66.暗殺者への対策
いつものメンバーにアイシャちゃんを加えて楽しんだ夕食の後にアイシャちゃんは、葉月ちゃんの先生としてこの世界についてのお勉強をするために二人で葉月ちゃんにあてがわれた部屋へと引っ込んで行った。そして私はと言うと両親に呼ばれて両親の部屋で食後のお茶を飲んでいた。
『話ってなぁに?お父さん、お母さん』
「……今回の敵が判明した。なかなかに強敵でな……サンドラという超一流ではないにしても腕利きな暗殺者だ」
「ただね、ミランダさんだけを暗殺するにしてはちょっと過大戦力なのよねぇ?」
と言うことはマリアさんの夢を考えると攻撃対象は私か、私とミランダちゃんの両方といった所なのだろうか。状況が変わりつつある以上両親にもマリアさんの予知夢らしい夢の事を話したほうが良いのかもしれない。
『そのことについてなのだけれど、一つ心当たりがあるの』
「ん?言ってご覧、ウィンテル」
『あの打ち合わせのあとにマリア先輩に打ち明けられたの。毎晩毎晩、私が濃霧の中で攻撃を回避できずに倒れてしまう夢を見る、って……』
「「……っ!」」
私は驚いて思わず顔を見合わせてしまった両親にマリア先輩から聞いた内容を包み隠さず説明した。そしてその上で、葉月ちゃんとの神域に関するエピソードを話し、前世での真理お姉ちゃんの事も予知夢能力も全て話してしまった。おそらく記憶もない事も。
「…………ウィンテル。貴女の判断はどうなのかしら?」
『毎晩同じ夢を見るなんて尋常じゃないわ。それに、標的に私が含まれるなら過剰戦力というわけではないでしょう?……理由は不明にしても』
「うーむ…………」
「あなた……」
お父さんは私の話を聞いてから何か考え込んでいるようだった。お母さんはその悩みの内容を理解しているようで心配そうに声を掛けている。恐らく“ギルドギダン”での事に違いないとは思うのだけれども。
『お父さん、お母さん。私ね?ミランダちゃんから……その昔ギルドギダンで起きた悲劇の口伝を聞いたの。そしてその話を聞いただけなのに言い様の知れない恐怖に意識を奪われかけさえもしたの』
「「……っ!」」
『理由ははっきり分からないけれども、それでも、何となく分かるの。お父さんたちのギルドギダンでの体験。過去の悲劇。そして……今回の事。ねぇ、聞かせて?私は……狙われているのよね?』
しばらくの重苦しい沈黙の後、ふぅ、と溜め息を吐いたお父さんがそうだと言うかの様に小さく頷いた。その隣のお母さんも同様に沈痛な表情で。
「……厳密に言うと狙われているのは、ウィンテル。お前のその器としての肉体だ。だが、心配はするな」
「私たちが何が何でも貴女を守りぬくわ。私たち家族の幸せのために。……そしてウィンテル、貴女の大切な日常の為に、ね」
『お父さん……お母さん……。ありがとう。……うん、これまで以上に気を付けるよ』
それからマリア先輩の夢は恐らく予知夢で間違いないだろうという前提のもと、対策を話し合った。今までの数少ない記録によればサンドラという暗殺者は特定の武器を使わないらしく、道端の小石ですら武器にしてしまう能力を持っている疑いが強いとの事で、それならば物理的な攻撃を弾くような護符を作り出せればいいのではないかと言う結論にたどり着いた。確か風系統のウィザード魔法にそういう関係のものがあったような気がする。
「詳しい事はまだ話せない。だが、その時が来たならば包み隠さず説明すると約束しよう。……それで納得しては貰えないか?ウィンテル」
「私たち家族や貴女の信頼する人たちからなるべく離れたり孤立したりしないで頂戴ね?お父さんやお母さんは貴女の幸せと平凡な生活を守りたい、その一心だけなのよ……だから、お願い」
どんなに辛くても厳しくても意識を手放さないで。そして家族や仲間、親友を遠慮なく頼って。そう言ってお母さんは私のことを優しく抱き締めてくれたのだった。
***
「……ところでウィンテル。貴女……ミランダさんの事、どのように考えているのかしら?」
サンドラ対策の相談の後にお茶を淹れ直してしばらく世間話をして一区切りが付いた沈黙後にお母さんが話を切り出してきた。多分これがお母さんの言っていた“聞きたいこと”なのだろう。
『可愛い義妹だよ。例え帰国した後でも私にとってはそれは変わらないわ』
