72.それぞれの協力者
指定されていた貸し切り会議室の扉を軽くノックすると扉の内側から王立地下図書館の司書達がよく使う暗号みたいなノックが返って来たので私を示す回数と間隔でノックし直したらようやくドアを開けて貰う事ができた。
『……やけに厳重ですね、マリア先輩、それにアイシャちゃん。何か情勢に変化が?』
私は入って来た扉に通常の施錠を施してフードを脱ぎ長テーブルの、二人の反対側正面に着席する。
「自衛の為よ。何だかんだ言っても私たちは男性に腕力では適わないし、こんな防音の密室で不意を打たれたらお終いじゃない」
「お姉ちゃんの言うとおりだよ、ウィンちゃん。私たちを獲物と見るような奴らはね、目的のために手段を選ばないのが普通。……あんな奴ら死滅すればいいのに黒光りする生物並にしぶとくて始末に困る」
『まぁ、そうだよね。でも犯罪にならない程度にお願いだよ?アイシャちゃん』
異世界日本にもいたらしい黒光りする憎らしいアレはこちらの世界でも名前こそ違うものの存在し、行動も生息域も、そして女性陣からの嫌われっぷりも同じだった。異世界日本にもいたらしい、という曖昧な表現の理由は単純な話で私はあちらでは見たことがなかったからなのだ。病弱な為に私の周囲は徹底的に清潔な環境が整えさせられ、死ぬまでに一匹も見ることは叶わなかった。お友達からは見る必要性は感じない、むしろ病人に見せて堪るか、真顔で言われた時には少し怖くなってしまったものだった。……っと、話がずれてしまった。
『それで先輩。今サンドラはどちらに?』
「この町の宿屋にいるわ。今は専門家が監視してるから動きがあれば連絡が来ることになっているのだけれど、多分今夜は動かないわ」
『……と言うと?』
「あっちも今頃、私たちみたいな協力者と情報整理しているからだよ」
まぁやっぱり普通は誰かしら雇うわよね。余程の自信家か若しくは何らかのこだわりでもない限りはお互いにプロである限り万全を期すために取り得る最善を尽くすはずだから。
『あちら側の協力者はどの程度だと思われますか、先輩』
「うーん。まともな冒険者は“狩り”に掛かり切りだし、サンドラが普段からラドルで誰かしらと接触を取っていたという記録はないから……」
「多分、冒険者崩れか騎士団を放逐されたような多少の実力はあるけれど素行はかなり悪く使い捨てにしても良心の呵責に悩まないレベルを一パーティーくらいだと思うよ、ウィンちゃん。もっとも、暗殺者に良心があるとは思えないけど」
一般的に花形職、エリートなどと言われる冒険者にもやはり他の職業と変わらず素行不良や不祥事などのトラブルを起こしてギルド側から懲罰として一定期間仕事を干されたり、または安い仕事しか与えられないなどの処分を受けさせられる場合があり、そういった処分をギルド内規に定められた以上に繰り返し受けた人間はランク降格から始まり最終的には資格凍結の果てに、資格剥奪に至る事になる。
そこまで至る事はそうそうあるわけではないけれども、この大陸全土として集計すれば毎年それなりには重い処分を課される人間がいて、ギルドから追放される人間も少なからずいるらしい。こういった資格剥奪された人間はギルドからの支援や身分証明、仕事の斡旋は受けられないという事だけなので、大多数は身を持ち崩していく過程において手に入れた、世間体的にはあまりどころか場合によってはかなりよろしく無い人脈や伝手を頼って技術を売り込みに走り犯罪者若しくは予備軍などになって行くので接触せざるを得ないような場合は例え大都市であっても油断は厳禁となる。最近はそういった人たちの犯罪検挙がより増加傾向にあり、私が子供の頃に大々的に報じられた一部の地方都市では騎士団中隊による大規模な治安確保作戦が為されるまで日没後から早朝までの間、例え人出の多い地区でも単独外出は戒められ、女性や子供は外出自体が禁じられるほどに至ったという。
