78.濃霧の奥に眠るモノ
前世においての園樹グループは複数の特殊な特許により深く政府と結びつき、国軍としての自衛軍への技術供与や民間の産業活性化における国家プロジェクトへの協力といった事を中心に急速に成長した企業グループだった。その為、一人娘であった燐も研究者の端くれ程度にはグループが取り扱う分野の知識を中学生を卒業した頃から少しずつ両親直々に教え込まれていた。いずれは婿を取りグループのトップにはならずとも中心の一部に存在する事になるであろうことから。
『だいたい、把握できました。私の方で持ち合わせている情報と、伝承の若者が見た光景が真実なのであれば……王国レベルの問題に発展しかねない由々しき問題になりそうですね。申し訳ありませんがこの後報告書を書きますのでそれを明朝一番に王都ラドルのギルド総本部はギルドマスターまで届けて戴けないでしょうか、領主様』
「それは構わぬ。だが、ウィンテル嬢。その様子ではかの“悪魔の城”が何かの見当が付いているとみたのだが。私もこのフォレスト地方を治める身、差し支え無ければ教えて欲しい」
正直なところどこまで話していいものかちょっと悩む。私自身が実物を見たわけではないし推測に自信はあるもののあくまでも仮定の話だ。どうしようかな。
『そうですね。あくまでも私の推測によるものと言う前提で、です。そして遺跡はおそらく王家直轄、最悪破壊される対象になる可能性があるというとても危険性の高いプレダナン期の物だと思います』
「なるほど、手出しは無用の物だと言うことは理解した。して、内容は?」
『恐らくはモンスターの大量生産工場だと思われます』
………………はい?と皆、声には出さないものの私の思いがけない答えに思わず口を開けたまま呆然とし食堂に静寂が訪れる。私だって前世の知識がなければこの答えにはたどり着かなかっただろうし、思い付く事もなかっただろう。けれども園樹グループ企業の研究部門が食糧問題関係で政府から研究を依頼されていた分野の実験室にあった培養ポットは件の若者が見たという“それ”に良く似ている。
『あくまでも推測です。確定ではありません。私が実際に見たわけではありませんから。ただ、この推測がもしも当たっているならば今年の大繁殖は納得がいくとは思いませんか?』
「待ち給えウィンテル嬢。つまりそれは今回の狩りに関する騒動は人為的に起こされたということ、そういうことなのか?」
そう。人為的に引き起こされたものだと考えると目的は不明だとしても唐突な大発生は納得できる余地があると思える。いきなり例年の数倍とか自然界にそれに見合うだけの原因が見当たらないのはおかしすぎるから。食糧にあたる存在がたくさんあるわけじゃないし、むしろ枯渇仕掛かっている。恐らく雨の森に動物の類はもういないのだろう。だから外縁部まで普段なら奥まった場所にいるはずの大型モンスターが出現したのだろう。
『今回の報告書にて遺跡の早急な調査と仕組みの解明を要請するつもりです。また、各国にある支部にも働きかけて似たような事例が無いか問い合わせもしてもらいます』
「…………相分かった。であれば雨の森に立ち入り出来るランクを制限せざるを得ないか。最低でも同行者にCランクがいることにするよう、先程の手配書共々騎士団に下命せよ」
「はっ、仰せのままに。失礼致します」
老賢者が部屋を辞したあと領主様は疲れたように深い溜め息を吐く。
「……ウィンテル嬢。この後少し相談したいことがある。少々残って貰えないだろうか?」
『分かりました。ラミエル、みんなを連れてお部屋に戻って貰えるかしら?』
「了解。それではお先に失礼致します」
ラミエルちゃんたちが領主様に一礼して退室した後に私は領主様直々に執務室へと案内されて、領主様の執務机を挟んで向かい合い勧められた椅子に腰掛ける。
「ウィンテル嬢に見て欲しい古文書がある。当家がダナン帝国時代末期にとある人物から譲り受けた物だと言われているが未だに解読できない謎の文字で書かれていてな。ウィザードであるならば或いは、と思っているのだが」
領主様が背後にある本棚から取り出した一冊の本には保存の魔法が掛けられてあるのか年代物の割りには保存状態がかなり良く書かれている文字もはっきりしている。……しているのだが。
『?!』
その表紙に書かれているタイトルと下部に添えてある署名を見て私は思わず硬直してしまった。
『に、日本語…………、しかもこの名前は!』
「やはり読めるのだね?ならばそれは貴女に預けるとしよう。解読できたら内容を教えて貰えないだろうか。後程ギルドを通じて正式に依頼をだすのでよろしく頼みたい」
『…………かしこまりました』
「その方は祖先が助けた異国の人間で白い羽織り物を好んだ聡明な人物であったらしい。祖国に帰りたがっていたらしいが帰り道が判らずにこの大地に骨を埋めたとの話が伝わっている」
『……そうなのですか……』
(……曾祖父さま……まさか、こちらにいらしていたなんて…………)
(………ぁ、ぃゃ、そんな?でも……)
頭のなかに浮かび上がる記憶とそれが導きだすある事実に私は身震いする。たしか曾祖父さまの得意分野は生物学方面だったはず。まさか……?
(園樹一族きっての秀才だった曾祖父さまがもしもあの工場らしきものに関わっていたのだとしたら…………)
(…………何か、イヤな予感がする…………)
領主様に別れを告げて与えられている客室に向かう道すがら私は小さな子供の頃に聞かされていた事を思い出して背筋にゾワッと来るいやな悪寒を感じてしまっていたのだった。
***
『…………ただいま』
「お帰りなさいお姉ちゃ……って、大丈夫?!顔、真っ青だよ?」
『あ、うん。一応、大丈夫……ただ、ちょっと事態が複雑になってしまったから明日の探索は一日延期にしたいのだけれども……』
「私たちの事なら心配しないで。お姉ちゃんの事の方が一番大事だもの」
よほど青い顔をしていたのか私は部屋に戻るなり出迎えてくれた妹のエレンと、エレンが呼んだリリーちゃんたちによってソファーに座らされて心配されてしまっていた。
『大丈夫よ。ちょっとショックな事があっただけだから。それより明日の事についてだけれども』
「状況的に街の中を出歩くのはやっぱりやめておいたほうがいいか?先輩」
『それは構わないとは思うけれど、ミランダちゃんたちは出来れば敷地内にいてほしいかな。情報収集はドゥエルフ君たちにお任せするわ』
「いや。現時点ではめぼしい情報は得られ無さそうだしやめとくよ。先輩が動けないとなれば迂闊に動くのも良く無さそうだし。暗殺者たちに遭遇した場合の戦術確認と、騎士団の訓練場でも借りて汗を流すさ」
心配顔のミランダちゃんが淹れてくれたリリーちゃん仕込みの美味しい紅茶を飲み干して、ようやく心が落ち着いて来たらしい。冷えきってしまったようだった身体も段々温かみを取り戻してきたし、ギルドマスターと陛下に宛てる報告書を書くために私は、私に割り当てられた部屋へと籠もることにした。
『もう、大丈夫。お茶が飲みたくなったらお願いするし、心配無いようにドアは開けておくから』
「分かったよ、先輩。おい、ミランダ。先輩の事頼んだぜ」
「任されましたわ」
こうして二日目の夜は更けていった。




