73.枕を並べて
マリア先輩とアイシャちゃんとの情報共有と認識の相互確認を終えて、アイシャちゃんが必死に頑張って手に入れてくれたガープスネックレスを早速身につけた私は来たときと同じように慎重に周囲を気にしながら何事もなく無事に最上階フロアに戻ると丁度夕食の配膳が終わった所らしく、私は急いで埃に塗れた顔を洗い両手も洗うとみんなが待っているダイニングテーブルの席についた。
『またせてしまったかしら。遅くなってごめんなさいね』
「いや、丁度一時間だぜ。ナイスタイミングだったよ」
「それじゃあみんな、いただきましょう?いただきます」
ラミエルちゃんの掛け声に続いてみんなも唱和して賑やかに旅先での食事を開始する。席順は特に決めてないのでバラバラだけど、こうなるんだろうなぁと思っていた通りの座り方だったので思わずクスッと笑ってしまった。
「何か、冒険しているとは思えないメニューですね。これは……」
『あはは……帰ったらお父さんに文句言わなきゃ。全くもう』
「やっぱりお部屋のせい、でしょうか」
『まぁ、ね。でも明日以降は普通の大部屋よ?ドゥエルフ君、肩身狭いだろうけれど』
「すみません……さすがに私たちは仲間であっても肌を晒せないので……」
「大丈夫、身体拭いたり着替えたりする時は目隠しさせるから。覗いたりしたら気絶させるし」
「それ以前に覗いたりしねーよ!」
心外なことを言われて憮然とした表情のドゥエルフ君がラミエルちゃんの額にビシッと音がするくらいの痛そうなデコピンを食らわせ、ラミエルちゃんが冗談じゃないひどい、と反撃する姿にみんなで思わず吹き出してしまう。
『はいはい。そこのバカップル、おふざけはそのくらいにして早くご飯食べちゃいなさい?エレンたちはイチャイチャしててももうすぐ食べおわるみたいだし』
「うぐ、ドゥエルフのせいで百合ップルに負けたじゃない!」
「俺のせいにするなよ……それから百合ップルとか言うな、仲間で幼なじみで親友だろ。普通にカップルでいい」
宗教上の理由で同性婚が認められているからとはいえ全ての人から円満に受け入れられているわけではなく、百合ップルとか揶揄されたり、ふざけられたりするのはまだ良いほうで中にはあからさまに嫌悪感を出す人も少数派とはいえ存在はする。
「うっ、そ、そうね。ごめんなさい、リリー、エレン。……あまりにも自然に静かにイチャイチャしてる二人に嫉妬してしまったのよ。このバカは照れ屋すぎだから」
「あはは……私は好きになったのがエレンちゃんだったというだけだよ。私のためにいつでも必死に立ち向かってくれて、本当に嬉しかったし頼もしかった。だから好きになっちゃった」
「リリーの身長だと男どもは怖いような感じに見えるし、可愛いからしつこいのが多かったから。多少震えたって守りたくなるし何より大切だったもの。リリーの笑顔はね。……幸せになろうね」
「うん、エレンちゃん」
自由に恋愛できないミランダちゃんたちが本当に羨ましそうな表情を見せていたのが印象的だった。平民ならある程度は自由があるのだろうけれど、彼女たちは由緒正しい血筋の貴族令嬢たち。今でこそ本人の意向を無視するような強引過ぎる政略結婚は減ってきてはいるものの、それでも思い通りに自由な結婚ができるのは稀だと聞いているから。
『……羨ましい?』
「ええ、とても。……ウィシュメリアに生まれていたら、とも最近思ったりしましたけれど……」
『……けれど?』
「セレスたちとの生活、お父様お母様、弟や妹たちとの今の暮らし。これはこれで充実した幸せだと思います」
『無理はしていない?』
「辛くなったらお姉様の腕のなかに潜りに行きますから」
『…………分かったわ。いつでもいらっしゃい』