対処が遅れた理由は駐屯騎士団自体が腐敗して犯罪を見てみぬ振りをして報告すらまともにせず、一部は加担した者すら居たようで悲惨を極めていたそうだ。発覚したのは偶々で、お忍びでその都市を訪れていた領主の娘の目の前で繰り広げられた犯罪に駐屯騎士団が動かない事に不審を抱き――領都騎士団本部の慎重かつ丁寧な内偵を経て一網打尽に捕縛したという、子供の頃の事件にしては未だに記憶に新しい悪質で厭な事件だった。
『私がいる以上、正攻法では来ないよね?とすればなるべく野宿はしない方向性は堅持したいところだけど』
「ちょっと距離的に難しいわね。調査対象の位置的に余程効率的に行動しないと帰還途中に日没よ?」
「夜間戦闘はウィンちゃんはともかく他のみんなは無理じゃないかな」
『じゃああんまりストックないけれども、集団帰還護符を当てにする?』
「それは本当に最後の手段だからギリギリまで温存しなさいな」
「そもそもとして雇われたと見られる集団がどういう構成なのか判明しないことには判断のしようがないよ?ウィンちゃん」
『そうだね。ま、人目も多いし、本格的に接触を図ってくるとすれば雨の森に一番近い領都レイニームーン辺りから先だと思うよ』
「……そうだとしても充分に注意して。私たちは多分、一人でも拉致されたりしたら崩壊の危険性があるから」
「ウィンちゃんの魔力暴走も怖いけどね。プチギルドギダンはごめんだよ?」
今でこそ魔力や精神力の制御はお手の物になっているけれども、小さな頃はまだ制御のせの字も知らない状態でその華奢で弱すぎる身体には持ち堪えることが難しすぎる程の魔力と精神力の量に死にそうな目に何度も遭いながら苦しんでいた時期があった。そして当時は既に不幸体質でもあり、アイシャちゃんの家族と私の家族でピクニックに行った時に私の溢れ過ぎている魔力に惹かれて大型のモンスターに襲われてしまった時、私は恐怖に支配されてその魔力を派手に暴走させてしまい、慌てて防御魔術結界を張ったお母さんによって守られた私達以外の全てが、そう、目に入る全てが氷結してしまって……意識を失った私が気が付いた時には屋敷の自分のベッドの中だった。
『プチギルドギダン言わないでって言ってるでしょ?いい加減忘れてよ、もぅ……』
「はいはい。アイシャ?そろそろ時間だから残りの打ち合わせをするわよ?」
「はーい」
「向こうの戦力増強の可能性はあるけれども、私たち姉妹は本当に必要になるまで可能な限り距離を置くという方針は堅持でいいわよね?」
『はい、お二人にはサンドラにとっての予定外戦力になって欲しいですから』
「じゃあ次。サンドラ返り討ち作戦に失敗した場合の緊急避難先は計画に変わり無し?」
『はい。お父さんが領都騎士団に連絡をとってくださる予定なので』
「じゃあ最後。ウィンちゃん。これを肌身離さず、お風呂もトイレも寝るときも身につけていてくれる?そうして緊急時は宝玉部分を叩き割ってくれれば私たちが駆け付けるから」
『あれ。これってユールシアのとあるダンジョンに行かないと手に入らないって言うガープスネックレス?……まさか、遅れるって言った理由は…………』
「あははは。ちょっとドロップが渋くて時間かかっちゃったけれど、間に合って良かったよ」
『…………ありがとう。アイシャちゃん大好き!』
よくよく見ればアイシャちゃんの肌は埃に塗れて所々に治療したばかりの傷痕が窺い知れる。心なし、ギリギリまで魔法を使いきっているのか照れ隠しの笑顔の陰に疲労の色が見えてしまっている。それでも私に心配をさせまいと笑っていたけれど、私の目尻にじわじわくる涙を見てばれたか、と苦笑いするアイシャちゃんに私は泣き顔を隠すかの様に隣に立つと、顔を見せないように感謝の言葉とお礼を込めてアイシャちゃんを抱き締めたのだった。
ガープス(GarPS)ネックレス:二つで一組の琥珀色をした小さな宝玉が美しいネックレスで身につけたお互いの居場所が着用しているかぎり常に把握できるレアな魔法の装飾品。なお、片方の宝玉が破壊されるともう片方の持ち主に破壊されたことが伝わるため緊急連絡等に利用されている。恋人同士や夫婦、仲の良い友達同士で身につけている人が比較的多い。現在の技術では作ることの出来ない遺失技術装飾品でドロップするまでひたすら頑張る他に入手方法は見つかっていない。




