69.二人の決意
出発前夜、久しぶりに勢揃いした楽しい食事の後にウィンテルはラミエル、ドゥエルフ、リリーそしてエレンを自分の部屋に招き入れた。
「大切な話、というのはミランダたちのことか?先輩」
『えぇ。ま、適当に座って頂戴。立ち話で済ます話でもないから』
促されて長テーブルの両サイドにそれぞれ席に付いた四人の前に暖かなお茶をお茶請けとともに差し出す。そして自分も席に付いたウィンテルはリーダーのラミエルから順番に妹のエレンまで真剣な顔で見回したあとに口を開いた。
『率直に言うわね。……私とミランダちゃんは今、生命を狙われているわ。理由は今から説明するけれども他言無用、たとえミランダちゃんたちでさえも、ね』
「分かりました。他言しないと私たちは誓います」
生命を狙われていると聞いて顔色を変えた四人ではあったけれども無用に動揺・混乱する訳ではなく冷静さを保っているあたり頼もしく思ったウィンテルは、そんなに心配することじゃないわと普段通りの微笑みとゆったりとした仕草で時折お茶を口に含みながら精霊王国コッタン王都カミュイにて起きた王太子妃候補暗殺未遂事件から発覚した一連の経緯を世間話をするかのようにやや簡単に、けれども解りやすく丁寧に説明していった。
「……なるほど。作戦遂行の態勢は理解した。だが先輩。ミランダだって独自の情報ルートを持っているんじゃないか?例えば在都大使館の外交官とか。確かアイツの親父さん宰相だろ?」
『えぇ。でも今回に限りこの情報はミランダちゃんたちに伝えられてないの。彼女の父親とサーレント陛下によってね』
本来ならば成人の儀を迎えている年齢に達しているわけではあるけれどもそこは学生の身。卒院までは未成年として扱われる。それからミランダちゃんのお父さんは何だかんだ言って、立場上はなかなかスキンシップを伴う愛情表現は出来ないけれども大切な愛娘として今回の事態には心を痛めており何とか怖い思いをさせぬように出来ないものかと、直々にサーレント陛下にお願いされたとも聞いている。
だからミランダちゃんたちには今回の一連の事件は正規ルートでは知らされてはいない。万一ミランダちゃんが私たちの知らない情報網を持っていて、事態を知ってしまったとしてもミランダちゃんの方から接触してこない限りはこちらから何らかのアクションをとるつもりはない。未成年扱いされているとはいえ王太子妃候補に選ばれるほどの子なんだから何を考慮してどう行動すべきかは理解出来るはずだし、これまでラミエルちゃんたちにリーダーとしてどうあるべきか鍛えられて著しい成長を見せているのだから正しい判断を下せると思いたい。
『後方支援として夜間の警戒には王立地下図書館のマリアさんがサポートしてくれる。それから間に合えばアイシャちゃんもね。サーレント陛下からは万一に備えて“人形”を七体借りる事が出来たし、私の方も物理攻撃に対する切り札になりえる護符を何とか用意できたの』
『……だから、あとは貴方たちの協力が必要なの。恐らく依頼の内容的にも戦いは不利な状況で始まるかもしれない。もしかしたら貴方たちにも生命の危険が及ぶかも知れない』
『それでも、お願い。どうか、私とミランダちゃんたちのために、力を貸してください』
立ち上がり深々と頭を下げるウィンテルにエレンははぁ、と小さく溜息を吐くと
「お姉ちゃん、今更だよ?私もみんなもね。少なくともお姉ちゃんが素敵な彼氏を捕まえて幸せな結婚式を迎えて可愛い子供をもうけるまでは絶対に諦めないし、支えるんだから。そうでしょ?みんな」
「あぁ」
「そうね」
「うん」
エレンの問いかけに当たり前だとドゥエルフ君、ラミエルちゃん、リリーちゃんが同時に応える。
「そう言うわけだからさ、お姉ちゃん。頭を上げてよ。私たちも必要になれば的確な判断を下してお姉ちゃんに頼るから。だからお姉ちゃんもみずくさい事言わないで当たり前のように頼ってよ。生命の危険なんて、冒険者なら当たり前でしょう?」
見知らぬ関係じゃないどころかもう家族のようなものだし、とエレンは続けてから席に着くと後は任せたと言うようにラミエルちゃんに視線を送る。
「エレンの言うとおりです。それに自分たちの手に負えないレベルなら大人しくしてますから」
「ですのでウィンテル先輩。話を具体的な対応・方策に関する打合せに進めましょう?明日に備えなければなりませんしね」
『ありがとう、みんな。それじゃあ私の手の内を改めて説明するわね』
***
同刻、ミランダにあてがわれた客室にはセレス以下お付きの令嬢たちに加えてミランダ付きの侍女マリスが深刻な表情で長テーブルの席に着き、マリスの報告を聞いていた。
「以上がフローリス侯爵令嬢フィナリア様襲撃事件に関する顛末の報告になります、ひぃさま。尚、王太子殿下より直々の言伝がございます」
『スティリーフ様から?』
「はい。身辺に気を付けよ、と。まだ事件は終わっておらぬ。そなたの身をフィナリアも心配している。と仰っていたそうです」
