少し不安が残るけれど……何とかなるわ。あれを作るのね?」
『はい。秋川家と夏海家。それから園樹家に代々伝わって来た薬膳料理。私、こちらの世界に生まれて記憶を取り戻した後にお母さんから料理を教わるうちに気が付いたんです』
「……元々はこっちの世界が本場じゃないかって事だよね?」
『アイシャちゃんの言うとおりなんです。ただ、園樹の伝わったものと、夏海家の伝わったものは判明しているんですが……』
「……愛は料理しなかったからしょうがないわね。夕食に出すつもりならそろそろ始めないといけないわ。材料はどうしてあるの?」
『ホテルの人に頼んで揃えて貰いました。調理はこの部屋のキッチンで大丈夫そうです』
「さすが段取りがいいわね。じゃウィンちゃん、始めてしまいましょう?アイシャはかなり魔法使ったのだからそのまま休んでいなさいな」