「はい、お姉様♪」
***
楽しいひとときが終われば順番にお風呂に入り、明日に備えて眠るだけだ。秋の夜は冬に向けて日々冷えていく。魔導の力による空調が効いているとはいえ深夜から明け方頃には一段と冷えるだろうに、女の子達のためにベッドを譲ったドゥエルフ君にはセレスちゃんたちがベッドをくっつけて複数人で身を寄せあって眠るのでどうぞ、と毛布を渡しに行っていた。
「ドゥエルフ先輩、使って下さい。私たちは寒さの厳しいコッタンの、更に厳しい王都カミュイの生活に慣れてますから大丈夫です」
「ん?あぁ、すまんなセレス。気を遣わせてしまって。有り難く使わせて貰うよ、みんなに宜しくな」
「はい。そのみんなから伝言です。寒くなったら無理せずにラミエル先輩に温めてもらえ、だそうですよ?」
「ぶっ!?………さすがにそれは、ちょっと、なぁ」
「あら、あたしは全然構わないわよ?全く意地っ張りなんだから」
そんなやり取りを私とミランダちゃんは微笑ましくも横目で見ながら寝室の扉を閉めて漸く二人だけの空間を手に入れる。お互いに長く話し込むつもりは無いのか寝間着にガウンを羽織った程度。もちろん部屋の空調は付けているけれども。
『……それで、お話、だったかしら?』
「はい。重要なお話です。……出発直前に、故国の王太子様より知らせが届きまして親友で最有力妃候補のフローリス侯爵令嬢フィナリアちゃんが襲撃を受けたと。私も暗殺者に狙われているから気を付けるようにとのことでした」
『その表情はまだ続きがあるのね?』
「はい。フィナちゃんを襲った犯人と依頼主は既に捕縛されたそうです。ただ、私に向かっているとされる暗殺者はまだのようなんですが……その、おかしいんです。私は学生になりました。つまり、現状の身分では万が一にも来年の婚約式に妃として参列する事は無いんです。なのに狙われている……そして気が付いたんです」
『…………』
「狙われているのは私ではなく、お姉様だっていう事に。根拠は裏が未だ取れていないので控えたいのですが、でも……それくらいしか考えられなくて。それに、今日の隊列はいつもと少し違いましたよね?まるで私とお姉様を守るかのような雰囲気を感じました。だから……」
『もういいわよ。全く貴女ときたら……よく少ない情報と短い時間でそこまで辿り着けたものねぇ』
ほら、いらっしゃい。とミランダちゃんをベッドに招くと並べられたふかふかの枕に向き合うように頭を並べてそのやや興奮して紅潮気味の頬に触れる。
『スティリーフ王太子様からとは貴女のお父様も想定出来なかったのでしょうね……ふふふ。陛下と貴女のお父様の意向で敢えて知らせなかったのだけれども……ちゃんと取り得る対策と準備はしてきているから安心して?』
「そうだったのですか……では私たちはどのように振る舞えばよろしいのでしょうか」
『今まで通り。過剰に意識する必要性はないけれど、通常の警戒はしなさい。冒険者としてね』
「先輩方は」
『ええ、私と貴女を最優先で守る為に動いているわ。明日にはレイニームーンに着くからそこで細かい打ち合わせをしましょう』
ミランダちゃんの柔らかなきめ細かい肌の頬っぺたをぷにぷにと楽しんでいた指をまだ何か言いたげだったそのぷっくりした唇に封じるように軽く重ね合わせると、
『ミランダちゃん。貴女に私がしてほしいことは貴女に出来る事だけよ?出来ない事で悩む必要はないの。ひとつひとつ出来る事を積み重ねて頂戴』
そう笑い掛けると渋々ながらも頷くミランダちゃんを、可愛いなぁと腕のなかに抱き締めながら明日もたくさん歩くのだからもう眠りましょう?とお休みのキスを交わして意識を沈ませたのだった。