「そう。それは……どの程度のレベル、なのかしら。……つまりね。貴女の命が天秤に乗った時に……ウィンテル、貴女はどうするつもりでいるのかしら?」
『……っ!』
ドクンと心臓が大きく跳ねたような気がした。お母さんの真剣な言葉は続く。
「ハヅキさんもそう。アイシャさんやエレン、リリーちゃんも。……貴女が大切にしている……?ウィンテル?」
『……ぁ……、ぃゃ……やぁ……っ!いゃぁっ!?愛ちゃんっ!!やだっっ、やめて、やめてぇぇぇっっっ!!!』
私の弱点を狙われる。それは理解している。いや、していたつもりだった。けれども、明確に私が狙われていることが分かり、その為に私の周りの子たちが人質として、弱点として狙われ襲われる可能性があることを改めて自覚した私は改めて恐怖に襲われ……そしてアイシャちゃんの名前を聞いた時に私は激しい頭痛に襲われた。そして、何かが小さく砕けるような音とともに凄惨な記憶が愛ちゃんの悲痛な悲鳴を伴って甦ってきた。私と愛ちゃんが攫われた高校生のあの日。非力な私の目の前で抵抗虚しくその身体をボロボロに蹂躙されその瞳が絶望に染まるまでの全ての記憶。そして自分にも伸びてくる複数の手、手、手。…………そして私は拒絶の絶叫とともに意識を手放して暗転した世界に沈んで行ったのだった。
『…………ん……』
「ウィンちゃん……大丈夫?」
次に私が目を覚ました時すでに夜は明けていて柔らかな秋の日差しが差し込む朝になっていて、その目の前には悲しそうな顔をしたアイシャちゃんがようやく目を覚ました私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「…………思い出しちゃったんだね……あの時の事」
『…………うん』
私はあの後、絶叫を聞いた駆け付けて来たヨハンに運ばれて私室のベッドに寝かされて、慌ただしさに気付いた葉月ちゃん、アイシャちゃんが部屋に駆け付けてお母さんに状況を聞いたあと、前世の忌まわしい事件の事をアイシャちゃんが全て説明したのだという。
『……そうなんだ……。辛いこと、思い出させてごめん、ね……』
「んーん。大丈夫だよ、もう昔の話だもの。それよりフィニアが掛けた記憶の封印……解けちゃったんだね」
『封印……?』
フィニアという少年が私の精神を保つ為にと忌まわしい事件の記憶を封印したのだという。そこで私はふと疑問を感じた。転生しても尚封印されていた記憶がなぜこうもあっさりと今になって解放されてしまったのだろう、と。キーワードとしてのアイシャちゃんの存在があるにしても、だ。状況として何が変化したのだろうか。そしてふと思い当たってしまった。
『ねぇ、アイシャちゃん。フィニア君の生まれ故郷って東欧って言っていたよね。……もしかして吸血鬼伝説とかある地域だったりしない?』
「あ、うん。確かそのはずだよ?でも何で…………え?」
『今までと何か変化したこと。思い当たるのは……一つだけ』
「吸血鬼卿シルフィニアス・セレニアスの異次元封印、か」
『フィニア君て、私に物凄い執着をしていたのでしょう?だとしたら私たちと同じように何らかの手段でこちら側に転生していたのかも知れないじゃない。名前もかなり酷似しているし』
「……あり得ない、とは言えないか。葉月ちゃんの件があるから」
私は守られてばかりだと改めて思い知らされた。そして昨夜のお母さんが伝えようとしてくれたことが私に重くのしかかってくる。……本当に私は……あの大切な子たちを守れるのだろうか?捨て身ではなく、歯を食い縛って踏み留まって守り抜けるのだろうか。
「ウィンちゃん。今ウィンちゃんが何を悩んでいるかは何となくわかっているよ。だから私も協力する。一人じゃ難しくてもみんなで力を出し合えば……」
『アイシャ、ちゃん』
「葉月ちゃんも、ね。理解しているんだよ、このままじゃダメだって事は。だから葉月ちゃんには私が心得を教えるから」
『……うん』
「エレンたちも、さ。ウィンちゃんの負担減らそうとしてミランダちゃん達を一生懸命鍛え上げてきてるんだしさ」
「だから、もう。一人で背負おうとしないで?ウィンちゃんの大切な存在はみんなにとっても大切な存在だから……力を合わせて頑張ろうよ」
そうしてアイシャちゃんは恐らく涙顔をしているであろう私をそっと抱き起こして、その胸に私の頭を優しく抱き締めてくれて。まるで幼子を安心させるかのように私の頭をゆっくりと撫でてくれていたのだった。