『分かりました。マリス、殿下付きの影には充分な礼を』
「はい。仰せのままに」
マリスからの報告を受け黙り込むミランダをセレス以下の令嬢たちは静かに、心配そうに。けれども冷静に、そして覚悟を決めて見守っている。
『有力貴族の娘に生まれた以上、生命を狙われる事もあるでしょうとは考えていましたけれど……いざ、この身を晒すとなれば少なからず震えがくるものですわね』
「ひぃさま。私たちはもう以前のような守られるだけのか弱き乙女ではございません」
『けれども勇気ある精霊使いたちに寄り添う戦乙女のように強いわけでもないですわ』
「ですのでここはウィンテル様に事情を話し助力を請うべきかと進言致します、ひぃさま」
震えが来ると言いながらもその顔には怯えや恐怖は無く、ただ何かを考えているミランダにセレスが戦力と状況を勘案して妥当な進言を行う。他のメンバーたちも異論は無いのかセレスの見回しに軽く頷いている。
『確かにセレスの言うことは妥当な線ね。ただ……何かおかしいわ。フィナの生命は繋ぎ止められ、下手人は捕縛された。依頼主まで辿り着き、真相まで発覚したというのに……私の生命を狙う目的や利があるなんて思えない。違うかしら?』
「確かに。第一、依頼主との連絡が途絶えるなんてことは基本的にあり得ません。そう言う場合は別の目的があると考える方が妥当だと思われます、ひぃさま」
『少なくともその暗殺者はこのウィシュメリアに向かって行った事は確かなのよね?マリス』
「はい。殿下の調査によればフィナリア様が襲撃される前には出国しているようです」
ミランダは考える。自分の暗殺に現状利が無いとすれば目的は不明としても襲う事で利になる若しくは影響力を持つ人物は誰なのかということを。
『セレス達は基本的に当家の分家ですから政争に巻き込まれる理由がありませんし、元々王家絡みの争いと言えば王太子妃候補選定くらい。私は辞退しておりますし暫く伏せるにしてもフィナは健在……』
「となれば、ひぃさまを襲撃すると見せかけて別の誰かを襲うというのでしょうか?」
『それが誰なのかと言う事なのですが……リリー様の身分はウィシュメリア王家が堅く封じておりますし、エレン様やラミエル様方にはさほどの影響力があるとは思えません』
「ウィザードのウィンテル様ぐらいでしょうか…………」
確かに輝かしい経歴を持ち、しかも史上最年少の導師位を与えられ公式二つ名を複数所持しているウィンテル様なら影響力という面では可能性はあるかもしれない。でも歴史等に影響を与えるほどなのだろうか……?そこまで考えるに至ってミランダは精霊王国コッタン王都カミュイに構える自分の生まれ育った屋敷の地下図書室にて偶然見つけた一族についての記述を思い出した。
『……子供の頃に読んだエンシェ家一族に関する記述によれば、遠い昔にエンシェ家の影武者的な役割を背負ったレンシェ家という同じ血筋の家が存在したそうです。そしてギルドギダンが廃都になってからはこのウィシュメリアに移り住んだ、と』
「では、もしやウィンテル様が?」
『それは分かりません。家名も違いますし、既に途絶えてしまった可能性もありますから。ただ……あの方の強大なと言うにはあまりにも強すぎる精神力と魔力、そして氷の精霊力は……』
「可能性は否定しきれず、ナーシャ様の何らかの加護を受けていらっしゃる事が濃厚。そういう事ですわね、ひぃさま」
セレスの問いかけにミランダは小さく頷く。敬愛するウィンテルの扱う氷の精霊力はフラウレベルではなく確実に選ばれた者にしか扱えないフェンリルクラス。それも本気を出せばナーシャ神の力に近いものを使えそうな雰囲気を感じている。だから最低でも寵愛くらいは与えられている可能性を否定出来ない。
『いずれにしても後日、次の宿に入る頃には私からウィンテル様にお話しをしてみようと思います。恐らく狙われる可能性が高いのはウィンテル様だと思いますので皆もそのつもりで警戒を』
「はい、ひぃさま。あの方には助けられた恩もございます。今まで培った技術と知識、そして心で報いましょう」
『えぇ、そして必ず全員で生き延び、帰還しましょうね』
「「「「「はい!ひぃさま」」」」」
そうしてその場は解散となりそれぞれが与えられた客室に戻り静寂に包まれた部屋の中でミランダはマリスにぽつりと話し掛ける。
『私ね。もしもウィンテル様が……本来のお仕えする方であったならば……卒院後に改めて神殿に入るわ。そして修行し直して、ウィンテル様の戦巫女になるつもりよ』
「しかし、ひぃさま。旦那様方が……」
『今でこそ貴族として暮らしているけれど、本来当家はフェンリル大神殿にてナーシャ様にお仕えする身。だから大丈夫。それに血筋は弟のアコルやまだ幼いけれど妹のセフィリルがいるもの、何とかなるわ』
「…………」
『200年前の悲劇は我が一族の負い目でもあるの。だから今度こそ……お守り致さなければ、ならないのよ』




